第2話 史佳の決断
「え...どうして政志が...」
驚きで声が続かない、何が起きたと言うのか。
『なぜ政志が私の前に居るの?』
私の住むアパートの場所は両親や会社に聞かないと分からない筈だ、政志が調べたなんて事は考えられない。
それに政志はなぜ中学の制服を着ているんだろう?
いや制服だけではない、姿形まで中学の頃と同じではないか、坊主頭から少し伸びた髪の毛と引き締まった身体、記憶の中にある当時のままだ。
「もう体調は大丈夫か?」
「体調?」
「風邪だよ、随分拗らせたろ?」
「ああ...」
そうだった、でも頭や喉の痛みも消えて、さっきまでの苦しみが嘘みたいに消えていた。
「おばさん...史佳を見て来てって」
「おばさん?」
そりゃ今の政志から見たら、私はおばさんだよ?
会社でも若い子からそんな陰口を叩かれてるのも知ってる、でも久し振りに会ってそりゃないわ。
「ん?」
いや待て、それよりこの部屋だ。
内装が違う、私の住んでいるアパートでは無い、ここはもしかして...
「...ここって?」
「史佳の部屋だ」
「そ...うだね」
間違いない、ここは8年前まで使っていた実家の部屋だ。
壁に貼ってあるポスターや置いてある机は最後に見た時と違う、でもなんだろう、全部見覚えのある懐かしい記憶の品が...
「勝手に入ったの怒ってるのか?
ゴメンな、おばさんから史佳の様子を見てくれって頼まれたから...」
なにやら政志は頭を下げて謝るが...
そうか!
「...夢だ」
そう、これは夢なんだ。
熱のせいで、意識が混濁してるから政志の夢を見てるんだよ。
早く目を醒まして病院に行かないと、でも最後に一つだけ...
「政志!!」
「わっ!!」
ベッドから身体を起こし、政志の腰にしがみつく。
懐かしい彼の臭い、幸せだ、なんて素敵でリアルな夢を神様は...もう死んでも良い。
夢とはいえ、最後に再会を果たせる事が出来たんだ。
「あの...ふ...史佳さん...」
おかしい、いつまでも目が醒めないし、政志は固まったままで動かない、変な時間だけ過ぎる、気まずい...
「ふぬっ!」
政志から手を離し、自分の右頬をツネッてみた。
「アタタタ...」
「...なにやってるんだ?」
頬の痛みだけで全く効果が無い、呆れた顔の政志が笑う、ふざけてると思ったのか?
「ちょっとツネッて」
「は?」
政志に頼もう、夢の人にお願いするのも変だけど緊急事態だから仕方ない。
「さあ早く」
「嫌だよ」
「いいから」
夢の中なんだから、私に従ってくれて良いのに、なかなか政志はして来ない。
体を起こし、ベッドから出て政志の前に立った。
「...怒らないか?」
「大丈夫...アタタタタタ!!」
「おい...だから言ったろ」
なんて馬鹿力だ!しかも両手でなんて言ってない!!
「痛いでしょ!!」
「...だって史佳が」
余りの痛みに涙が出る。
両頬が熱い、伸びて腫れたらどうする...いや待て。
「...夢じゃない」
これだけ痛いのに夢の筈が無い、まさか本当に政志が?
だとしたら、彼が若いのは?
「あの...今日はいつなの?」
「しっかりしろよ、まだ風邪の熱が引いてないのか?」
「教えて」
「3月16日だ」
「な...何年の?」
「お...おい史佳」
「お願いだから」
「2007年だよ。
風邪で3日間寝込んでたから、まだ呆けてるかもしれないけど、しっかりしろよ」
「...嘘」
2007年って15年前?
確かに中学の卒業式が終わった後、風邪で寝込んでいた記憶がある。
「下で待ってるからな」
記憶に頭が混乱する。
政志は部屋を出ようとしているが、まだ聞きたい事は終わってないよ。
「なんで政志は制服姿なの?」
卒業したなら、政志が中学の制服姿なのは変だ、似合ってるけど。
「発表に行くなら制服は当たり前だろ、史佳も早く着替えろよ」
「発表?」
なんだ発表って?
