第三十五話 出発
「私は少しお声掛けしたけど⋯出発の前にコロはマスターさんと最後のお別れをしなくていいの?」
『はい。エニカ様とマスターのお骨を柩へと納めた時を最後と決めておりましたので、もう一度柩の蓋を開けてまでマスターの永き眠りを妨げずにおきたいと思います』
「⋯分かった。そしたらソイルにお願いするね」
『お願い致します、エニカ様、ソイル』
出発前、ソイルにお願いしていたマスターさんの埋葬をするため、洞窟内にコロとソイルを呼んだ。
「じゃあソイル。説明してた通りにお願いしていい?」
「ピギャッ」
私たちの雰囲気を悟ってか、ソイルはいつもより控えめな返事をして頷いてくれた。
「ピギャァッ!」
ソイルの声と共に、柩と柩の周りの地面だけが徐々に沈んでいく。
周囲の暗さも手伝って柩はあっという間に見えなくなった。
柩が沈むのを見届けてから、ご冥福を祈る気持ちでマスターさんへと目を瞑って手を合わせる。
周りが暗くてどれぐらいの深さまで沈んだかは分からない。
けど、段々と遠ざかっていた地面の音が止まり、今度は土が柩の上に落ちていく音が聞こえ始めた。
降り積もっていく土の音は厚みを増していき、ついには聞こえなくなった。
『ソイル、マスターを丁寧に埋葬して頂き、本当にありがとうございます。
そしてエニカ様も最後までマスターへ礼を尽くして頂き、感謝の言葉も御座いません』
「⋯ピギャッ」
「⋯ソイルもコロも一緒にお見送りしてくれてありがとう」
コロの言葉でマスターさんの埋葬が無事に終わったことを知って目を開けた。
ランタンの灯りでも地面はほとんど暗くて見えにくくなっていたけれど、今さっきまでマスターさんが眠る柩が埋葬されたとは思えないほど綺麗に整えられていた。
『エニカ様、ソイル。外に出ましょうか。
長居をしては出入り口付近に置いている荷物の心配もありますからね』
「⋯うん、行こうか、二人とも」
「ピギャッ!」
コロの言葉に促され、出入り口へ向かうことにした。
今度はこの洞窟自体を埋め立てるために。
――――――
実はコロとソイルに相談した際、マスターさんの埋葬を行った後に、この洞窟も埋め立てることに決めていた。
転移が起こりやすい場所であることは分かっているけれど、マスターさんが準備してくれた物品などは次の転移者分まで余裕はなく、防御魔法や灯火魔法が解けてきてしまっていることなどの理由から、場所自体を埋め立てて転移の条件の一つとなり得る空間ごと無くすことにしたのだ。
『さてソイル。もう一つ大仕事があります。
程度は低くとも魔石をふんだんに食べたので魔力に余力はあるでしょう?』
「ピギャァッ!!」
コロの言葉にソイルのやる気が十分にあるのが伝わる。
『エニカ様は荷物のご準備はいかがでしょうか?』
「私の方も大丈夫だよ」
私の荷物と言えば、コロに闇属性の魔力を注ぎ込んでもらって何とか荷物全てを詰め込めた肩掛けバッグとソイルを連れて歩くために使用する空袋を下げた杖、そして『結び石』と呼ばれる元の世界でいうところのコンパスの役割を果たす石をブレスレットみたいに巻き付けて完了している。
いつでもここを旅立つ準備は出来た。
『かしこまりました。ではソイル。お願いします!』
「ピギャッ!ピィギャアッ!!」
ソイルが一際大きく声を上げると、洞窟の奥から石や岩が崩れて落ちてくる大きな音が響き始めた。
気付いた時には洞窟の奥から大量の土砂が土埃を立てながら出入り口まで迫り、あっという間に洞窟を埋め尽くしてしまった。
「ピギャァ⋯」
ソイルは立て続けに大きな魔法を使って疲れがあるみたいだった。
でも、昨日の土壁や罠を設置した時のように崩れて倒れる程ではなさそうなのはちょっと安心したよ。
「今度こそお疲れ様、ソイル。
昨日も今日もいっぱい手伝ってくれて本当にありがとう。ソイルが休んでから出発しようと思うから、それまではゆっくり休んでね」
『お疲れ様です、ソイル。
エニカ様が仰るように貴方の回復を待ってから出発しようと思いますのでよろしくお願い致します』
「ピギャッ」
ソイルは安心したようにちっちゃく返事をすると、昨日程ではないけど平たくなってしまった。
「ソイル、思ったより疲れてたのかな⋯」
『あの格好がどうやら一番リラックスして魔力も回復しやすいようですね。
魔石を食べさせてはおりましたが、魔核が不安定であるために連続で魔力を使用した時の持続力や耐久力がすぐには取り戻せないのかもしれません』
