【完結】水の都の聖獣使い〜売り飛ばされた聖女は砂漠の国で幸せを掴む〜
「ようやく国の役に立てるではないか。聖女リリア」
私を冷たく見下ろすのは、婚約者だったはずのエウレス皇国皇太子、ラファエル=フォン=エウレス。
殴られた頬が燃えるように熱い。
だが手を当てるだけで「何のアピールだ!」とまた殴るような相手。私は何も出来ずただラファエルの言葉の意味を確認するしかなかった。
「それは一体……」
「喜べ。お前をカサラスの王子が迎え入れると正式に打診があった。全く……雨を呼ぶ聖獣使いなどと大それた名前を持って私のもとに嫁いできたかと思えば、本当に何の役にも立たないグズだったが、ようやく役に立った」
後半の罵倒はもはや聞き慣れていて私の耳に入ってきてそのまま抜けていった。
だが、気になるのは……。
「カサラス……?」
「ああそうだ! あの不毛の王国、カサラスだ! 王都ですら水不足だと聞く。使者もあさましくうちの水を喜んで飲んで帰りよったわ! お前を送り出せば、あの国の持つ財宝の三分の一を渡すと言ってきよった」
「三分の一!?」
国家の持つ財宝の三分の一というのは、それが引き金となって国が傾くことも十分にあり得る量だった。
いや、傾かないほうがおかしい。
カサラス王国の王子は私なんかのためにそれだけのリスクを負ったと……?
「馬鹿な国よ。これで弱ったところに我が軍を差し向ければ、残りの三分の二も我が国のものになるというのに」
ラファエルが気持ちよさそうに笑う。
どこまでもゲスな男だった。
「さて、荷物をまとめて……いやお前に荷物などないか。さっさとその薄気味悪い獣を連れて出ていくのだな」
それだけ言うとラファエル皇子はさっさと部屋を出ていく。
残された使用人たちが淡々と、私の身支度を整えていた。
♢
「お待ちしておりました。リリア様。どうぞこちらへ」
王宮を出て、久しぶりの日差しについ目を細めてしまう。
王宮の外に待っていたのは……。
「これは……豪華な……」
見たこともないほどの装飾を携えた綺羅びやかな馬車と、燕尾服の使用人。
そして馬車の中には……。
「はじめまして、リリア。私はカルム=ヴィル=カサラス。カサラス王国の第一王子です」
「えっ……王子殿下自らっ!?」
褐色の肌に優しい瞳。
この国の人間に比べればかなり痩せて見えたが、それでもなお力強さを感じるような眼力を持った方だった。
「当たり前だ。リリアは私にとって大切な妻になるお方だ。初対面で嫌われたらと思うと緊張して鼓動が激しくなったほどだ。触ってみるかい?」
「め、滅相もございません」
いたずらっぽく微笑むその顔につい、目をそらしてしまう。
初めてだったのだ。
人としてまっとうに扱われることも、女としての扱いを受けることも。
鼓動が激しくなったのは私の方だと思いながら、何とか落ち着きを取り戻して、王子の手を取った。
「よろしく頼む。リリア」
「はい……」
これが私の、幸せな生活の始まりだった。
♢
カサラス王国の王宮に到着。
カルム王子が先に降り、私が馬車から降りる際に手を添えていただいた。
「カルム様、ありがとうございます」
「リリア、礼には及ばんよ。当然の行動だ」
私はカルム様の手に触れ、心拍数の鼓動が高くなっていくのを感じた。しかし、自惚れてはいけない……。
きっとカルム様も、私のことを良くしてくださるのは最初だけなのだから。
私を連れてきたのは聖獣の力が目当て……愛ではなく、この砂漠の国に水を恵ませるために私はここへ……。
水の聖獣を呼び出して国中に水を恵んだ後はきっとラファエルの時と同じように……。
カルム様はそのまま優しく手を握り、離さなかった。何で私はここまでドキドキしてしまうのだろう。
ラファエルとの婚約でも政略結婚と知っていた私はドキドキはしたことがなかった。
今回も政略結婚のはずなのに勝手に心臓の鼓動が上がっていく……。
