リアルと仮想の反則者
趣味全開です。
「眠いなぁ」
特大級のあくびをしながらつぶやく。
俺の感情など関係なく世界が動くことは知っているが、毎回眠いと言ってしまうのはもう、口癖とかのレベルを超えているのだろう。
「まぁ、ぶっちゃけ眠いし」
そうなのだ。
眠いのだ。
今日はにこにこ日曜日。
普通の会社員や学生なら休みを楽しむだろうが、俺にはやることが……、やることが……。
「無いから眠いんだけどな」
午前中から本屋で約三時間もの時を過ごした。
立ち読みしている間店員がこちらをずっと見てきていたが、軽く無視しておいた。
というか、ちゃんと買うときもある。
学生ごときの金では買えない場合がほとんどなのだ。
買うならシリーズ全巻買いたい。
まあ、暇だからもう一度呟いておくか。
「眠いなあ」
何事もないことが一番良いこととか言っているやつもいるが、そんなことは全くない。
平和ボケにもほどがある。
本来なら青春とか言うものを謳歌するべき高校生が、あくびの連続ギネス記録を取ろうとしているのがその証拠と言えるだろう。
そんなものあるのか知らないが。
「平和ボケきちい」
あと、明日から学校でだるい。
ありきたりの言葉ではあるが、このときはまだそう思っていた。
まだ午前中だったからそう思っていたのだ。
あと五時間後、俺の世界はひっくり返る。
そんなどこかのラノベのあらすじにあるような、ありきたりすぎてありきたっているようなことをこの時の俺はまだ知らない。
まあ、知りたかったかと言われたら微妙なところではあるが。
いや、あえて言おう。
いっきにだるくなる世界を知りたくなかった、のかもしれない。
この世界はある意味俺の理想だったのだから。
「ダブルチーズバーガーって革命だよな」
肉とチーズが二倍になっているハンバーガーを頬張りながら思う。
地味にピクルスが二倍になっているのが良い。
今日はシェイクの気分だったのでまたラノベから遠ざかったが、別に後悔なんてしてない。
……してない。
そんな野暮な感情は今は置いておこう。
ダブルチーズバーガーがうまい。
今はそれでいいだろう。
ほら、あそこに座っている少女だってダブルチーズバーガーを頼んでいる。
「それにしても」
ジロジロと男どもがダブチ少女に視線を向けている。
いや、見過ぎだろう。
たしかに美少女だけども。
お前らは馬鹿か。
スマホを取り出して一瞬で写真を取り、すぐに下を向いてスマホを触るふりをしながら見る。
これぞ一流の隠し撮り!!(よいこは真似しないでね)
勘弁してくれ。
謎テンションな時ってたまにあるだろう?
この時の俺もそうだった。
後で死ぬほど恥ずかしくなった。
そんな事はどうでも良いのだ……良いのか?
写真内の少女を見る。
なるほど。
これは確かにあんなふうになる理由もわかる。
青みがかった色の髪。
同じく青みがかった目
きれいな唇はダブチを大きく頬張っている。
とてつもない美少女だ。
ダブチを大きく頬張っているだけなのに、なんとなくそういう一風景に見えてしまう。
「まぁ、俺に関係ないけど」
「ありがとうございました〜」
目の前のたぶんアルバイトの店員さんが始めたて特有の少し硬い笑顔を向けて来る。
会計を済ませて、今からハンバーガーショップを出る俺には関係ない。
冬の寒さが風に突き刺さる。
さっきまで暖房の効きすぎた部屋にいた体にはしみる冷たさ。
肺にバカ寒い空気が入ってくる。
ここ最近、毎日一番寒いって言っている気がする。
「でも、一番寒いしなぁ」
しょうがない。
一番寒いんだもの。
冬の黒のコートはお気に入りだ。
っていうか、ラノベ好きで嫌いなやついない気がする。
そんな黒のコートをはおりながら一人道を歩く。
歩道が狭いので車が作る風が冷たい。
「近道しよ」
細道に入る。
こっちに行ったほうが近道だ。
車も少なくなって風よけにもなる。
そんな事を考えながらスマホを触っていたから気づかなかったのだろう。
頬になにか生ぬるくて気持ち悪い感覚。
ネバネバして変な感じだ。
「……なんだ?」
スマホを触りながら頬を拭う。
きたない。
紫色の液体。
この感触、まるで唾液のような。
降ってきた方を見上げる。
「!? な、なんだ!?」
そこには五、六メートルの大きさの怪物が……、怪物が……。
「ん? 見たこと……」
「ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛!!」
「そんな場合じゃない!」
逃げろ!!
