第七話 冒険者ギルド
レテの案内で到着した商業都市サイクスは予想していたよりも立派な場所だった。門のまわりは大きな積み上げられた石壁があり、それが町全体を囲うように覆っていた。
門を通る際に門番がいたが、レテが事情を説明すると思ったりよりもすんなりと町の中へと通された。
「拳ニ、すぐに何か食わせてやりたいところだがギルドへの報告が必要だ。今はこれで我慢してくれ」
そう言って屋台の串焼きが数本入った袋を俺に渡す。
「悪いな。助かるよ」
レテに礼を言って、何の肉かわからない串焼きを頬張る。炭火と肉の味が絶妙に合わさり、噛んだ瞬間の肉汁が溶け出す。それは元の世界でも食べたことのない至高の串焼きだった。
「うますぎる。一体何の肉なんだ?」
「どうだ、うまかろう。それはサイクスシープと呼ばれるこの都市名産の羊の肉だ」
「羊だったのか、それにしては癖がない味だな。正直俺の食べたことのある羊の肉の3倍はうまい。レテは食べなくていいのか?」
「ああ、そうだな私も少々お腹がすいたから一本貰おうか」
そう言ったので俺は袋から串焼きを取り出す。すると、レテは串焼きを持った俺の手に顔を近づけてパクりと肉を串から引き抜く。
「な、受け取って食べてくれよ」
レテは頬張っていた肉を飲み込むと、悪戯めいた笑顔で返す。
「強者の手で食べさせてもらう肉はいつにも増して絶品だ」
童貞の俺はその所作、振る舞いに思わず胸が鳴ってしまった。
◇◇◇
冒険者ギルドの前に到着した。道中見える範囲に歩いていたのは獣人だけだったこともあり、見るからに普通の人間の俺は周囲の視線を引いていた。冒険者というと荒くれ者のイメージが強いので扉の前で気を引き締める。
そして、レテが扉をくぐったので追従するように後ろを歩き俺も中に入る。中にはいくつかのテーブルとカウンターがあり、先客の冒険者らしき人物が5人程いたが俺が人間だと気づくと皆が視線を集中させた。レテは気にする様子もなくカウンターにいた受付嬢に話しかける。
「ヴィクトリカ、依頼の件で話したいことがあるからギルド長を呼んでくれないか」
「かしこまりましたわ。レテさんの話ならすぐに対応してくださると思うので少々お待ち下さいまし」
受付嬢の名前はヴィクトリカというらしい、中世のお貴族様のような見事なクロワッサンヘアーだが、獣人特有の耳から尻尾まで見事に縞模様が入っていた。黄色地に黒の縞模様の為、虎の獣人であることが見てとれた。
尻尾を揺らしながら、ギルド長を呼びに言ったヴィクトリカを待っていると不意に声を掛けられる。
「おい、ニンゲンがこんなとこで何してやがる」
声を掛けて来た人物は、ギルドに入った瞬間から俺のことを睨みつけていた大柄の熊の如き獣人だった。
「私の連れに文句でもあるのかラウル?」
レテが怒気を含ませた口調で答えるが、男に怯んだ様子は無く続けて言った。
「レテ、おまえに用はねえ。俺が用があるのはおまえの横にいるそこのくっせぇニンゲンだ。糞雑魚のニンゲン様がここで何してやがる」
「ふ、私の連れは貴様など歯牙にもかけぬ強者だぞ。それを糞雑魚とは笑わせてくれるな」
「うるせぇ、ニンゲン如きが俺より強いわけねーだろう。レテ、てめえには勝てねえが俺はこれでもこのギルドで三番手だぞ。それがこんなくせえやつに負ける筈はねえ」
「よし、わかった。仕方ない拳ニ、おまえの力を見せてやれ」
おい、わかったじゃない。何ポケモ◯みたいなノリで俺を闘わせようとしてるんだ。そもそも今の流れはレテがボコって終わるとこだと思ってたぞ。
俺は思わずポケモ◯トレーナーレテの顔を凝視してしまう。
「なんなら、先に一発打たせてやるよニンゲンの攻撃なんて俺には効かないからよお」
ラウルとやらが先進的な提案をして来たので、俺は少し悩んでその提案になることにした。
「あとで文句言うのは無しだぞ」
「俺は獣人族の中でも耐久力ならこのギルドのトップだぞ。糞ニンゲンのパンチなんぞが効く道理がねえ」
「わかった。ではお先に」
そういって、俺は全身の力を抜き脱力する。そして、ラウルの腹の前およそ3センチぐらいのところに拳を構えた。そこから大地を蹴り抗力を利用し、身体を捻り回転を加える。さらに自分の体重も乗せてインパクトの刹那のタイミングだけ力を込めて縦拳を打ち込む。所謂ワンインチパンチと呼ばれるものである。
インパクトの際の力が抜けないように打ち込まれたその一撃は浸透頸とよばれる技術で、某映画俳優がデモンストレーションで行なっていたそれは相手を吹き飛ばす為
に放っていたが、俺の放った拳は身体の内部にのみ衝撃が行くように打ち込んでいた。
くらったことのない内臓への衝撃にラウルは思わず両方の膝を地面につけて崩れ落ちる様に腹を抱えて倒れ込んだ。
「い、息ができねぇ。てめぇ何しやがった」
「殴っていいって言うから殴った。ただそれだけだろ」
この世界に来て大幅に身体能力にバフがかかっているのを考慮してだいぶ手加減して殴ったが、意識を刈り取るレベルで突きを入れなかったのは失敗だったかもしれない。かといって力加減を間違えると内臓を破裂させていた可能性もあるので難しいところだ。
どうしたものかとうずくまるラウルを見下ろしていると、受付カウンターの向こうの扉からヴィクトリカが戻ってきた。彼女は腹を抱えたラウルを一瞥すると口を開いた。
「あらあら、私がいない間に随分と楽しそうな状況になっているではありませんか。レテさんよろしかったらご説明いただけるかしら」
「大したことはない、そこに転がっている馬鹿が私の連れに喧嘩を売って、舐めたことに先に一発打たせたらこの様という訳だ」
「そんな恥ずかしいことってありますの?」
「だから馬鹿だと言ったんだ。そもそも拳ニは私よりも強いと伝えたというのに先に打たせるなど愚行という他ない」
「まあ、私がギルド長に話しに行った隙を狙ってこのような失態を犯した上に、力量も未知数の相手に舐めてかかるなんて高位の冒険者としてもどうかと思いますわ。ギルド長にも報告を上げておきますの」
その言葉を聞いたラウルは顔を青ざめた。
「軽い冗談のつもりだったんだ。怪我もさせてねえし許してくれよ」
ラウルは今だに起き上がれないながらも必死に懇願するがヴィクトリカの反応は冷たいものだった。
「それは結果論ですわ。だいたいラウルが一撃でダウンしたから何もできていないだけじゃないの。もう時間の無駄ですわ。レテさんと拳ニさん、とりあえずこちらから応接室に来てくださる?」
そう言って、ヴィクトリカはカウンターの奥に手招きし俺達を案内する。
案内に従う前に俺がラウル以外の冒険者を見渡すと、皆一様に目を逸らしたのだった。
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