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8.夜会

 

「エリオット・ジェンキンス卿、ロージー・ブルックス侯爵令嬢」


 やっと夜会に登場したわたしたちの名が高らかに告げられる。


 二人揃って会場入りすると、まわりから溜息が聞こえた。


 でもわたしの頭の中はさっき馬車の中で思い出した「永遠の星の下に」のロージーの末路でいっぱいだ。


 取り敢えず最初の一手は打った。

 これでエリオットが帰りの馬車に同乗してくれたら十中八九今日の命は繋げる、多分。

 エリオット、物凄く強いから。


 わたしはそっとため息をつく。

 するとエリオットは鋭い横目でわたしを戒める。


 そうだ。幸福感を醸し出さないといろいろ拙い。

 ジェンキンス卿の横で仕方なくにこやかに(引き攣りながら)笑っていると、わたしの従兄弟のデュランが側にやってきてそっと耳打ちした。

 今夜の夜会に警備で入っているらしい。


「ブルックス侯爵夫人とマチルダがマーフィー伯爵を連れて来るぞ」


 えー、今度は悪玉トリオ揃い踏み。

 キッツイ。

 違う戦いの始まりだ。

 わたしはエリオットに頷き、視線を前からやって来る三人に向けた。


 ひとりは中年に差し掛かってはいるが美貌は

 衰えていない美魔女風。

 おそらく此方がブルックス侯爵夫人だろう。


 もうひとりは顔立ちは綺麗だが品性の低さが顔に出ている残念系の若い女性。

 此方はマチルダか。


 そして顔立ちは整っているが、何故か虫唾が走る雰囲気の銀髪男、マーフィー伯爵。

 ドス黒いオーラが見えるのは気のせい?


 ブルックス侯爵夫人とマチルダらしきふたりはつかつかと近づいて来ると、若い方の女性がいきなり詰問口調で言った。


「ロージー、あなた、具合が悪くてこの夜会には出られないんじゃ無かったの!

 大体、どうしてエリオット様がエスコートしてるのよ」


 いきなりの不敬なエリオット様呼びにエリオットの片方の眉が不機嫌そうに上がる。

 絶対怒ってる。


 わたしはちょっとぽかんとした顔をしてしまった。

「失礼ですが、どなたでしょう?

 ご紹介頂いていませんが」

 おそらくは次姉マチルダである事は予測がつくけれど、会った事も見かけた事すらないのだから。


 若い女性は顔を真っ赤にして声を荒げた。

 顔が歪みますます不細工に見える。


「何、しらばっくれているのよ!

 わたしはマチルダ・ブルックス!

 あなたの次姉に決まっているでしょう!」


「永遠の星の下に」ではブルックス侯爵家との邂逅は描かれていなかったし、突然姉と言われても困る。

 わたしは仕方なくマチルダに笑いかける。


「あなたがマチルダお姉さま?

 失礼致しました。

 お会いした事がありませんでしたのでわかりませんでした」


 なるべく角が立たない様に言ったつもりだったけどマチルダは青筋を立て怒りに震えている。


 会った事もないのによくわたしだとわかったものだと思ったが、夜会の1番最後に華々しくエリオットと共に名前を呼ばれて登場したのだから気付かない訳がないか。


「母親と姉を無視するなんてシモンズ子爵夫人はどういう教育をしたのかしら。

 呆れるわね」

 今度はマチルダの隣のブルックス侯爵夫人が嫌味砲を発射した。


 わたしの事は百歩譲っていいとして、大切に育ててくれたシモンズ子爵家をバカにするのは許せない!

 カッとして言い返そうとすると、エリオットが組んでいた腕にぎゅっと力を入れて止めてくれた。

 そう言えば、この騒ぎに人集りが出来ている。

 挑発に乗って噛み付けば、いい晒者だ。


「産んだだけで育てもしない方が言っていい言葉ではありませんね。

 ましてや、大切に育ててくれた育ての親に対して感謝するどころか愚弄するなど、人として欠けているとしか思えませんが」


 エリオット、ナイスクリーンヒット!

 正論にまわりの方々も皆様頷いている。


 美魔女風はわなわなと唇を震わせ拳を握りしめた。武闘派?

 震えると隠したシワが見えてくるよ?


「それでもロージー嬢はブルックス侯爵家の庇護下にあるのですから、ブルックス侯爵夫人に従うべきでは?」


 うわー、ドス黒オーラ伯爵、関係ないのに口を挟んで来た。


「何の関係も無い貴公に口出しされる筋合いは無いが」

 エリオットが氷結口調になってます。

 怒らせたら怖いよ?


「そういう貴公こそロージー嬢に何の権利があるかお聞きしたいですな」

 ドス黒オーラ伯爵さん、初見のあんたがしゃしゃり出るな、と本当は言いたいけど、ぐっとガマン。

 スーハー、スーハー、深呼吸。


「ああ、ブルックス侯爵夫人、マチルダ嬢。

 もしかしたら、我々の婚約をご存知無かったのですね。先日婚約が整い、先程陛下と王太子殿下に祝いのお言葉を賜りました」


 横からエリオットがにこやかに笑いながらわたしの腰に手を回す。

 思わず顔が赤らむわたしは周りには恥じらっているように見えるだろう。

 それはもっと恥ずかしい。


 エリオットにガン無視スルーされたドス黒オーラ伯爵の顔色までドス黒くなった。


「婚約?

