転生伯爵令嬢は井戸に向かって不満を叫ぶ 〜王子様はエロガッパ〜
思いついたので一気に書き上げました。
気軽な気持ちで読んでくださればと思います。
若干、下品な王子ですが、許してやってください。
悪い子じゃないんです。
お楽しみいただければ幸いです。
よろしくお願いします。
「何が王子だあのエロガッパー!!チラッチラチラッチラ人の胸ばっか見やがって!!あわよくば肘で胸触ろうとしてんの分かってんだぞ、コンチクショー!!オメーが触ろうとしてたのは服の部分だ!どーせ下乳までコルセットで締められてガッチガチの真っ平で感触なんか分かんねーけどな!そんなのも知らねーのか!バーカ!!!」
バーカバーカバーカバーカバーカと井戸の中に反響しながらわたしの渾身の叫びが消えていく。イライラは治らんけどな!!
皆さんご存知?貴族令嬢のコルセットって、胸の下まで締め上げるんですのよ?押し上げてデコルテに盛り上がる胸が女性らしさの象徴なんですって。バッカみたい!
こんな無理矢理締め付けてたら内臓も骨もおかしくなるわ!
もういっちょ叫んどくか。
わたしは半分蓋を開けた井戸に思い切り頭を突っ込んでもう一度叫ぶ準備をした。ヤバ!髪飾りが蓋にぶつかった!ロザリーにがんばってもらったヘアセットがおじゃんになってしまった!これじゃ会場に戻れない!変に勘繰られておかしな噂を立てられる!
まあ、いいや、このまま帰ろう。さっさと馬車に戻ろう。その前にもうひと叫びだ。
わたしは一度深呼吸して、もう一度鼻から大きく息を吸った。
「クソ王子ー!ちょっとは人の目を見てしゃべれってんだボケナスー!顔突き合わせて会話してんのに視線が合わないってどういうことだバカヤロー!別にオメーのためにおっぱい見せてんじゃねーよアホー!メイドたちに無理矢理着させられたんだよふざけんな!ダンスの最中もグイグイグイグイ腰を引き寄せやがって!コケるっつーの!どーせ胸が当たるの期待してたんだろー!?魂胆見え見えなんだよエロ王子!テメーみてーな失礼極まりねーヤツが立太子なんて世も末だー!身分にホイホイ釣られるような女とでも乳繰り合ってろコノヤロー!」
ヤローヤローローローロー……
再びわたしの叫びは井戸に消えて行った。
ここは王宮の庭の隠れたところにあるし、井戸は植栽の水やり用だ。夜会の真っ最中にこんなところに来る物好きなんてわたしくらいのもの。
一応、周りに人気がないのも確認したし、不敬だなんだとお咎めを受けることはないだろう。
「ふう。スッキリした。」
「随分な物言いだな。」
「ひっ!」
恐る恐る振り向けば、そこには先ほどまでにこやかな笑みをわたしの谷間に向けながら、共にダンスを踊っていたエロガッパ……もとい、アンリ王子が腕を組んで立っていた。表情は暗がりなので分からない。
まさか、全部聞かれた?いや、一部でもかなりマズイんだけど。え!不敬罪で処される系!?ヤバイマジヤバイ!助けておばあちゃーん!!
「オレはエロガッパか。そーかそーか。男が女の胸に興味なかったら人類滅びてるぞ。」
「む、胸派ではなく尻がお好きな方もいらっしゃると思います……。」
何言ってんだわたし!そうじゃないでしょーが!
「オレは脚も重要だと思う。個人的には少しムチムチしてる方が好みだな。きみのように。」
なんでわたしの脚がムチムチしてるって知ってんのよ。下半身デブで悪かったわね。上半身だって細いけど胸だけはしっかりあるから普通の服着てると全体的に太って見えるし、野暮ったいのよわたし。
「で、きみはここで何をしていたのかな?」
「な、何とおっしゃられても……」
「オレがきみを二度目のダンスに誘おうとしたら花を摘みに行くと言って逃げて行った。てっきりトイレに行くのかと思えば本当に庭の方へ走って行くじゃないか。追いかけてみれば、花など通り過ぎて暗がりの方へと向かって行く。王宮とはいえ若い女性がこのような場所にいれば、何が起こるか分からない。おかしな輩に目をつけられて、無体を働かれても仕方のないことだ。」
「ご、ご心配をおかけして申し訳ございません。今後は気をつけます。」
「そうした方がいい。」
ち、沈黙がツライ……。
謝罪するべきなんだろうか?いや、するべきなんだけど。でも、謝罪しただけでお咎めなしにしてもらえるような内容じゃない。かなり口汚く罵ってしまった。
しかも、馬車寄せに向かおうにもアンリ王子が道を塞いでるから行けないじゃない!これ以上先へ進んだら立入禁止区域だし、退路が断たれているのも同然だわ!
