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Side.A01 平凡男子、召喚される

私立青渚学園

中高一貫教育の進学校で、都内でそれなりに名の通った進学校だ。


僕は、難関と言われる高校受験戦争を勝ち抜いて憧れた青渚学園に通うことが叶った。合格発表の日は一睡も出来ず、そして合格者一覧に自分の受験番号が合った時は涙が出るくらい嬉しかった。


この学校は進学校だが、自由な校風でも有名。

加えて、有名デザイナーが手掛けたという格好良い&可愛いブレザーも受験倍率を高くする要素の一つであると考える。


他にも色んな魅力があるんだけど、それは追々。



申し遅れました。

僕の名前は杉本(スギモト) 明楽(アキラ)

青渚学園2-C在籍の、平凡・THE平凡という普通の男子高生です。


成績もスポーツも平凡。

顔は……まぁ、悪い方じゃないと信じたいけど、特にモテるわけでも無いし、女子に告られたことも、告ったことも無い。

年齢=彼女無しです、はい。


進学校の割には自由であるため結構派手な人が多い我が青渚学園だけど、僕はふつーに男子高生ライフを満喫していたのですが、突然、普通ではない事件に巻き込まれてしまいました。


・・・・

・・・

・・


《ジジッ……ザー……ザー……》



《ポン》



《魂・身体・精神補正完了》



《称号『異界勇者』発現》



……ん?

なんだ、今の?



「あれ……ここは?」


頭をさすりながら、冷たい床から身体を起こす。

床は、校舎の床材ではなく、大理石のようなツヤツヤした石畳みだった。


なんだこれ?

僕は重い身体を起こしながら、辺りを見回す。


「お、おい! 田辺、篠原! 大丈夫か!」


パニックというのはこういう事なんだろう。

大理石の床にクラスメイトの面々が横たわっている。


僕の近くで横に伸びる、親友の田辺(タナベ)誠一(セイイチ)と、もう一人の親友、篠原(シノハラ)智樹(トモキ)の身体を揺すって起こす。


「ん……あっ? あれ、アキラ? どうしてお前、オレん家に?」


「寝ぼけているのか、田辺! よく周りを見ろ!」


田辺、涎を垂らしながら爆睡していた。

こんな冷たい床に寝ていて自分の家だと間違えるなんて、こいつはどんな布団で寝ているんだろうか。


「う……アキラ、ここはどこだ?」


篠原が目を覚ました。

さすがにここが学校でなく、ましてや自宅などではないと気付いたみたいだ。


「うーん……。」


「あれ、ここ、どこ?」


起きたのは僕たちだけではない。

次々と、クラスメイト達が起き上がる。


ところがクラスメイトだけかと思いきや。


「あ、あれっ? ミサキ!」


「ふえっ……。あ、ハナちゃん?」


池田さんが、隣の2-Dの生徒の森盛(シンセイ)実咲(ミサキ)さんを起こした。

よくよく見ると、2-Cの生徒だけでなく、数人だけだが隣の2-B、2-Dの生徒もいる。


全部で30人くらいだろうか。

全員、冷たい大理石の床の上に倒れていたのか。


「お、おい、これ何だよ!?」


立ち上がった篠原が大声で騒ぐ。

目線は足元の床だ。何を今さら……。


「これって……何?」


ミサキさんを起こした池田さんも足元の床を見ている。床が、一体……?


……え。



「ま、魔法陣!?」



横たわっていた僕たちを包むように、薄く白の淡い光を放つサークルの中に、様々な円や幾何学模様、それに見た事の無い文字が描かれている。


ゲームやアニメで目にする、魔法陣そのものだ。

それも複雑怪奇。描写が細かすぎる。


なんだ、これ?


なんだ、ここ?


僕は思い切り頬を抓る。

――痛い。夢じゃ、ない?