 エリオット様がこのロージーと?

 あり得ない!何でよ!駄目よ!

 ロージーでいいなら

 わたしだって、わたしだって」


 わたしだって、何だというのか。

 マチルダは絶対エリオットの大嫌いなタイプだ。それだけはわかる。


 エリオットの筆頭追っかけ令嬢マチルダが泣き喚くので、ますます周りの注目を浴び、ヒソヒソとジェンキンス卿が婚約?などと言う悲鳴にも似た騒めきが大きくなる。



 エリオットはわたしの左の薬指に嵌められている豪奢な指輪をさりげなく見せる。

「わたしとロージー嬢はロージー嬢の育ての親で後見人でもあるシモンズ子爵夫妻の了承を得てこの度婚約の運びとなりました。

 生んだだけ、とはいえ、ブルックス侯爵家にも後日挨拶に伺いましょう」


 一際大きな声でにこやかに宣言したエリオットに、周りから歓声と悲鳴が上がる。

 歓声はこれでエリオットの取り巻き令嬢たちがやっと別の相手を探すだろうと期待する男性陣。

 悲鳴はもちろんエリオットの取り巻き令嬢たちだ。


 社交界の噂は早い。

 明日にはエリオットとわたしの婚約は周知の事実となる。

 生んだだけでブルックス侯爵家から放置されてきたわたしの事も更に広まる。

 まぁ、わたしが明日まで生き延びられたら、だけどね。


「ずるいわよ!

 具合が悪いとか嘘をついて!」

 追っかけマチルダは顔を歪めてまだ喚いている。

 騒げば騒ぐほどエリオットに嫌われるの、わかってないな。


「都合が悪いので夜会にはご一緒出来ません、とお伝えした筈ですが」

 いろいろ言いたい事はあるがぐっと我慢してにっこり微笑む。


「どうなっている!」とドス黒オーラ伯爵に詰め寄られ、ブルックス侯爵夫人は真っ青になり今にも倒れそうだ。

 わたしを売り渡そうとする思惑が外れ、どうやって借財を返すつもりなんだろう。


「か、仮にもブルックス侯爵家の娘が勝手に婚約なんて認められるものですか!」


 美魔女擬き、逆ギレ来ました。


「うーん、悪いがロージー嬢の親権はとっくの昔に代理親権としてシモンズ子爵家に移っているんだよ。

 きちんと親の役目を果たさない者から法的に子どもを守るために陛下が代理親権を制定したんだ」

 涼やかな声で介入してきたのは

「王太子殿下!」


「それとも何?

 陛下のお決めになった親権に異議申し立てするのかな?

 確か生まれてすぐにシモンズ子爵夫人に預けて、ただの一度たりとも顔を見にも行かなかったと聞いているが。

 ねぇ、デュラン・シモンズ卿」


 いつの間にか王太子殿下の後ろに控えていたデュランが頷く。


「その通りです。

 それどころか手紙の一通もロージー宛には届いていません。もちろん養育費も。

 いや、ロージー、お前はうちの子だから、金なんていいんだよ。

 ただ、産んだだけの動物にも劣る輩に今更親の権威を振りかざされては堪りませんから」


「だよね。

 それとも今更、親の権威を振りかざし、政略ならまだしも、無理矢理どこぞの妻帯者の愛人として売りつけようなんて悪義な事は考えていないよね」


 軽い調子だけど、鋭い王太子殿下の声に、悪玉トリオが青ざめている。

 ギャラリーからは、マーフィー伯爵ならやりかねないだの、ブルックス侯爵家も落ちたものだとか、非難の声が挙がる。


「どうなの?ブルックス侯爵夫人。

 それと、やたら介入しようとしたマーフィー伯爵は当事者なのかな?」


「ま、まさか、そんな事実はありません。

 私は久しぶりの親子の再会に口添えしただけです。

 余計なお世話でしたなぁ。

 とっとと邪魔者は消えましょう」


 旗色が悪いと思ったのか、

 ドス黒オーラ伯爵はさっさと退散した。

 逃げ足はやっ。


「それでどうなの?ブルックス侯爵夫人」

 殿下の伝家の宝刀は抜かれっぱなしだ。


「そ、そんな事実はご、ございません。

 ただ久しぶりに会った娘に声を掛けただけでございます」

「ふぅん、そうなんだね。

 もし其れが嘘なら王家を欺いた罪になるからね。

 よく肝に銘じておいてね、ブルックス侯爵夫人」

 最後は王太子殿下の威光にブルックス侯爵夫人とマチルダは項垂れていた。

 ほぼ悪事暴露されたと同義だものな。


「さて、此方の麗しきロージー嬢は我が従弟ジェンキンス卿の奥方となる。

 即ち王族だ。皆、宜しく頼むね」


 殿下は満塁ホームランを打って爽やかに夜会を後にされた。


 いや、これ生き延びたらもれなくエリオットと華燭の典じゃない。

 最早既成事実と化してしまった。



お読みいただきありがとうございます。

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