第1章 「和装の友と、遊撃服の私」
挿絵の画像を作成する際には、ももいろね様の「もっとももいろね式女美少女メーカー」を使用させて頂きました。
湿気を殆ど含まない乾燥しきった空気と、吐く息さえもが真っ白になってしまう程の冷気。
そんなヒンヤリとして澄み切った冬の空気感には、一年の始まりであるお正月に相応しい清々しさが感じられるね。
国際的防衛組織である人類防衛機構に少女士官の特命遊撃士として所属する私こと吹田千里准佐としては、管轄地域である堺県堺市の安寧秩序を願いたい所だよ。
古人曰く、一年の計は元旦にあり。
それは都市防衛の理念だって、同じだと思うんだ。
柄にもなく敬虔で殊勝な事を考えているって事は、自分でも重々承知の上だよ。
それも全ては正月の三ヶ日という時節柄と、この堺県内でも屈指のパワースポットである堺天満宮という場所柄が為せる業なんだよね。
塵一つなく掃き清められた天満宮の境内をこうして眺めていると、何とも厳かな心持ちになってくるなぁ。
そうして改めて、「日本は日出処にして、八百万の神々がおわす神国なのだなぁ…」と実感しちゃうんだよね。
そんな柄にもない物思いに耽っていた私の意識を現実に引き戻したのは、清廉さと気品に関しては天満宮の境内に勝るとも劣らないソプラノボイスだったんだ。
「新年明けまして御目出度う御座います、千里さん。本年も宜しく御願い申し上げます。」
「あっ、英里奈ちゃん!こちらこそ、明けましておめでとう!」
馴染み深い友達の声を耳にした私は、慌てて向き直りながら年始の挨拶を返したんだ。
この腰の辺りまで伸ばされた癖のない茶髪と気品ある細面の美貌が特徴的な子は生駒英里奈少佐と言って、私と同じ堺県立御子柴高校一年A組に在籍するクラスメイトなの。
だけど私と英里奈ちゃんの間柄は、単なる高校の同級生っていう枠には収まらない程に親密なんだ。
何しろ私達二人は、同年同月に特命遊撃士養成コースの受講を始め、同年同月に人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局へ正式配属されたんだからね。
先に少佐に昇級されちゃった事は少し残念だし、白い遊撃服の右肩でキラキラと輝く金色の飾緒は確かに羨ましいけど、そんな些細な事じゃ私達の絆はびくともしないんだよ。
とはいえ今日に関しては、私は英里奈ちゃんの飾緒について気にしなくて良さそうだね。
何しろ我が親愛なるクラスメイトにして上官殿は、遊撃服ではなくて和服を御召しなのだから。
それに引き換え、私の方は普段と変わらぬ遊撃服だもんなあ。
とはいえ、黒いセーラーカラーをあしらった白い遊撃服は特命遊撃士である私達の正装だからね。
支局での勤務や学校の通学は勿論の事、冠婚葬祭や各種の式典にも差し支えなく着用出来る優れ物は、初詣にだって難なく対応出来ちゃうんだ。
「和装で初詣に臨もうってのは良い心掛けだよ、英里奈ちゃん。流石は戦国武将である生駒家宗公の末裔にして華族様の御息女。桜色の振り袖がバッチリと板についているじゃない。」
「ま…まあっ!千里さんったら、御上手なのですから…」
せっかく褒めてあげたってのに、英里奈ちゃんったら形の良い柳眉をハの字にして手をモジモジさせちゃうんだもの。
そんなに落ち着かないだなんて、褒められる事に本当に慣れていないんだね。
由緒正しき華族の跡取り娘に相応しいようにと、親御さんや使用人さん達から相当に厳格な教育方針で扱かれたんだから、それも無理はないかな。
これでも養成コースで出会った頃に比べたら、随分と自信がついた方なんだけど。
「とはいえ『板についている』と仰って頂けたのは、私と致しましても喜ばしい限りで御座いますよ。何しろ此方の振り袖は、娘時代の母の御召し物なのですからね。母に御伝え申し上げたなら、きっと喜ぶ事でしょう。」
英里奈ちゃんがお母さんの事を話していると、どうも複雑な思いに駆られちゃうんだよね。
何しろ英里奈ちゃんの実母にして生駒家当主の奥方様であらせられる真弓夫人は、幼少時の英里奈ちゃんを萎縮させた張本人だもの。
様々な習い事で雁字搦めにした挙げ句、言葉遣いや歩行姿勢の些細な乱れを手厳しく叱責したんじゃ、そりゃ子供だってめげちゃうよね。
この真弓夫人は英里奈ちゃんにソックリな若々しい美貌を誇る貴婦人なんだけど、そんな整った細面でビシバシと理詰めでお説教されたら、相当に迫力と凄味があるだろうなぁ。
そもそも真弓夫人は船場の教科書会社の社長令嬢という出自なのだから、筋金入りの御嬢様として我が娘に多くを求めたくなるのも道理なのかも知れないよ。
とはいえ今日では、生駒家の親子は相応に円満な間柄を構築出来ているみたいだね。
御下がりの着物を愛おしそうに撫でている事からも、それはよく分かるよ。