まさか……。



「成功だ!」

「まさに伝承のとおり!」


「「「聖女様、万歳!」」」



突然響く、大きな歓声。

ギョッとして声がした方へ振り向く。


少し離れたところに、数十人の人影。

僕たちはその人たちの姿を見て、思わず震えあがる。


全員、重々しい銀に輝く全身鎧に鉄仮面を纏い、手には槍やら剣やら武器を握っている。見た目は中世の騎士そのものだ。

中にはローブのような服を纏う女性も数人見える。


騎士たち、女性たちが少しずつ僕等に近づいてきた。


「何だよ、てめぇらは!?」


目覚めた生徒たちが身を寄せ合う中、うちのクラス、いや学校のイケメン2トップの内の一人、橘君が一歩前に出て怒鳴る。

ツンツンした金髪に、気崩したブレザー。


見た目はヤンキー。

……実際にヤンキーだ。


だが、こういう場では身体が大きく硬派で男前な彼が凄く頼もしい。

よく分からない場面にも関わらず、数人の女子が橘君の出で立ちに目がハートだ。


「ま、待ってくだされ! 我々は決して貴方たちに害意はございません!」


騎士の中でも立派な赤マントを纏うリーダーらしき人が慌てて謝罪して、握っていた剣を鞘に納めた。

それに倣い、手前の騎士たちも武器を仕舞った。


――その後ろに居る騎士たちは、それでも警戒役なのか護衛役なのか、微妙に僕等から見えないように武器をそのまま持っている。


敵意は無い。

だが、警戒は怠らない。


つまり、彼らにとっても僕等は “得体のしれない存在” であるという意味だ。


だが、先ほどの『成功した』『聖女様』という声。


僕や一部生徒の考えが正しければ、恐らく……。



「ああ、勇者様たち。よくぞ来てくださいました!」



この広間によく響く、透き通った綺麗な声。

ローブを纏った女性二人に支えられながら、よろよろと一際派手な格好をした女性が、やってきた。


その姿に、僕等全員が固唾を飲んだ。


――余りの、美しさに。


黄金のティアラに、輝くシルバーピンクの長い髪。

やや胸元が空いた白と青のドレスは豊満な胸を隠そうともせず、対比してウェストのくびれが目立ち、様々な刺繍の施されたスリットの入ったスカート。


神話の女神様のようなその女性は、まさに絶世の美女と形容しても差支えが無いほど、見た事の無い美しい人だった。



「な、なんだよ、あんた……。」


橘君も例外では無かったようで、少し顔を赤らめて尋ねている。先ほどの鎧男に対する勢いが無い。

あ、ちょっと女子たちが目を細めている。

うん、怖い。


「私は……。」


女性は支えていた両側の女性から離れ、床に膝と両手を着き、頭を下げた。

ちょ、ちょっと、それ、土下座!


いきなり絶世の美女が土下座したことで、僕だけでなく幾つも漏らす声の音が聞こえた。


そりゃそうだよ!

こんな美人なお姉さんがいきなり土下座するなんて、意味分かんないし、何もしていないのに罪悪感で心がどうかなりそうだった。


そんな僕たちの心境を知ってか知らずか、女性は顔を上げる、けど、その表情もまたビックリだ。

今にも泣きそうなんだから!



「突然、申し訳ございません。私はこのクロスフォード聖大国の今代聖女を仰せつかっております、ティータ・フォン・クロスフォードと申します。」



その言葉で、全員がまた固まる。


“クロスフォード聖大国”

“今代聖女”


聞いたことの無い国名に、聖女。

一部の生徒、そして隠れオタクの僕も確信した。


「まさか……ここ、異世界?」

「うそ、だろ!」


クラスの中でも所謂、下層部の男子。

全力で趣味に生き、他者とは相いれない彼らだ。


「え、あたしたち、異世界に来ちゃったの!?」


あれ? 特にオタクとかそういう雰囲気が無かった、スクールカースト上位グループのギャル、野崎さんが口を押えて驚いている。


見知らぬ場所。

足元の巨大な魔法陣。

聞いたこと無い国名。

跪く聖女。



異世界召喚のお約束(テンプレート)だ!