えーん!どうしたらいいのー!?
「きみの叫びは不敬罪に値すると言っても良い。」
「は、はい……。」
「先程の威勢はどうした。井戸に向かって散々叫んでいたじゃないか。」
「だ、誰もいないものと思っておりましたので……。」
「きみの本音はよく分かった。わたしがきみの魅力的な谷間に視線を奪われていたのは確かだ。王子として男として、失礼な行為であった。そこは謝罪しよう。」
「は、勿体ないお言葉で……。」
「だが、バカだのアホだのボケナスだのと言ったのは許し難い。きみには相応の罰を受けてもらう。」
ざり、ざり、と、土を踏みしめる音をさせながら、アンリ王子はジリジリとわたしに近付いて来る。
わたしは井戸に縋りつき、恐怖に慄いた。
もしかして死罪?家族にも迷惑をかける?
どうしよう。なんで家まで我慢出来なかったんだろう。だって、この人がダンスしながらわたしの腰をさわさわと撫でてくるのが気持ち悪くて、あわよくばおしりを触ろうとしてるのもムカついて、その手をつねりも叩けもしないし、ストレスMAXだったのよ!
前門の王子、後門の井戸。もう逃げ場はない。いっそ井戸へ飛び込む?いや、蓋は半分しか開けなかったから、頭からいっても足からいってもクリノリンが引っかかってマヌケなことになる。頭から行くのが早いけど、スケキヨだけは避けたい。脚を見せてコイツを喜ばせるのもイヤだ。
「アルマニャック伯爵令嬢。いや、マドレーヌ嬢。」
我ながら甘そうな名前だな。なんて素っ頓狂なことを考えてしまう。現実逃避してる場合じゃないのに。
わたしの前で立ち止まり、氷の色をした冷たい瞳で見下ろしてくるアンリ王子は、金髪が木漏れ日のように射す満月の光に照らされて神々しく、息を呑むほど美しい顔をしていた。
王子はゆっくりとしゃがみ込み、へたり込んだわたしの目線に合わせて、井戸にしがみついていた左手をそっと手に取った。
「わたしと結婚して欲しい。」
はい?
なんですって?もう一度聞いていいですか?
「聞こえなかったか?わたしの妻となってくれ、マドレーヌ嬢。」
あら?王子はテレパシーでも使えるのかしら?もう一度言ってくださったわ。
でも、なんでプロポーズ?この状況でこの展開っておかしくない?
確かに今日の夜会はアンリ王子のお妃探しだけど、今まで何の接点もなかったのに?今日がほぼ初対面なんですが?
「あ、あの、理由をお聞きしても?」
「以前、きみの書いた詩が話題になったことがあったね。」
「は、はい。」
あの前世で有名な作家の言葉を拝借したやつね。王侯貴族の子女が通う学校に今年から通い始めたのだけど、国語の授業で詩歌の宿題が出て、それが恋を詠むというテーマでさ。
全く思い付かず日本で聞いたそれっぽいフレーズをつなぎ合わせただけだったのに、この歳でこんな詩が書けるなんて!!と先生がいたく感激なさって、優秀者として作品が掲示板に貼り出されてしまったのだった。
あ、わたし、前世持ちなんです。地球という星の、日本という国の、フツーの一般ピープルでした。年齢?レディに年齢の話をするのはタブーですわよ!!
「月が綺麗ですね。」
ついさっきまでの冷たさは何処へやら、懐かしいものを見るような、それでいて哀しげな瞳を向けられた。
沈黙が流れる。コレ、例の返しをしないとダメなヤツ?
