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5.王都

 明くる日、わたしは騎士団に帰還するデュランと共に王都へ向かった。

 馬車から遠ざかるシモンズ子爵領の長閑な風景が涙腺を刺激する。

 ツーと流れる涙を指で掬いながら、故郷に暫しの別れを告げる。


「首尾良くいけば、またすぐに帰って来られるよ」


 頷きながら何故かそうならない気がしてちょっと震えた。




 2日に渡る旅を終え、わたしとデュランは王都に着いた。

 生まれてすぐにシモンズ子爵領に出されたわたしには王都の全てが物珍しかった。

 馬車の窓に張り付き、キョロキョロと周りを見まわしていた。


 見た事のないお店。

 きちんと舗装された街並み。

 多くの馬車が行き交う通り。


「何だかスゴいね」


 王都の熱気に驚きながらもわたしはシモンズ子爵領に想いを馳せる。

『早く帰りたい』


 ふと向かいのデュランを見ると騎士服に身を包み毅然と外を眺めていた。

 ゴトゴトという車輪の音を聞きながら、ずっと心の奥で疼いていた質問を投げかけてみる。

「ねぇ、デュラン、

 デュランが騎士になったのはもしかしてあの時のせい、なのかな」


 デュランは驚いたように真っ直ぐわたしを見る。


「うーん、あれがきっかけといえばそうなんだけど。

 何より俺自身が大切なものをきちんと守れるようになりたかったからね」


 デュランが一点の曇りもなく微笑んだのでわたしは頷くしか無かった。



 気付くと馬車は大邸宅が立ち並ぶ一画へ入っていた。


「あれ?デュラン。

 うちの王都の邸ってこんなお屋敷街にあるの?」


 デュランのはしばみ色の瞳が忙しなくあちこちに視線を彷徨わせる。

 これはデュランが都合の悪いときに見せる癖だ!


「デュラン、何を隠しているの?」


 その時ガタンと言う音と共に馬車がとまる。

 窓から覗けば、目の前に巨大な門が聳えていた。


「何処?」


 御者が門番らしき人に何か告げると、巨大な門は開かれ、馬車は敷地内に入った。

 石畳みの道を暫く走ると正面には城の様な大邸宅が見えて来た。


「何?誰の邸?」


 デュランを問い詰めるとまた目を泳がせている。


「…エリオットの邸」


 告解の様に絞り出したデュランはわたしの叫び声に仰天する事になった。


「なんですってーーーーーーーーーーーー」


 大邸宅では大勢の使用人がわたしたちを待ち受けていた。


「シモンズ卿、ブルックス侯爵令嬢。

 ようこそおいでくださいました。

 奥さまとエリオットさまがお待ちになっております」


 わたしはデュランの袖を引っ張る。

「奥さまってジェンキンスのおばさま?」


 デュランが頷く。

「デュラン。知ってたでしょう?」


 エリオットとデュランは最初からわたしを公爵邸に連れて来るつもりだったのだ。

 わたしはぷりぷり怒りながら、美術館さながらの邸内を案内されて応接室に入る。

 豪奢な長椅子には大好きなジェンキンスのおばさまが座っていた。


「おばさまーーー!」

 淑女教育は何処かに吹っ飛び、喜び勇んでおばさまに抱きつく。

 騙されて連れて来られたけど、おばさまに会えたのは嬉しい。


「ロージーったら。

 可愛い子」

 子どもはエリオットだけのジェンキンスのおばさまはわたしが小さい頃からシモンズ子爵家によく滞在されて、可愛がってくれた。

 シモンズの叔母さまが育ての母なら、ジェンキンスのおばさまはふたり目のお母さまと言ったところ。


「ロージーが本当にわたしの娘になってくれるだなんて幸せすぎて夢みたい」

 優しくて夢みがちなジェンキンスのおばさまは儚げに微笑む。

 流石、傾国の美女と呼ばれた方だ。

 傾国と言ってもその儚げな美貌が男性の庇護意識を擽り夢中にさせてしまうかららしい。


 いや、待って?

 何だか聞き流してはいけない事を言われたような?


