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002


 さて、なぜ俺は愚かにも、自分の姉に縄で蓑虫みのむしのようにぐるぐる巻きにされて神樹の切り株に引きずられたのか?


 それには理由がある。


 実は俺にもその儀式に参加する資格はあった。


 だが、俺はそれに参加したくなかった。死んでも参加したくなかった。


 だって、考えてみろ? 村長になって何になるんだ?


 俺たち鬼人はゴブリンのように強い繁殖力もなく、オーガのように強い力はない。


 人にかわいらしくほんの少しだけ角が生えただけの鬼人族がずるがしこーいゴブリンやわるーいオーガがたくさん住む森の中における生存競争に生き残れるわけもないじゃないか!


 それに、ゴブリンやオーガによって若い奴らはほとんどなぶり殺されていって、残り物のジジババだけがどんどん増えていく村の長になる意味なんてあるか?


 いつ村にゴブリンやオーガが襲ってくるのかビクビク怯えながら、毎日毎日村の防衛に頭を悩ませるよりは、のんきに昼寝をしている方が百倍マシだ。——むしろ、最高だ。


 そう思っていた俺はあったかい布団の中でいつものようにゴロゴロしていたのだ。


 すると、いきなり俺のマイスイート布団ちゃんが何者かによって剥ぎ取られてしまったのだ。俺のマイスイート布団ちゃんを引き剥がした極悪犯を睨みつけると、——その犯人は実の姉だった。


「ねぇねぇ、ゴミ。どうしてここでゴロゴロしているのかしら?」


 姉はいつにまして冷たい目で俺を見つめていた。


「弟のことをゴミ呼ばわりする姉さんには言われたくないよ」

「じゃあ、狩りにもいかなくて、畑仕事もしない。毎日どこかでのんきに昼寝していて、それをとがめた心優しい近所の子どもたちには『姉のすねかじるのは格別にうまい』なんてほざいて、彼らに勧めようとするあなたのどこがゴミじゃないのかしら?」

「あんたみたいな口の悪い鬼婆がよく村一番の美人だって言われるほうがおかしいよ」

「そうかしら? あなたみたいなゴミくずを養ってあげているお姉さまにこれまで一度もありがとうという感謝の言葉すら言わない生ごみさんには言われたくないわ」

「どんどん弟の呼び方が辛辣になっていっているんですけど!」

「あら? そうかしら? あなたがゴミ過ぎて、つい言ってしまったわ。ごめんなさい」

「辛辣さが増した!」


 俺が朝、起きるときに交わされるいつもの姉弟愛溢れる、——ように感じ方によっては感じられなくもない挨拶スキンシップは終わり、姉はいつになく真剣な表情になって俺に語りかけた。


「ねぇ、クウィック。今日は何の日か覚えているかしら?」

「今日は俺の休日。以上終わり」


 俺が寝ようとすると、姉は俺に殴りかかった。


 ——ふーっ。ぎりぎりセーフ。まったくひやひやしたぜ。——って、なんで壁に穴が空くの? 貴女の手は何でできているんですか?! 


「いきなり何すんだよ! この鬼婆!」

「もう一度、今日は何の日か言ってごらん?」

「だから、俺のこの上なく素晴らしいきゅ、「もう一度言ってごらん?」——まだセリフが終わってねぇーよ!」

「あら、そう。それは悪かったわ。——ところで、何を言おうとしたのかしら」

「だから、俺のこの世で最も大事なきゅ、——ちょっと待った!」

「何かしら?」

「そ、そ、その手にしている金棒はい、い、いったい何でしょうか?」


 気づいたら、姉はやけに刺々しい金棒を握って俺に微笑みかけていた。


「わたしたちの最も愚かで、最も素晴らしく頭の悪いお父さんが残してくれた唯一の遺品よ。そんなことも忘れてしまうだなんて……。やっぱり脳味噌が腐ってしまったのね。まぁ、生ゴミだから当然と言ったところかしら?」

「弟を生ゴミ呼ばわりし、死んだ父を散々コケにしている貴女様の方も十分脳味噌が腐っている気がするんだけど、お姉さま。——ところで、その手にした金棒でいったい何をするおつもりでしょうか?」

「決まっているでしょ? あなたの脳味噌を叩きなおすの」

「そしたら、俺の脳味噌は肉そぼろのようにほろほろにほぐれてしまうよ!」

「実の姉の脛が美味しいだなんていやらしいことをほざく神経をつぶせるのだからいいと思わない」

「まったくいいと思わねえし、アンタの脛を実際に齧りたいと思ってなんかいねぇよ! ただの喩えだよ! そんなことも理解できないの?」

「さて、もう一度聞くわ? 今日は何の日かしら?」


 俺はしばらく考えてから、姉の真剣なまなざしを見に気づいた俺はここは真面目に答えるべきだと思い、ぼそりと小さな声で答えた。


「——村長を決める日」


 その瞬間、姉は金棒を振りかぶった。


 ——やべぇ! マジかよ。俺の角に掠った! 今、一ミリ掠った! おい! なんてことするんだ、この鬼婆! 一応、俺は答えたぞ!


