第2章 「姉妹の再会は嵐山の境内で」
そんな物思いに耽っていた私を現実に引き戻したのは、英里奈ちゃんの次なる一言だったんだ。
「それに今日の午前中は、京都の嵐山を参詣致しておりましたからね。次期大巫女として神事に携わっている妹の手前も、姉である私が遊撃服や洋装で境内で立ち入るのは好ましくない。そのように判断致しました結果が、今の和装なので御座います。」
「そっか…この三ヶ日は牙城大社だって書き入れ時だもんね。美里亜ちゃん達も今頃は大忙しなんだろうなぁ…」
和装のクラスメイトに相槌を打ちながら、私は京都の嵐山にいる友達に思いを馳せたんだ。
堺県堺市の生駒家に双子の姉妹が産まれたのは、今から十六年前の事だったの。
ところが生駒家の双子の姉妹は、産まれて間もなくして別々の人生を歩む事になったんだ。
姉である英里奈ちゃんは跡取り娘として実家に残されたんだけど、妹の美里亜ちゃんは嵐山の分家へ養女に出されたんだよ。
この分家というのが、牙城大社という長い歴史を誇る大きな神社で代々宮司を務めている一族で、美里亜ちゃんは大社の要職である大巫女候補となるべく引き取られたんだ。
実の両親から引き離され、物心のつかないうちから重要な宿命を負わされる。
ここだけを切り取れば、美里亜ちゃんの方が遥かに過酷な運命を辿っているように見えるかも知れないね。
実際問題、美里亜ちゃんだって色々な苦労をしているんだよ。
何しろ牙城大社は神道系の霊能力者を主体とした武装集団である「京洛牙城衆」の総本山で、霊能力の才能を伸ばした美里亜ちゃんも戦闘要員として何度となく修羅場を踏んでいるんだから。
巫女装束に身を包んで日本刀や薙刀を携え、怨霊を始めとする超自然的な脅威に戦いを挑むというのは、生半可な覚悟じゃ務まらないよ。
去年の十月に堺県立大学付近で発生したオカルト絡みの事件では京洛牙城衆の人達と合同捜査にあたったんだけど、その時に美里亜ちゃんが演じた大立ち回りは見事な物だったよ。
低級な悪霊の憑依した空飛ぶマネキンヘッドの群れを薙刀でバサバサと叩き割り、その残骸達が合体したマネキン怪人を、双子の姉である英里奈ちゃんとの巧みな連携攻撃で見事に撃破したんだから。
こうした血生臭い修羅場を平然と潜り抜けられるようになるには、特命遊撃士である私達に勝るとも劣らない苦労があったと伺えるよ。
だけど美里亜ちゃんが幸福だったのは、育ての親である宮司と大巫女の夫妻や義理のお兄さん達といった家族の愛情と薫陶を一身に受けて健やかに成長出来た事と、京洛牙城衆の戦友達にも恵まれた事だろうね。
そうして豊かな人間関係に育まれて充実した幼少時を過ごした美里亜ちゃんは、姉である英里奈ちゃんとは対照的に自信満々で強気な性格の子に成長する事が出来たんだ。
内気で気弱な姉と、自信満々で強気な妹。
双子でありながら全く正反対な二人だけど、互いの事を常に気に掛けているのは姉妹の流石を感じちゃうよね。
一人っ子の私としては、ちょっぴり羨ましくなっちゃうよ。
桜色の振り袖に黄色い帯を締めて、オマケに足元は白足袋と草履。
今日の英里奈ちゃんは、一分の隙もない見事な和服姿で決めていたの。
それに引き換え私は、普段と変わらぬ黒いセーラーカラーをあしらった白ジャケットと黒ミニスカで構成された遊撃服。
幾ら遊撃服がありとあらゆるフォーマルな局面に対応出来る礼装とはいえ、どっちが天満宮の境内により合致しているかは一目瞭然だね。
チラ見しただけだから正確な割合は分かんないけど、一般の参拝客にも和服姿の人が結構いるみたいだし、何だか落ち着かないなぁ…
そんな私の細やかな居たたまれなさを、祭神である天神様が憐れんで下さったのか。
はたまた、単なる偶然に過ぎなかったのか。
そこまでは分からないけど、私にとっての救い主は存外と早く来てくれたんだ。
「英里、ちさ!二人とも元気そうで何よりだよ。今年も宜しく頼もうじゃないか。」
「明けましておめでとう、A組のお二人さん!オヤオヤ…新年早々、お熱いなんて妬けるじゃないの。」
キリッと凛々しいアルトソプラノと、正月から悪友ムード全開の快活な軽口。
それらはいずれも、私と英里奈ちゃんにとって馴染み深い物だったんだ。