第百四話 冒険者ギルド地下にて
「冒険者の罪人奴隷を雇う⋯だと?」
盗賊団討伐の一件でデュランタさんを通して冒険者ギルドのギルドマスターであるリヴォークさんに呼ばれ、現在マスター室へと通されている。
ギルドマスターから私達が討伐した事実は公表されない代わりに、ギルド側で可能な限りの配慮をしてもらえるという申し出を受け、コロからの助言もあって冒険者の罪人奴隷が雇えないか尋ねている最中だけれど⋯⋯
ギルドマスターの眉間によるシワが更に深まったのと、デュランタさんが信じられないものを見るような目で私を見ているのを見たら、不味いことを聞いたんじゃないかと思い始めてきて冷や汗が止まらなくなっていた。
(『エニカ様、焦る気持ちは承知しておりますがもう暫しご辛抱下さいませ⋯!ギルドマスターが何と返答しようとコロがご助言致します!!』)
そうコロは言ってくれるけど、ギルドマスターからの返答が無いことにジンワリ冷や汗が背中に滲み出してきた時だ。
最初にギルドマスターが口を開いた。
「⋯まず原則としてパーティーを組むといった方法になるが冒険者を雇うことは出来る。
冒険者にも色々おって、採集専門や後方支援など戦闘以外の能力に特化した者も少なくないからな。
その時の状況に応じて互いの総意を持ってパーティーを組み、目的の達成に必要な戦力や能力を補い合うことが出来るようになる」
冒険者同士の雇用について、ギルドマスターから説明を受ける。そして一呼吸置いてから問われた。
「が、何故よりにもよって冒険者の罪人奴隷を望むのか。理由を聞かせてもらおう」
ギルドマスターからの問いに、頭に響くコロからのアドバイスを元に考えを伝えることにした。
「理由は幾つかあるのですが⋯一番は対抗手段が確立されているからです」
「対抗手段が確立されているから?」
「はい。冒険者ギルドへ登録した時にデュランタさんから冒険者のパーティーに関する話をして頂いたのですが、冒険者同士でパーティーを組んだり解散する場合には報告が必要なことと、基本パーティー内の出来事に関する干渉をギルドはしないことをお聞きしました」
実を言うと、この内容はコロが覚えてくれていたものだ。
当の私はと言うと、デュランタさんから受けた説明の情報量の多さを自力では処理しきれていなかったのと、その時には他の冒険者とパーティーを組むことを考えていなかったから正直覚えてなかった。
「説明を受けた時、他の冒険者とパーティーを組んだ場合に、受けた依頼の報酬の取り分やパーティー内でのトラブルがあった場合の対処などは基本自己責任になるのだろうと思いました。
私達の場合、登録したばかりで冒険者としての経験が浅く、戦闘力も大して無いので、戦闘が出来て尚且つ経験のある冒険者を雇いたい気持ちがあります。
ですが、正直にお話し致しますと組んだ冒険者やパーティーによっては食い物にされることを危惧しております。
そのため他の冒険者や冒険者のパーティーを探す前に、いざとなれば確立された対抗手段を用いることの出来る罪人奴隷であれば、万が一問題が起こった場合の自己防衛が比較的行いやすいのではないかと判断したからです」
コロの助言を受けながら何とか一通り伝えることは出来た。
後はギルドマスターの返答を待つことしか出来ない。
ギルドマスターは考え込むように目を瞑り、次の瞬間には私達を見据えて話し始めた。
「ふむ⋯お前さん達の意向は分かった。
実際、数は多くないが一定数罪人奴隷落ちした冒険者はいるにはいる。
だがエニカ。お前さんが思うより冒険者の罪人奴隷の扱いは容易にはいかんぞ」
ギルドマスターの鋭い視線を向けながら続きを話す。
それを私は固唾を飲んで聞いていた。
「斡旋所にいる罪人奴隷と比べても主人側の規則が厳しく、課せられている処罰を罪人奴隷が遂行しているのか主人側が監視を兼ねる。
しかも、罪人奴隷落ちした冒険者を更生させるか否かで主人側の評価や評判に直接関わってくる。
通常の冒険者が罪人奴隷落ちした冒険者を雇った事例はそう多くない。雇ったとしても上手くいかない事例の方が多いぐらいだ。
それでも罪人奴隷を雇いたいと思うのか?」
ギルドマスターが問いかける。答える選択肢は一つだ。
「⋯⋯その人がどんな人か、見極めて決めたいと考えています」
「⋯⋯はぁ。お前さんの考えは変わらんようだな、
仕方あるまい。デュランタ。今地下に一人、罪人奴隷落ちした冒険者がいる。実際に会わせた方が早いだろう。地下へ案内してやれ」
「っ!?⋯承知致しました。
エニカさん、従魔の皆さん、ご案内致します」
ギルドマスターから呼ばれたデュランタさんは一瞬驚いた表情を浮かべた。
けれど、すぐに何事もなかったかのように綺麗な所作で扉の前に立ち、ほっそりとした右手を扉へと向けた。
「今から罪人奴隷のいる地下へデュランタに案内させる。会った後にもう一度ここへ戻って来るんだ。
そこで罪人奴隷を雇いたいのか、今一度尋ねるとしよう。分かったな?」
「⋯⋯っ!? はいっ!!」
(『流石ですエニカ様!ギルドマスターを前にしても物怖じせず、堂々とした発言に惚れ惚れ致しました!!』)
コロからの称賛の言葉に、助言をしてくれてありがとうの気持ちを込めて右耳に触れながら、ひっそりホッと息をつく。
