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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

石霧

作者: 阿寒まるも

ショートショートです。

 石で足を洗う、とは何とも滑稽で陳腐な表現だとも思うのだが、むしろその含蓄(がんちく)があるからこそ、あえて使うのだ——

 俺はこの世の中を嫌悪していた。子供の頃から今まで出会った人間どもすべてがあからさまに俺を(うと)ましく、ぞんざいに扱ったとあればそうなるのも頷けるはずだ。だから社会に対する復讐心が芽生えたのも当然のことだった。窃盗を働く事で自分の存在を肯定するようになっていたのだ。

 ある日、ヘマを踏んだのがきっかけでとある組織に雇われる事になった。

 しかし悪い気はしなかった。ならず者の俺に手を差し伸べてくれた事もそうだが、何より警察が手を引く程の力を持つ存在、これに興味が湧いた。

「石を生む女を知っているか?」ボスが俺に言う。(いぶか)しがる俺を一笑した後「ついて来い」と椅子から立ち上がった。

 広い屋敷の地下深くに例のその女は幽閉されていた。俺は刑務所の独房を知らないが、ここはそこより酷いだろうことは想像に難くなかった。部屋は血腥(ちなまぐさ)く、大量の血痕が点在していた。そして女の両手両足には(かせ)がはまっていた。

「用意しろ」とボスが言うと、供だった男がただの小石を女の口に詰め猿轡(さるぐつわ)をかます。俺は何となく予想が付いたのだが——

 鈍い音が響く。

 グローブを()めて、ボスが女の頬を勢いよく殴り始めた。

 一頻(ひとしき)り続くその光景。

 俺は雰囲気に呑まれて半ば放心していたのだが、さらに驚く事になる。血反吐と共に吐き出した石が変質していることに気付いた。

 それはルビーなんだそうだ。

 確かにルビーなのだろう。しかしそれにしても釈然としない——

「お前は今日からこいつの世話係だ」ボスの下卑た声が耳に障った。


 女に情が移るのに時間はかからなかった。身なり格好こそあれだが、品があった。気高かった。

 口づけしたい衝動にかられ立場を利用して試みたことがある。我ながら卑怯だと思ったが実際それは出来なかった。女の眼に宿る光に俺は気圧された。

 だから、女に頼まれ事を受けた時俺は快く引き受けた。しかも盗みとあれば得意分野だ。

 ボスの部屋に厳重に保管されていようとも俺にとっては雑作もなく盗む事が出来た。

「それを口の中に頂戴」女が舌を伸ばしてくる。

 俺が言う通りにすると女はそれを味うかのように暫く目を(つむ)って舐めていた。

 次の瞬間——

 女の全身から(せき)を切ったように赤霧が吹き出した。

 瞬く間に霧は部屋に充満し、吸い込むと咳が止まらなかった。

 苦しい。

 視界が(かす)んでくる。そこに女の顔が飛び込んできた。

 どうやら俺は接吻されているらしい。

 そして、あめ玉のような甘い固まりが俺の口に入る。

 ——後はもう覚えていない。

 気付くと女の姿はなかった。屋敷中探しても居なかった。

 石に変わり果てたボス達だけがそこにはあった。

 

 今はもう俺は盗みをしない。足を洗ったのだ。

 そうそう、あの時口ん中に残された物はただの石だった。変哲もない小石だ——俺はそれを口に含んでは、たまに、ふと、思い出すのだ。

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