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第5話 史佳の夢 後編

「ん...」


 見慣れた部屋の天井が見える。

 部屋に置かれていたテレビが見当たらない。

 どのくらい気を失っていたんだろうか?


「痛つっ...」


 頭だけではなく、身体中も痛い。

 見慣れないパジャマだ、誰が着替えをしてくれたのかな?


「気がついた?」


 部屋に一人の女の人が入って来た。

 初めて見る綺麗な女性、二十代中盤位かな?

 でもどこかで見た事があるような...


「あの...どちら様ですか?」


「覚えてないの?」


「覚えてる?」


 一体何の事だ?


「貴女は風邪をひいて倒れていた」


「そうです」


 風邪を拗らせていた私は倒れてしまった、間違いない。


「倒れる前の事は?」


「テレビを見ていました」


「テレビ?」


「ええ、政志...あの、知り合いが出てる高校野球の地区大会の決勝戦を」


「やっぱり13年分の記憶を失ってるのね」


「13年分の記憶?」


 何を言ってるんだ?

 女性は特に驚いた様子もなく私を見ているが、こっちは別に何も忘れた感覚は無い。


「私に何があったんですか?」


 これはただならぬ事が起きたみたいだ。


「ちょっと待って、先ずは検温するから」


 慣れた様子で取り出した体温計を私の腋の下に突っ込む。

 それにしても随分私と親しげな感じだ、って事はやっぱり知り合いなんだろう。

 でも記憶に...いや待て、この声はもしかして。


「...紫織ちゃん?」


「そう紫織よ」


「...嘘」


 あっさり頷くけど、そんな訳無い。

 だって紫織ちゃんは私より年下の16歳だ。

 化粧だって殆どした事無い筈だし、どう見たって彼女は大人じゃないか。


「36度3分、平熱ね。

 おばさんから様子見て来てって頼まれたけど、もう大丈夫そうね」


「う...ん」


 呆然とする私を余所に紫織と名乗った女性は体温計を消毒して容器にしまった。

 何が一体どうなってるの?


「さて、何から話ましょうか」


「いや...紫織ちゃん...随分大人になったなって」


「そりゃもう29歳で、お母さんしてりゃね」


「お母さん?」


 なんで紫織ちゃんがお母さんなの?


「紫織ちゃん...あの」


「...何かしら?」


「結婚してたりする?」


「当たり前でしょ」


 当然の様子で紫織ちゃんはタメ息を吐いた。

 けどこれは過去に感じた事がある違和感、ひょっとして...


「今年は西暦何年ですか?」


「2023年よ」


「...やっぱり」


 どうやらそういう事か、今度は未来に飛ばされたんだ。


「私は30歳...」


「そうよ」


 紫織ちゃんが頷く。

 この部屋は巻き戻る前に暮らしていたアパートでは無い。

 少し様子こそ変わっているが、私の部屋。

 一気に未来へ飛ばされたんだ、やり直した人生の13年後に...


 部屋に置かれていた鏡に自分を映す。

 そこには17歳の私ではなく、30歳のくたびれた私が居た、巻き戻る前の姿で。


「もう説明して良い?」


「うん」


「史佳から一回巻き戻ったって話を聞いていたから、驚かないけどね。

 あの後、史佳は兄さんの告白をまた断った」


「...やっぱり」


 やはり断ったのか...


「兄さんは甲子園を叶えたのにね。

 私の願いもパーよ」


「うん...」


「最低」


「ごめんなさい」


 紫織ちゃんや政志に申し訳ない、あれだけ一生懸命だったのに。


「今回は一応説明してくれたけど」


「はい」


 説明したのか、どんな事を私は言ったんだろう?


「『私は釣り合わない、だからごめんなさい』酷い理由ね」


「でも...」


 実際そうだったんだ。

 私は政志と付き合うだけの価値が無かったんだから。


「兄さん随分食い下がったけど、結局史佳の頑なな態度に諦めたわ」


「そっか...」


 政志は諦めたんだ...


「そうなるように仕向けたんでしょ」


「ええ」


 記憶に無いが、きっとそうだろう。


「政志は...あれから?」


 政志はあれからどうなったんだろう?

 やはり気になる。


「兄さんは高校で野球を辞めた」


「え?」


 まさか何で?


「野球を辞めたから特待生の話も無くなって、遠くの大学に入ったわ。

 もちろん下宿よ」


「ど...どうして!?」


 何で?

 これじゃ私のした事は意味が無いじゃない!!


「それが史佳、貴女のした決断の末路よ」


「あぁ...」


 そんな馬鹿な...またしても政志の人生を狂わせてしまった。


「政志は今どうしてるの?」


「大学を出てから東京で就職したわ。

 滅多に連絡も無いけど、元気にはしてるみたい」


「け...結婚は?」


「今さら知りたいの?」


「...う」


 冷えきった声に息が詰まる。

 またこんな目に遇うとは...