「あら? ごめん、聞こえなかったわ」

「そ、そ、そ、そ、そ、村長を決める日です!」


 いつにも増して恐ろしい姉に俺は萎縮しながら、そう答えた。


「そう。村長を決める日。そんなときにそこの廃棄物は何をしていたのかしら? まさか、蓑虫の物真似をしているつもりかしら? いくら何でも蓑虫に失礼だわ」

「アンタは弟を何だと思っているんだ!」

「だから、姉の脛を美味しいってほざく変態ゴミ」

「変態ゴミなんてこの世にねぇよ!」

「そう。なら、今日ここで誕生したわ。栄えある変態ゴミ第一号の称号を得られたことに喜びなさい」

「喜べるか!」

「もうこれ以上ゴミと対話を試みても無駄のようね。さぁ、今すぐ神樹の切り株に行くのよ」

「はぁ? 何言ってんだよ。今どきこんな寂れた村の村長になるなんて脳味噌が天国に逝っているトロールでも思わねぇよ」

「じゃあ、あなたはそのトロール以下ね」

「——どういうことだよ?」

「村に住む家は村長にモノを差し上げなければ住むことが認められないことを知っているわよね?」

「——まぁ、知っているけど」


 ——だから、何? って話なんだけど。


「うちにはこれまであらゆる家宝を歴代の村長に渡していたせいで、もはやこの金棒しかありません」

「それは前回の儀式の際に、今の村長に最後の最後で騙された親父が悪いだろ?」


 まったく、「回れ右!」と言われてそのまま回れ右してしまう親父の息子だなんて恥ずかしいぜ。


 ひょっとすると、親父に向かって試しにそう言ってみた村長の方がこんな勝ち方して恥ずかしいと思っていたかもしれないな。


 ——あれ? よく考えたら、そんなバカ親父が好きになった母さんがおかしいよ! 息子である俺でも理解できないよ! 


「その仕返しをしたいとは思わないの?」

「まったく」

「じゃあ、そんな親の仇も取るつもりのない弱虫なクソ虫は何を捧げるの?」


 俺はそこにいる鬼婆を指さしてこう言った。


「アンタ」


 一瞬、姉の表情が固まった。


「——聞こえなかったわ。なんて言ったの?」

「だから、アンタ」


 姉は取り乱しながらも、語り始めた。


「た、た、たしかにわたしは村一番の美人だって評判よ。む、村の女の子たちにも『カトレラさんにうちの兄貴のお嫁さんになってくれたらいいのに。——あっ、すみません。あの粗大ゴミは捨ててきてください』って言われるくらい人気だわ」

「それって本当に人気なんですか! 少なくとも、俺が捨てられること前提で話が進んでいる時点で人気は無いと思うんですけどー! あるなら、俺も養ってくれるくらいの人気じゃないと俺はアンタのことを人気者とは言わないぞ!」

「あなたが不人気すぎるから粗大ゴミは要らないと断られるのよ。そこの粗大ゴミ」

「今度は弟を粗大ゴミと呼ぶことにはまってしまったんですか? クソ鬼ババア」

「そんな悪口を言われてもあなたの餌を作ってあげている心優しい私は引く手数多だけど、あなたは多分、その時点で野垂れ死んじゃうわ」

「安心しろ。死ぬことは無い」


 俺は自信満々に高らかにそう答えた。


 姉は急に眼だけ笑っていない冷たい微笑をしながら、首をかしげた。


「——え? 何を言っているの?」

「——俺はアンタが嫁に行ったら、今度はアンタの婿の脛を齧るって言ってんだよ」

「あなたを捨てるって言っているのに、どうなったらそんなことを言えるのかしら。——このヘドロは」


 俺をゴミのように見つめる姉に俺は自慢するようにこう言ったのだ。


「俺はアンタがいつ誰の嫁になってもいいようにうちの村の男全員の弱みを握っているんだ。——例えば、隣に住むラカゴは三年前に羊に泣かされて失禁したとか、大きなたんこぶのあるコブゾウはコブを取ってくれるって意地悪なゴブリンに唆されてコブを取ってもらったら、ひどい目に合ったからそれっきり引きこもっているし、近くに住むビョウン爺は昔、オーガのメスに惚れられて監「これ以上はやめて」——まだ、続きがあるのに……」


 ビョウン爺の話が一番面白いのに、どうして止めるのだろうか?


「——最後のは聞かなかったことにするけど、どうしたらそんな情報を手に入れるの?」

「フフフフ。俺も毎日、昼寝しているわけではないのだよ、鬼婆。俺は日ごろから目を閉じたふりして情報収集を行っているのだよ」

「へぇ……。——ところで、その熱意を働くことに使うつもりは?」

「働いたら、その時点で負けだから」


 俺が親指を立てながらそう言うと、姉はしばらく黙り込んだ。


 これはいよいよ認めてくれたのか? それなら、ありがたい。よし、寝よ……。


 ——俺はこのとき、はじめて本物の鬼婆を目撃した。


 ——それも、けっして、そこら辺にいるババアでも何でもなく、本物の鬼婆を目撃したのだ。


「おい! ちょっと待て! ギャー!」


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