「え、どういう事!?」

「私たち、どこに居るの!?」


納得する者もいれば、そうで無い者もいる。

その多くが女子たちだ。


「皆、落ち着け!」


聖女さんに負けず劣らずよく通る声。

その声の主は、後ろから最前列の橘君の隣に立った。


僕よりも頭一つ抜きんでた高身長。

さらさらと靡く茶髪に、細身ながらもバスケで鍛えたがっしりとした身体。


青渚学園一の、イケメン。

市川(イチカワ) 結人(ユイト)君だ。


「お、おい。ユイト……。」


唖然とする橘君を無視するように市川君も膝を着き、聖女さんを見つめる。


「顔を上げてください、聖女さん。突然の事でボク達も混乱しています。これはどういう状況なのか、ボク達は一体どうなるのか、ご説明願います。」


――上手い。

“異世界召喚” という僕たちなら当たり前のような言葉だけど、殆どの生徒がその意味すらも分からない中、それが一体どういう事なのか、どういう状況なのかを混乱が生じる前に、この場で一番のキーパーソンである聖女さんに冷静に尋ねたのは、正解だ。


……偉そうなことを考えているけど、僕には出来ない真似だ。あんな綺麗な人と話すだなんて考えただけで、足が竦んでしまう。


それにしても、やっぱり市川君は格好いい。

180cmを超える長身に、細マッチョ、爽やかイケメン。全国でも強豪校として有名なうちのバスケ部の副キャプテンでスポーツ万能。

加えて進学校であるうちの学校で、学年10位以内の秀才という天は二物も三物も与えたような完璧超人。


それが市川結人という人間だ。


乱れそうだった場の空気を諫め、颯爽と膝を付いてスマートに聖女さんに笑顔で尋ねる。


ほら、橘君の時以上に女子たちが “ぽわわ~” という音でも聞こえてきそうなほど、顔を赤らめて市川君を見つめているよ。


相変わらずのモテっぷりだ。

少しはそのモテオーラを分けて欲しい。


しかし、さすがは市川君だ。

あんな美人な聖女さんにも物怖じしないなんて。

むしろ、この流れって……。


「は、はい。べ、別室にて詳細をご説明させていた、だきます。こ、こちらへどうぞ。……勇者様。」


あ、やっぱり。

聖女さん、市川君の爽やかイケメンオーラに射抜かれたみたいだ。透きとおるような白い肌が、薄くピンク色に染めている。異世界の、それも僕たち感覚で絶世の美女までも惚けさせるなんて流石だ。


だけど、女子たちがちょっと怖いよ!





「改めまして、今代聖女のティータと申します。皆様をこの世界へお呼びした理由と、今後についてご説明差し上げます。」



僕たちは、学校の講堂のような場所へ案内された。


逆さにした三角錐形に広がる会場の中心には壇上があり、そこに聖女さんと、もう一人、歴戦の騎士といった白髪の渋い老齢の男性が後ろに座っている。

さっきの赤マントの騎士さんだ。


僕たちは、壇上を前に聖女さんの声が聞こえるよう、手前から座っている。

椅子は元の世界のような人間工学に基づいた作りでなく、鉄か何かを加工したゴツゴツとした座り心地の悪いものだった。


ただ円状で繋がる大きな机は、無垢材というか、一枚の木材で出来ているみたいだ。これは現代社会でも造り上げるのは難しいんじゃないから?


このアンバランスな技術。

異世界あるあるだ。


そのテーブルには、僕たち一人ひとりに温かな飲み物と、甘い匂いのするお肉が挟まれたサンドウィッチ、あと干した果物とか焼き菓子みたいなのが並べられている。


なんと一人当たりに一人、メイドさん付き!


ここのテーブルと椅子が階段状に、中心の壇上へ向かって段々と連なっているけど、段と段の間が結構広くて椅子に座る僕たちの後ろに十分、メイドさんが居るスペースが確保されている。

“いかに狭いスペースに多くを詰め込めるか” という構造精神が強い日本の造りとは、全然違う。


更にはメイドさんのお付きのメイドさんまで居て、僕たちがお茶を飲み干したり食べ物を食べ尽くしたりしたら即座にお付きメイドさん→個別メイドさんへとお茶やお菓子が渡されて自然に追加されるシステムだ。


すっごい。

至れり尽くせり。


……逆に、ここまで至れり尽くせりだと後が怖い。


聖女さんや騎士さんたちは、僕たちを “勇者様” と呼んでいた。

つまり……そういうことだよなぁ?