「合格発表に決まってるだろ」
「は?」
「阿武高校のだよ、本当にどうしたんだ?」
懐かしい名前、阿武高校は私と政志が通った学校だけど。
「...うん」
とにかく着替えよう。
先へ進まないと、何も始まりそうにない。
確か中学の制服はいつもクローゼットに掛けていた筈だ。
パジャマを脱ぎ捨て、鏡の前に立つ。
そこには下着姿で映る15歳の私が居た。
「わ!バカ!」
「なに?」
政志が叫ぶ、何を驚いてるんだ?
私の下着姿どころか、裸も見た事があるはず...
「あ!!」
しまった!
まだ私は政志とセックスどころか、付き合ってもないんだ!!
「ギャアア!!」
年甲斐もなく叫んでしまう。
中身は30だけど、恥ずかしい!
「見、見てないから!見てないからな!!」
いや、しっかり見たじゃないか!
慌てて部屋を出る政志の真っ赤な顔、鏡に映る私も真っ赤になっていた。
「傷痕が無い...」
脇腹の傷痕が綺麗に無くなっている。
当然か、私が下素野に刺されたのは5年後の事になる。
「どうしよう...政志...」
記憶が徐々に甦る。
今日、私は政志と高校の発表に行った。
結果は二人共合格で、手を取り合って喜んだ。
でも私達はその後野球部でアイツと会ってしまう事になる...
「私が野球部のマネージャーにならならきゃ良いんだ」
今さら別の高校に進む事は出来ない。
ここまでの運命は今さら変えられないなら、下素野と私が出会わなければ大丈夫だ。
気持ちを奮い起こし、懐かしい制服に身を包む。
中学の制服は少し窮屈だったが、懐かしさと恥ずかしさに、また顔が熱くなった。
「もう悲しい思いはさせないからね」
そうよ、二度と政志を傷つける訳には行かない。
両親にもだ。
私の過ちで政志と別れてしまった事を知った両親は凄く残念そうだった。
何度も謝りに行ったが、紫織ちゃんから激しく拒絶され、最後に政志の両親から来ないでくれと言われてしまった。
だから会えないと思っていたのに。
「...あー緊張するな」
「...そうね」
阿武高校に向かう電車の中で何度も政志が呟く、試験の結果が気になって仕方ないのだろう。
これが本当に過去をやり直しているなら、結果は大丈夫なのたが、そんな事はもちろん言えないし。
「...あった!」
「良かったわね」
高校に着き、自分の番号を見つける。
やはり私達は合格していた、政志の目が私を捕らえる、なんて熱い目...
「...そっか」
そうだ、あの時私は飛び上がって喜んだんだ。
『やったわね!!』
そんな叫び声を上げて...
「ありがとう史佳のお陰だ!」
「そんな事ないわよ」
受験勉強を一緒に頑張ったけど、彼の努力が実っただけ。
私は...そうだ、この後確か...
「次は俺が史佳の夢を叶える番だ!」
「...うん」
言ってしまうんだ...あの言葉を...
「絶対甲子園に行くからな、ずっと俺の側に居てくれ。
史佳、好きだ...付き合ってくれ」
「...政志」
政志からの告白...
ずっと私達は一緒だった。
小さい時からずっと、気づいたらお互い好きになっていた、だから彼の告白は嬉しかった...もちろん今回も嬉しいんだ...でも...
「...ごめんなさい」
頭を下げ断る私、政志は絶句している、まさかと思っているんだろう。
でもこうするしか無い...私なんかに関わって彼の人生を無駄にしては...
「...そっか」
政志が声を絞り出す。
...辛いよ、本当ならその身体にしがみつき、ありがとうって叫びたい。
前回そうした様に...
「...分かったよ」
「本当にごめん...」
もう一度頭を下げる、これしか無いんだ。
大丈夫、私の選択は間違って無い筈だ...
「いくらなんでも焦り過ぎたな」
「え?」
政志の顔が笑顔になる、引き込まれてしまいそうだ。
「ごめん、自惚れてた。
野球は一人でするもんじゃないよな」
「...そうじゃなくて」
「大丈夫、ちゃんと結果出すよ。
だから見ててくれ!その時にまた返事を頼む!」
「政志...」
「ごめんな、でも大好きだぜ!
これからも一緒に居てくれ!!」
「...あ」
真っ赤な顔をした政志はダッシュで行ってしまった。
消える政志の背中に私は呟く。
「ごめんなさい...私も好きだよ。
政志...大好き...愛してる...」
涙が止まらない。
こうして私にとって二回目の高校生活が始まった。
野球部のマネージャーにならず、奴と絶対に顔を会わせない、高校生活が...
次は閑話、政志サイド。