「あ、あなたとなら、死んでもいいわ……。」
「本当に?」
「いいえ。全く。我が国の王子と心中しようなどとカケラも考えておりません。」
言いながら自分でもコレジャナイと思うのに、つい口から出てしまう。わたしの悪い癖だ。本音と建前が使い分けられない。根っからの庶民には貴族なんて向いてないのよ。
「フッ、正直だな。」
「これ以上、不敬を重ねることは出来ません。」
そもそもアンリ王子のこと全く知らないしね。自分の住んでる国の王子ってことしか知らない。学校の同級生だけど、男子と女子でクラス分かれてるし。
「ねえ。乙女ゲームって知ってる?」
「はい?乙女ゲーム?」
「そう。たくさんのイケメンの攻略対象がいて、そのうちの誰かと付き合ったり、時には逆ハーレムを築いたりする、バカみたいなゲーム。」
バカみたいなゲームって言ったよ、この人。相当反感買うんじゃない?
「18禁でもなく、エロいシーンもなく、何が楽しいんだか分からないけど、姉が好きだったんだ。」
随分と欲望に正直な王子だな、コイツ。
って、え?この人も転生者ってこと?この世界に乙女ゲームなんてもの存在しないもの。
「きみは、日本人だろ?」
「い、今は違います。」
「オレもだよ。」
一人称がまたオレになった。本当に日本人なの?ずっと、ずっと、おばあちゃん以外に信じてもらえなくて隠してきた前世の記憶。それを共有できる人がこの世界にいたの?
「きみは、前世の知識でたくさんの富を生み出したね。」
「はい。わたし、子どもの頃から記憶があって。両親には夢見事と思われておりましたが、祖母だけは信じてくれました。」
「アルマニャックの女傑。」
「そ、そうです。」
「きみの祖母は成り上がりと言われる商人から男爵になった家の出身だ。」
「祖母は商人気質で、歴史はあれど没落寸前、爵位返上目前の我が家に嫁いで参りました。領地には商売のネタになるお宝がたくさん眠っているのに、全く生かせてないと腹を立て、借金を願いに来た曽祖父に、自分を嫁に取るように言ったそうです。」
「それで財政を立て直した上に、更に巨万の富を得た。先代の王が戦争好きだったせいで火の車だった国庫を助けたのも、アルマニャックの女傑だ。未だに我が王家は借金の利息も払い切れていないがね。」
「ええ。早く返してくださいね。」
「うん。きみは全く知らされてなかったんだね。」
「は?なんの話でしょう?」
「今日の夜会はね、一応、オレの妃候補選びという名目になってるけど、実質きみとオレのお見合いだったんだよ。」
「え、そうなのですか?」
「きみと、オレが、婚約して、結婚して、王妃になれば、借金が、帳消しになる、という仕組みだ。」
「はい?いや、借金はキチンと返してください。困ります。祖母がそれを承諾するとは思えません。今日だって、未だに元金に手をつけられないような無能王家に嫁ぐ必要はない、行く意味がない、行くならさっさと帰って来いと言われております。」
「やはり手厳しいな。承諾したのはきみの祖父だ。アルマニャック伯爵さ。」
「おじいさまが……。」
おじいちゃんは生粋の伯爵令息。即物的なことよりも名誉を重んじる、未だに坊ちゃん根性から抜け出せない困ったチャンだ。他の貴族はそれなりにバランスを取っているというのに名誉一辺倒で、おばあちゃんがいなければ完全におじいちゃんの代で潰れてただろうな、ウチ。
歴史だけは一人前の我がアルマニャック伯爵家にとっても、王家と縁付く機会は一度もなかった。だから、王家はそんなおじいちゃんの性格を利用したんだ。適当に口車に乗せられて、おばあちゃんにナイショで承諾したんだろう。
これは荒れる!