「まず、皆様をこの世界へ召喚したのは、私でございます。」


頭を下げる聖女さん。

ざわざわ、と僕らに緊張が走る。


「皆様を召喚したのは、私達が代々守護してきました先ほどの部屋、“召喚の間” に描かれた転移方陣に、この私、聖女しか持ち得ない “魂の称号” の力を使って皆様をお呼びしたのです。」


再びざわつく。

あ、これは不味い流れだな。


「聖女さん、質問です。」


挙手をして静かに尋ねたのは、市川君。


さすがだ。タイミングが凄く絶妙。

皆の混乱した空気を一層しただけじゃなく、“質問は挙手をして尋ねる” と、整然とこの場のルールを設けた。これで好き勝手に騒ぎ立てたり、声を荒げたりすることは多少防げるだろうな。


「は、はい! ユイト様!」


で、聖女さんは市川君を “ユイト様” と呼んでいる。

完全に特別扱いですねー。

うん、女子の聖女さんに対する目線が厳しい。


「今、聞くべきことでは無いのかもしれませんが……ここは地球でしょうか?」


たぶん、市川君は分かっている。

ここが地球では(・・・・・・・)ないことを(・・・・・)

それをあえて尋ねたのは、聖女さんはまだ “どこへ召喚したか” を正確に告げていないからだ。


「ちきゅう……ですか?」


ポカンとする聖女さん。

うん、もうその反応で十分だ。


「……ここは、どこですか?」


静かに、声を低くして尋ねる市川君。

少しビクッとなる聖女さんは、目を俯かせた。


「ここ、クロスフォード聖大国があるのは世界最大の大陸、レルヴィス大陸です。答えになるか分かりませんが、この世界は太古より “ミルティシア” と呼ばれております。」


「もう一つ、質問してもよろしいですか?」


「どうぞ。」


「……ボク達は、一体どこから召喚したと認識されていますか?」


市川君の二つ目の質問に、明らかに聖女さんは動揺している。

答えるべきか、答えないべきか。


「おい、どうなんだ聖女さんよぉ!」


ああ、おい!

明らかにイライラした橘君が横やりを入れる。

さっきの市川君の心遣いが無駄に。

彼の親友なら少しは空気を読んでくれよ!


「だめじゃん、橘。聖女さん困っているじゃない。」


「う、ぐ。」


「……ごめんなさい、聖女さん。続きをどうぞ。」



そんなヤンキー橘君を平然と諫める事が出来る女子がこの場に居て良かった……。


橘君の隣に座るのは学校一のアイドル、森盛実咲さんだ。隣のクラスだけど、何故か一緒に異世界に召喚されてしまった。


……こういうの、クラス単位だったりするけど。

お約束(テンプレート)が外れるというのも、何か新鮮だな。


逆に……僕らのクラスメイトであり、ミサキさんの双子の姉、森盛(シンセイ)彩佳(アヤカ)さんが居ない。


それにあと一人。

本庄君も居ない。


そう言えば、転移したのは確か根本先生の世界史の授業中だったけど、先生の姿も見えない。純粋に生徒だけ召喚されたのか?


僕は一番後ろの席に座っている。

その理由としては、この場にいる人数や誰であるかを確認したかったからだ。

どうやら2-Cの25人中、居ない2人を除いた男子12人、女子11人の計23人だ。


残りの5人。

2-Bの原田くん、戸ノ内さん。

2-Cの早川くん、瀬野さん、そして森盛さん。


合計28人の生徒が召喚されたことになる。



「ありがとうございます。えっと。」


「私? 私はミサキ。よろしくね、聖女さん!」


「はい。ミサキ様、よろしくお願いします。」


ひらひらとネイルが輝く手の平を振るミサキさん。

……だけど “様” 呼ばわりが気に入らなかったのか、「かたっくるしー」という呟きが聞こえた。


ちなみに彼女の隣の橘君は凄く縮こまっている。

先程、ミサキさんに窘められたのが堪えたみたいだ。


誰がどう見ても、彼、ミサキさんの事が好きみたいだからな。自業自得だけど、ちょっと可哀想かも。



「ユイト様、先ほどの質問の答えなのですが……。申し訳ありません、私にも分からないのです。」


申し訳なさそうに頭を下げる聖女さん。


え……どこから召喚したか、分からない?