「...結婚したわ、私の知らない人と」


「そう...」


 政志は結婚したんだ。

 でも心は晴れない、いや前と同じ。

 前回は政志の事が全く分からなかっただけで、今回は違うのに。


「紫織ちゃんは?」


「私は結婚したって言ったでしょ?」


「...そうだったわね」


 さっき聞いたのに、ダメ頭が混乱する。


「相手は史佳も知ってる人よ」


「私の知ってる人...まさか?」


正技(キャプテン)よ」


「そっか...」


 紫織ちゃんは恋を実らせたんだ、良かった。


「18歳で付き合いだして、25歳で結婚した。

 今は旦那の医院で内科医として手伝ってるの」


「...へえ」


 紫織ちゃんは医師になったんだ、やっぱり凄い。


「私と旦那を結んでくれた事には感謝してる」


「そんな事...」


 それは紫織ちゃんが努力したからで、私は何の力にもなってない。


「貴女も兄さんと頑張るべきだった」


「無理よ」


 だとしても手遅れだ。

 私は何も出来ない無能な人間なんだから。


「まだ分からないの!?」


「...紫織ちゃん」


「貴女は何も兄さんに話さないで逃げたの。

 こんな馬鹿な結末になるのを、予想しておきながら!」


「違う!!」


 私は政志を幸せにしたかった、だからこうするしか無かったんだ。


「違わない、兄さんの気持ちも考えず独り善がりも良いとこね」


「...そんなつもりじゃ」


 所詮結論が出た話。

 私は一体何をしたかったんだろう?

 共に愛し、お互いを支え合える人と人生を歩む。

 それが私の理想だったのに。


 政志を愛する事で理想が、全ての夢が叶うって思っていたのに。


 儚い夢だ。

 自分で二回も壊しておきながら、なんて未練がましい。

 前回の過ちだけじゃない、今回もまた...


「...史姉」


「紫織ちゃん?」


 どうして?

 紫織ちゃんが優しく微笑んでいる。


「早く目を醒まして」


「はい?」


 目を醒ますって、私は起きてるよ?


「これは夢なんだから」


「夢?」


 夢って、今のこれが?


「決断を間違うと、こうなるって事よ」


「...間違う?」


 一体何が現実なの?


「兄さんが心配してるよ。

 早く起きて、そして打ち明けるの」


「打ち明けるって...まさか?」


「史姉の本当の気持ちを」


 紫織ちゃんの姿が(かす)んで来る。

 でも夢を終わらせたら紫織ちゃんの恋が...未来も...


「私なら心配いらない、キャプテンを離したりしないもん」


「うん...そうだね」


 そうよね、紫織ちゃんは大丈夫だ。


「最後に...ごめん嘘を吐いた、兄さんは結婚してない」


「嘘を?」


「史姉を忘れられないんじゃないかな?

 だから責任取ってね」


 そう言って笑顔の紫織ちゃんが消えて行った。


『史佳...』


 遠くから聞こえる声。

 愛しい声に導かれ、私は目を開けた。



「...起きてくれよ、まだ返事を聞いてないだろ」


「...政志」


 政志が私の手を握っていた。


「気がついたか!」


「う...うん」


 まだ視界はボヤけているが、私の前にユニホーム姿の政志があった。


「...良かった、さっき医者が帰ったよ、全く目を開けてくれないからさ、心配で」


「どれだけ私は寝ていたの?」


「さあ、多分半日位じゃないか?」


「ここは?」


「俺の部屋だ、史佳は自分の部屋で気を失っていてな」


「そっか...」


 だから私をここにって事ね。


「史佳の部屋は今ぐちゃぐちゃだからな。

 ベッドも汗まみれだから、おばさんがここに運ぶようにって」


「お母さんが?」


 一体なんて事を!

 まあ嬉しいけど。


「ん?」


 着替えが済まされている。

 さっき政志が気絶している私を見つけたって...


「見た?」


「な...何を?」


「私の下着姿...」


「い...いや着替えは紫織が...」


 どうやら見たんだね。


「...良いよ」


「史佳?」


「政志なら良いよ、だって大好きだから」


「それって...」


「ありがとう政志、大好きです。

 付き合って下さい」


「あ...ああ」


 政志は真っ赤な顔で固まっている。

 何か失敗したかな?


「おめでとう!!」


 紫織ちゃんが部屋に飛び込んで来る。

 ずっと聞いていたのか。


「やったね!やっとだよ!!」


「ち...ちょっと風邪がうつるよ」


 紫織ちゃんが私を抱き締めた。


「ようやくだよ、これで...」


「...うん」


 紫織ちゃんの頭をそっと撫でる。


「泣いてるの?」


「史姉だって」


「本当だ」


 気づけば私も泣いていた。

 なんだろう、この満ち足りた気持ちは...


「そっか...」


 ずっとこうなる事を望んでいたんだ。

 紫織ちゃんの言う通り、やっとなんだね。


「政志」


「な...何だ?」


「次は私が頑張る番だから」


「何をだ?」


 政志は私が何を頑張るのか分からないだろう。

 それは政志と一緒に過ごす事。

 もう迷わない、その為の努力を惜しまず、邁進するのよ!


「愛してる!!」


「わっ!!」


 紫織ちゃんに抱きつかれたまま、政志の身体に飛び込んだ。


「...これでヨシ」


 紫織ちゃんの呟きが聞こえた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヨシッ
[良い点] 紫織が思った以上に重要な役どころでしたね そして亮二が美味しすぎるポジションにw [気になる点] 29歳の紫織がリアルなので、夢は警告だったのかな [一言] 実はてっきり元の現実に戻るのか…
[一言] もう一人居たわけね。
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