一気に帰りたくなくなった。
おじいちゃんはやることなすこと裏目に出るのに余計なことをしてよくおばあちゃんに怒られてる。悪い人ではないんだけど。
「そういうことだな。これからきみを送って行きたいところだが、こちらもきみの祖父を都合よく使わせてもらった手前、すぐにアルマニャックの女傑に会うのはちと恐い。」
おばあちゃんは恐い。それは、この国全体の共通認識だと思う。ただし、わたしには甘い。わたしが日本で得た知識を元に財産を増やすことが出来たから。
あ、阿漕な商売はしてないよ。とってもクリーンな経営です。それに、ちゃんと社会に還元してます。
「わ、わたしも帰りたくありません。こ、今夜は血を見るかもしれないので。」
「噂通りの恐ろしいお人だな。」
「わたしには優しい祖母なんです……。」
「それで、返事は?」
「なんのですか?」
「プロポーズ。」
「祖父が承諾したのではないのですか?」
「そうだけど、きみの返事が聞きたい。」
「え、お断りします。」
「それは出来ない。王家の意思はきみを取り込む方向で決定している。」
「なら、聞く意味ありますか?」
「あるよ。オレは、きみの伴侶として、どう?そうだな、まずは見た目?そこそこイケてると思うんだけど。」
「そうですね。特別こうという好みがあるわけではありませんが、殿下は美しい方だと思います。並び立つのに気後れする程度には。」
「褒め言葉として受け取っておくよ。ちなみにきみはオレの好みにドンピシャだ。」
「それは体型ですか?」
「顔もね。ちょっとキツめのキレイ系が好きだから。」
「はあ。」
こういうときになんて返していいのか分からないので、はあ、としか言えない。いい歳してるのに恋愛偏差値の低さを物語る。
「これから、乙女ゲームのヒロインが現れる。今から一年後だね。その子はヒロインだけあってかわいいはかわいいんだけど、正直好みじゃない。顔が幼くて胸がない。鶏ガラみたいな体型だ。せっかく王子に生まれついたんだ。好みの女が王家にとって条件のいい相手なら、食いつかないはずないだろ?」
「それはわたしの中身はまるっと無視ということでよろしいですか?」
「そんなことないよ。あの詩。さっきの言葉を使ってたけど、すごく胸を打たれた。それに日本の話が出来るのもいい。隠し事をしないで済む。きっと、お互いに利点があるんじゃないかな?」
「なるほど。まごうことなき政略結婚ですね。」
「でも、これからきみと恋愛することに関しては吝かではないよ。今だって、こうやってポンポン言いたいこと言い合えるのも楽しいしね。」
「はあ。」
また、はあ、しか出なかった。このポンコツな口と脳みそをどうにかしてくれ。あ。肝心なこと聞くの忘れてた。
「ここは乙女ゲームの舞台だったのですね。」
人生十六年プラスアルファ。初めて知った。乙女ゲームとか興味なかったからなぁ。
「そ。きみはオレの婚約者で悪役令嬢だ。」
「ありきたりなパターンですね。殿下はもちろん攻略対象なんですよね?」
「王子だからね。メインだよ。」
「それで、ヒロインは好みじゃないから攻略されたくない、と。」
「ま、それもあるけど、相手は自分で選びたいから。」
「思いっきり政略ですが、それは選んだことになるのですか?」
「なるよ。オレが言い出したことだからね。きみと結婚したいって。あとの条件はオマケだよ。」
「どうしてですか?」
「日本の話がしたかった。詩を読んできみに興味を持った。あんな詩を書くきみと、恋がしてみたいと思った。」
「あれは宿題の提出の締め切りに間に合わなくて、知ってるフレーズを適当に切り貼りしてつなぎあわせただけです。」
「そうなの?」
「はい。」
アンリ王子はあまり前世では本をお読みにならなかったようだ。分かる人が読めば分かる仕様になってるんだけどな。他に日本人がいるってことを想定して書いてないけど。
「ねえ。もっと気楽に話してよ。せっかく同じ日本人仲間なんだから、気軽に話したい。」
「え、無理です。今は同じ十六歳とはいえ、前がどうだったのかも分からないのに。」
「オレは最後の記憶は大学生だったよ。きみは?」
「……社会人とだけ。」
思っクソ年下じゃん!絶対に言うもんか!
