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第百話 街の宿屋にて2

「何から何まで皆さんすみません⋯でも本当にありがとうございます」

 クリストフさんが食事を部屋に持ってくるまでにちょっとした一騒動はあったけど、盗賊達との戦闘で緊張が解けたからか気を失ってしまった私と魔力の消耗が激しかったソイル、肩に怪我を負ったヒサメの看病をしてくれたマーサさん達に改めてお礼を伝えた。

「私達は大したことをしていないわ。でも大事をとって今日明日はゆっくり休むのよ」

「⋯何かあればこれを使え」

 マーサさんからは温かい言葉を掛けてもらい、クリストフさんからは小さな呼び鈴を渡されてさり気ない気遣いをしてもらった。

 ブランシュさんやブラウニーの子達は無言だけれど、ブランシュさんは丁寧なお辞儀で、ブラウニーの子達は手を振ったりガッツポーズみたいなジェスチャーを見せてくれたところを見ると、気に掛けてもらっているように感じた。

「ブランシュ次は君に勝ってみせるから覚悟するんだね!」

「ピギャピギャッ!」

「あ!コラッ二人とも!!」

「ふふっ、ヒサメちゃんとソイルちゃんみたいな元気な子達が来てくれてブランシュ達も張り切っちゃったみたいなの。

 でもヒサメちゃんは肩に矢を受けているのなら無理と無茶は禁物よ。ブランシュも少しやり過ぎだったわ。ヒサメちゃんに謝りなさいね。

 セピア、カーキ、オーカー、マルーン、テラコッタ。貴方達もね。ソイルちゃんに必要以上に持ちあげていたでしょう?」

 マーサさんの言葉を受けてすぐ、ブランシュさんとブラウニーの子達は綺麗な最敬礼の姿勢で謝罪の意を示した。

 あまりにピッタリ合わせた様子に私だけでなく、ソイルとヒサメも一瞬呆気に取られていた。

「⋯まあ、ボクも抑えが効かなくなっていたって思うから止めてくれたのは結果的にはありがたかったよ。

 だけど次はボクだって負けないからね」

「ピギャッ!」

「これでお互い仲直りとしましょう。それじゃあエニカさん。長居しちゃったから私達は失礼するわ。何かあったら遠慮なく言って頂戴ね。」

「⋯いつでも呼んで構わん」

 マーサさんとクリストフさんの言葉を合図にブランシュさんとブラウニーの五人もそれぞれ部屋から出て行った。瞬間。


「うぐっ!?⋯ヒ、ヒサメさん?」 ガシッ

「あの〜⋯ソイルさん?」 ギュッ

「⋯⋯コロさん?」 ビタァッ

 

 ヒサメは私の腰に、ソイルは足元に、一瞬でイヤーマフ姿から戻ったコロは頭にがっしりと抱き着いたり、しがみついてきた。

 ベッドから起き上がっていたものの、みんなからの突然のホールドに一瞬、何が起こったか分からなくて目を白黒させてしまった。

「ちょっ、みんな苦し⋯」

「エニカ姉様⋯目が覚めて本当に良かった⋯」

 腰に抱きつきながら小さな声を漏らすヒサメ。

 ヒサメが顔を埋めいている腰の辺りがじんわりと冷たくなっていっている。

「ピギィィ⋯⋯」

 いつもならいい子してベッド下にいるソイルが、私の足元に縋り付いて大粒の涙を流している。

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯エニカ様」

 コロは長い沈黙の後、ぽつりと私の名前を呼んでくれた。

「本当ならば⋯⋯賊に囲まれた時、賊の出方を確認する前にソイルが蹴られたのを見て即攻撃したことを諌めるつもりでした⋯⋯

 魔力操作や魔法の練習のみならず、魔物との戦闘経験すら殆ど無い中で勇ましく戦われたことを全力で称賛するつもりでした⋯⋯

 ⋯⋯賊に囚われた時、どうなるのか不安を抱えられていたでしょうご状況の中で私の言葉を信じて目を瞑り、真っ直ぐに走り出して下さったことに溢れんばかりの万謝の気持ちをお伝えするつもりでした⋯⋯

 ⋯⋯エニカ様が倒れられた時、擬態を解いてしまいそうな程の衝撃と悲しみを受けたこと、目覚めた時に一番に喜びと安堵の気持ちをお伝えしたかった⋯⋯

 しかし⋯⋯」

 頭の上でコロが小さく震えている。

「我々が至らないばかりに⋯⋯エニカ様を危険で恐ろしい目に合わせ、限界を迎えていらっしゃることを承知で魔法を使うことを提案し⋯⋯

 自らが傷つくことを理解した上でヒサメの傷を懸命に治そうとされていたこと⋯⋯あの門番達がいなければあの賊達を退けることも、倒れられたエニカ様を咄嗟にお助けることが出来なかったことに対して、私達、いえ、私はエニカ様に顔向けすることが出来ないのです⋯!!」

