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冴えない僕シリーズ〝忌木島教諭の滋養〟

作者: ふじきど



  ここは、日本のどこかにあるごく普通の高校。

 全校生徒数699名、教員数18名。

 進学率およそ75%、就職率約25%。

 数字だけ見ればごくごく一般的な学校のそれである。


 ──ただ、普通と名乗るには難しいある点が、この高校の名前を

   周囲に〝悪名〟として広めていた。



  「柴田さ~ん、今日はどこに行くんすかぁ?」

  「よ~ぉ川端君じゃ~ん!!

   今日はさ、例の店で()()買っちゃおうかと思ってるわけよぉ!」

  「きゃはは!アレとかぁ、そんな言い方したらビビっちゃう人いんじゃな~い?

   素直に言ってあげなよぉ~!」

  「おぉっとそれもそうだなぁ!今日はよぉ──」



 その理由は、不良と呼ばれる生徒たちが3分の1を占めていることであり、

 その対処に教師陣が追い付けていないことだった。


 授業に不必要なものの持ち込みは日常茶飯事であり、

 それを指摘した教師が今までどうなって来たかは

 良く知られていたのだった。





 そんな高校に教育実習生としてやって来た晴島ハレジマは、

 付き添いとして歩いている中年の教師、忌木島イキシマに尋ねた。


 

  「あ、あの~……この高校って不良生徒が多いって聞いたんですが、

   他にはどんなタイプの不良が居るんですか……?」

  「はぁ、どんなタイプの不良が居るかと聞かれましてもねぇ……」



 厳めしい顔をした忌木島は、昔ながらの頑固な考えが現れていると

 言ってもいいほどに顔を歪めて返答した。


 生徒が不良ばかりと聞いていたが、まさか教師は堅物然りと言った

 人物が多いのだろうか?晴島は今からこの学校に教育実習生として

 当てがわれてしまった自分の不運を呪った。


 小学校や中学校は良い生徒が多い学校で学ぶことが出来たというのに、

 なんで高校だけこんなヤバそうな学校になってしまったのか。


 少なくとも昼までの授業で非行や暴力を振るうような生徒には

 出くわさずに済んだが、前評判を聞いてからトイレにも1人で入れなかった。

 


  「この~、学校の生徒たちはねぇ……確かに授業に関係ないような

   物を持ち込んでくるような生徒が多いけれどねぇ……それでも

   授業を滅茶苦茶にするような生徒はいないんですがねぇ……」

  「は、はぁ……でもそれだったら、この学校の評判は──」



 そう言いながらある教室の前を通った際、


 ──晴島は見てしまった。


 ある1人の生徒が、いかにも不良然とした2人組に詰められているのを。


 声は全て聞こえたわけではないが、嗤われているように思える。

 ここで起きている非行とは、

 

 ……いじめ、なのだろう。



  「……っ!!」



 晴島はその光景を目にしておきながら、飛び出すことが出来なかった。

 それを止められるだけの勇気が、晴島にはなかった。

 今までの人生でそのような光景に出会ったことは一切なかったが、

 実際目の前にしたら飛び出して止められると漠然と考えていた。


 ──実際に光景を目にしての実態が、これだった。


 情けなかった、惨めだった。

 教師を志しておきながら、いじめを止められない自分が腹立たしかった。



  「……あのっ!!」

  「ん~?なんですかねぇ……」



 だから、せめて出来ることをやろうと思った。



  「そ、そこの教室で……っ、いじめが、起きてました!!

   学校として、何か手を打たないんですかっ……!?」

  「ほぅ、いじめねぇ……」



 忌木島と共に何歩か後退って教室の中を覗き見ると、

 先ほどの2人が生徒に笑い声を浴びせながらこっちにやって来た。



  「あっ?忌木島先生じゃあないっすかぁ!こんちは~っす」

  「きゃはは!今日も先生お・ひ・る、楽しみにしといてよねぇ~」



 ……完全に教師を舐め切った態度で言葉を浴びせてくる2人に、

 晴島は震えあがった。

 この生徒たちが、おそらくこの学校の汚染の元凶なのだろう。

 彼らに対する忌木島の態度こそが、この学校の不良に対する

 答えなのだろうと、晴島はその雄姿を目にしなければと思った。

 

 ──だが、その反応は忌木島の答えに完全に崩れ去った。



  「あぁ、こんにちは。お昼楽しみにしてますからねぇ……

   それと、芋澤君にはまた構ってあげてくださいねぇ……

   彼、下手をすれば孤独になりがちだからねぇ……」



 あぁ、この学校は駄目だ、晴島は直感した。

 根底から腐りきってしまっている、教師までがこんな調子では

 あまりにも底が知れていた。


 そんな場所で教育実習などしなければならないことを、

 晴島は恨みに恨んだ。






 職員室に戻ってきた晴島は、席に着いて深くため息をついた。

 2週間という短い間では、この学校の根底を変えることは不可能に近い。

 だが、この教師にしてこの学校では変わることは決してないだろう、

 せめてあの生徒1人だけでも救うことは出来ないだろうかと考えた。


 

