道具屋メアリー
「こんにちは、ユーリくん」
「メアリーさん、こんにちは」
愛くるしい笑顔で挨拶を返したユーリに、道具屋のメアリーは目を細めた。
「常連客だったユーリくんが魔王を倒してくれるなんて、本当にびっくりだわあ。勇者ユーリおすすめの店って看板、出しておいてもいい?」
「あはは、構いませんよ。メアリーさんのお店は品揃えがすごくいいですから」
お見合いというより井戸端会議のようなやりとりをする二人。メアリーも異性を見る目と言うよりは、親戚の子を見る叔母のような目でユーリを見ている。
ユーリは今朝話題にしていたお守りのことを思い出した。
「そういえば、あのお守りのおかげで今日はぐっすり眠れました」
「あ、さっそく使ってくれてるのね。良かった。通りがかったアンナさんにおすすめして正解だったわね」
視線を送って来たメアリーに、アンナも微笑を浮かべて会釈する。
「メアリーさんのお店のアイテムは本当にすごいです! 冒険に出ていた時も、何度も助けられました!」
「うふふ、そう言ってくれると私も嬉しいわあ。……そうそう、アイテムで思い出したんだけど……」
にこにこと喋りながら、メアリーは自分のバッグから小さな箱を取り出した。
「実は今日も、ユーリくんに見せたいアイテムがあるのよ。指輪なんだけどね。これもユーリくんにすっごくオススメなのよ」
お店にいる時のようなセールストークを始めるメアリー。
ひょっとしてお見合いというのは口実で、商売をしに来たのかなとユーリは考えはじめた。なにしろ、年齢もずいぶんと離れているわけだし。
パカッと開けられたその小箱にはメアリーの言葉の通り、美しい装飾がほどこされた指輪が収められている。
「魔法の指輪かなにかですか?」
「ええ、そうよ! ある力が込められてるんだけど、それが今のユーリくんにぴったりなんじゃないかと思って持ってきちゃった」
「へえ、ちょっと触ってみてもいいですか?」
「もちろん! はい、どうぞ」
笑顔のメアリーに手渡された指輪をつまみ、しげしげと見つめるユーリ。
「うわあ……綺麗な指輪ですね!」
「そうでしょう! ……試しに、指にはめてもらってもいいかしら。ユーリくんの指のサイズなら、薬指にはめるのがぴったりね」
「指輪って普段はあまりつけないんで、似合うといいんですけど……」
そう謙遜しながらユーリは自分の薬指に指輪をはめる。特に、何か力を感じるということはない。
しかし、それを見た瞬間にメアリーの顔から笑みが消えた。
「ごめんね、ユーリくん」
そう小声でつぶやいたメアリーは、すばやく自分のポケットに手を突っ込むと中をまさぐり……あるはずの感触がないことに困惑の表情を浮かべた。
――あら? ……おかしいわね……ちゃんとポケットに入れてたはず……いったいどこに……。
「探し物はこれかな?」
この場にいないはずの第四の人物の声が室内に響き、ユーリたち三人は慌ててそちらを見た。
いつ室内に入って来たのか、動きやすそうな革鎧を身に着けた、一人の少女がいた。その手には、ユーリが今薬指に着けているものと同じ形をした色違いの指輪があった。
なお、一斉に振り向いた三人の中で、ユーリだけがその少女の顔と名前を知っていた。目があったユーリに侵入者は白い歯を見せて笑いかける。
「久しぶりだねユーリ。でも旧交を温めるのは後にしよう。今はボクがそちらのお姉さんからくすねた、この指輪について話すほうが先だ」
少女の言葉に、メアリーの顔が青ざめた。そんな反応を特に気にした風もなく、少女は手の中で指輪をもてあそびつつ自分の鑑定眼を披露する。
「これはつがいの指輪と呼ばれるアイテムでね。異性間でそれぞれ薬指にペアとなる指輪をつけることで、お互いに燃え上がるような愛情を抱くようになる……少々危険なマジックアイテムだ」
「か、返して!」
「おっと!」
叫びながら飛び掛かったメアリーを軽やかにステップして回避する少女。メアリーはたたらを踏み、逃がした相手を求めて振り返る。
そうして彼女は振り向いた先にユーリの姿を見てしまい、浮かべている表情から今の自分の状況を完全に理解した。
「ああ……あああああ…………!」
三者三様の視線を前に、メアリーはいやいやとかぶりを振る。
「さ、寂しかったのよ! 私だって、あと一回くらい花を咲かせたかった……そう思ってた時に、ユーリくんがお見合い相手を探してるっていうから!」
「ま、まだ三十過ぎなんだから、ぎりぎりいけるんじゃないかって!」
「店の倉庫にあったあの指輪を見た時、私の中で悪魔が囁いたの! これを使ってもう一度、幸せを手に入れればいいって……!」
「ああ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……! そんな目で見ないで……お願いだからああああああああ!!」
しばらく一方的にまくしたてたあと、メアリーは涙をこぼしながら扉の向こうへと走り去っていった。
――もう、メアリーさんのお店に行くことはできないかもしれない。
ユーリは悲しい気持ちになりながら、その姿を見送った。