ひとまず罪人奴隷となった冒険者との顔合わせはギルドマスターから許可を貰うことが出来た。
後は実際に会ってみてから考えることにしよう。
――――――
「エニカさんは何故、罪人奴隷にこだわって選択されるのですか?」
「え?」
コロ逹と一緒にデュランタさんの案内の元、マスター室から出て罪人奴隷落ちした冒険者がいるという地下へ向かう道すがら。
突然、デュランタさんから話しかけられた。
マスター室を出てから特別何かを話す訳でもなく、静かにデュランタさんの後ろをついて行ってたから、
突然の問いかけに一瞬、頭が追いつかなかった。
「マスター室でもエニカさんのお考えは聞きましたが⋯本心ではどう思っているのだろうか、と気になってしまったのです」
デュランタさんはあえて立ち止まり、私の方へ振り向いた。
その表情はマスター室で見掛けた落ち着き払ったものではなく、ただただ心配そうに私達を見つめていた。
⋯⋯私達が思うよりも、デュランタさんに心配かけちゃってたみたいだ。
「⋯心配をお掛けしてすみませんでした。
実を言うと特に罪人奴隷に拘っている訳では無いんです」
(『エニカ様?』)
コロがちょっと驚いたように声を掛けたタイミングでソイルとヒサメも私の方を見てきた。
この際だから私の気持ちをそのまま話そうかな。
「今の私達に必要なものは数多くあります。
まずは戦うための力や知識、経験など⋯今回、盗賊に襲われて戦った時に改めて感じました。
それらが無いとこの子達が簡単に傷ついてしまうことも⋯⋯
今回だけでなく、これまでもこの子達は身を挺して私を支え守ってくれました。数え切れないほどに。
私もこの子達を守りたいし力になりたい。
ですが今は私自身、力が無いことを痛感しています。
私自身が力をつけていくにしても、この子達の支えになりたいと願うにしても、今の時点ではこの子達以外にも他人の力を借りるという選択肢を取るしか無いのが情けなくはありますが⋯
でもこの子達を守ったり、支えることに繋がるのであれば、今はどんな方法でも片っ端から取り組んでみたり、試してみたりしたいと思っているんです。
何もしなければ現状なんて変わりませんからね」
罪人奴隷であればコロが言ってくれた守秘義務の徹底も出来る可能性があるけど、それ以上に今はどんな方法でもコロやソイル、ヒサメを支えたり、守ったり、私自身が力をつけることに繋がるのであれば、必要だと思ったことをなりふり構わず取り組んでみなきゃ前には進まないと思ってるのが私の本音だ。
⋯なりふり構わずはちょっと言い過ぎかな。危機管理も大事かなと思うし。
(『エニカ様⋯』)
「エニカ姉様⋯」
「ピギュゥ⋯」
「ん?どうしたの?みんな急に抱きついてきて。
今は地下に行かないとだから後でするから。ね?」
イヤーマフとしてくっついてくれてるコロはともかく、ヒサメとソイルがギュッと抱きついてきてしまった。
普段なら急に、特に人前でそんなことをする子達では無いんだけど⋯
「デュランタさん、すみません!時間を掛けさせちゃって!」
「いいえ。そんなことはございませんよ。
私もエニカさんのお気持ちを知ることが出来ましたわ。エニカさんのお気持ちを受けて、私も精一杯ご支援させて頂きますね」
「こちらこそそう言って貰えてありがとうございます!よしよしソイルもヒサメもいい子いい子、後で。後でだよ。すみませんお待たせしました!」
「⋯⋯⋯本当に健気で愛らしい方ですわ。だから私も⋯⋯」
みんなを宥め終わった時にはデュランタさんは前を向いていて、最後の言葉はよく聞こえなかった。
――――――
デュランタさんの案内で見た目からして鉄のような強固な金属で出来た扉の前に立つ。
デュランタさんが扉に触れながら手を触れると自ら開いた。
そこには地下へ繋がる階段があり、降りていくデュランタさんについて行く。
階段を下りた先は廊下を照らす燭台の炎が無ければ何処までも暗く、僅かな光に照らされた冷たい石畳と幾つも並ぶ牢屋を目の当たりにした。
「今ギルドで管理している罪人奴隷はこの奥の牢におります。こちらです」
デュランタさんは動じることなく歩を進めた。私達も後をついて行く。
しばらく暗い道のりを歩いていた時だ。デュランタさんが立ち止まった。
「こちらが罪人奴隷落ちした元ゴールドランク冒険者、『火炎の剣竜』アーグです」
デュランタさんの揃えられた指先が刺す方向にいたのは⋯
頑丈な檻の奥、更に何重にも鎖に繋がれた一人の男の姿が見えた。
初めに目についたのは暗闇の中でも目立つ燃えるようなざんばらの赤髪。
鮮やかな赤髪から覗く鋭い朱色の瞳と右顔面に施された入れ墨が次に目についた。
上半身は裸で汚れや細かい傷に覆われている。
けれどそれすらも危うい色気にすら感じる程の、パッと見人間に見える体格の良い男前だ。
けれど彼の頭から生える角や背後に見える爬虫類のような尻尾、尖った耳や口から覗く牙を見て、人間ではないことが一目瞭然で分かった。
目が合った瞬間、男が口を開いた。
「⋯そこにいるアンタ。ここに来たってこたぁ俺を買いに来たんだろ。俺を買っちゃあくれねぇか?」
低く大きな声では無いけど、彼の言葉は暗い地下に静かに、だけど確実に私達に届いた。
次回更新日は4/30の予定です。




