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幕間 ヒサメの話(後編)

 ヒサメにとって、初めて認識した瞬間から「家族」とは愛して止まない、特別な存在であった。

 例え、「姉」と慕う存在から蔑み疎まれ傷つけられ、己が愛されていないと分かっていても。


――――――


「こんな日が来るなんて思わなかったよ⋯」

 草木も寝静まる夜更け。ヒサメが()()、感慨深いように話し出した。

「エニカ姉様たちと出会ったこと自体、衝撃的だったけど⋯従魔契約をした後、エニカ姉様をボクが今まで過ごしていた川まで案内して、エニカ姉様のために魚を捕ってたんだ。

 なるべく元気で美味しそうな魚を頑張って捕まえて選んで、凍らせてから持って行こうとしたら、エニカ姉様たちが迎えに来てくれたんだ!

 野営地にした場所が分からないだろうからって⋯入れ違いにならなくて良かったって⋯ボクとエニカ姉様は契約をしたから何となく何処にいるのか分かるけれど、出会ったばかりなのにエニカ姉様は本当に優しくしてくれるんだ。

 エニカ姉様たちが迎えに来てくれた時、ちょっとむず痒い気もしたけど凄く嬉しかった⋯」


 パキパキ パキンッ


「エニカ姉様が川まで迎えに来てくれた時、ボクが捕まえた魚にすぐ気付いてくれてね。

 「美味しそうな魚を沢山捕まえてくれてありがとう!」って嬉しそうな顔でお礼を言ってくれたんだ!

 全部エニカ姉様のために捕ったからあげるねって言ったら、ボクが頑張って捕ったんだから一緒に食べようって⋯ボクずっとビックリしっぱなしだった。

 お礼を言われたこともだけど、あげたものをその場でグチャグチャに壊されなかったのも初めてだったし、ご飯に誘われるのも初めてだったからさ」


 ピキピキッ ピキッ


「野営地まで戻った後、エニカ姉様と魚を捌いたんだ!

 エニカ姉様、あまり魚を捌いたことが無いって言ってたからコロ君に教わりながら捌いてたんだけど、慣れない手つきで捌く姿を見てたらね、もしも刃物でエニカ姉様が怪我をしたらと思ったら心配で仕方なくなっちゃってさ。

 ボクが代わりにするって言ったらコロ君が「ヒサメの言葉に甘えましょう」って言ってくれたんだ。ソイル君もウンウン頷いてくれてね。二人ともボクと思っていたことが一緒だったみたいで安心したよ。

 エニカ姉様から刃物を借りてボクもコロ君から教わりながら捌いてみたんだ。

 そしたらエニカ姉様ったら、「ヒサメの方が捌くの上手なんて⋯!」ってちょっとショック受けてて、その姿が可愛くて思わず笑っちゃったんだ。

 エニカ姉様から笑うなんて酷いって言われたけど、ボクがエニカ姉様の役に立てるって分かって安心したよ⋯ボクなら刃物で怪我をしても魔力があれば治せるけど、エニカ姉様はそうにはいかないからね」


 ペキッ ペキペキペキ⋯


「エニカ姉様、夕ご飯にボクが捌いた魚を食べてくれたんだよ!

 と言ってもボクも魚を初めて捌いたし、腹を切って内臓を取り出したのを焼いただけだったけど、エニカ姉様は「美味しい」って言って喜んでくれたんだ!

 魚の魔核もお願いしたら「ヒサメが捕ってきたんだからヒサメのものだよ。むしろ私が貰っている方だから気にしないで食べていいんだよ」って魚の血と脂で汚れていた魔核を洗って渡してくれたんだ⋯

 食べるのが勿体なかったけど、エニカ姉様の手が触れていた魔核だから一つ一つ大事に食べたよ。

 魔核なんて味がしない筈なのに、エニカ姉様から手渡されただけで美味しく感じたのは不思議だったね。

 でも一つだけ残念なことがあったんだ」


 ピキッ ペキペキッ パキンッ


「ボクが魚の魔核を貰った後、コロ君が「ヒサメに魚の魔核を与えられたのですね⋯図々しい願いと重々承知をしておりますが、よろしければ野営地の確保や設営等、我々も微力ながらお手伝い致しておりますので⋯」とか言ってエニカ姉様をチラチラ見ていたんだ。

 エニカ姉様も「ちゃんと覚えてるから大丈夫だよ」って仕方ないように笑ってコロ君やソイル君を撫でてたんだ。

 正直それだけでも羨ましかったのに、その後すぐにエニカ姉様がソイル君に声を小さくして何かお願いしていたのを見かけてね。

 よく耳を澄まして聞いてみたら、エニカ姉様の下のお世話をソイル君にお願いしているのが聞こえたんだよ!

 その時、ソイル君の魔核の安定のためにエニカ姉様の聖水が必要なことは聞いたけど、それを聞いた時はソイル君が羨ましくって堪らなかったよ。

 自分の魔核を保つためにエニカ姉様の一部だったものが必要だなんて、魔力以外で特別な繋がりがあるように感じて嫉妬しちゃったんだ。

 だからつい「エニカ姉様の聖水をボクにも恵んでほしい」って我が儘を言っちゃってね。エニカ姉様を困らせちゃったんだ。そしたらコロ君も「私だってエニカ様のお恵みが欲しいです!」とか言い出してさ。

 ソイル君もオロオロして困っていた様子だったけど、最後はボクとコロ君がエニカ姉様に叱られたんだ。

 ソイル君は必要だから仕方ないけど、人の排泄物を話題にされるのは本当に恥ずかしいから止めてね、って。ボクもコロ君も謝ったら許してもらえたけど、エニカ姉様を困らせた上に怒らせちゃったから、あんまり我が儘を言わないように気を付けなくちゃって思ったよ。

 ⋯⋯ボクが家族としたかったことが、どんどん叶っていって浮かれてたみたいだ」


 カリッ カリッ ガリッ!