「なるほどね。これから旅する時にはソイルが何度も魔力を使った時は気を付けるようにするよ」
『⋯エニカ様』
「ん?どうしたの?」
『この先、何があろうともコロは、コロだけは貴女様を支えお守りする者としてお側に最後までおりますことを改めてエニカ様に誓います。
エニカ様から見れば私は頼りなく見えるかもしれません。ですが貴女様を誰よりも何よりも大切に想いお守りし支えとなりたい気持ちは、この先の旅路でどのような者が現れても負ける気も引く気も御座いません。
出来ることなら、エニカ様が感じられた喜びや悲しみ、エニカ様がこの先抱えられるかもしれないご不安やお悩みなどありましたら、全身全霊をもって寄り添い分かち合いと思っております。
なのでどうか、お一人で全てを抱え込まないで下さいませ。
貴女様の相棒兼マネージャーとして、この世界での一番のエニカ様の味方として、私が常にお側にいることをどうか心の片隅にでも構いませんので置いて頂ければと思います』
私を真っ直ぐに見つめるコロの瞳は、太陽の光の下で見るとさらに美しくキラキラと輝いていた。
でもきっとこの綺麗さは太陽の光だけじゃない。コロの思いの現れでもあるんだ。
何が起こるか分からない旅の前だから、コロの言葉と気持ちに私もしっかり返そう。
「コロの言葉と気持ち、改めてしっかりと受け取らせてもらったよ。
でも、コロの方こそ抱え込まないでほしいよ。相棒兼マネージャーとして対等でいるって約束し合ったんだし、私だってコロのことを守りたいし支えたいと思ってるんだからね」
『エ、エニカ様っ⋯!!』
「ピギャ、ピギャァ!」
コロに応えたところでソイルの声が聞こえてきた。と、同時にズボンの裾を誰かに引っ張られた。
「あれ?誰が裾を引っ張って⋯え!?ソイル!?
どうしたのそのお手々!?」
「ピギャア!」
今まで砂山に大きな一つ目と口があるシンプルな見た目だったソイルに小さなお手々がついていたのだ。
「ピギギャ、ピギャ、ピギャッ、ピギャギャッ!」
「何か頑張ってお話をしてくれてる⋯もしかして、今の私たちの話を聞いて何か伝えたいことがあるの?」
「ピギャッ!」
ソイルは大きく頷いた。身振り手振りから察するに⋯
「自分も同じ気持ちって言ってくれてる?」
「ピギャアッ!!」
パアッと明るい笑顔になったソイルが、しゃがみ込む私の足元にお手々を添えながら抱きついてくれた。何この生き物めちゃ可愛い⋯
『クゥウウウ⋯!!ソイル、私とエニカ様の間に割り込むだけでなく新しいアピールポイントを存分に活かしてエニカ様を誑かすなんて⋯!!
しかし、私に手がつくとなれば触手状になるのは目に見えているので、エニカ様に私の触手が絡みつく様は⋯あり寄りのありですねっ!!!』
「ソイル、コロの様子が怪しいと思ったら教えてもらっていい?」
「ピギャッ!」
『あっ!ソイルッ!エニカ様からは怪しい様子があれば教えるだけの指示だったでしょう!
何もしていないのに早速ガードに入るとは何事ですか!?』
何だかんだで仲良くなっているような二人を見て、これからの旅の不安や怖さは少しだけ和らいだのを感じた。
コロもソイルもきっと私が旅のことで不安や恐怖など感じていたことに気付いていたんだと思う。
まだ出会ったばかりなのに、二人には助けてもらってばかりいるから、旅の途中でもう少し落ち着いたら恩返ししたいなぁ。
「コロ、ソイル、そろそろ行く?」
『!! 承知致しましたエニカ様!!』
「ピギャアッ!!」
そんなことを考えながら二人に声を掛ければ、二人ともすぐに元気な返事をしてくれた。
ソイルも回復したみたいだし、もう行かないとだよね。
――――――
「マスターさん。短い間でしたが本当にお世話になりました。いってきます」
もう入れなくなった洞窟の前で声に出して一礼をする。
肩に乗ったコロと、布に包まれて杖からぶら下がっているソイルも、私に合わせて一緒に一礼をしてくれた。
『ではエニカ様。『結び石』が示す方向へ向かって、まずは水辺を探しつつ森を出ましょう。
森を抜けた先にそれなりの大きさの街がありますので、そこで換金や買い物を致しましょう』
「分かったよ。じゃあ二人とも。出発しよう!」
『はい!』
「ピギャッ!」
二人と共にまずは一歩を踏み出すことが出来た。洞窟を振り返ることはなく進むことにした。