 窓際に立っていたエリオットが満面の笑みで

 近づいて来る。

 この笑顔まずいでしょ。

 何か企んでる顔じゃない?

 怖いよ、怖い。


「デュラン、ロージー。

 よく来てくれた。

 疲れただろう。

 明日の準備は出来ているので今日はゆっくりしてくれ」

「明日の準備って?」

「愛しいロージー。

 わたしと貴女の婚約式に決まっているだろう。旅の疲れが出たかな?」


 ヒーーーーー。

 婚約式って何ですか!

 明日って何ですか!

 婚約する振りだよね?

 解消ありきだよね?

 愛しいロージーって何だーーーーーー!

 キャラ違うでしょーーー!


「ロージーがわたしの娘になってくれるのが嬉しくて一生懸命準備したのよ。

 時間が無かったからドレスや装身具もわたしが決めてしまったの。

 気に入ってくれると良いのだけど」


 おばさまに心配そうに言われてはとても否定出来ない。

「おばさまが選んでくださったのなら、間違いありません。ありがとうございます」


 横目でエリオットを睨むと、目を細め不敵に微笑まれる。


『おばさままで騙すつもりじゃないでしょうね』


 果たしてその嫌な予感は的中していた。


 午後のお茶とジェンキンスのおじさまを交えた晩餐を何とかやり過ごし、サロンでやっとエリオットとふたりになった。


 おじさま、おばさま、そしてデュランまで

「あとは愛し合うふたりでごゆっくり」

 などと言って寝室に下がってしまった。


 愛し合うふたりって何だ!


「エリオット!

 まさかおじさまやおばさまに本当の事話していないの?」

「本当の事?

 きちんとロージーと婚約すると言ったよ。

 ロージーも承諾してくれたと」

「いや、仮でしょ?

 仮初めだよね?」


 エリオットの美しい顔に苛立ちが現れている。

「そんな事は言っていない。

 正式に婚約しなければ何の役にも立たないぞ。わかっているだろう?」

「…正式なんだ」

「俺と婚約しなければ、あのマーフィーに売られるぞ」

 そうだ。有り難くもエリオットが協力してくれるというのに、わたしは恩知らずだ。


「エリオット、ごめんなさい。

 エリオットに助けて貰わなければ、身売りされちゃう」

 スーッと涙が一筋溢れ落ちると、エリオットは指で涙を掬い上げわたしをそっと抱きしめた。

「悪かった。

 泣かせるつもりは無かったんだが」


 エリオットの逞しい胸に抱かれていると、凄く安心出来た。

「ありがとう、エリオット。

 でもエリオットは本当に良かったの?

 ほ、ほかに婚約したかった方がいたんじゃないの」

  いつも隣にいたというあの令嬢が。


「お前はそんな心配をしていないで自分の身を守る事だけ考えろ」

  優しいエリオット。

 でもこれで意中の令嬢との仲が拗れたら申し訳なさすぎる。

 でも今は甘えるしか無いわたし。

 情け無い。


「せめてエリオットの立派な虫除けになれるよう頑張るね」


 エリオットは何故かわたしの言葉にため息を吐く。

 そうか、余程、令嬢たちの追っかけが酷いんだね。

 可哀想に。

 エリオットが本命令嬢と結ばれるまでは、わたしがしっかりガードしてあげないとね。


 そしてエリオットの腕の中が心地良くてずっとこの体勢だった事に気付き、急いで体を振りほどく。

 恐るべし、完璧な男パワー。

 ミイラ取りがミイラになってどうする。


 わたしは頬を両手でパンパン叩き気合いを入れる。

「相変わらずだな」

 エリオットの晴れた海の色の目が更に深い色になる。

 優しい色だ。


「また、うるさい仔犬だと思ったんでしょう!」

 エリオットは笑いながら明日は忙しくなるからもう寝なさいとサロンから寝室までエスコートしてくれた。

 こんな事されたら普通の令嬢ならいっぺんにフォーリンラブだな、これは。

 そんな事を考えながらわたしはあっという間に眠りについた。




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