  「ん~?晴島先生、お昼は用意されてないんですねぇ……

   確かに学食もありますから、お昼には困りませんがねぇ……」

  「……そうですか」



 本当は母が弁当を用意してくれているのでそれを食べればいいのだが、

 今はそんな気分にはなれなかった。


 この学校を腐らせているのだろうあの2人を何とかしなければ、

 ここは永遠に変わらないだろう。

 なんとかあの2人だけを呼び出して心変わりさせることが出来れば──



  「先生~、今日もいいっすかぁ~?」

  「きゃはは!断んないでくださいね先生~」

  「待ってましたねぇ……それでは行きましょうかねぇ……」


 

 ……まさか考えていた相手が向こうからやって来るとは思わなかった。

 そして呼び出されたのは、忌木島教諭、

 もしかしたら彼も被害者の1人だったのだろうか?

 それにしては反応がおかしくはある……まさか癒着?


 考えが纏まらないが、今この瞬間を逃すわけにはいかなかった。



  「ま、待ってください……!ちょっとお話良いですか?」

  「へぇあ?なんすか、この人ぉ?」

  「唐突すぎ~、こっちも用意できてないんですけど~?」



 2人組が困惑、までは行かなくともたじろいでいるのを感じて、

 今ここで説得することが決着をつける瞬間だと確信した。



  「そこの2人が……いじめを助長しているのはわかってるんですよ!!

   さっきも教室で生徒を1人脅していたか、嗤い者にしていたでしょう!!

   もう悪事はおしまいだっ!!ここで全て曝け出して、観念しろっ……!!」


 

 膝ががくがくと震えるのを必死に押し殺して、

 生まれて初めて〝敵〟を糾弾する。

 ここで倒さねばならない、敵を倒すために──



  「いじめ……っすか?そ、う見えちまってたのかぁ……」

  「芋澤にそういうことしてるみたいにぃ……?

   なんか、不味いねそれ……ただ単に放課後に

   サンデー作ろって言っただけだったんだけど……」

  「へ……?サンデーって……」



 ふつふつと職員室の中で笑い声が聞こえてきて、

 なにか、自分はとんでもない勘違いをしているのかと

 晴島は今になって気が付いた。



  「はははぁ、晴島先生は何か勘違いされているようだねぇ……

   彼らは芋澤君と一緒によく放課後に家庭科室で、食べ物を

   試作しているんですよねぇ……それで一度注意しに行ったら、

   私も試食に付き合わされちゃいまして、その時食べた

   から揚げやトンカツが美味しくてねぇ……2人が試作品を作っては

   私や他の教師たちに振舞ってるんですよねぇ……食材の持ち込みなんて

   本来はいけないんですが、すっかり胃袋を掴まれちゃいましてねぇ……」

  


 職員室からは「私もその口なんです」「私も……」と口々に声が上がり、

 晴島はへなへなとその場に崩れ落ちた。

 勇気を振り絞っていじめを止めさせたと思えば、何もかも自分の

 勘違いだったとは……



  「でも、その勇気凄ぇっすねぇ!

   俺たちが同じ状況に置かれてたとしたら、

   ブルって黙り込んじまってますよ!!」

  「それ言えてる~!まさにヒーローって感じじゃん!

   そんな先生には、アタシの作りかけだけどサンデー奢ったげる!」

  「ほぉ~、凄いですねぇ……梅川さんのサンデーは絶品ですからねぇ……

   ちょっとばかり悪いことには目を瞑ることにはなりますが、

   一緒に食べてみてはどうですかねぇ……一緒にご飯を食べれば、

   生徒との距離も近くなりますしねぇ……」



 忌木島教諭の顔は、孫を見る祖父のような柔和な笑みになっており

 その顔からは邪気のようなものは何も感じ取れなかった。



  「えっと……そうしたいのは山々なんですが……

   腰が抜けちゃって……」

  「はははぁ、勇気を出した結果ですからねぇ……そんな格好も

   格好いいですよ」



 そう言いながら、忌木島と2人組がこちらに手を差し出してくれる、

 晴島ははにかみながら、その手を取って立ち上がった。


 料理とは時に、心を映す鏡となるという。

 相手を思っていなくては、美味しいものは作れないから。

 美味しいものを作り出せるのは、綺麗な心を持っているからだ。

 

 ──そんな母の言葉を、今になって思いだした。


 いつも作ってもらっていた母の弁当が美味しいと感じていたのは、

 自分のことを思ってくれていたから、

 そして彼らが作る料理を忌木島が美味しいと感じているのは、

 彼らが本当に心から美味しいものを相手に食べさせたいと

 願っているからなのだろう。


 そんな2人のことを疑った自分を内心叱りつけながら、

 いったいどれほど美味しいのだろうと想像する。


 そして、良ければ母のお弁当もこんなに美味しいんだよ、と

 自慢をしたいとも思ったのだった。






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