第3章 「生い立ちは二拝二拍手一拝に現れる」
新春特有の冷たい風にサイドテールを揺らされながら、天満宮の境内に颯爽と現れた遊撃服姿の二人組。
彼女達二人こそが、私と英里奈ちゃんにとっての共通の待ち人だったんだ。
右側頭部で結い上げた黒いサイドテールと右目を隠した前髪が特徴的な和歌浦マリナちゃんは、大型拳銃を個人兵装とする射撃と近接格闘の得意な子で、そのクールな美貌と所作で部下の子達の熱い視線を独り占めにしているの。
そして左側頭部で結い上げた青いサイドテールと綺麗に切り揃えられた前髪が印象的な枚方京花ちゃんは、鞭と光刃剣に変形出来るレーザーブレードを得物とする剣士で、その優れた腕前は御子柴1B三剣聖の一角を担う程なんだ。
そんなマリナちゃんと京花ちゃんの二人は実に気が合って、「B組のサイドテールコンビ」とも呼ばれているよ。
確かに拳銃使いと剣士なら互いの死角をバッチリとカバーし合えるから、何かと重宝なんだよね。
二人は今でこそ私の上官だけど、元化二十二年四月正規配属にして同じ堺県立御子柴高校の一年生という縁もあり、日頃から懇意な仲の友達なんだ。
「マリナさん、京花さん。新年明けまして御目出度う御座います。」
「やあ、マリナちゃんに京花ちゃん!二人とも、明けましておめでとう!」
礼儀作法の教本にあるような美しい会釈で応じる英里奈ちゃんと、気楽に右手を挙げる私。
育ちの差ってのはこういう所に出るんだろうな…
こうして同期生の友達四人で落ち合えた事だし、天満宮での初詣を始めたい所だね。
御神前に向き直って姿勢を正し、後は心静かに二拝二拍手一拝。
神道式の参拝方法は基本的に何処の神社でも共通だから、戸惑わなくて良くて本当に便利だよね。
だけど私は、この参拝の時にも英里奈ちゃんの姿勢の良さに驚かされちゃったんだ。
直立から九十度に腰を折る御辞儀の姿勢が美しいのは前述の通りだけど、二拍手の時に胸の前で両手を合わせる動きに一切の無駄がないんだよね。
「大したもんだな、英里。そんな洗練された参拝の動きは、ちょっと私達には真似出来ないよ。」
「ホント、ホント!流石は華族の御令嬢って感じだよね。」
B組のサイドテールコンビによる冷やかし混じりの賛辞に、生駒家の次代当主の座を約束された少女は照れ臭そうな微笑を浮かべて頷いたんだ。
「有り難う御座います、マリナさん、京花さん。何しろ妹の美里亜さんや分家筋との縁も御座いますから、神社へ参詣する機会は何かと多いのですよ。今日につきましても、嵐山の初詣からUターンしたばかりなのですからね。」
「ああ、成る程!確かに言われてみれば…」
この説明には、京花ちゃんもストンと腑に落ちたって感じだね。
何しろ英里奈ちゃんの身内には、神道関係者がいるんだもの。
神道式の参拝作法に人一倍手慣れているのも、そりゃ確かに道理だよね。
「そういや美里亜ちゃんとは、堺祭りの時に会って以来だね。美里亜ちゃん達、元気そうだった?」
「至って息災の様子でしたが、先方には神事の準備も御座いますからね。二言三言と挨拶を交わすのがやっという有り様です。」
確かに神社仏閣にとって、初詣の参拝客が詰めかける年末年始は書き入れ時だからね。
現役高校生の美里亜ちゃんだって、次期大巫女ならば神事で重要な役割を担っているだろうな。
こないだの堺祭りの時みたいに、年始の巫女神楽でもやっているのかな。
そんなに忙しい状況なら、おちおち応対なんてしていられないよ。
たとえ訪ねて来たのが実の姉だからって、それは仕方ないね。
「そうした多忙のせいか、美里亜さんったらこのような愚痴を私に漏らすのですよ。美里亜さん曰く、『英里奈姉様が私の影武者を務めて下さったら、少しは楽を出来るのですけど。』だそうで。」
「か、影武者ねぇ…」
確かに英里奈ちゃんと美里亜ちゃんは顔も背恰好も瓜二つでヘアスタイルもそっくりだけど、外見を取り繕うだけじゃ流石に無理があると思うんだよ。
前に京花ちゃんの御先祖様がタイムスリップして来て子孫に成り済まして凌いだ事があったけど、細かい所でボロが出そうになって危なっかしかったんだよなぁ…
まあ、世代を隔てた先祖と子孫に比べたら、同時代の一卵性双生児の方がまだ入れ替わりの難易度も低いかも知れないけどね。
「まあ、美里亜さんと致しましても単なる冗談の御積りだったようですけどね。慌てて辞退する私に『そう真に受けなくても…』と苦笑を浮かべておりましたが…全く、困ったものですよ。」
口では「困ったもの」と言っていたけど、英里奈ちゃんの声色は明るかったし表情も晴れやかだったの。
そもそも考えてみれば、英里奈ちゃんは美里亜ちゃんのお姉さんに当たる訳だからね。
自信満々で強気な性格をした美里亜ちゃんの方が、しっかりしていてお姉さんに見えちゃうけど。
そんなしっかり者の妹に冗談混じりとはいえ頼られて、英里奈ちゃんとしても満更じゃなかったのかもね。