一時の幸せを感じながら、王宮の入口まで進んだ。
そこには、カルム様の使用人と思えるような人達が一斉に並んでいた。
「旦那様、お帰りなさいませ」
中心にいた執事がカルム様に一例をしたあと、直ぐに私にも一礼してきた。
「はじめまして、リリア様、いえ、奥方様。私はカルム第一王子様の専属執事を務めていますテッドと申します。どうぞ、宜しくお願い致します」
「は……はい! よ……よろしくお願いします?」
私はこの手厚いおもてなしの待遇に疑問を持ってしまい、つい質問するように語尾のトーンが上がってしまった。
このような待遇を私なんかがいいのだろうか。
「リリア、案ずることはない。テッドも他の使用人も、皆大変信用が出来る有能な者達だ。分からないことだらけだろうが、遠慮なくこの者達にも聞いてくれ」
「で……ですが……」
「テッド、早速リリアに似合いそうなドレスを調達し、歓迎パーティーの準備を宜しく頼む」
「は! 承知いたしました。さ、リリア様、こちらへ」
私は数年ぶりに綺麗で素敵なドレスを着て、王宮の貴族や国民までもが集まったパーティーのメインゲストとして出席することに……!?
♢
「その姿も美しい……リリア。国民の皆もこれだけ集まった。皆リリアを歓迎してくれる者達だ」
パーティーは王宮内だけでなく、王宮の外、王都中で大賑わいになっていた。
私の力がこれだけ歓迎されている。
たとえ私の聖獣の力が目当てでも、これだけ歓迎してくれる人たちがいる。それだけでもとても嬉しいと思っている。
だが、エウレス皇国での最初の僅かな間だけ歓迎されてた時のような、貴族が苦笑いしながら作り笑いをしていたぎこちない歓迎会のような雰囲気ではなく、本当にみんなが喜んでいるように見えた。
「さ、リリア、私と一緒に踊りましょう」
「は……はい、カルム様」
私は気がついたら夢中でカルム王子と踊り続けた。
とても楽しい。
遠い昔に、こうやって誰かと楽しく踊っていたような気もした。
みんなが私をどう思っているかはわからない。それでも私にとってはこのパーティーをきっと忘れることの出来ない良い思い出になることだろう。
私にこんな楽しい時間をありがとう。その分、しっかり任務を果たさなければ。
♢
「ラファエル王子!! 国の貯水タンクの水が半分を切りました!!」
「なんだと!? このまま雨が降らなければ次の猛暑期間は越せん! その前に水が無くなるぞ!」
水の聖女リリアがいた頃は水の加護が全くなかったこの国にも、リリアの聖獣の力によって豊富な量の水が溢れていた。水に関しては何不自由なく暮らせていた。
しかし、リリアがこの国を去ってから、急に雨が降らなくなり日照り続きの毎日に変わった。
そして、常に満タンに保たれていた貯水タンクに異変が起きていた。
「水が……まさか、リリアが原因なのでしょうか?」
「それはありえん。ただの肩書き女の力など。ただの偶然にすぎんよ。焦るな。たまたま気候が変動してしまったのだろう。いずれ雨の恵みはやってくる。しかもまだ水は残っているのだろう。不安になることもあるまい」
「それもそうですね。いずれ雨も降ることでしょう」
ラファエル王子達は気候の変動による偶然に過ぎないと確信していた。
このまま雨が降らなければ作物は水の恵みがなく育たない。枯れてしまう。
ラファエル王子達の判断は大きな間違い。水の聖女リリアと聖獣の絶大な力で水不足から国を護っていたことを知らなかった。
エウレス皇国の水不足問題は、更に深刻なものになっていく……。
♢
パーティーから更に時が経った。
私がカサラス王国に来てからというもの、執事のテッドさんをはじめ、使用人の皆さんも手厚いおもてなしをしてくれ、カルム様も私のことを大事にしてくれる。
カルム様達は、私の水の聖獣のことを何も言ってこなかった。私は水の恵みをもたらすためにここへ呼ばれたはずなのに……。