「どういう事ですか?」


「後々ご説明する事だったのですが……。この召喚は、太古よりクロスフォード聖大国に伝わる伝承(・・)に従って実行したのです。」


おっと。

一気にキナ臭くなったぞ。



「このクロスフォード聖大国を建国しました初代聖王ランザード1世の伝承で、“世界を混沌と破滅へと導く七人の魔王(・・・・・)が再び受肉する時、遥か彼方の星より異界勇者を呼び寄せ、その導きにより魔王を打ち払わん”、と。」


でたーー!

出たよ、魔王!


けど、七人も居るの!?

多くないか?


「あ、あの! 質問いいですか!あ、自分は中島って言います。」


今度挙手をしたのは、オタク組の中島君だ。


野球部でガタイが良いけど、オタク。

中々良いキャラで、僕や田辺、篠原とも仲が良い。


「はい、どうぞナカジマ様。」


あ、中島君。やっちまったって顔している。


市川君もミサキさんも名前で呼ばれているのに、自分だけ苗字名乗っちゃったからなー

後で訂正できるのかな?


「あの、魔王はすでに七人揃っているのですか!?」


うん。

今の質問に真剣な表情で頷くのはオタク組や異世界召喚がどういうモノか大体は理解している人たちだ。


それ以外は “は? さっき聖女さん言っていたべ?” って顔をしている。


だけど、この世界の仕組みや状況を理解するには基本的な質問だと思う。



「いえ。……まだ揃っておりません。」



ほらね。

そうなると。


「それは、後々に復活するとか?」


「左様。」


声を上げたのは、聖女さんの隣に座る渋い騎士。


「失礼、ナカジマ様。儂はクロスフォード聖大国の聖王軍総大将のバルバロッサと申します。その質問は儂がお応えしよう。」


どうやらこの騎士さんことバルバロッサさんが答えてくれるみたいだ。


ゴホンと一つ咳払いをして、聖女さんの隣に立つ。


「我ら聖王軍の調べでは、受肉して目覚めてしまった魔王は、現時点では2匹。だが、目覚めたばかりか力も資源も弱く(・・・・・・・)まだ脅威ではない(・・・・・・・・)。だが……いずれ力を付け、他の魔王も目覚めれば一気に世界の盤上を塗り替えてしまうほど、恐ろしい存在なのです。」


目覚めた魔王は、2匹(・・)

他の魔王も目覚めれば、世界が塗り替えられる。



今度は、僕が手を上げる。



「よろしいでしょうか、バルバロッサさん。」


「うむ、どうぞ。」


「僕はアキラ・スギモトと申します。先ほど、バルバロッサさんは受肉した魔王は2匹で、まだ脅威でないとおっしゃっていました。……それなら、貴方の聖王軍でその魔王たちを駆逐し、これから受肉する残りの5匹の魔王を倒すことは可能ではないのでしょうか? 復活した魔王の数を把握されているということは、恐らく居場所も掴まれているのでしょう。」


と、僕が告げると目を丸々とするバルバロッサさん。

えーっと、そんな驚くような事を言ったか?


「アキラ様とおっしゃったな。中々の聡明な方だ。」


何人か、後ろを振り向いて僕を見る。

ううう、居たたまれない。

聡明って、平均的な僕に言う言葉じゃないよね?


「出来るなら、そうしている。」


ん?


「つまり、出来ない理由があると。」


「ええ。魔王が生み出した魔物ならば、我ら人類にも駆逐が出来る。しかし、魔王という存在は厄介でしてな。同じ魔王(・・・・)か、異界勇者(・・・・)様にしか、倒す事が出来ないのです。」


今の答えに、二つ情報があった。

まず、魔物は、魔王が生み出している。


そして魔王を倒せるのは、同じ魔王か異界勇者。



異界勇者とは、僕たちのことだろう。



だが。それよりも。



“同じ魔王も、魔王を倒せる”



まさか……!?