「お姉さんか。ちょっとクるな。」
「来なくていいです。帰っていいですか。」
「帰りたくないんじゃなかったの?」
「あきらめて開き直ります。責任は全て祖父にあるので。」
「ならば、家まで送って行こう。」
「いいのですか?祖母にどやされますよ?」
「きみとの結婚のためなら腹を括るさ。」
む、ちょっと今のはときめいてしまった。不覚。
それから二人で馬車の中で昔話をしながら帰路につき、家に着くと祖母は案の定怒髪天で祖父は正座させられ、アンリ王子まで一緒になって正座して、土下座までして結婚の許しを願い出てくれた。
祖母は金の卵を横取りするのだから当たり前だとふんぞり返っていたけど、祖父や両親、兄は大慌てで、ものすごい騒ぎになってしまって大変だった。
祖母が二人で話がしたいと王子に願い出て、三十分くらい部屋にこもって話してたのを、家族で震えながら待っていたんだけど、出てきた祖母は何故かニコニコ顔で、アンタたち是非結婚しなさいと手のひら返ししたものだからまた大騒ぎ。
後から王子に聞いたら、自分にもわたしと同じ国の前世の記憶があるって説明したんだって。そのための苦労とか苦悩とか、そういうのをわたしとなら分かち合えるはずだし、わたしのことを愛して、支えていくつもりだ、と説得したそうだ。
祖母も、わたしが前世の記憶があるが故に結婚や婚約に二の足を踏んでいたのを知っているので、それなら二人がくっついた方がわたしにとっても良いだろうと判断したみたい。
それからわたしたちは正式に婚約者となり、最初は同郷同士の絆を深めた。それが恋に変わるのに、余り時間はかからなかった。
だって、アンリ王子が、アンリが、一生懸命わたしのこと口説くんだもん。初めは身体目当てだと思ってたけど、結婚式の日程が正式に決まるまで、変なことは一度もされなかった。最初にわたしが井戸で叫んでたのが意外にも効いていたらしい。多分、その後の馬車で、ダンスのとき鼻の下伸びてましたよって言ったのが一番効いたんだと思う。アンリは結構カッコつけだから。
ヒロインも転生者だったけど、あざとすぎる彼女のアタック(って言ったら古いって言われた)に辟易したアンリが、公衆の面前で、わたしのことを愛してる、自分の妻は彼女以外に考えられないって宣言してくれて、その場でキスまでしてくれちゃって、わたしがヒロインをいじめてるとかいうおかしな噂も無くなったし、場も収まったんだけど、アレはものすごく恥ずかしかった。
ヒロインも転生者なら結婚相手はわたしでなくても良くない?って聞いたら、オレを捨てるの?オレじゃダメなの?オレのこと嫌いになった?って滅茶苦茶泣かれて、あの時は参ったな。
でも、今のわたしはそんな彼も可愛いと思ってしまうのだ。鼻水ダラッダラだったけどね。縋り付いて泣かれたから服にもついたよ。きったね。ハンカチで拭いてあげたけどさ。
そんなこんなで二年経ち、わたしが先に十八歳になり、今日、アンリも十八になった。年が明けて学校を卒業したらすぐ結婚式だ。日本人の感覚だと早いように感じるけど、わたしも堂々とイチャイチャ出来ないのに不満を感じていたので、結婚してようやく恋人らしいことが出来るかなって思ってる。
二年くらいは子どもを作らず二人きりでいっぱいイチャイチャしようねって、ともすれば冷徹に見える綺麗な顔を綻ばせて言うアンリはワンコ系王子だと思う。
ゲームだと正統派カタブツ王子らしいけど、そんな片鱗はない。
今はアンリの私室にめずらしく二人きり。ソファーで並んで座って、最初は肩にもたれかかってきただけなのに、次第に頭が下に下がって、今は胸の谷間にいる。寛げるような体勢には思えないんだけど、これが自制心が利くギリギリのポーズらしい。首、痛くないのかしら。肌に当たる鼻息がくすぐったい。
「はあ。早くその胸に顔を埋めたい。」
「今、埋めてるじゃないですか。」
「素肌でだよ。分かるだろ?あと、二人きりのときは敬語は使わない約束。」
「……ごめん。」
わたしはアンリに上目遣いされると弱い。だって、とても可愛いんだもの。本人もそれに気付いたのか、おねだりするときは上目遣いしてくるようになった。
ちょっと嗜虐心をくすぐられるのは本人には秘密。アンリはカッコつけだからね。
