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第八十三話 街の宿屋にて2

「ん⋯あれ?わたしいつの間に⋯」

『お目覚めですか?エニカ様。お疲れの溜まっておられたのでしょう。お身体の調子は如何ですか?』

「ピギャァ」

「エニカ姉様が仰向けに倒れた時はびっくりしたよ。でも目が覚めたなら安心した⋯」

「私寝ちゃってたん⋯みんな近くない?」

 ふと、目が覚めて辺りを見渡そうとしたけれど、至近距離で私を取り囲んでいたコロ達によって、それは出来なかった。

 どうもみんなの声が近くに聞こえると思ったら、目を覚ました途端にドアップでいるから驚きすぎて逆に冷静になれたよ。

「私、寝ちゃってたんだね。少し休むつもりだったのに心配かけてごめんね」

『いいえ、エニカ様の心身の調子の良し悪しが最優先事項なのでお気になさらないで下さい。

 どこか調子が悪いところなどはございませんか?』

「よく眠れたから体調はむしろスッキリしたけど⋯外が真っ暗になっちゃったね」

 ゆっくりと起き上がって部屋や窓の外を見れば、部屋に置かれたランプ型の魔導具に明かりが灯り、窓の外は真っ暗になっていた。

「今日は宿屋が見つかれば休むようにして、明日から買い物やギルドの依頼に挑戦する予定だったから、無理して何かするよりかはエニカ姉様が休めたらそれが一番だよ」

「ピギャピギャ」

 ヒサメの言葉にソイルも頷いてくれた。みんなの優しさに本当に生かされてるよね私⋯

「本当にみんなありがとうね⋯あっ」

 みんなにお礼を言った途端、くー⋯、と小さなお腹の音が聞こえた。

 よく寝て睡眠欲が満たされたからか、今度は食欲を満たしたくなってしまった。 

 みんなに聞こえただろうから、ちょっと恥ずかしい⋯

『ああっいけません。エニカ様のお腹から悲しげな旋律が⋯!ヒサメ、マーサ夫人から預かったお食事をこちらへ。』

「もう持ってきてるよ。エニカ姉様から聞こえる物音をボクが聞き逃す筈がないだろう?」

『素直に認めたり褒めたりしたくなくなりそうな物言いですが良い判断ですよ。ヒサメ。

 パンとスープは私が熱魔法で温め直しますね』

「ありがとう、ヒサメ、コロ。助かったよ」

 ヒサメが黒パンとスープを乗せたトレーを持ってきてくれて、コロが熱魔法で木製のお皿が燃えない程度に温め直してくれた。

「あれ?ソイルは?」

 ふとソイルがいないことに気付いた。

 いつもならお手伝いをしてくれたり、お手伝いすることが見つからなかった時はしょんぼりしてるから、よく気掛けて声を掛けるようにしてるんだけど⋯

 そう思いながら部屋の中を見渡してみる。 

 ソイルは部屋のドア近くですぐに見つけることが出来た。

 そこでただ、ジッと扉を眺めていたり、たまに部屋の隅に視線を移していた。

 ランプ型の魔導具のお陰で部屋の中は温かい光に照らされているけど、灯りから離れている扉の前や部屋の隅は薄暗い影に覆われている。

 でも何も見えないほどの暗さではない。

 私の目には何も無いように見えるけど、ソイルは時々何かを追うように視線を動かしていた。

「ソイル⋯どうしたの?」

「ピギャ?ピギャァ!」

 私が呼び掛けると砂山フォルムからモルモットフォルムに即チェンジして、笑顔ですぐに駆け寄るソイル。

「今ドアの前にいたみたいだけど何かあったの?」

「ピギャア?ピギャギャ」

 きょとんとした後に首を横に振る仕草は可愛くて癒されるけど、さっきの何もないところを凝視する猫ちゃんみたいなムーブしていたの、ちゃんと見てたよ。

 ⋯危ないものがいたらソイルならちゃんと教えてくれるから、危ないものじゃないんでしょ多分、きっと、恐らく。

「どうしたんだい?パンとスープが冷めちゃうよ」

「あ、そうだね。声掛けてくれてありがとうね」

「もし起き抜けで食べられないようだったら、ボクが食べさせてあげるから心配しなくていいよ」

「もう目が覚めているから大丈夫だよ」

「もしだったら口移しも出来るから遠慮なく言うんだよ」

「ヒサメ?本当に大丈夫だからね?気のせいか段々と近付いてない?」




(『ソイル、()()()()()()()()()()宿屋の主人か夫人から話があるまで、エニカ様にはなるべくお伝えしない方が良いかと思います。

 それですので、今の動作は余程のことが無い限りエニカ様の前で行わないよう気を付けて下さい』)

「ピギャッ」

 ヒサメと攻防を繰り広げている最中に、コロとソイルの密かなやり取りがあったことに気付くことは出来なかった。


――――――


 あの後、異変に気付いたコロとソイルのお陰で何とか無事に食事を終え、みんなと翌日の予定を大まかに決めてから、翌日に備えて再び身体を休ませることにした。

 部屋についた当初は溜まった疲れから思わずすぐ寝ちゃったけど、こうしてゆっくりと寝る前の支度が出来るようになったら、この世界に来て初めて人里で過ごしていることにジワジワと喜びとありがたみを感じ始めていた。

 突然現れる魔物に食事や睡眠を邪魔されることも、大自然の激しい天候や気温の変化に振り回されることもなく、お金と私の正体に関する細心の注意を払えば、ある程度の安全や寝食の保障がされるって、こんなにも心穏やかになれるんだね⋯

 今までコロ達のお陰で酷く困ることは無かったけど、慣れないサバイバル生活とほぼ手付かずの自然の中の移動は正直めちゃくちゃきつかった。

 その時は、色々必死だったしコロ達の手厚いフォローのお陰で何とかなったけど、思い返してみると中々のハードモードだったし、よく今も生きているなと思う。

 今はまだ街に来たばかりだし、正体がバレる可能性があるかもだから判断するには早いと思っているけど、もしこのままこの街での生活に慣れそうだったら街で生活することも考えていいのかなぁ⋯

 そんなことをぼんやりと考えていた。

 だけど、それは私だけの考えでコロ達がどう思っているかはまだ何も聞いていない。

 私の擬態のために本来のスライムの姿に戻る機会が減ってしまったコロ、自然の中で生まれたソイルとヒサメ。

 この子達のことを考えれば、必ずしも街中での生活が良いとも限らないと思っている。

 ⋯今だって私には快適に感じるこの部屋も、みんなにとっては息苦しく感じているかもしれない。

 そう思いながら横目でみんなを見た。

『ああ⋯自然の気候や魔物に脅かされず、また他者の介入も最小限の中でエニカ様のお目覚めからご就寝まで穏やかに見つめ続けられるというのは何とも贅沢な時間⋯心が豊かになりますね⋯』

「ピギャピギャ」

「部屋って良いものだね。エニカ姉様が誰の目にも手にも触れられずにいられるし、扉も窓も開けなければエニカ姉様の吐息で満たされるんじゃないかと考えるだけでも溶けてしまいそうだよ⋯」

「ピギャピギャピギャ」

 ⋯何かみんな、想像以上に順応が早そうな予感がするね。ちょっと歪んだ方向に考えが染まりそうな子もいるし。

 とりあえずは、しばらく街での生活を体感してみて今後のことはみんなと相談しながら決めていけばいいよね。

 そう思いながら、明日の支度や寝る準備を整えていった。

次回更新日は3/6の予定です。

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