「みんな、みんな全部、姉さん達としたかったことなんだよ。ねえ、()()()


()()()()()()()()()()()()()?ヒサメ』


「コロ君⋯ボクがここにいるってよく分かったね」


 ヒサメが今いる場所。そこはエニカたちのいる野営地ではなく、今も凍てつく小さな泉の近く。

 氷を纏う姉たちが佇む銀世界にヒサメはいた。

 たった今、固い氷に覆われ動けなくなった姉たちを本当の意味で物言わぬ氷のオブジェクトに変えたばかりであった。

『エニカ様がお手洗いで席を外されてすぐ、魔力の補給で離れてよいか貴女が私に尋ねてきた時から、補給先の当ては大凡(おおよそ)の検討はついておりました』

「⋯ちょうど今、全部終わったところだったし、魔力も満たされたから戻ろうとしてたよ」

『魔力を補給出来たようで何よりです。今度こそ姉たちと別れの挨拶が済んだようですね』

「今まで過ごしてきた中で、一番穏やかに姉さん達とお喋りが出来た気がするよ。

 ⋯もうみんな、ボクの中にいるけどね」

『貴女が彼女らの魔核を取り込まなければ他の魔物の餌食になっていたでしょうから、貴重な魔力が無駄にならずに済んだことは喜ばしいことかと思いますよ』

「⋯そうだね。エニカ姉様のことがあるから姉さん達を許すことは出来なくなっちゃったけど、他の魔物に荒らされて姉さん達の魔核を奪われるのも嫌だったからここに来たんだ。

 どんな目にあっても、姉さん達のことを嫌いにはなれなかったからね」

『⋯ウンディーネたちからあれだけの仕打ちを受けたと言うのに、貴女のその心境は私の理解に及びません』

 呆れた様子のコロに、ヒサメは困ったように笑いかける。

「コロ君にとって、エニカ姉様以外に大切に想う人っているかい?」

『⋯⋯以前は私の創造主たるマスターがおりました。今はエニカ様が私の全てです』

「エニカ姉様と出会う前のボクが正にそれなんだ。知らなければ姉さん達が全てでしかなかった。

 エニカ姉様との出会いが、ボクの全てを変えてくれたんだ」

『⋯⋯なるほどですね。そのお気持ちは私にも身に覚えがあります』

「少しでも伝わったなら嬉しいよ。⋯そろそろエニカ姉様のところへ戻ろうか。

 ソイル君がいるとはいえ、エニカ姉様が眠ってから来ているから何かあったら⋯」

『そうですね。ヒサメの仰る通りです。

 こちらに伺う時に命属性の魔力で身体強化をして参りましたので、帰りはヒサメの肩をお借りしてもよろしいですか?その方が戻りが早いかと思われます』

「そうしたいのは山々だけど、姉さん達の身体だけ片付けてから戻ってもいいかい?

 もしくは一旦、コロ君をエニカ姉様とソイルくんのところへ送ってからまた来るようにしても?」

『ウンディーネたちの身体をどうするおつもりで?』

「ここにあるのはもう中身の無い抜け殻みたいなものだから、身体だけならボクの手で崩してしまおうと思ってね

 ⋯やっぱり他の魔物とかに姉さん達を好き勝手されるのは嫌というか、気に食わないんだ」

『なるほど。しかし今の静かな時間帯に氷を砕けば、音が森の中を響きそうですね。

 まかり間違ってもエニカ様の安眠を妨げる訳にもいきませんし、これ以上時間も割けません。

 私でよろしければ音を立てずに消すことが出来ますが、いかがしましょうか?』

「そんなことが出来るのかい?」

 コロの言葉に、ヒサメは首を傾げる。

『ええ。このように。』

「え」

 ヒサメは目の前で起きた光景が信じられず、思わず声が漏れた。

 コロが小さな人型へ変身した瞬間、姉たちの抜け殻が、一面の銀世界が、凍てついた泉が。

 凍りついていた全てが、何事もなかったかのように元に戻っていたのだ。

 銀に覆われていた緑は(よみがえ)り、森の奥では泉の水面がゆらゆらと月光に光るのが遠目で見ても分かった。

 ただ、ヒサメの姉たちは氷の一欠片を残すことなく消え去っていた。

『ヒサメ』

 今も想像以上の驚きに言葉を失うヒサメに人型となったコロが声を掛ける。



「今目にしたこと全て、エニカ様には漏らさぬようにお願いしますね。

 でないと、貴女をウンディーネの姉たちと同じ末路を辿らせねばならなくなります」

 コロと同じぐらいの大きさの青年は、涼やかな声でそうヒサメに言い放った。

 ヒサメは思う。


 やはりこのスライムとは相性が合わない、と。

 いくらエニカが大切にしている存在だと分かっていても仲良くなる想像が出来なかった。

 仲間内での争いや諍いを好まぬエニカのためにも、なるべく仲良くしておく気はある。

 けれど、コロの持つ得体のしれない力がエニカに少しでも牙を向こうとすれば、ヒサメは己の力を振るうことに躊躇うつもりは微塵も無かった。


「分かったよ、コロ君。

 コロ君こそ、その力をエニカ姉様の前で見せるようなヘマをしないよう気を付けてね」

『中々いい返事をしますよね、貴女』


 見た者を見惚れさせるような笑顔が互いに交わされた。

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