入り組んだ細道を逃げていく。
ここらへんの地形は詳しい。
右に左にまた右に、どんどんどんどん逃げていき……。
「あれ? おかしいな」
行き止まり。
後ろを振り返るとそこには、
「ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛!!」
「……やばい!!」
振り切れなかった!!
後ろは行き止まりで逃げるところもない。
「なんでこんなのがいるんだよ!?」
そんなぼやきを目の前の理性のなさそうな化け物が聞いてくれるわけもなく、無慈悲にも右手が振りかぶられた。
「ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛!!」
「っ!!」
とんでもない圧。
流石に終わったか。
「終わったか」
思っていたよりも冷静な自分に驚く。
いや、単純に今の状況に思考が追いついていないだけだろう。
こんな状況になっても目を瞑らないのは、目の前の化け物から目をそらさないのは、今の状況が夢か何かだとでも思っているのだろうか?
それとも……。それとも?
「それとも、なんだ?」
目の前には謎の化け物がいて、そいつが何故か俺を攻撃していて、それでもなお思考が止まらない。
むしろ加速していく。
頭が痛む。
いや、この痛みこそアニメで言う疼くといった表現が使われるべきものなのだろう。
ないはずの記憶が、感じている脳が自分でも理解できない叫んでいる。
原子レベルに分解しても理解できない何かが俺に言っている。
こいつは……こいつは……。
「……ラスボス」
『バンッ! バンッ!』
集中をが解けるほどの騒音。
それほど大きな音がいきなり誰も来ないような路地裏の裏の裏の細道に鳴り響いた。
ドラマやアニメ、ゲームでしか聞いたことのない音。
運動会の徒競走のスタートでなる音と酷使しているような、違うような。
「そう、正解」
『バンッ!!』
もう一発。
「まぁ、君にとっては雑魚レベルにも等しいかな?」
化け物がのけぞり腕から血が出ている。
いや、これは血ではない。
この現実ではありえない光り方。
本物の血のようなドス黒さではなく、鮮血のような明るい赤色が傷口から溢れ出ている。
これは……。
「ダメージエフェクト、なのか?」
ゲームで出るようなエフェクト。
敵に攻撃した時に出る光。
真っ赤なエフェクトが傷口から漏れている。
「お〜い。聞いてる?」
そうだ。
声のした方に振り向く。
そこには青みがかった髪を風に靡かせた少女が、青い銃を片手に立っていた。
つい先程までハンバーガーショップにいた少女、いや美少女がこちらを向いていた。
とりあえず返答しなくてはいけないだろう、たぶん。
「……いや、雑魚って……? ていうか誰?」
「わかってる。自分でもよく理解できてないんでしょ? 累斗くん?」
「え?」
累斗? いや、俺は……。あれ?
俺の名前って……。
「そうだよ。累斗くん。君はこの世界に向いていない」
「な!?」
何を言ってる?
この世界?
「本当は君にもこの世界にいてほしかった。いや、いてほしかったは違うかな……」
どこか悲しそうな顔で話す。
しかし、次のときにはもとの表情に戻っていた。
「でも、君にはもうこの世界が窮屈になってきたらしいからね」
そう言うと、今までずっと閉じていた左手を開ける。
そこには謎の光が。
視線を奪うような眩い、でも目に優しい光。
少女はその光ごと左手を俺に向けている。
光ごと……。
「うぅ、うわぁあああ!!」
「始まったかな」
な、なんだ?
