第4話 史佳の告白
まずい所を見られた。
政志のベッドで何をしてたかなんて説明のしようがない。
紫織ちゃんは無言でずっと私を見ていた。
「座っても良い?」
「え...ええ」
紫織ちゃんは政志のベッドに腰を下ろす。
私も身体を起こし、隣に並んだ。
「...あの史姉」
「ち、違うの、これはその...ベッドのシーツを取り替えようと思って」
「シーツを替えるのに、史姉はうつ伏せで枕に顔を埋めるんですか?」
「あ...」
言い訳は通じそうにない。
「それに泣いてるじゃないですか」
「まさか...」
枕には涙の跡がハッキリ残されていた。
これでは何も言えそうにない。
「...どうして?
どうして政兄の告白を断ったんですか?」
「それは...政志は単なる幼馴染みで...私はそんな気が」
「嘘ですね、単なる幼馴染みならベッドに顔を埋めて泣きませんから」
「...ぐ」
淡々と、しかし言い訳の余地を挟ませない紫織ちゃんの言葉が私を追い詰めて行く。
...苦しい、こんな時に私は何を言えば良いのか。
重苦しい空気、時間だけが過ぎていく。
「風邪はもう治ってました。
史姉と二人切りで話がしたいから、政兄に嘘を吐いて呼び出させて貰いました」
「へ?」
嘘ってどういう意味?
「史姉...ここのところ私を避けてる」
「それは...」
「ねえ、なんで私を避けるの?
何か気に障る事した?
政兄に聞いても分からないって言うばかりで...」
絞り出す様な紫織ちゃんの声、その悲痛な言葉は私の胸を貫く。
「ずっと一緒だったのに...私、ずっと史姉に憧れてて」
「...紫織ちゃん」
「だから一緒の高校にしたんだよ!
なのにずっと史姉は私を避けるし!!」
「まさか...」
「イヤだよ!
なんで...ずっと一緒に居られると思っていたのに...」
とうとう紫織ちゃんは泣き出した。
紫織ちゃんは昔から私達より勉強が出来、もっと上の高校に行けたのに、ランクを下げて同じ高校に来たんだ。
「雰囲気も変わっちゃうし...いつも辛そうで」
「そうかしら...」
辛いよ、だって政志との恋を諦めようとしてるんだから。
そう言葉にしたいが出来ない、言ったら本当に終わってしまいそうだもの。
「だからお願い...何があったの?」
「い...いろ」
「色々あったはイヤ」
「うぐ...」
これは腹を括るしかなさそうだ。
信じて貰えるとは思わない、しかし他に方法が見つかりそうもない。
「...私は未来から戻って来た」
「は?」
紫織ちゃんの目が大きく開く。
『コイツ何言ってるんだ?』
そう思っているんだろう、でも話すしかない。
「30歳だった私は15年の時間を巻き戻ったの」
「それはいつです?」
「一年前よ」
「...なるほど」
顎に手をやりながら紫織ちゃんは私を見る、何を思っているか分からないが、話を続ける。
「私は未来で赦されない過ちを犯した...みんなを不幸にしてしまったの。
だから一緒に居られないと思った」
「過ち?」
「ええ、絶対に赦されない過ち...」
「どんな?」
「そ...それは...」
声が出ない、ちゃんと話すと決めた筈なのに。
私はなんて卑怯な人間なんだろう。
「...教えて下さい」
「う...うん、でも...」
「全部話して下さい、大丈夫ですから」
「分かった」
覚悟を決め直し、大きく頷く。
間違いなく軽蔑されるだろう、でも言わないと紫織ちゃんは納得しそうに無い。
私は全てを話した。
前回に於いて高校に入って直ぐ政志と交際を始めた事、マネージャーとして野球部に入った事、順調に仲を深めていた事。
甲子園に手が届かなかった事も話した。
そして大学に入り、政志を忘れ下素野と遊び呆けていた事がバレて別れてしまった事も全部...
「...そうだったんですか」
「うん...」
怖くて紫織ちゃんを見る事が出来ない。
またあの目が、前回バレてしまった時、私に向けられた軽蔑の眼差しが...
「顔を上げて下さい」
「え?」
予想と違う優しい言葉に紫織ちゃんを見る。
意外にも紫織ちゃんは柔らかな瞳で私を見つめていた。
「史姉が変わった理由は分かりました」
「...そう」
これで終わりだ。
きっと決別の言葉が私を待っている。
もう政志と紫織ちゃんに会えなくなるだろう。
「史姉はどうしたいんですか?」
「どうって...」
「この先です、政兄を諦めるのですか?」
「そうね...それが一番...」
「強がらないで!!」
紫織ちゃん叫びに全身が強張る。
「史姉無理してる!
本当は政兄の事が諦められない位大好きなのに!」
「でも...私は」
「過ち?
誰だって失敗はするんです!!
折角神様がチャンスをくれたのに、なんで諦めるんですか?」
「...そんな事言ったって」
自分のやってしまった事は政志の人生をも狂わせてしまったんだ、そんな簡単に赦されない。
「政兄も、私だって辛すぎます...
史姉はまた下素野と過ちを繰り返すつもりですか?」
「しないわ!!」
誰がするもんか!
私には政志しか居ないんだ!!
ずっと好きなんだ、この一年どれだけ辛かったか。
...いや一年じゃない、前回の時間もだ。
別れから私は全部失ってしまったんだ!
恋人を、幸せな未来を、素晴らしい友人を、みんな全部...
「それじゃ決まりですね」
「決まり?」
何が決まりなんだ?
「とりあえず未来を変えましょう」
「変えるって?」
「先ずは甲子園です」
「は?」
どうして甲子園が出てくるの...あ!
「政兄が甲子園に行かない事には、史姉から付き合って下さいって言えないでしょ?」
「でも甲子園は...」
阿武高校が甲子園に行く未来は無い。
さっき言った筈だけど。
「史姉は前回、政兄が負けた試合を見てるんです。
だから攻略は出来るかもしれません」
確かに前回はマネージャーとしてベンチに居た。
スコアシートの内容も全部じゃないが、大体は覚えている、それだけ悔しかった。
「でもどうやって伝えるの?
私はマネージャーじゃないし」
野球部には入りたくない。
アイツの顔を思い出すだけで過去の悪夢が甦ってしまうの。
「私がマネージャーになります」
「何を言ってるの?」
そんな事はさせられない、紫織ちゃんは大人しい姿をしてるが、本当は凄く可愛い。
それに下素野が気づいたら、彼女を危険に晒す事になってしまう。
「大丈夫です。
思いっきり地味に化けますから、誰も興味持てない位に」
「でも...政志が」
政志が反対する筈だ。
今回の政志は下素野を毛嫌いしている、だから可愛い妹を野球部に入れたくないだろう。
「それは上手く説得します。
史姉、野球部の情報を下さい」
「情報?」
「はい、野球部に居る人の詳しい情報です。
史姉の覚えている事を全部」
「...分かった、でも無理しないで」
昔から紫織ちゃんは頑固な一面があった。
こうと決めたらテコでも動かないだろう。
こうして私には紫織ちゃんという力強い味方が出来た。
未来は変える事が出来る。
新しい未来に賭ける覚悟を決めた。
次は閑話、紫織サイドです。