第六十九話 洞窟の最深部にて5
抜けた髪をヒサメに渡すため、強めに引っ張りながら梳いた手を見てみる。
指の間に一本だけ、運良く髪の毛が抜けていた。
「一本だけど私の髪をあげるね」
「エニカ姉様⋯ありがとう、本当に嬉しいよ⋯」
蕩けるような笑顔を浮かべながら、心の底から嬉しそうに受け取るヒサメ。
渡しているものが私の髪の毛じゃなければ、花束などのプレゼントを貰って喜ぶ中性的な美少女にしか見えない。
⋯今のヒサメには必要なものと分かってるけど、ほぼゴミを渡してゴメンね。今度みんなにもだけどもっと良いものを渡せるようにするからね。
そして花束でするなら見栄えがめちゃくちゃ良いけど、それただの一本の髪の毛だから匂いを深く吸わないで欲しいのが本音だよヒサメ。
「ヒサメに渡したけれど⋯ああやって持っていたり⋯吸ったりするだけでいいものなの?」
『あああ!非っっっ常にヒサメが羨ましくて堪りませんよ⋯いえ失礼致しましたエニカ様。
エニカ様の一本の毛髪ですが、持つだけ吸うだけでは効果を十分に発揮出来ないためヒサメに食べて頂く必要が御座います!
と言うことで、早くエニカ様の御髪を崇め奉りながら食しなさいヒサメ』
「嫌だぁぁぁ!!せっかくエニカ姉様手ずから身体の一部を贈ってくれたのに、鑑賞したり手触りを楽しんだり吸ったり舐めたり十分していないまま食べるなんて⋯!!せめて全身で十分堪能してから味わい尽くして食べたいのに⋯!!」
台詞さえ聞かなければ、小さな水晶玉のような綺麗な涙をハラハラと流す儚げな悲劇の美少女然としているのに、色んな意味で残念としか言いようがない。
あとその髪の毛を持ってる時点でだいぶ元気になってそうだよヒサメ。
『いつまでも見苦しく喚くものではありませんよ!
貴女に再び元気になってもらいたいというエニカ様の慈愛と温情を無下にするおつもりですか!!』
「⋯ッ!!そうだ⋯目先の髪の毛に囚われて一番大事なエニカ姉様の気持ちを蔑ろにしてしまうところだった⋯!!エニカ姉様がボクを心配して髪の毛を贈ってくれた事実が一番大事なのに⋯!!
エニカ姉様、ボク、エニカ姉様の心がこもった髪を大事に大事に食べて必ず元気を取り戻すからね⋯!!」
「うん、私もヒサメが元気になることが今は一番だと思ってるよ」
「エニカ姉様ぁ⋯!!」
ヒサメが涙を潤ませながら決意する場面は、決意の固め先が私と私の髪じゃ無ければ絵になっていたと思うのになぁ⋯という気持ちをひた隠しながらヒサメに返事をした。
――――――
『ヒサメ、エニカ様の御髪は食べ終わりましたか?』
「エニカ姉様の艷やかな髪の毛を口に含んだ瞬間、まずは唇と歯と舌でそれぞれエニカ姉様の髪の毛の質感を軽く楽しんだ後、贅沢に一本丸ごと頬張ってみたんだ。
口の中で確かに感じるエニカ姉様の存在感⋯その喜びのあまり一口で飲み込んでしまった時は刹那的な喪失感と絶望感が襲いかかったけど、次の瞬間には身体の奥底から力が漲ってきて⋯『はい分かりましたよヒサメ食べ終わって回復したのならすぐさまエニカ様をお守りする態勢に入りなさい!!』分かっているさコロ君!!
エニカ姉様!!約束通り元気になれたよ!!これもエニカ姉様のお陰だね!!」
「そんなことはないよ。でもヒサメの調子が戻ったなら私も安心したよ」
弱って苦しそうな姿から、華のような笑顔を見せてくれるまでに回復したヒサメの姿に心の底から安堵した。ヒサメの発言()の数々は一旦置いておくとして。
『ではヒサメが回復したところでミミックへの対応策を皆さんへお伝え致します。
まず私があの木箱の解錠に向かいたいと思います』
「え!?」
「ピギャァ!?」
「コロ君が?何でだい?」
私もヒサメもソイルもコロの発言に驚いたり、疑問を感じたりしていた。
何でわざわざあの箱を開く必要があるんだろう?しかもコロが行かないといけない理由って何なの?
『質問などありましたらお話を最後まで聞いて頂いてからお願い致します。時間も惜しいのでお話に戻りましょう。
あの木箱を解錠する理由は、ソイルに確実に石化してもらうためです。木箱が完全に閉じている状況で石化の魔眼を使用しても本体が木箱に隠れてしまっていては石化が出来ないのです。
そこで私が解錠を試み、牙を剥くなり手足が生えるなりしてミミックが正体を現し私に気を取られている瞬間に、ソイルの力が必要となります。私はこの体躯のため咄嗟に退却が出来ますので、この方法が確実にミミックを倒せる方法だと考えております。
また、エニカ様に万が一のことが無きようにするため、ヒサメにエニカ様の警護と緊急時の脱出を図れるようにして頂きたいのです。
今の時点で何かお尋ねになられたいことは皆さんありますか?無ければこのまま私は木箱に向かおうかと⋯』
「ピギャッ!」
コロの言葉にいち早く反応したのは意外なことにソイルであった。
意思表示は出来るしする子だけど、自分から手を上げて意見を言おうとする姿は珍しかった。
「ピギャッ!ピギャピギャァ!!」
そしてソイルのジェスチャーを見る限り⋯あの怪しい木箱の相手を自分にさせて欲しいと伝えているようだった。
コロの提案を聞いた時も得体のしれない相手に近付く必要のあったことが心配だったけど、ソイルはあの木箱相手にどうしようと考えているのかな⋯⋯




