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第3話 史佳の苦悩

 巻き戻ってから二度目の高校生活も早いもので一年が過ぎた。

 思い返せば入学式の後、懐かしい友人との再会に胸が熱くなった。


 当然だが向こうは私の事を知らない。

 でも私には掛け替えの無い親友、涙を溜めながら自己紹介する私はさぞかし変な人間に映った事だろう。


 そんな親友とも政志との一件で疎遠になってしまった。

 何度考えても胸が痛い、本当にバカな事をしてしまったと思う。


 政志とは違うクラスになった。

 前回は寂しくて、休み時間毎にお互いの教室を行き来してだが、今回はしない。

 だって私達は付き合っていない、単なる幼馴染みなのだから。


 前回通りなら、三年間一度も政志と同じクラスになる事は無いだろう。

 寂しくないかと聞かれたら、正直寂しい。

 しかし我慢だ、私なんかを恋人にしたら政志は不幸になる。


 野球部のマネージャーも断り、あくまで幼馴染み、友人としての付き合いにとどめる。

 特に下素野とは絶対接点を持たないつもりだったが、不注意から奴に姿を見られたのは失敗だった。


 『史佳と学校に来た所を下素野先輩に見られたみたいだ』

 政志から聞いた時は焦った。

 悪夢が再び頭に浮かび、倒れそうになった。


『どうした、大丈夫か?』

 私の様子に政志は心配してくれが、理由を言う訳に行かず途方に暮れた。

 結局私がしたのは一緒に登校するのを止め、自分の見た目を変えた事くらい。


 政志が綺麗だと言ってくれて以来、伸ばしていた髪を切り、コンタクトを止めて眼鏡にした。


 全部奴から逃げる為。

 アイツ好みの人間にならないには、こうするしかなかった。

 皮肉にも、過去の記憶が役に立った。


『史佳の髪は綺麗だな』


『ありがとう先輩』

 クソみたいな記憶。

 こんな事を言われ、浮かれていた自分が本当に嫌だ。

 全ては政志の為だった筈なのに...


「それじゃ行ってくる」


「行ってらっしゃい、政兄」


 政志は自宅前で元気に手を振る。

 その肩にはバットケースと阿武高校野球部と刺繍された鞄。

 そして右手には大きなボストンバッグ。

 中身は野球道具一式と三日分の着替えが入っている。


 今日は5月3日。

 政志はこれから野球部のミニ合宿に行く。

 前回はマネージャーだった私も手伝いの為に参加したが、今回は違うので当然行く事は無い。


「史佳、紫織を頼むよ」


「分かったわ」


 政志の頼みとあっては仕方無い。

 最低限の交流しか持たない様にしている私だけど、今日だけは特別。

 なぜなら紫織ちゃんが風邪をひいてしまい、政志から世話を頼まれたのだ。


 政志のお父さんは去年から二年間の転勤でお母さんも付いて行き、現在政志は紫織ちゃんと二人暮らし。


 今日から政志の家で三日間紫織ちゃんの食事や洗濯を私がする。

 前回は記憶がないけど、たぶん政志のお母さんが帰って来たのだろう。


「そろそろ家に入りましょ」


「...うん」


 寂しそうに政志を見送る紫織ちゃん。

 本当に紫織ちゃんは政志と仲が良い。

 昔から一緒だった私達だけど、今回は紫織ちゃんとも距離とっている。


 今年から同じ高校に通っている紫織ちゃんだけど、学校で会っても軽く会釈をするだけ。

 紫織ちゃんから声は掛からない、彼女は内気な性格だから。


「さあ召し上がれ」


「これ史姉が作ったの?」


 手早く作った昼ご飯をテーブルに並べる。

 紫織ちゃんは不思議そうな顔で私を見た。


「そうだけど?」


「いつの間に料理を覚えたの?

 政兄のお弁当を毎日作ってるのは知ってたけど...」


「ああ、それか」


 確かに不思議だろう。

 前回の私は料理が苦手だった。

 でも大学を出てから一人暮らしをする内に料理をするようになった。


 自分で作って一人で食べるだけ。

 誰の為でもない。

 ただ政志の好きだった献立を思い出しながらの料理作りだった。


「色々あったからね」


「またそれ?」


「うん」


 理由なんか言えない。

 言ったところで信じて貰えそうにないし。


「...おいしい」


「良かった」


 料理を食べる紫織ちゃんが呟く。

 彼女は昔から料理が得意で、確か今は政志のご飯を全部作っていた筈だ。


「私より料理上手いんだ」


「そんな事無いよ」


 料理作りは結局28歳くらいでやめてしまった。

 虚しくなったのだ、どれだけ思い出にすがろうと、政志に食べて貰える未来は無いからって。


「なんか変わったね」


「何が?」


「史姉だよ、別人みたい」


「そ...そうかしら?」


 真剣な眼差しを向けられ息が詰まる。

 まさか私の秘密を?


「身なりも地味になったし、野球部のマネージャーだって断っちゃったでしょ」


「そうだったわね」


「この一年、全く家にも来なくなった」


「ええ...」


 巻き戻るまでは頻繁だった記憶がある。

 ずっと毎日一緒だったから。


「何より、高校に入ったら政兄と付き合うんだと思ったら断っちゃうし」


「それは...ごめん」


「ううん」


 どうにも答えられない。

 ただ無言で私達は昼ごはんを食べる、時折紫織ちゃんは私を見ている。

 その表情は私がクズとの浮気がバレた時に見せた物と違う、何かを言いたそうに見えた。


「ごちそうさま」


「もういいの?」


 まだご飯は余っているのに紫織ちゃんは席を立った。


「少し寝ます」


「分かった」


 返事を待たず紫織ちゃんは自分の部屋に行ってしまった。


「余った料理は夕飯に作り直すとして...」


 食器をシンクに運ぶ。

 なんだか不思議な気持ち、こうして政志の家に居る事が...


「懐かしい」


 気づけば私は政志の部屋に居た。

 一応の許可は貰っている。

 政志の部屋は昔のまま、記憶にある懐かしい部屋...


「ふう」


 眼鏡を外し、政志のベッドにうつ伏せで寝そべる。

 部屋に漂う彼の匂いが私を満たして行く。

 前回高校二年の時に、このベッドで私は政志と...


「...政志」


 やっぱり諦められない!

 政志を手放したくない!!

 前回の通りなら、政志は甲子園に行く事は出来ない。

 この夏は決勝まで進むが、あと一歩のところで負けてしまうのだ。


 試合の後、落ち込む政志を励ます内に、そのまま私は初めて結ばれた。

 そして三年は引退し、政志を中心とした新チームになったが、主力が抜けた穴は大きく、最後の夏も準決勝で負けてしまった。


「今回もそうなったら...」


 もう政志と付き合う事は無いだろう。

 政志は約束した事は守る人間、反古にしたりする事は考えられない。

 でも私からお願いしたら...


「言える筈ないでしょ...」


 なんてバカな事を、政志を不幸にするだけ。

 だから恋人になるのを諦め、政志が野球に専念出来る様に頑張って来た。

 なのに、どうして私は...


「...史姉」


「紫織ちゃん?」


 政志の枕に顔を埋めていると、いつの間にか部屋に入っていた紫織ちゃんが私を見下ろす様に立っていた。

後三話追加します。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] そんな調子でもし政志に恋人が出来たとき耐えられるのだろうか? 紫織ちゃんが状況を打破する鍵を握ってそうですね [一言] 親友の名前が紗央莉か紀美かで未来が変わりそう
[一言] 更新ありがとうございます。あと3話期待してます!
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