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CH-U-KA  作者: HANGOUT
.センシャ
4/15

.04

 深夜零時三十一分





 果物を提供する風俗店を出た後、酔っ払いに紛れてエロ通りを抜け、商店街の方へ顔を出した。途中の狭い路地で紺色の良さげなパーカーが物干し竿にかかっていたからそれを身に着けた。



 夜は少し冷えるのだ。



 それから少し歩いた。頬や腕で夜風を作りながら歩いた。

その時はとても静かで、この街の本来の良さを感じることができるように思える。民衆が己の背丈より背伸びすることなくそれぞれの生活を送る。生活が所々で重なって挨拶をする。夜はこのようにして、共に同じ街で眠るのだ。チュウカのように夜を商売としている場合は、寝ているだけの人間とは別に彼らで夜の街を作りあげる。棲み分けが平和の最短距離だといえよう。



 最短距離のルートを使用して目的地へ向かう。道の無いところを飛んでいると、シャッターが半分以上降りている自営コンビニ店を見つけた。チュウカは着地し、シャッターの隙間をスライディングで通り抜ける。店内の明かりは消えているがレジ周辺にある機械からの光が僅かに残っていた。



 レジ前の床には限界まで詰め込まれたレジ袋が二つ置いてあり、その存在と中身の有無を確かめるとチュウカは今日の収穫をレジ台にすべて置いた。先ほど手にした追加のお小遣いをどうしようかと迷ったが、結局それもすべて台に置いた。



 再びスライディングで店を脱出。シャッターを完全に閉めて合鍵で施錠。手にした二つの袋を近くに落ちていたひもで一つにまとめて担ぎ、飛んだ。商業ビルからビジネスホテル、ヤクザの事務所の屋上を経て教会に辿り着く。塀や屋根を使って徐々に降りて行き、中庭に着地。お菓子が大量に詰まっている袋を置き、窓の方を振り返る。大量に並べられた規則的な布団に寝かされた貧相な子供たちの間に修道女が立っており、こちらに向かって深く頭を下げた。



 チュウカは一瞥して教会の一番高い所へと飛んだ。





 深夜零時五十四分





 道幅三十センチ。店の区切りごとに換気扇が上下に重なって置かれフル稼働し、蒸気が左右の壁からあふれ出て機械音があちこちで軋んでいる。記憶が定かであればこの向こうには定食屋と中華屋、あとはチェーン展開していない居酒屋がこの辺りには多く並び、この時間帯の営業を占めていたはずである。猫かネズミ、人間であれば借金取りまたはみかじめ取りが生息する。稀にチュウカが訪れることがあるかもしれない、そんな飲食店の裏側。裏の小路。今日もそこで低い声が響いていた。



 黒いスーツをしわひとつ付けずに着こなし、暗いサングラスで表情を無くした二人組。焼き鳥屋のおやじを低い声で脅している。どうやら彼らは反社会的組織の人間で、みかじめ料と称した何かを取ろうとしているところであったらしい。



 彼らが彼の存在に気が付いたのは、おやじが助けを求めて視線をどこか彼方へそらし、その視線がこちらに戻ってこないがために、振り向いて見たからであった。



 スチームと無造作に置かれたビール箱の向こう側に見えたシルエット。その小柄な体格はどうみても子供で、背中に背負っている物は巨大な剣に見えたという。立ち向かった黒服の一人が、季節外れの水着を着てビールジョッキを掲げているアイドルの破れたポスターの下に自分の血液と共に同じく張り付けられた。その後の被害は翌日の地元新聞紙の片隅に、文字だけでひっそりと綴られている。

 




  午前二時十一分



 


 某ヤクザ事務所から通報があった。怪我人が多数出ているので救急車を頼む、と。住所は裏街の方だというので、また住民が揉めたのだと思った。しかし、多数という言葉を忘れていた私はその怪我をした当人が暴力団の人間であるとは思いもよらず、我々救急隊が駆け付けた時には彼らは壊滅状態であった。こんな光景は映画でも見たことがない。血の海と表現するよりも敗戦兵士の救護室と例えた方が的確で、現実的であろう。



 頭へダメージを負っているものが多く、いつもの威厳や厳つさが彼らからは盗まれており、これでは我々と同じ人間である。いや、まあ、当たり前なんだけど。



 各々素直に自らの症状を的確に訴えてくれるので、治療と搬送は非常にスムーズであった。しかし、誰に襲撃されたのかという問いには警察の取り調べでさえも「覚えていない」「記憶にない」の一点張りで口を割らなかった。やはりあの街は危険だ。





 午前二時五十分





 資源ごみ置き場にチュウカは居た。新書、漫画、雑誌、自己啓発本、コーヒーのシミが付いた文庫小説。一時間ほど前から実に多くの本を街灯の灯りだけで読み耽っていた。今日覚えたのは『レッテル理論』という言葉だ。スティグマが……思い込みと偏見によって……こうあるべき人はこうあるべきだという考え……なるほど。世の中にはまだ知らないことが多い。そしてその多くが隣のアパートで寝ている名も知らぬ人間のことであることが大概であることも、チュウカは学びつつあった。





 午前五時零分

 




 パレードが開始された。



 パレードと呼ばれた本作戦は現時点で企画・提案から実行へと移される。その実行時刻は午前五時であることが指令所に示されていた。



 キャタピラーと一本の砲身を備えた戦車の上に足を組んで座っている、スタイルの良い軍人がその紙をラガーマン並みの筋肉男に手渡した。やれやれと呆れた彼はその先の作戦内容を読んでいない。どうせいつもとやることは変わらないと思ったからだ。



 戦車一台の周囲を、腰に木刀を差して統一された軍服の集団が行進していく。戦車の先頭を進むこの軍隊の一番先頭には、これまた小柄なシルエットがあった。

背中に他の軍人より一回り大きな木刀を背負っている。偽中華包丁を背負った彼と異なるのはそのポニーテールである。そう、彼女こそがこの集団を統率しているリーダーである。それは優秀な部下を誇らしげに連れているのだ。



 通りには眠気眼を擦りながら人々が街へと顔を出し始め、その姿を見た瞬間に足元を滑らしながら慌て始めた。



 チュウカはその時間、その向こう側の通りを左折し、三つ先の信号の角をジャンプして敷地を飛び越えた先にある、今は使われていないゲームセンターにいた。



 一つも稼働せずに待機モードの媒体たち。その一つであるメダルゲーム用の長椅子に体を押し込んで、チュウカは瞼を無理やり閉じていた。



 夜は開ける。何かが朝とか昼を連れてくるのだ。その日に限って言えば、戦車が裏街に朝陽を連れて来たのであった。



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