 今も私の頭の上で震え続けるコロ。

 この子は二人と違って涙を流せないけれど、悲しみや怒り、苦しさや無力感などの様々な気持ちに苛まれていることは、コロの気持ちの一欠片でしかないかもしれないけど伝わってきた。

「⋯⋯それはボクもだよ、コロ君。

 賊達を倒すためのもう一押しの前に力が尽き掛けたし、エニカ姉様を庇って守れたけどその分心配を掛けちゃったし、倒れたエニカ姉様を見た時なんて頭が真っ白になって⋯介抱したり、抱えて帰ることが出来なかった⋯⋯

 ⋯⋯本当に自分が情けないし、悔しくて堪らないよ⋯⋯!!」

「ピギ⋯⋯」

 私の腰に顔を埋めながらくぐもった声で気持ちを吐露するヒサメと、落ち込んだ様子で項垂れるソイル。

 ⋯⋯みんなの気持ちは、痛いほど伝わってきた。

 今度は私が伝える番だね。

「コロ、ソイル、ヒサメ」

 私の呼びかけにみんな、一瞬動きを止めた。

「コロ、頭の上はちょっと重いからここに来ようね」

「え、エニカ様⋯!?」

 まずは有無を言わさずコロを頭から下ろして足に乗せる。

「ソイル。私のここにおいで」

「ピッ?ピィ⋯」

 次に手でぽんぽんと座る場所を示しながら、ソイルをヒサメが抱きついている側と反対側に来てもらった。

「ヒサメは顔を上げて、ね?」

「⋯⋯エニカ姉様」

 最後にずっと顔を埋めて表情が見えないヒサメの顔を上げさせた。

「コロ。私が盗賊の一人を攻撃しちゃった時も、巨人を相手にした時も、巨人に止めをさせなくて盗賊に捕まっちゃった時も、盗賊から逃がしてくれた時も、私が動けなくなっちゃった時も、いつだって冷静に私を導いてくれてありがとう。

 あの時、何もしなければきっと相手は私の大切な子達をもっと傷つけたかもしれない。

 コロが私の傍を離れないでいてくれたから私は盗賊と戦うことが出来たんだよ。それに⋯捕まった時、あの盗賊から守ってくれて本当にありがとう」

「エニカ様⋯」

「ソイル。蹴られた時は痛かったり苦しかったりしただろうに、すぐに立ち上がって一緒に戦ってくれてありがとう。

 他の盗賊だけじゃなく、あの復活した巨人相手にも一生懸命に戦ってくれたね。ローボルさんとヒュースさんが来てくれた時も咄嗟にヒュースさんの手助けをしてくれたのも凄かったよ。本当にありがとう」

「ピギャ⋯」

「ヒサメ。盗賊相手に戦ったり、ずっと私のことを守ってくれてありがとう。

 ⋯⋯私を庇って、矢に刺されても守ってくれて本当にありがとう⋯ローボルさんとヒュースさんにすぐに助けを求めたことも⋯⋯でも⋯ごめんね⋯私のせいで傷ついたり、私が言わないといけなかったことを言わせちゃったり⋯⋯」

 ああ駄目だ。ヒサメにちゃんと伝えたいのにボロボロと涙が出てくる。

 戦っていた時なんて少しも出てこなかった癖に、伝えたいことがある時ばかり邪魔をするようにでてくるなんて。

「⋯⋯エニカ姉様、泣かないでよ。

 エニカ姉様の涙、溶けちゃうぐらい熱くて綺麗だけどそんな顔をさせたい訳じゃないんだ」

 ヒサメが私の涙を指で拭いながら悲しげに私を見つめていた。

「⋯⋯エニカ様。私は、私達は今日のことを教訓に、糧にしてエニカ様が辛く、悲しい思いをされないように努めます。

 でも、今はこの雫に打たれさせて下さい。

 ⋯⋯私は泣くことは出来ませんが、エニカ様の悲しみや辛さをほんの少しでも共有し、分かち合いたいのです」

「ピギャァ⋯」

 コロとソイルも涙を流す私の元へ来て、案じるように見上げていた。

 私がみんなを少しでも支えたいと思ったのに、私の方が支えられていた。

 三人とも、私が泣き止むまでずっと傍にいてくれた。


――――――


 裏の小路亭一階にて。

 夜更けにも近い時間帯、裏の小路亭のもう一人の店主でこの屋敷の主人であるマーサは暖炉の傍で一人、編み物をしていた。

 一見するとメイド服のみが浮かんだゴーストのような妖精、シルキーのブランシュが時々暖炉へ薪を火にくべながらマーサの傍を控えている。

 長年の付き合いであるブランシュにマーサが一人言のように話しかける。

「エニカさん達、早く元気になってくれると良いわねぇ⋯いつかは()()()()()()()()()ともお話ししてみたいものね」

 穏やかに微笑むマーサに、ブランシュはただ静かに傍に立っていたが、沈黙をもって肯定の意を表していることをマーサは知っている。

 後は時折、パチパチと火が散る音だけが部屋に響いていた。

次回更新日は4/16の予定です

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