TPOに厳しい世界なので、婚約者といえども人目のあるところではイチャイチャも出来ず、わたしは敬語と敬称を使わねばならない。アンリはそれがとてもご不満らしい。婚約してすぐに敬語を外すように言われた。
「初夜が楽しみだな〜。何回できるかな?」
「初めてなんだから一回で充分よ。ていうか多分、痛くてそれ以上は無理だと思う。」
「……そっか。なるべく優しくする。暴走したら殴っていいから。」
「遠慮なくそのお綺麗な顔に拳を入れさせてもらうわ。」
「オレの彼女は物騒だなぁ。」
彼女、と言われるとなんかうれしい。周りから言われるような、王子殿下の婚約者、と言われると、二人の間に壁があるように感じるから。
結局体勢がキツかったのか、頭が落ちてきて膝枕になった。腰に腕を回して人の股ぐらに顔を押し付けるのはやめてほしい。すんすんと鼻を鳴らして匂いをかがないでほしい。どうせ御令嬢なんて重装備だから感触も分からないし、匂いは香水の匂いだわ。
柔らかな金髪を撫でていたら、婚約者としては言ったけど、恋人として肝心なこと言うのを忘れていたことを思い出した。
「アンリ。お誕生日おめでとう。そして、生まれてきてくれてありがとう。」
「ありがとう、マドレーヌ。早くきみの中に入りたい。いてっ!」
頭を撫でていた手を握りしめて思い切り側頭部を殴ってやった。ゴン!って、低めの結構いい音がしたわ。
「なんで殴るんだよ!?」
「何度も言ってるでしょ?お姉さんのTLマンガを参考にするなって。あれはマンガだからいいのであって、現実に言われると気持ち悪いんだから。」
「だって、他に女子が喜ぶような文句言えねーよ。」
「それに、そういうセリフはベッドの中で言うものよ。シチュエーションが全く違うじゃない。」
かなり痛かったのか、アンリは起き上がって殴られたところをさすっている。ちょっとやりすぎたかしら。
わたしも手を添えて、殴った側頭部を撫でる。
「痛いの痛いの、飛んでいけー!ほら、治った。」
「治んない。キスしてくれないと治んない。」
口を尖らせてぶすくれる王子っていいのかしら。アンリがやれば何でも可愛いからいいのだけど。
「ハイハイ。」
わたしは腰を浮かして側頭部にキスをした。アンリの髪はいつもいい匂いがする。ついでに思い切り息を吸い込んで嗅いでやった。おかえしだ。
「こっちも。」
タコ口のまま、唇にキスをねだられた。バカみたいに可愛くて、アホみたいに従順なおっきいワンコのおねだりは、可愛い過ぎて却下出来ない。少しおマヌケなところが本当に愛おしい。わたしに気を許してくれていると実感するから。
ちゅ、と軽くキスをすると、キツく抱き寄せられて深い口づけを返される。コレをすると暴走してまたわたしに殴られるというのに、懲りないワンコだ。
前世でも彼女いない歴=年齢だったそうだし、がっついてしまうのも仕方ないのかな。
わたし?わたしはそれなりに。余りいい思い出ではないけど。
「あら、今日はもうおしまい?」
「一日に二回も殴られたくない。」
「マテが出来るなんて成長したわね。いい子いい子。」
嫌がらずに自ら頭を寄せて撫でられにくるアンリ。ご褒美につむじにもキスを落としてあげる。
「幸せ。」
にへら、とだらしない笑顔も可愛すぎてたまらない。外では王子様然としてるから、そのギャップにやられてしまったのだな、わたしは。
今度は優しく抱き合って、お互いの温もりを確かめる。いたずら心が湧いてきて、アンリにそっと耳打ちをした。
「本当は、わたしもアンリと早くひとつになりたいのよ。でも、ちゃんと我慢してね?わたしの王子様。」
アンリはビクリとわたしを包む大きな身体をこわばらせた。横目で見れば、耳まで真っ赤だ。可愛くて可愛いくて、頭をワシャワシャと撫でくりまわしたくなる。
「はあ〜、早く結婚したい。」
「わたしもよ。」
可愛い可愛いわたしの王子様。
あと少ししたら素敵な旦那様。
あの日、わたしが井戸に向かって叫ばなかったら、それを立ち聞きされなかったら、ここまで気を許せる関係になれなかったと思う。
大好きなアンリ。結婚したら、たくさんイチャイチャしようね。
連載の方がラブ要素をなかなか入れられなくて、こちらにブチ込みました。わたしもスッキリ!
お読みいただきありがとうございました!
評価、ブクマ、感想、お待ちしています!
励みになりますので、よろしくお願いします。