この記憶は……、この記憶は確かに知っている。
今までの俺じゃない記憶、俺自身の俺の記憶。
リアルの俺の記憶。
「うぅ、そ、そうか。この……、この世界は……」
「そう、この世界は現実であってもリアルではない」
少女はもう一発銃を放つ。
雄叫びを上げる怪物に見向きもせずに俺を、入留累斗をまっすぐに見ている。
「感覚的な半年前、君を含めた五百人は遂にできたフルダイブVRMMOのテストプレイヤーになった」
記憶がとめどなく蘇って来る。
「中学一年生の君もテストプレイヤーに受かってこのゲーム、いや、VR現実世界に送り出された。ただし」
頭の中に少女の言葉のみが入って来る。
「テスター全員の記憶がなくなっている状態で」
怪物の悲鳴も雄叫びももう、聞こえない。
何を言っているのかはわからない。
それでも、
「そうか、その光、俺のデータ……」
記憶は全て思い出した。
「最強廃人チーターゲーマーの記憶と能力を同じ電子上から無理やり引き出したってとこか」
足りない部分は勝手に補う。
もう、目の前の化け物の正体もわかった。
あとは、
「倒すだけだ」
確か初期設定のチュートリアルでは、右手の中指と人差し指をくっつけて、
「下に降るっていうありきたりなやつだったよな」
よし、出た。
そこにあったものを装備する。
半年前までずっと使っていた装備を。
「実際に来てみるとこんな感じなんだな」
なんだか感慨深い。
今まで確かに持っていたのに着ることすらできなかったものを、俺の体が羽織っている。
ラノベの主人公に憧れたが、同じ色は着たくないという謎理論で着ていた灰色のコート。
首にかかった灰色のヘッドホン。
フードを被った状態で装備されたが、ゲームでは常にフードは脱いだ状態だった。
そして、
「二刀流もな!!」
ヘッドホンに触れる。
一度輝いたあと出てきた二本の剣に触れる。
久しぶりの感触、ではないな。
初めましての感触だ。
「お前ら、意外と重いんだな」
「グルヴア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛」
いつの間にか起き上がったのか、化け物が俺に右手で殴りかかっていた。
「ったく、感動の再会けん初めましてなんだ」
礼儀がなっていない。
感動の再会と初めましてのニ窓なんて俺以外やったことないだろ。
手加減しないってイキってるやろうだってニュービーに対しては手加減するぞ。
するよな? たぶん。
「最近は手加減どころか百対一とか普通にあったけどな」
いや、最近ではないのか?
とにかく、あいつらゲームアバターだからってぼかすか殴りやがって。
相手は同じ人だぞ。
「絶対帰ったら一発ぶん殴ってやる」
化け物、いや、以前やっていたゲームのラスボス、『クレイジーガリル』の右手を剣で止めながら考える。
よし、次にやりたいことが決まった。
「とりあえず」
そのまま一回転をして斬りつけると同時に体勢を整える。
「そのために、この現実をどうにかする!!」
他の人ならこんなゲームとも言えないものに、歯向かおうとはしないのだろう。
自嘲気味に笑ってしまう。
つくづく自分は廃人ゲーマーなのだろう。
回転の勢いでフードが脱げる。
このフードも憧れへのこだわりの一つだ。
「奴らいわく」
右手に力を込める。
支えていたクレイジーガリルの右の手のひらから肩まで斬り飛ばす。
「俺はチーターらしいからな」
「……なるほどね」
しばらく累斗の動きを見ていた少女は拳銃を下ろす。
「これはチーターって言われるわけだね」
少女は一人呟く。
持ってきたデータは少年の一番やっていたゲームのものだったが、少女は少年の動きを見たことがなかった。
目の前の少年は飛ぶように動き、その度に二刀の剣がクレイジーガリルの頭上を舞う。
累計五百万以上の売り上げを記録した大人気MMORPG『エアインネルング・オンライン』。
魔法を使えるスタッフなどの杖、剣を使う剣士、ナイフ使いに鎌使い。
その他それぞれの武器にそれぞれの特性や役割を持ち、インターネット上の色々な人とコミュニケーションを取りながら自分の役割を自分のアバターで行うこのゲームは、日本中だけではなく、世界中で大ヒットを記録した。
