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4.最悪の事態

 エリオットはジェンキンス公爵家の嫡男だ。

 ジェンキンス公爵(王弟)とシモンズ子爵は大親友でエリオットは幼い頃からたびたびこのシモンズ子爵領を訪れ、長期滞在していた。


 まぁ、幼馴染と言ったらそれまでだが、年が近いスタンリーとデュランとは、最初から仲良く親友と言ってもいいほど打ち解けていた。

 わたしも最初会った時は何て綺麗な男の子だとは思ったけど、遊びたい盛りの幼い子どもだったので見てくれに興味は湧かなかった。


 けれど幼い頃から女の子に追いかけ回され、特定の令嬢以外はいささか女嫌いだったエリオットは、最初わたしには冷たかったし、口を利いたのも数える程だった。


 大変な目にあっているので許してあげてね、とシモンズの叔母さまには言われていた。


 エリオットもスタンリーやデュランと行動を共にするわけなので、始終2人にくっついているわたしも仕方なくではあるけど許容せざるを得ない。


 駆けっこをしたり、木登りをしたり、石投げをしたり、取っ組み合いをしたり。

 わたしは男の子たちに負けたくなくて必死に食らいついた。

 絶対1番になってやる!

 まぁ、年齢差もあったから一度も勝てなかったけど。

 そう、1番はいつもエリオットだった。


 そんなわけで、いつしかエリオットの中でわたしは女の子という認識では無くなり、仲間と認めてくれるようになった。

 仲間と言うより、うるさい仔犬、とか言われてたけど。

 ウー、ワンワン!


 そう、エリオットにとってわたしは令嬢じゃなく男の子若しくは仔犬扱いなのだ。


 何年経っても無愛想に要点しか話さないのも相変わらずだし。


 だから、エリオットがあんな提案をして来るなんて思いもしなかった。




 数日後デュランがエリオットから早馬で手紙を受け取り、シモンズ子爵家は一騒動となった。


「エリオットが調べたところ、どうやらブルックス侯爵夫妻はロージーをあの好色伯爵マーフィーの元へ送ろうとしてるらしいぞ」

 手紙を読んだデュランが叫ぶと、スタンリーがぞっとしたように顔を顰める。


「あの好色伯爵には妻がいるだろう?

 それに愛人もひとりやふたりじゃない。

 年だってもう50近い筈だ!

