お上品な女性
大型スーパーのオープン前、立体駐車場と二階の入り口をつなぐ渡り廊下の上で並んでいると…ふと、純和風のいい香りがした。
臭い袋かな?すごくいい匂いだ。
香りの出所はどこかなと、目線を上に向けると…背の低い和装の女性が前にいる。
スゴイな、髪が結ってある、ああ、びんつけ油の香りかも?
てかてかと輝く、美しい黒髪!うわあ、こんなの間近で見たことない、思わずじっくりと見つめてしまうな。
お召し物もかなりお高そうな感じだ、隣の洋装の女性と和やかにお話しをされていらっしゃる…。口元に手を当て、雅に微笑むそのお姿はお上品で…まさに大和撫子の佇まい。
ああ、自分も小柄に生まれていたら、こんなにも美しく着物を着こなせていたであろうか…イヤ、絶対に無理だな。
そんなことを考えていたら、入り口の自動ドアが開いた。ああ、もうオープン時間か。好奇心をくすぐるなにかを見つけると、時間ってあっという間に過ぎ去るよね……。
並んでいたお客さんたちが、ぞろぞろと吸い込まれていく…ことはなく。
皆さん、このご時勢なので…きっちり一列に並んで消毒スプレーに手を伸ばし、手をこすりながら入店していく。この店は、わりとマナーのしっかりしたお客さんが多いんだよね。
がしょん、がしょん……。
このスーパーの消毒スプレーは、フットペダル形式のものだ。
ペダルを踏む事で、ノータッチで消毒液を手の平の上に噴射できる代物である。
がしょん、がしょん……。
おばあちゃんも、お姉さんも、奥さんも、おばちゃんも…皆さん軽快にペダルを踏んで入店していく。
がしょん、がしょん……。
がしょん、がしょん……。
がしょん、がしょん……。
かしょん、かしょっ、かしょっ……。
うん?私の三人前で、ペダルを踏む音が変わった。
かしょかしょっ、かしょっ……。
「あらやだ…消毒液が、出てこないわ?」
和装のご婦人が、草履の先でお上品に踏んでも…何も出てこない。
「思いっきり踏むと出るのよ!!……ほら!!」
お友達の奥さんが、アドバイスをしている。
「あら…そうなの?」
がしょ!!ががっしょ!!
ものすごい音がして、勢いよくスプレーが噴射されるのを、しかと見た。
「ホントだ、出たー!ウケる、出すぎ!」
高そうな着物のまま、ものすごいガニ股で、桃色の肌襦袢まで見せつけながら……消毒スタンドのペダルを踏みつけた、女性の姿を、しかと見た。
……なんか、いろいろと、台無しだ…。
「あらやだ!!ずいぶん豪快ねえ、あなた!!!」
「ふふ…あはは!でしょう!ほら見て、両手びっしょびしょ!」
陽気に笑う、お上品でいらした奥さまを……、そっと見送り。
かしょっ、かしょっ、かしょっ……。
かしょかしょっかしょっ……。
……なんだ、品切か。
私は、スプレーの新品をセットしてもらうために、サービスカウンターに向かったのだった。