村娘ララ
先日、とある村に設置された立て看板。
王都からやってきた役人が立てていったものだった。
もちろんそれは、勇者ユーリのお見合い相手を募集するという内容と、それに付随する要項が書かれたものである。
設置されてからというもの毎日のように、その前で年若い村娘たちがあれこれおしゃべりをしている。
ララもその中の一人だった。
まさに、何者でもない女の子が舞踏会で王子様と一緒に踊るおとぎ話のような、キラキラと輝く夢物語を心に描いていた。
――わたしも、ひょっとしたらあのお話みたいに勇者さまと結ばれるかもしれない!
ちょうどそんな昼下がり。
「はいはい、どいてどいて! ……ちょっと失礼するわねっと!!」
夢見るララの後ろから、聞いたことのない勝気な声が聞こえてくる。
人波を割って立て看板の前に躍り出たその少女は、手に持っていた木の棒で看板をしたたかに殴りつけた!
あっという間に、お見合いについて書かれた文言ごと立札はばらばらに砕け散ってしまう。念入りとばかりに、少女は散らばった破片を何度も何度も上から乱打した。
あまりのことに、村の娘たちは何の行動もとれずに見守るばかり。
闖入者はようやく気がすんだのか、ふうと嘆息して汗をぬぐい、手に持っていた棒切れを用済みとばかりに放り投げた。
「な、なんてことするの!?」
衝撃からいち早く立ち直ったララが、非常識なこの少女に向けて怒声を発した。非常識なうえに不敬である。王国直々の立て看板を破壊し、愚弄するなんて……。
村の娘たちからしたら天に逆らうほどの恐ろしい行為であったが、この騒動の主はそんなこと露ほども気にしてないのか、今存在に気づいたかのようなそぶりでララたちの方へ振り向いた。
その背丈と顔つきは、ララたちと大差ないと思えるような少女だった。しかし、その顔には素朴な村娘たちと決定的に違う、人を不快にさせる笑みがはりついていた。
「……いやあ、あたしが行くんだから、もうこんなもの必要ないかなって思ってさ。結果は見えてるんだけど、一応つぶしておこうかなって。邪魔な奴らが増えたら困るのよねー」
なにを言ってるのかさっぱりわからない。それがララを含めた村娘たちの総意だった。
モブどもにありがちなどんくさい反応ね、と嘲弄しながら、少女はぐるりと村の娘たちを見まわした。
「あんたら、芋臭すぎ。それで王都に行こうっての? 恥ずかしすぎるわねー。あっ、ひょっとして鏡もないんだ?」
「なっ……なっ……」
あまりの侮蔑に一瞬言葉を失い、ララは先ほどまでの美しい夢想が汚された気持ちになった。しかしその言葉に自分が一介の村娘に過ぎないことを思い出し、勇者とのお見合いに参加しようという気持ちが消え失せていくのを感じた。
「あ、あ……あなただってどこかの村の出じゃないの!?」
涙が零れ落ちそうになるのをなんとかこらえ、それだけをヒステリックに叫ぶララ。
苦し紛れの言葉であったが、実際ララの指摘の通り、乱入した少女が身に着けている衣服は村人の余所行きといった感じの質素なものだ。
痛いところを突かれたのか、少女の顔が一瞬ゆがむ。しかし、すぐにもとの傲岸不遜な表情を取り戻した。
「今はそうだけど、近いうちに王都に住むことになるわ。あんたらとは違ってね」
いちいちあざけりを浮かべて村の娘をひとりひとり、顔を覗き込んではせせら笑う。
ララは、ここまで性悪な人間にこれまで出会ったことはなかった。
「い、いったい何者なのよ!? あなた!!」
「あたし……?」
その問いかけに少女はふっと鼻で笑い、聞いて驚けとばかりに仁王立ちになって高らかに答えた。
「あたしはね……勇者ユーリの幼馴染よ!」