7.謁見
「永遠の星の下に」に洗脳された転生前のわたしの記憶からすると、ロージーの記憶から辿るエリオットに対してすごく違和感を感じてしまう。
ロージーの記憶のエリオットって、第三者的に見たら、このわたしの愛人騒ぎから急にだけど間違い無くロージー溺愛モードだよね。
今も優しくわたしを抱き寄せて頭を撫でてくれて。
もし溺愛が擬装の内だとしたら、他者の目が無い馬車内でわざわざこんな事しないよね。
でも小説内ではロージーは幼馴染の妹分みたいな描き方だった。
なるほど!妹とか愛玩動物とかに対する溺愛って事ね。
そもそも「永遠の星の下に」はエリオットがロージーを連れて夜会に登場するシーンから始まり、ロージーについてのくだりは少ない。
ロージーが侯爵家から放置されて叔母である子爵夫人に引き取られ、そこでエリオットと交流がありお互いを兄妹のように思い合っていた、とか何とか。
それくらいしか書かれて無かった。
もちろん夜会の時点で婚約者では無いし、帰りには殺される。
その上、エリオットには社交界でよく隣にいるという美貌令嬢との噂がある。
エリオットがロージーを女性として溺愛するとか、固執するとか、いつの間にか婚約に持ち込んでしまうとか、小説のエリオットからは何か考え難いのよね。
小説のエリオットは、妹のようなロージーを自分が馬車に同乗しなかったために殺されてその罪悪感から犯人探しに向かったのだから、異性としての愛情は持ってなかっただろうし。
でも小説には描かれない愛人騒動が勃発してしまったから。
...あれ、今何か重大な事思い出さなかった?
そ、そうだ。
帰りの馬車にエリオットは同乗していなかった。
王太子様から至急の呼び出しがあって、
ロージー1人が先に帰る事になったんだっけ。
もちろん呼び出しは偽物だった。
ロージー殺しの黒幕の罠。
偽の呼び出しに気付いたエリオットは急ぎ馬を走らせ現場に急行するけど、ロージーは既に無惨な状態で。
エリオットは儚くなったロージーの骸を抱き締め必ず犯人を捕まえると心に誓うのよね。
滅法強いエリオットがいたらロージーは殺されなかっただろうし。
そうか。
取り敢えず、今夜はエリオットが偽の呼び出しに引っかからないように手を打っておかないと。
「エリオット、....」
わたしはエリオットにあるお願いをした。
エリオットは何か考えながらも了承してくれた。
そしてわたしを更にぎゅうっと抱きしめる。
はぅ〜。
転生前のわたし的には、推しのエリオットに抱きしめられて至福だけど、ロージーとしてのわたし的には、もう恥ずかしくて事態を受け入れられない。
わたしの中でふたつの気持ちがせめぎ合ってる。
脳がパンクしてプシューって煙出してるみたいな。
ハッ!
しっかりしろ、わたし。
今そこにある危機を思い出せ。
どんな事をしても2度目の理不尽な死からは回避するのだ。
王宮に着いたわたしたちは、
夜会前に陛下に謁見することとなっていた。
流石に甥である公爵家嫡男だから婚約者を披露するのは当然と言えば当然。
まして、婚約者のわたしは他家預りの領地引きこもり令嬢だから。
「其方がロージーか、そうか。
ふむふむ、我が甥エリオットが一途に恋い焦がれた令嬢だけある。聞いてはいたが麗しい。
これは似合いの夫婦になるだろう」
何故か懐かしいものを見るような優しい眼差しの見目麗しい陛下のお言葉にかえって恐縮してしまうが、話はかなり盛られている。
「そうでしょう、陛下。
やっと捕まえました。
もう逃しません」
捕まえました?
逃しません?
エリオット、何言ってるの?
わけわからん。
不安で若干青ざめたわたしを他所に、陛下とエリオットは満面の笑みを浮かべていた。
「ふむ、エリオットの想いが叶って良かった。
それなら尚更の事、あの男には注意することだ」
陛下は事の次第をご存知なの?
マーフィー伯爵の女癖の悪さがここまで広まっているなんて。
思わずエリオットを見つめると、ちょっと難しい顔をしている。
「王太子も協力するそうだ。
薔薇の間におるから夜会の前によく打ち合わせるように。
ともかく細心の注意を払って行動するのだ。わかったな」
「はい、陛下」
今度は王太子との会合。
いつまで経っても夜会に辿り着かない。
「悪いな、ロージー。
しかし、この件は急を要する。
もちろん、ロージーにも無関係では無いので暫し付き合ってくれ」
真摯な言葉に頷きながら、薔薇の間へ向かう。
薔薇の間はどちらかと言えば王家の私的な用件などで使用される客間だとエリオットが教えてくれた。
もともと国花が薔薇であり、王宮の奥には見事な薔薇園があり、その更に奥には王族以外立ち入り禁止の温室があるそうだ。
そしてその温室には門外不出の王家秘蔵の薔薇があると言う。
言い伝えではその秘蔵の薔薇が咲き誇る時、奇跡が起こるらしい。
連れられて入った薔薇の間は私的とはいえ、優美で品のある客間だった。
そして沢山の色とりどりの薔薇で飾られている。
「素敵なお部屋」
思わず言葉が溢れでる。
「お褒めいただきありがとう。
貴女はロージー・ブルックス侯爵令嬢だね」
すっと優美な長椅子から立ち上がったどこかエリオットを思わせる美丈夫な方。
王太子ギルバート様。
「お初にお目にかかります。
ブルックス侯爵が三女ロージーでございます」
シモンズの叔母さま仕込みの淑女の礼をする。
「生まれだけはブルックス侯爵家だが、実際はシモンズ子爵家の令嬢だ、ギル」
流石王太子様の従兄弟のエリオット。
愛称呼び。
「わかっているよ、リオ。
ロージー嬢は悪しきブルックスの血を微塵も感じさせない淑女だと。
だから尚更、魔の手から護らねばならない」
魔の手。随分大袈裟な事になっている。
「俺と婚約したからと言って安全とは言えない。
あいつらの事だ。寧ろ強硬手段に出ることも考えられる」
強硬手段?それって今から起こる暴漢の襲撃?
あいつら?もしや敵はたくさんいるの?
もしかして、王太子様とエリオットはこれから起こる事を予測している?
「ロージーも嫌な予感がするようで、実はギルに頼む事がある」
そう言ってエリオットは先程わたしが依頼した件を王太子様に伝えた。
「わかった。
そのように手配しよう。
しかし、もしかしてロージー嬢は何か未来が見えたりするのかな」
ギクッ!顔が青ざめる。
心臓の鼓動が半端ない。
「い、いえ、未来視などは出来ません。
ただ、先程頭を打った時に嫌な夢を見たのです。ですので、失礼とは存じますが、念のために不躾なお願いを致しました」
冷や汗が背中を滴り落ちる。
まさか
『前世の小説で読みました、テヘッ』とは言えない。
王太子様は慌てるわたしに少し楽しそうに笑いかける。
「大丈夫。わたしもリオも貴女の味方だ。
ついでに陛下も」
ひー。
「恐縮です」
お読みいただきありがとうございました。