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異世界旅行は命がけですがよろしいですか?―バウガルドの酒場冒険譚  作者: 永礼 経


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第11話 先輩冒険者と出会うのも楽しみの一つだよね

 テーブルの上にはまだ『バウガルドの酒場』が置いてある。箱はずらしてあけてある。

 これは『ダイシイ』ではお決まりの状態だ。その机は使用中で、ダイバーが現在バウガルドへ行っていることを表している。



チリリ—―ン――。


 という音は、『ダイシイ』の玄関の扉についている、ベルの音だ。風鈴といったほうがよいか。 

 

「よお、ケイコちゃん。今日もかわいいね」

いま玄関から入ってきたばかりの男の人がケイコ君に声をかける。年齢は40半ば、背はそんなに高くないが、体つきはがっちりしている。結構鍛えられている感じだ。


「あ、ゲンゾウさん。それ、あまりうれしくないですよ? ほかのお店でやってませんよね?」

ケイコ君が率直に気持ちを伝える。


「あれ? そうなの? こないだいった店だったら、喜んでくれたんだけどなぁ――」


「ゲンゾウさん、それどんなお店です? たいていそういうお店はいわゆるリップサービスというやつですよ? 真に受けてどうするんですか」


「は、ははは。ちょ、ちょっとしたシャレだよ。まいったなぁ。ケイコちゃんにはかなわないな」


「――で、今日はどうするんですか?」

ケイコ君はややきつめの口調で押し込む。


「ごめんって。もう言いません。機嫌直してください!」

ゲンゾウさんは直立不動の態勢から90度近く腰を折ってケイコ君に頭を下げる。


「ふふ、わかればいいんです。今日もバウガルドでいいんですよね。店長、バウガルド旅行1名様です~」

ケイコ君の圧勝だ。って、勝ち負けの問題でもないか。


「ん? もう誰かバウガルド(向こう)に行ってるのかい?」

ゲンゾウさんがテーブルの上に開け放しの『バウガルドの酒場』に気付いて声をかけてきた。


「あ、ああ、高校生の男の子二人ですね。一時間ぐらい前に行ったので、そろそろダイブから10時間ぐらいじゃないですかね、どうなんでしょ? 多分今日はまだしばらくいると思うんですけど――」

ケイコ君がそのテーブルのマモル君とケンジ君について答えた。


「そうか、バウガルドは今何時ごろかな、店長――?」


 私は手元の早見表を見る。それを見れば向こうの現在時刻がわかる便利な表だ。


「えっと――、今14時30分なんで、向こう時間は、午後19時ごろですね」

私は手元の早見表を見て答える。


「そうか、クエやって報酬もらってってやってれば、ちょうど戻ってくるぐらいの時間だけど、どうだろ? 帰還してくるかな――」

とはゲンゾウさん。

「どうでしょうね、でも彼ら今日が初クエだって言ってましたから、宿泊はしないと思うんですよね」

これはケイコ君だ。


 どうして宿泊しないかというと、単純な話だ。所持金が乏しいうちは、向こうで宿泊するよりも、帰還して、休憩した方がお金がかからないからだ。帰還して再ダイブすれば、体力も完全回復してる状態に戻る。その方が時間的にも金銭的にも効率がいいのは明らかだからだ。

 

「ん~、もう少し待ってみるか。今日が初クエというなら、初めは余程無茶するやつらじゃない限り、お使いクエか単純労働クエから始めてるだろうから、戻ってきたら、声かけてみるかな――」

ゲンゾウさんはそう言って、テーブルの席に着いた。


「ゲンゾウさんも冒険者やってましたよね? 今クラスなんでしたっけ?」

ケイコ君が質問する。


「俺はまだまだだよ。やっとシルバーまであと少しってところだよ」


「ほとんど()()でそこまで上げるの大変だったでしょ? すごいですね」


「へへ、なかなか他の人と足並みが合わないからね、仕方ないよ。向こうで傭兵雇ってもいいけど、それだと実入りが少ないしね、結局ちびちび町周辺のクエから初めて、ぼちぼちやってる。それでも充分楽しいからな――」


 『バウガルドの酒場』の面白いところは、これが基本的には旅行だというところだ。

 向こうでの経験はそのまま体に反映される。つまり、クエストをこなしてゆくことで、実際に体が鍛えられていくということだ。それなのに、向こうで受けたダメージはこちらに持ち越して帰還しなくていい。戻ったときに命さえあれば完全回復状態で帰還できる。

 要は、『死ななければ、長い時間生きられる』ということになるわけだ。


 このシステムはうまく使えば、ある意味、寿命が延びていることと同義の意味を持つことになる。

 このことに気付いている人はまだまだ少ないが――。


 などと、話をしている時だった。ゲンゾウさんの隣のテーブルに置いてあった『バウガルドの酒場』の箱から発光したかと思うと、そのテーブルの椅子に二つの人型の光が現れる。


「お? 帰ってきやがったな――」

「ですね」



 光は間もなく、実態を帯びた人型となり、マモルとケンジは無事に帰還してきた。


「おかえりなさいませ~。おつかれさまです!」

ケイコ君が元気よく迎えの言葉をかける。


「ああ~。ケイコさん、ただいまぁ~。めっちゃ疲れましたわ~。初クエ、無事完了っす!」

「なんか、ケイコさんの声聞いたら、ほっとしちゃいますね」


「でしょでしょ? お姉さんに惚れるなよ? 少年ども」

ケイコ君は相変わらず場をなごますのがうまい。


「おう、お疲れさん! 初クエは何やったんだい?」

ゲンゾウさんが無遠慮に聞く。こういうところは年の功というやつだろう。


「あ、えっと。収穫作業です……芋の――」

マモルが少し恥ずかしげに答える。


「お? まじかぁ! 俺もやったぜ、あれ。昼飯の前に親父さんからもらったキュウリがうまいのなんのって、お前らも食ったか?」

ゲンゾウさんも経験者だったようだ。


「あ、いえ、僕たちはトマトでした。でもめっちゃうまかったんで感動しました! あんなに旨いトマト多分もう忘れないです!」

ケンジがやや興奮気味に答える。


「まじかぁ~。トマトもうまそうだなぁ~。また暇があったらやってみるかな~」

ゲンゾウさんもそのトマトが気になったようだ。


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