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侯爵子息の結婚までの道のり  作者: 真守祐子
侯爵子息の結婚までの道のり
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005 妹のような……

 サイロウ侯爵家の嫡男カリスは両親とともに()()()の婚約者の選定を行っていた。……あともう少しで二十四歳になってしまう。


 ワムルとトーリは真剣な面持ちで手元のリストを捲っている。これはと思った令嬢については互いに確認しあい、さらに調査を進めるよう書き込みを入れてもいる。ナーミ王女の巫女の任期が終わってしまえば面倒の度合いが跳ね上がってしまいそうだが、誰でもいいわけでは決してない。


 カリスはそれを見るともなしに見ながら、自分が真剣にリストを見ることができていないことに気づいていた。なんだか身が入らないのだ。時間がないことは分かっているのに気が乗らない。……このリストの中に、本当に自分の未来の伴侶はいるのだろうか……。

 ひどく疲れを感じていた。休養は十分取れているのだから、肉体的なものではないのだろう。……とても、ヒリアが恋しかった。


 このまま続けても意味はない。自分を憐れむような精神状態でヒリアを想うのは不誠実だ。

 カリスは少しばかり庭で剣でも振ってこようと思い立った。さすがは武のサイロウの男、気分転換は体を動かすこと一択だ。

 カリスがワムルに断って一度自室に戻ろうとしたそのとき、部屋の扉がノックされ、執事が入室の許可を請うた。


「領都のヤルト様より急ぎの文が届きました」


 入室した執事はワムルに、ヤルトから精霊神教の神殿にある送付陣を使って届けられた文箱を差し出した。封蝋がしっかりと掛かっている。


 送付陣とは精霊神教のすべての神殿にある小型の魔法陣のことだ。文書を納めた箱や小さな荷箱などを遠く離れた別の陣へと送ることができるもので、これははるか遠い昔に精霊神から授けられたとされる古代遺物だ。

 各地の神殿はその陣を守るようにしてその上に建てられている。


 精霊神教では学院を建てて、ずっとずっと昔からこのような精霊神が由来とされる遺物の研究を行ってきた。だが、ほとんど何も分かっていないに等しい研究成果しか上げられていなかった。

 そのため一般には、どういう理屈かは分からないながらも、人智を超えた神の御業(みわざ)によって、精霊神教の神殿に行けば手紙や物が送れるという認識になっていた。


 王侯貴族から一般庶民まで、精霊神教の信者であれば利用することが可能で、こういった陣の存在はパントルート大陸やほかの大陸でも、精霊神教が絶大な影響力を有する一因となっている。

 送付陣で送ると、神教にやり取りの有無を把握されてしまうという欠点はあるが、便利で安価なうえに、馬で届けるよりもずっと早く安全なため、文箱に封蝋を掛ける形で皆が利用していた。


「何かありましたの?」

「なるべく早く客人を連れて会いに来たいそうだ。陣を使うから明日でもよいと言ってきている」

「移動陣を?」

「王都側の許可は客人が取ってくれているそうだ」

「まあ」


 移動陣はやはり神殿にある精霊神から授けられたとされている古代遺物の一つなのだが、手紙などを送る送付陣と違いすべての神殿にあるわけではない。


 移動陣は人間を遠く離れた別の移動陣へと送ることができる、かなり大型の魔方陣で、この移動陣を持つ神殿の側には、都が造られていることが多い。王都の神殿にはあるし、サイロウの領都の神殿にもある。


 送付陣は誰もが利用できるが、移動陣のほうは、移動元と移動先双方の陣のある神殿の神殿長と、神殿のある行政区の長官、例えば王都であれば最終的には国王の許可がいるので、誰でも使えるわけではない。


 貴族であれば許可証は所持しているが、回数に厳しい制限もあることから、そう気軽には利用できないものだ。この移動陣もどういう理屈で動いているのかさっぱり分かっていなかったが、はるか昔から存在しており、一般にはやはり神の御業ということで納得されていた。


「移動陣の許可証を使ってまでとはずいぶんと急ぎの用件なのですね。客人とはどなたなのですか?」


 カリスは最近起こった問題を思い返してみたが、そこまでの緊急性を持つものは把握していなかった。


「おまえの最初の婚約者殿の家だ」




 先方の要望を受け入れて、翌日早速面談の場が設けられた。

 婚約者(ヒリア)が生きていたころは、それだけ親密な付き合いをしてきた両家であったし、経済的な面での関係は今でも密なままなのだ。

 現場レベルでの交流はさらに進んでいたし、その良好な関係から双方にもたらされる利は年々着実に増えていた。


 ヤルトが先導する形で、カリスの最初の婚約者の両親とその一番下の妹が小広間に入ってきた。

 小広間は広さこそ本邸にあって小さめであるが、内装はトーリのセンスが光る高級ながらも落ち着いたもので揃えられ、親しい相手を接客するのによく使われていた。


「お久しぶりでございます、サイロウ侯爵閣下。お呼びもなく伺う非礼、幾重にもお詫び申し上げます。どうぞお許しください。またこのように急なことでありましたのにも関わらず、お目通りのお許しをいただき、御礼の申し上げようもございません」