 まさか、うちのロージーを愛人にする気じゃないだろうな!」

 スタンリーは普段は優しく穏やかだけど、庇護意識が高まると誰よりも勇敢な騎士のようになる。


「投資の失敗と散財でブルックス侯爵家はいよいよ危ないらしい。放置しているとは言え、侯爵令嬢を愛人として差し出そうとは。

 確かにマーフィー伯爵家は金回りがいいからな。

 そんなに娘を売り渡したいなら、長女や次女を送れば良いものを!」


 可愛がっている長女、次女をそんな目にあわせる事はないだろう。

 何の感情もないわたしだからだ。

 わたしが恐怖に震えていると、スタンリーは優しく頭を撫でてくれる。


「心配するな。

 絶対にお前をそんな目にはあわせないから」


 手紙を読み進めていたデュランが、これはこれは、などと頷いている。

「どうした、デュラン。

 エリオットは他にも何か言ってきたのか?」


 スタンリーが尋ねるとデュランは満面の笑みで答えた。


「エリオットが解決策を提示して来た」

「解決策があるのか?」

「確かにこれなら好色伯爵の愛人は避けられそうだなぁ」

「何だ。勿体ぶらないで早く言えよ」


 デュランは手紙の後半を声に出して読み始める。


「この事態を収束させる手立てを考えた。

 これはロージーだけでなくわたしにも利がある取り決めとなる。

 ロージーは醜悪な男から逃れ、わたしは醜悪な女性たちの魔手から逃れられる」


 何か勘づいたのかスタンリーの眉がピクリと上がる。


「わたしとロージーが婚約すれば、全て丸く収まる」

「えっ?」


 デュランの声に被せて思わず声が出てしまうがデュランは構わず先を続ける。


「早急に婚約という形を取り、双方に障りが無くなるまでは継続すべし。

 ついては来週の王家主催の夜会に来られたし」


「来られたし、か」

 何故かニヤニヤと笑うスタンリーを横目にわたしは呆然としていた。

 デュランまでニヤニヤしている。


 確かに、好色伯爵の魔の手からは逃れられるし、ブルックス侯爵家にも一泡吹かせる事が出来る。


 だけど、だけど、

 相手があのエリオット!

 デュランから聞いた話では、名だたる令嬢たちのエリオット争奪戦は熾烈を極め、陰謀や謀略が入り乱れ、令嬢同士で流血騒ぎまであるらしい。

 それって命が危険だよね?


 命か?好色伯爵か?

 どっちも無理。

 わたしはハッと名案を思いついた。


「ねぇ、なら婚約相手はエリオットじゃ無くても良くない?

 スタンリーかデュランでも」


 きらきらと瞳を輝かせて聞いてみる。


 スタンリーとデュランはさっきまでのニヤニヤを一変させ、困り顔になった。


「俺たちじゃ抑止にならんだろ。

 兄妹みたいに育ったし、大体子爵家じゃ、侯爵家のご意向には逆らえない」


 スタンリーの言葉にデュランも頷く。


「ロージー、お前エリオットが嫌いか?」

「き、嫌いなわけないでしょ。

 な、仲間だし。

 でも、でもね、エリオットと婚約したら命の危険がありそうで」


 何処かの令嬢に刺されそうだ。

 毒を盛られるかもしれない。


 スタンリーはわたしの手を握り真面目な顔でじっと見つめる。


「ロージー、お前は俺たちの大切な妹だ。

 そんなお前を安心して託せるのはエリオットしかいないと思っている。

 あいつならお前を危険な目に遭わせたりしない。大丈夫だ」


 エリオットへの信頼はわたしにだってある。

 何せ「完璧な男」なのだから。


「それにわたしじゃ見劣りしちゃうでしょ?

 あのエリオットだよ?」


 わたしも一応金髪碧眼だけど、エリオットに比べたら劣化版もいいところだ。

 顔立ちも醜くはないだろうが、絶世の美女ではない。

 そう、あのエリオットの隣には絶世の美女が居るべきだ。

 あの令嬢のような。


「何言ってる!

 お前くらい可愛い娘が何処に居る!

 エリオットとお似合いじゃないか」


 従兄妹馬鹿のデュランが叫ぶ。

 いやいや過大評価が過ぎる。


「ロージーは世界一可愛いぞ」

 スタンリーまでボソッと呟く。

 従兄妹馬鹿がまたひとり。


「スタンリー、デュラン。

 ふたりとも目が曇っているよ」

「ロージー、お前自己評価低すぎ」


 それを言うならスタンリーもデュランも綺麗な顔立ちをしているけど、自己評価は低い。

 そりゃそうだ。

 幼い頃からあのエリオットの完全無欠の美貌を見せつけられてきたのだから。

 そしてエリオットの隣にはあの完璧美貌の令嬢。


「王都で沢山の令嬢たちを見かけたけど、お前ほど可愛い子はいなかったぞ」


 どうも従兄妹愛で美化フィルターが最適化されてしまっているようだ。

 確かにあの令嬢は可愛い系ではなく超美人系だからこの番付にはエントリーされていないのだろうし。


「エリオットと婚約しなきゃ、好色伯爵の愛人にさせられるぞ」


 それだけは嫌だ。


「…わかった。

 エリオットに協力してもらう」


 諦めて肩を落とすわたしをスタンリーがそっと抱きしめる。


「大丈夫。

 きっと悪いようにはならないよ」




 前世の記憶が戻ったわたしから言えば

『いや、考え得る最悪の事態に突入しておりますよ、スタンリー』



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