全ての武器使いが武器そのものの強さはともかく、極めた最終ラインの強さが均等であることもこのゲームの売りだった。
そんな『エアインネルング・オンライン』の中で、累斗は突然変異とでも言うべき力を持っていた。
魔法を剣に込めることができる剣、『記憶の剣 エアインネルング』と魔法が使える剣、『杖剣 グリモワール』の二刀を使う魔法剣士。
魔法と剣を同時に使うことができ、近中遠のどこでも戦える能力を手に入れていた。
そして累斗自身も、その能力を使いこなすだけのゲームセンスと才能があった。
累斗は一人で戦い続けた。
VRMMOという仲間を作ることのできる環境の中で、たった一人でボスを倒し続けた。
そして、最初期のラスボスも。
いつしか、累斗はゲーム内で『システムの枠を超えた孤独の反則者』と呼ばれるようになった。
嫉妬や妬み、そして、それ以上に強大な畏怖とともに。
もちろん今も『エアインネルング・オンライン』の運営はアップデートやダウンロードコンテンツの配信を続けていて、今では第二、第三のラスボスも出た。
だが、そんなものは関係なかった。
なぜなら、
「入留累斗、『ソロチーター』が実質的なラスボスになったから」
多い時は百人と一度に戦ったこともあったらしい。
そして、その全てを跳ね返した。
もちろんある程度彼の理解者もいただろう。
だが、『百人相手にやり返した』という事実はどんどんと広がって行き、彼は『エアインネルング・オンライン』の真のラスボスになった。
「これが、そのチーターと言われた力……」
自分の身長の五倍を超える化け物を一方的に圧倒するその姿は、まさしく最強だった。
ラスボス級の化け物の攻撃を全て避け、鋭く強い一撃を放ち、クレイジーガリルを蹂躙していた。
「……超えられる? 現実に帰るための絶対的な壁を」
「さすがラスボスだな」
HPが本当に高い。
こちらの方も余裕はあるが、初のフルダイブゲーだし慣れる程度の感じで終わらせたい。
「っていうか、出来るのか?」
今までは剣で斬っているだけだったが、そっと構えてみる。
頭の中で、キャラクターが行っていた動作を思い浮かべる。
「っ!! すげぇ!!」
体が引っ張られる感覚。
それでありながら自分の意思で動いた感覚もある。
「これが剣技」
剣士の技。
固有スキルとかソードスキルとか言われるものだ。
「フルダイブだとこんな感じになるのか」
消えていくクレイジーガリルの残像を見ながら言う。
こういったところの細かさや鮮明さに、フルダイブ技術の凄さを改めて感じる。
「はぁ」
ため息をつく。
思い出してしまった記憶はもう消えない。
より鮮明に脳に焼きついた。
自分の業がもう一度、今まで以上に焼きついてしまった。
それでも求めてしまうのは、やはり廃人でも人だからなのだろう。
「まだ居場所、あるかな?」
ポツリと呟く本心。
まごうことなき本心。
居場所はまだあるのだろうか。
「おつかれさま〜」
感情に浸っていた状態が途切れる。
さっき話しかけてきた少女が陽気な感じで手を降ってくる。
色々聞きたいことはあるが、まずはだ。
「君、俺の記憶にいないんだけど」
まぁ、そういうことだ。
お前誰だよ。
フルダイブ。
誰の想像が元となったものだろうか。
誰かが考えた夢の技術は最初に考えた人に敬意を表し、その人が最初に書いた言葉、『フルダイブ』という単語となって開発された。
三年前、数百人のプレイテストを終えたフルダイブ実験は、フルダイブというものをどんどん日常に浸透させていった。
脳が直接仮想世界に行くことで目が疲れることのないフルダイブ技術は、今や学校の義務科目となり、仕事場でも書類仕事など、多くの場面で使われるようになった。
そんな浸透したフルダイブを最初に使い始めた高等学校、『桜ヶ丘学園』。
この高校では普段の学校生活の中に『フルダイブ内評価』というものがあり、フルダイブ内での自分のアバターの強さで成績や順位が決まる。
そんなフルダイブ主義の学校を桜が舞っている。
入学式に期待と不安を顔に見せている新入生がいる中、一人の少年がため息をつく。
「入学式かぁ」
めんどくさそうに校門を通る。
今日は桜ヶ丘高校の入学式だ。
そして、仮想は加速しだす。
てなわけで趣味全開小説でした。ちょっとした息抜きてきな。一応今後の展開も考えていますが、たぶん書かないです。