 客人たちはワムルから声を掛けられるのを待ってから、深く腰を折り自分たちの非礼を詫びた。


「いや、お気になさるな。ライナード伯爵、皆さんも、楽になさってください。長きにわたり将来の親族として親しんできた間柄ではないですか。過ぐる日はご息女のことでは、我ら両家ともに本当に悲しいことでありましたからな……。さあ、皆さんどうぞお掛けください」


 挨拶を交わして互いの近況を話し合い、雑談から入る。カリスも伯爵夫妻と軽く話したあとで令嬢に話しかけた。


「久しぶりだね、サイア嬢。元気にしていたかい?」

「は、はい!」

「六年前とは見違えたね、すっかり大人びて美しくなった」

「い、いえ! あ、ありがとう、ございます!」


 サイアは久しぶりに会うせいかとても緊張しているようで礼を言いながらかなり勢いよく頭を振っていた。サイアの令嬢らしく綺麗に編み込まれたサイドの髪はそれでも微動だにしなかったが、後ろの垂らされた黒い猫っ毛はそれに従ってふわん、と令嬢らしくなく跳ねた。大きな黒い瞳もまん丸に見開かれている。

 金髪碧眼という王国系の色彩だったヒリアと違い、サイアはサイロウ系統の色彩だった。ただし体格は姉と同じく小柄で細身の王国系だ。

 何代か前にサイロウの分家からライナード伯爵家に嫁いだ者もいたし、それより前にも何度かサイロウの血が混ざったのだろう、伯爵夫妻と姉たちは明るい色の髪色だったが、サイアとライナードの嫡男は黒髪黒目だった。


 以前もなんだか小動物みたいだと思って、それを婚約者(ヒリア)と話したことを、カリスは懐かしく思い出した。


 サイアはライナード伯爵家の子どもたちのなかでは少し年の離れた末の子で、一番上のヒリアより八歳年下だった。そのせいか伸びやかに育てられており、動作が大きく感情表現も豊かな子どもだった。今でもそこは変わっていないようだ。


 サイアは大好きな姉のヒリアと、大好きな将来の義兄のカリスによく懐いていて、色々な話をせがまれたりしたものだ。カリスは義弟妹となるヒリアの弟妹たちのことはみな可愛がっていたが、サイアは特に懐いてくれていたため、よく交流を持っていた。


 そういえば、サイアは本人曰くは知りたがり、カリスが思うに学びの意欲が特別に旺盛な子どもで、そのうえそれを活かすだけの才にも恵まれていたのだった、とさらに思い出した。


 カリスはヒリアが病に倒れる前に、知りたい、学びたいというサイアの相談に乗ったことがあった。そのときにサイロウの学舎を紹介したのだが、学舎を取り仕切っている父方の伯母からはサイアの才女振りを聞かされ、良い人材を発掘してくれたと大いに喜ばれた。


 六年振りに会ったせいか幼かった彼女が美しく変化したことに驚いたこともあってつい容姿を気安く褒めてしまったが、それよりも伯母が高く評価していたことを話題にしたほうがサイアにとっては話しやすかったかもしれない。カリスは反省した。


「……」


 会わなかった時間が長かったせいか、サイアは緊張で顔を赤くしていて、口元も固く結ばれていた。


 サイアも良い年頃なのだ、今では赤の他人であるカリスが馴れ馴れしく話しかけるのはよくないだろう。

 それを未だ義兄のような心待ちでいたカリスは少し寂しく思いながら、話しかけるのは一旦やめておき、サイアをそっとしておくことにして、弟のヤルトに領のことを小声で尋ねた。


「向こうは?」

「大丈夫ですよ、兄上。ヤンを置いてきましたから。それに神殿の陣を使うと本当にあっという間ですから」


 ヤルトはなんだか変な表情(かお)でサイアのほうを見ていたが、気を取り直したようにきりっとした表情に戻すとカリスに答えた。


 気がつくと、サイロウ侯爵夫妻と話していたはずのライナード伯爵夫妻まで、同じような表情(かお)(サイア)を見つめていた。ワムルとトーリは突然黙って娘を見つめた夫妻を不思議そうに見たあとでサイアのほうを向いた。


 皆の注目を集めてしまったことに気づいたサイアは、少し慌てたような様子になった。


 そのわたわたとした姿を見て、カリスはまたも先ほどと同じようにファルファルという黒い毛玉のような小動物を思い浮かべた。ファルファルは子どものころから飼い慣らすと人によく懐き、その愛らしい仕草で人を癒やしてくれるので、愛玩動物として人気がある子どもの膝に乗るほどの大きさの動物だ。


 客人の前だというのに集中できていないようだ。昨日に続いて気が散っていることを自覚したカリスは、今日は客人が帰ったら少し集中して鍛錬に励もうと心に決めた。

 カリスには疲れたなどと言っている時間的余裕はないのだ。精神を立て直すには鍛錬が一番だ。

 なんとも武のサイロウらしい発想ではある。


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