とはいえ、カサラス王国が水が不足していて危機になっているのを放っておけない。
私は、カルム様に命じられる前に水の聖獣を召喚した。
『ガゴォォォーーー!!」
王宮の大きさと同じくらいの大きさの巨大な龍。
人々は突然現れた龍に驚いていた。
しかし、龍の雄叫びと同時に、空に雲が広がり、数年ぶりに恵みの雨が降り始め、人々は驚きから歓声へと変わった。
「リリア様が水の神のご加護をもたらしてくれましたぞ!」
「おぉーー……水の恵みが!」
「聖獣様じゃー! リリア様が聖獣様を召喚してくださったー!」
私は、聖獣の背に乗り、恵みの雨が降る上空から人々の喜ぶ姿を観ていて嬉しかった。
「さぁ、聖獣よ、このままこの国に、この大地に水のご加護を!」
『ガゴォォォーーー!!』
再び聖獣の雄叫びと共に雲が更に厚くなっていく。
暫くの間は恵みの雨の音と人々の歓声が混じり国中がオーケストラの音楽のような世界になっていた。
♢
私の肩に乗っかるくらいのサイズまで小型化してもらっても聖獣の力は維持される。雨を継続して降らして王都に少しずつ水溜りや池が出来始めた。
『キュルルーー』
「ほぉ。ではこの愛くるしい姿の生き物が、あの巨大な聖獣なのか」
カルム様が小さくなった聖獣を見て指先でツンツンして可愛がっている仕草が王子らしくない無邪気さだった。
「ふふ……カルム様は国務以外の時は無邪気で可愛いらしいんですね」
「き……きらいか? そんな王子は?」
「いいえ、とても素敵だと思います。聖獣も喜んでいるようですし」
『キュルルー』
最近、私はカルム様と二人で一緒にいる時がとても居心地が良く、何故か心臓の鼓動が速くなる。
胸が痛くなる。
私から愛してしまえば、後でそれだけ辛い思いをするとは分かっているのに……。
それでも、このどうしようもない気持ちだけは言うことをきいてくれない。
聖獣は操れるのに私自身の気持ちはカルム様の前ではどうすることもできなかった。
それでも何日も聖獣の力でカサラス王国に恵みの雨を降らせ、多大な水を与えた。
この状態を来る日も来る日も続け、砂漠だった国が嘘のように水のオアシスになった。
川が流れて湖が生まれ、水に何不自由なく暮らせる国に。
作物も野菜も果物にも水をふんだんに使うことができるようになり、萎びた作物しか出来なかったものが今まで見たこともないような新鮮で立派な作物も育つようになった。
人々は歓喜で賑わい、私にも感謝される言葉が贈られた。
これで私はカサラス王国に来た役目を果たせた。
今まで手厚くもてなされていたのも、人々に喜ばれ感謝されるのも、カルム様との時間も夢のようで嬉しかった。
でもこれからはきっと……。
♢
「ラファエル王子! ついに……ついに国の貯水タンクに入ってた水が、底をつきました!」
「なんだと!? このような事態! 数年もの間なかったではないか! 何故だ!? このままでは国は滅ぶぞ!」
エウレス皇国から水がなくなり、所々で砂漠化も進んでいる。
ラファエル王子達はこの事態に焦っていた。
ふと、以前に財宝と引き換えに追放した水の聖女リリスの事を思い出した。
「ま。まさか、あの小娘が水を!? ありえん! 偶然に過ぎん!」
しかし、カサラス王国の王都に巨大な龍が現れ、直後に数年ぶりの雨が続き、砂漠と化していたのが見違えるほどの水で溢れる国になったとラファエルの元に情報が届いた。
「なんだと!? やはりあの小娘が……このような財宝を手に入れても……これでは国が! おのれ!! なんとかしろ!」
「ど……どのように!? あの娘を連れ戻すにしろ、我々が行ってきた仕打ちを考慮すれば、財宝どころでは動かないでしょう……」
「く……おのれ!!」
どうしようもできない。この国は水もなくなり終わったのだ。
やがて日照りが深刻になり、国民は王都から姿を消し、水を求めて旅立っていく。
数年後、エウレス皇国は完全に滅んでしまった。
