第5章 「絵馬を撫でるな、撫で牛撫でろ」
多少のハプニングは無きにしもあらずだけど、どうにか絵馬は書き上がったね。
後は境内に設けられた奉納所へ行って赤い糸で結わえたら、それで奉納完了だよ。
天満宮の太鼓橋や大鳥居が描かれていたり、或いは干支が描かれていたり。
チラッと見ただけだけど、絵馬と一口に言っても色々あるんだね。
そんな中で、京花ちゃんの絵馬はある意味では異彩を放っていたの。
「こうして他の絵馬と並べてみると、私の絵馬だけ不格好だなぁ。削った時は上手く行ったと思ったのに…」
絵馬の修復箇所を軽く指で撫でながら、京花ちゃんは口惜し気にぼやいていたの。
黒い油性インキが染み込んだ所を削ったせいで、そこだけ陥没しちゃったんだね。
そうかと言って、凹凸が目立たないように満遍なく鉋掛けしたら絵馬の図柄まで消えちゃうし。
只でさえ、鳥居の端っこが少し欠けちゃっているのにね。
「当たり前だろ、お京。絵馬なんて高い物じゃないんだから、書き損じたら買い直せば良いじゃないか。その方が天満宮の売り上げにも貢献出来るだろうに…」
こうしてマリナちゃんが出した提案も、これはこれで難しいんだよなぁ。
絵馬を買い直すだなんて、聞いた事も無いよ。
御御籤の引き直しは駄目って聞いた事があるけど、絵馬はどうなのかな。
「オヤオヤ、マリナちゃん?さっき『絵馬なんて』って言わなかった?そういう言い方は良くないと思うよ。絵馬には私達を始めとする参拝客の願いが込められているんだから、蔑ろにしたら罰が当たるかもよ!」
こらこら、京花ちゃん!
言ってる事は間違いじゃないけど、絵馬を削った京花ちゃんが言ったら説得力も半減だね。
「みんなの願いが書いてある絵馬を蔑ろにするのは良くないよ、マリナちゃん。ほう、どれどれ…『大きくなったらマスカー騎士になりたい。』だって。特撮ヒーローが好きな男の子が書いたのかな。」
「絵馬を読み上げる奴があるかよ、お京!」
オマケに人様の絵馬を覗き見しようだなんて。
幾ら何でも、それは流石にマナー違反だよ。
マリナちゃんが文句を言うのも無理は無いよ。
「オールドファン的には『マスカー騎士になるとサイボーグ手術を受けないといけないし、サタン機関のサイボーグ怪人と死闘を演じる覚悟はあるかな?』って聞いてみたくなっちゃうね。メタ的な視点で言うなら、『身体を鍛えてスタントマンの養成所に入るか、イケメン俳優になってオーディションを受ければ、マスカー騎士になれるよ。』ってアドバイスが出来るかな。」
夢があるんだか無いんだか、何とも微妙な発言だよね。
あの絵馬を書いた男の子が言いたいのは、そう言う事じゃないと思うんだけど。
「この絵馬にだって千里ちゃんの合格祈願の思いが込められている訳だし、こっちも英里奈ちゃんやマリナちゃんの願い事が込められている訳じゃない。へえ、どれどれ…?」
このまま放置したら、京花ちゃんは私達の絵馬まで覗き見しちゃいそうだね。
幾ら友達だからって、「親しき仲にも礼儀あり」って言うじゃない。
とはいえ下手な言い回しでは、たとえ正論でも角が立っちゃう訳だからね。
古人曰く、「人と屏風は直ぐには立たず」。
ここは一つ、私なりに一計を感じなくちゃ。
待てよ、確かこの堺天満宮には…
よしっ、あの手でやってみるしかないかな!
「抉った絵馬を撫でるのも結構だけどね、京花ちゃん。せっかく堺天満宮に来たんだし、もっと良い物を撫でてみないかな?」
「えっ、もっと良い物?」
ピタッと硬直して振り向いたのを良い事に、私は京花ちゃんの手を取って此方へ引き寄せたの。
この様子だと、もう一押しって所かな。
「いつか京花ちゃん達にも話したとは思うんだけど、この堺天満宮の撫で牛は他と一味も二味も違うんだ。ご希望とあれば、当事者であるこの私が懇切丁寧にガイドしてあげてもいいんだよ。」
「ああ、そういや言ってたね!この堺天満宮の撫で牛は、千里ちゃんと縁があるって!そうと決まれば、ボランティアガイド様に御案内頂きましょうか!」
どうやら京花ちゃんの好奇心の矛先を上手い具合にスライド出来たみたいだし、一先ずは目標達成と考えて良いよね。
馴れ馴れしく肩を組みながら「早く早く!」とばかりに急かしてくる京花ちゃんが少しウザったいけど、ここは堪えてあげなくちゃ。
この程度の辛抱なんて、大事の前の小事だよ。