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第5話 史佳の夢 前編

 夏の予選が始まった。

 阿武高校は前回同様、順当に勝ち上がり今日は決勝戦。

 前回は負けてしまったが、今回はきっと大丈夫。


 それだけの力は間違いなくある。

 一回戦から三試合連続のコールド勝ち。

 準決勝も前回は一点差だったが、今回は6点も差をつけて勝ったし。


「行ってくるね」


「楽しみにしてろよ」


 笑顔の政志と紫織ちゃん。

 今から二人は決勝戦を戦う為球場に向かう。

 本当なら私も応援に行くはずだったのに...


「史姉は、ゆっくり寝てなよ」


「そうだぞ、また抜け出して来ちゃダメだからな」


「うん...ごめんね」


 一週間前にひいてしまった夏風邪。

 なんとか薬で誤魔化していたが、無理をおして二日前準決勝の応援に行ったのが不味かった。

 とうとう今朝から動けなくなってしまったのだ。


「いいよ、俺達の勇姿をテレビで見ていてくれ!」


「政兄、調子に乗りすぎ!」


 笑い合う二人に緊張の様子は無い。

 本当に頼もしい、私なんか居なくても、きっと夢を叶える事が出来るに違いない。


「...ふう」


 二人が出発し、家に静寂が戻る。

 両親は既に仕事へ行って、この家には私一人。

 私の部屋に持ち込まれたテレビの電源を入れる。

 普段は置かれてないテレビを今日の為、政志と私のお父さんが持ち込んでくれた。


「...頑張れ」


 試合が始まり、いよいよ阿武高校が一点差リードの九回裏。

 ツーアウトながらランナーは満塁、絶体絶命の大ピンチ。

 怖くて試合を直視出来ない。


「やった!!!」


 最後のバッターが空振りし、大歓声がスタンドから巻き起こる。

 マウンドの周りで指を突き上げ、歓喜する政志達が見えた。


「やった...の...ね」


 涙が溢れ、みんなの姿が滲む、どれだけの努力を重ねて来たんだろう。


「...やっと終った」


 一つのケジメが果たされた。

 ようやく政志の夢が叶ったんだ。


「夢か...」


 テレビから校歌が流れる。

 みんなの顔が映しだされ、監督の隣で泣きじゃくる紫織ちゃんの姿があった。


 紫織ちゃんは凄い。

 たった2ヶ月で私が伝えたアドバイスを直ぐに理解し、素晴らしい分析能力を発揮した。


 優秀な彼女は選手へのケアも欠かさず、前回の私がいかに無能だったか思い知らされた。

 もし私がもう一度マネージャーをしていたら、前回と同じ結果に終わっただろう。


 懸念していた下素野も、紫織ちゃんは正技キャプテンと協力して封じ込めた。

 アイツ(下素野)だって、騒ぎを起こしたら、レギュラーを外されてしまう事位、分かっていたのだ。

 そうなっては、大学への推薦が無くなってしまうと。


「正技キャプテン...」


 正技キャプテンは確かに素晴らしいけど、自分にとって使える人間か、そうでないかで分ける所があった。

 だから下素野に対し、前回は放置気味に感じていたが、今回は指導した。


 これも紫織ちゃんの成果だろう。

 今回は更に素晴らしいリーダーシップを発揮出来る人間になった。


 そして、紫織ちゃんは正技先輩の事が好きなんだろう。

 このところ、野球部の話というよりキャプテンの話題ばかり。

 キャプテンは恋人は居なかったから、紫織ちゃんの恋が実れば、きっと幸せになれる。


 前回は女子大に進んだ紫織ちゃんだけど、今回は正技先輩と同じ大学に進むかもしれない。

 それは政志と同じ大学で、三人一緒の...


「...それに引き換え」


 もう一度人生をやり直すチャンスを貰ったのに、私は何の役にも立たなかった。

 甲子園は政志や紫織ちゃんを始めとする、周りの人達が掴みとった快挙。


 結局は前回全てに起きた不幸の元凶は私。


 政志ばかりを追いかけ、マネージャーとしての役割を果たせなかった。


 馬鹿だったばかりに、下素野に靡き、政志を傷つけ、紫織ちゃんまで悲しませた。


 挙げ句、下素野を詰り、奴を破滅に追い込んでしまったのだ。


 自分が不幸な人生を歩んだ原因は全て弱さが原因、愚か者には相応しい末路でしかなかった。

 その事実が証明されたんだ。


「...どう考えても政志は私なんかと釣り合わない」


 それでも政志とやり直したかった。

 前回の様に裏切ったりしない、その気持ちは十分にあった。

 実らないなら、せめて同じ大学に進みたかった。


 前回政志と違う大学になってしまったのは私が合格しなかったからだ。

 野球の特待生で政志は決まり、私は一般入試で挑戦したが、残念ながら不合格に。


「今回も無理か...」


 二回目の高校生活。

 模試の結果は前回より成績が変わらなかった。

 今回はマネージャーもしてない、空いた時間を全て勉強に費やしたにもかかわらず。


 なんの事は無い、私はチャンスを貰っても掴み取れない人間なのだ。


「...政志」


 結局同じ事の繰り返し、

 私は政志と夢を叶える資格なんか無い。

 だから付き合う事なんか...


「...もうこんな時間」


 気づけば試合が終わって二時間が経っていた。

 テレビの中継も終わっている。


 「...う」


 頭が痛い、目眩までしてきた。


「これは...不味い」


 熱いはずなのに冷や汗が止まらない。

 パジャマも、下着までビショビショだ。


「とにかく着替えないと」


 ベッドから這い出し、クローゼットの下着を...


「...あ」


 足がもつれる。

 目の前に迫る床、身体に走る激しい衝撃。


「...政志...私は...」


 このまま消え去りたい。

 政志の夢に私なんか居ては...


 ...意識が遠退いて行った。

次ラスト

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >次ラスト と言いつつ泣きの半荘もう一回的な〜
[一言] 既視感のある引き 単なる気絶か、また過去に戻るのか、それとも…? 史佳にとっても政志にとっても他の皆にとってもいい結末だといいですね …満夫は除くw
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