♢
「今までお世話になりました。婚約は破棄し、私は密かに暮らして生きたいのです……。聖獣のご加護は続くのでご安心ください、カルム様」
今までの幸せな日々、カルム様や執事さんや使用人さん、更に国民の皆様に歓迎されている。私はこんなに人として扱われ、感謝されてきた日々はなかっただろう。
「リリア……何故王宮から出ようと!? どういうことだ? 話してくれないだろうか……」
突然の発言に驚きを隠せないカルム様はとても悲しそうな目で私を見つめてくる。それも嬉しく思える。でも、私はハッキリと伝えなければいけない。
「私はカサラス王国に水を与え、国を豊かにする役目を果たしました。人々も、使用人さん達も、そしてカルム様も私のことを大変大事にしてくださいました。でも、王都に水の恵みを与えたあとは、このままの幸せでいられないのではないか……エウレス皇国のような扱いをされてしまうのは私は耐えられない……。今の幸せな気持ちのまま、いつまでも夢を見ていたい。この国で、これからも水の聖獣の力で雨を降らせることもできます。幸せな気持ちのままひっそりと生きていきたいのです」
それほどラファエルの国では残酷な日々だったのだから。あの苦痛だけは二度と味わいたくない。
人々の喜ぶ顔、水遊びで楽しむ子供の姿を見ながら私は影で見て小さな幸せを噛みしめたい。
私は涙を流しながら全てを話した。
すると、カルム様は私を抱きしめてきた。
嬉しい。カルム様に触れている時間、カルム様の匂い、きっとこれも最後なんだと思うと悲しい。
「確かにリリアを我が国に招いたのは水の恵をもたらしてほしかったのはある。だが、それだけだと思わないで欲しい」
それ以外? 水を生み出す以外に取り柄がない私に何が?
「……リリアは覚えていないだろうか。私は昔、一度だけリリアと舞踏会で会っていたのだ」
話を聞いて私も遠い昔の出来事を思い出した。
そう! カサラス王国に来た日のパーティーの時のダンスで、昔も同じようなことをした記憶……相手はカルム様だったなんて……。
「舞踏会でのリリアの姿を見て、あまりにも美しく、一目惚れをしたのだ。その時から私はずっとリリアが好きだった」
「え!?」
私は衝撃的な言葉を聞いて驚きを隠せなかった。
「なんとかして再びリリアと会いたい、またあの時のように踊りたいと何度も思ったのだ。だが、ある時、リリアが水の聖女だと知った。水の聖女という名ならば、国を使ってでもカサラス王国に連れて来るという理由付けもできた。向こうの皇子と婚約していると知りながらも、私は両国の説得をしてきたのだ」
「もしリリアがラファエル皇子と幸せに暮らしているのなら諦めるつもりだった。でもそうじゃなさそうだった。ここではそんな思いをさせたくない、だから私たちから水を降らせて欲しいなどとは言わなかった」
思えば誰も水のことを言ってこなかった。私が先に水の聖獣を呼び出していた。
「リリア。ここで幸せになって欲しい、あなたを幸せにしたい、雨はそのほんのおまけなのだよ。国を利用してでも、私は私利私欲でリリアと共に歩みたかったのだ」
私はこの言葉に既に涙が止まらなかった。
更に追い討ちをかけるようにカルム様は私を抱きしめたまま……。
「リリア、愛している」
「私も……愛しています! カルム……」
嬉しくて涙が止まらない……。
「考え直していつまでも私と一緒にいてくれるか?」
「もちろんです! カルムと共に永遠に」
私とカルムは一晩中離れることはなく、ずっと抱き合ったまま夜を過ごした。
私は今まで何を勘違いしていたのだろう。人々の喜びも感謝も、カルムの愛も水の為ではなく、本当のものだった。
これからは迷いもなく幸せに暮らしていける。
愛するカルムと、そして国民のみんなと一緒に。
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