第八話 始まりの洞窟にて8
コロの言葉を聞いて、私の答えは一つだった。
「勿論!!」
思ったより大きな声が出ちゃった。私の返事は小さな洞窟内に反響した。
『え?』
コロはまん丸な目をさらに丸くさせていた。
その呆気に取られている感じは私がコロの気持ちを肯定しないと思ってた?
「コロの気持ち、よく分かったよ。今までコロがマスターさんの遺志を尊重してコロ自身のことを置き去りにしてるんじゃないかって思って心配してたんだ。
コロが話しやすくなるなら対等に接することができる関係になりたいと思ってた。
でもそこまで考えて口に出せるなら安心したよ。全部の我が儘は聞いてあげられないかもしれないけど、それぐらいなら我が儘じゃない。コロの意思で決めたことなら良いよ」
私の返事にコロは何故か固まっていた。
そんなコロに、私は近寄って両手で掬い上げるように目の前まで持ち上げた。
「コロの意思はなるべくなら尊重したいと思ってる。でも一つだけお願いしたいことがあってね。もし、私に仕えてくれるなら下僕じゃなくてマネージャーになってもらえないかな?
マネージャーってのは、簡単に言えば公私ともにお世話したり支えてくれる人のことを言うんだけど、これから相棒として対等に接したり、マネージャーとして支えてくれたら本当に嬉しいし心強いよ。
改めて、これからよろしくね、コロ」
コロから相棒としても仕える身としても幸福に思ってもらえるのは本当に嬉しい。
でも下僕というのは呼び方やあり方的にもあんまりだと思っていたから、さりげなくマネージャーへの変更を入れ込みながら私の気持ちを伝えてみた。
『⋯⋯』
「コロ?」
コロが小刻みに震えている感覚が手に伝わってきた。
もしかして弄るまではいかないけど、両手でコロを包んでいるから興奮してる?
気になって覗き込もうとすると、バッとコロが思いきり顔をあげた。
『私は⋯私の気持ち全てをエニカ様に受け入れられるとは思いませんでした⋯!ほんの少しでも、伝わればよいのだと思っていました⋯
ですがエニカ様は私の気持ちを受け止め認めて下さるなんて⋯⋯!
新たなお役目を頂けることも嬉しくて、光栄で、幸福で堪らないのにっ⋯喜びの涙も流せないことが悔しく思いますっ⋯⋯!!』
堰を切ったように叫ぶコロの瞳の中は虹色でなく、白と薄い青色の水面が見えた。
それはまるで、涙で潤んでいるように見えた。
「涙が出なくたって、コロが嬉しく思ってくれてる気持ちは凄く伝わったよ」
目を潤ませて今も震えるコロを安心させたくて、優しく包むように触れてあげた。
それでもコロの震えは止まらない。むしろちょっと激しくなったような⋯⋯
『あっ、あっ⋯!た、堪りませんっ⋯!エニカ様の柔らかいお手にこんな長時間包んで頂けるとはっ⋯!エニカ様のしっとりとした手の温もりと芳しい香りに包まれて感無量でございますっ⋯!!』
残像が見えるぐらいコロが震えだしてきたので、そっと箱の上にコロを置くことにした。
『エニカ様!後生です!まだエニカ様のお手の上が名残惜しいです!』と聞こえたけど、安心しきっていることがよく分かったから置いてもいいなと判断した。
――――――
箱の上でぴょんぴょん飛び跳ねるコロを見て、ふとある疑問が思い浮かんだ。
「そういえばさっき防寒具があるって聞いたけど、その箱の中に入っているの?」
そう尋ねると、コロはビシリと固まってしまった。
『あ、あ、エニカ様との天にも昇るようなお話に浮かれてエニカ様の体調を蔑ろにしてしまうだなんて⋯⋯マネージャーどころか相棒失格の恥ずべき行為でしかない⋯⋯え、エニカ様⋯一思いに私めの処分を⋯⋯』
「処分はしないから!私は気にしてないし、コロがいなくなったらそっちの方が嫌だからね!」
『エニカ様⋯』
一瞬コロがまた病みかけたけど、何とか持ち直してくれた。
コロがいなくなっちゃうのも勿論嫌だけど、コロがいなくなったらこの世界どころか、大自然の中でサバイバルの知識も経験もなく私一人で生きていける自信は全くないから!
ひとまずは箱の方に話を戻すことにしよう。
「その箱は目が覚めてからすぐに調べてみたけど開かなかったんだよね。コロはこの箱の開け方とか中身が何が入ってるかは知ってる?」
『はい!存じております!こちらの容れ物を開く際は私が鍵となりますので、私を起動する前だと開くことが出来なかったかと思います』
「コロが鍵?」
箱は開られる場所がないか、手探りで触って確認したけど錠や鍵穴がある感じはしなかったような⋯
『ご説明の前に一度、ご覧頂ければ私の申した意味がすぐにお分かりになりますよ!』
「えっ!?危ないっ!!」
突然、私の方に飛び跳ねたコロの行動に驚いて、咄嗟に手でキャッチしようとした。
「⋯⋯え?」
手に触れているのはコロの柔らかい手触りとは全く違う、硬く、小さな細い感触。
恐る恐る感触も大きさも違うコロを見てみれば、そこにはコロの色とそっくりな鍵が手の平に収まっていた。