待ってる~春~
僕は行かなきゃ。
なにがあるのかは知っているんだ。
だけど行かなきゃ。
一度終わらせなければ。
終わらせなければ、次の者が始めることは、難しい。
僕の鳥。
アウラ。
一緒に種となり、共に生まれて、ふたたび還る僕のともだち。
ごめんよ。
僕は誤ったみたいだ。
豊穣は枯れない泉にしか湧かないのだから。
豊穣を塞いでしまうわけには、いかないんだ。
僕は繋いでゆく者だから。
継承させる根と枝の、節にあたる者だから。
送り出す者だから。
ここへ来て、アウラ。
僕は今、ひとつの約束を果たすよ。
待ってる。
僕のともだち。
待っていて。
わたしの友。
わたしは今、そこへゆく。
あなたはあなたを以て豊穣をひととき封じるのですね。
時の環が閉じるときまで、豊穣を受け継ぐ者よ。
ウマト。
わたしの友。
わたしの翼は強い。
心配しないで。
わたしの嘴は空を斬る。
わたしは速い。
そうだったでしょう?
わたしの声は星を震わす。
わたしの力は二つとない。
友よ、わたしのために泣かないで。
わたしの翼は強い。
ほらもう、まもなく。
待っていて。
私の友よ。
今、そこへゆく。
「ウマト」
鳥が青年の名を呼びやってきたのは、瞬く間であった。
青年は、あの強い鳥の羽根の抜け落ちる様を見る。
抜け落ちた羽根は氷のように砕け、光の粉になって宙に消え入った。
「アウラ」
青年は友の名を呼んだ。
鳥の瞳は赤く、穏やかで、しずかにこちらを見つめている。
辺りは火が燃えて、薄暗くなった夕闇をぼんやりと照らしていた。
皆は逃げたはずだ。
アウラとつくった見えない路を行ったはずだ。
大丈夫。
日の沈む方角へずっと下り、皆の前には太古からの約束の地が拓けてくれるはずだ。
青年はにっこりと笑う。
友を見て、さらに笑った。
「今回は、ここまでだ」
すこし残念そうに、さみしそうにそう言うと、鳥の身体に寄り掛かった。
鳥の羽根は光を照り返す羽根。
感情や想いが虹のように身体の表面を走る。
鳥は身体を光らせて見せた。
青年が幼い頃に、これをたいそう喜んだから。
鳥と青年は、顔を向け合い、微笑む。
さあいこう。
豊穣は継承する。
そう決めた。
待ってて。
これから僕の預かる豊穣を、後へと繋ぐよ。
心配しないでほしいんだ。
受け取って。
そして
君が次に、繋いでほしいんだ。
豊穣は受け継がれる。
ずっとね。
受け継いだら、次へ、渡してほしいんだ。
約束だよ。
またね。
鳥と青年の神話は、今も続いている。
それぞれの胸にある泉に豊穣が湧く。
おわり
赤い瞳の銀の鳥 の最後のシーンを短編として投稿しました。
命を終らせるように見えますが、存在する次元を変えて還る、という意味で今のすべてと別れようとしています。
この世にいるための情報を解き、その情報へ受け継ぐべき豊穣を折り畳んで自らを還元する。
次の命へと継承することを選択した、ということなのでした。
豊穣とは何か?というのは私自身未だ明確ではありません。
ですが、いまこの時点においてわたしはその恩恵に預かっていることは確かなのです。
初めに夢にみたときに、この最後の場面が強烈でした。
赤い瞳の銀の鳥そのものはまだ続きます。
そして、不幸な話でもありません。
淡々とそのときを生きた人たちの記録のような物語になると思います。
命はめぐります。
どんなときも。
だからわたしたちはここにいます。
ありがとうございます。