「あの。」


もう一度挙手をする。


「どうぞ、アキラ様。」



「魔王が魔王を倒せる、ということは……魔王同士、覇権争いをしている、とか?」



質問の後、アハハと少しお道化てしまった。

我ながらぶっ飛んだ考えだからね。


だけど聖女さんもバルバロッサさんも、目を見開く。

そして、ほぉ、と感心するような声を吐き出し、



「アキラ様は、本当に聡明な方だ。」



笑みを浮かべるが、目が笑っていない。


「左様。七人の魔王は互いに敵対し、争い合うのです。ですが……。」


「それこそ、私達人類の脅威なのです。」



聖女さんの説明は、こうだ。


魔王の配下たる魔物は、敵対する魔物を倒す事で自らの “格” を上げ、進化していく。


魔物が進化すればするほど、人類にも敵対する魔王にとっても脅威となる。


そして、進化した軍勢を以て敵対魔王を駆逐し、自らの軍勢に併合する。


魔王を倒した魔王は、進化する。



そしてより屈強な魔王の軍勢と、魔王が誕生する。




「それを……俺たちに倒せっていうのか?」


黙って聞いていた橘君が、苦々しく呟いた。

皆も言葉には出さないが、震えているのが分かる。


かく言う僕も、予想したとはいえ、想像すら出来ない魔王という存在に、心が恐怖で塗り潰されそうだ。


「加えると、魔物は人類を殺しても “格” が上がるのです。だからこそ奴らは人類も狙ってくるのだ。だがしかし、人間も同様。魔物を倒すことで、己の格が上がり、身に宿す “称号” の質を高められるのです。」


称号?


「あの、称号って何ですか?」


手を上げ質問したのはクラス一の秀才、池田さんだ。


横に広がるショートボブの黒髪に大きな栗色の瞳。

本人はよく大の仲良しの森盛さん(姉の方)に『太った!』『私に何で脂肪がついて、アヤカに着かないのよ!』とプリプリ怒っているが、僕から見たら全然太っていない。

かといって、森盛さんみたいに痩せすぎでも無く、健全な男子から見れば好感の持てる体型だ。


……確かに、あれだけ大量に食っているのに痩せていて、なおかつスタイルも抜群なアヤカさんは、女子だけじゃなく男子目線でも理不尽な存在だと思うよ。


あと、胸やスタイルの事でよくアヤカさんをギャーギャーと怒っているけど(その姿がとっても可愛い)、池田さんも決して貧乳ではなくスタイルも悪くない。



ここまで言えば分かるかもだけど。


僕は、池田さんに密かな想いを寄せている。



だが、彼女が居るグループには我が校の隠れアイドルにして姉妹で学校を二分する美少女、森盛彩佳さんが居る。


そのおかげか、市川君や橘君とも仲が良いため、ボクのようなモブキャラみたいな男子が気安く話し掛けられる雰囲気ではない。


何とか、この異世界で少しでもお近づきになりたいな、と邪な希望も無いわけじゃない。



それよりも、称号ってなんだ?



「称号……。それはこの世界に生きとし生ける者には必ず備わる、神からの贈り物です。」



それって……。

転生系で言うところのスキルみたいなものかな?


聖女さんは、一旦全員の顔を見てから話を続ける。



「まず、生命には必ず “魂”、“身体”、そして “精神” の三つが宿ります。」



三位一体論ってやつかな。

詳しくはないけど。


「称号とは、この三つに対し一つずつ備わる “生命の在り方” であり、それは得てして才能、能力、可能性などの力を宿しております。」


ん?

つまり、称号は必ず三つ付くということ?

そして称号には、才能やら能力なんか、色んな力を秘めていると聞こえるな。


「これらの力を総称して、 “スキル” と呼んでおります。」



何となく理解できた。


この世界では、スキルは独立したものでなく、必ず “称号” に付随しているものみたいだ。

しかも、称号次第で扱えるスキルが異なる……という風にも聞こえる。


うん、ここに来て隠れオタク知識が役立っている!

何とかこの知識をフル回転させて……池田さんにお近付きしたいな。


よ、よし!



「あの! つ、つまり……。」



僕は手を挙げ、自分の仮説を伝えてみた。


するとまたまた感心したように頷く聖女さんとバルバロッサさん。



「アキラ殿は誠に聡明ですな。」


「凄いですわ、アキラ様♪」



いやぁ、ほんと照れますって!

あ、池田さんがこっち見ている!


うーん、あれ、どういう表情だろ?

“すごーい! 杉本君って頭良いんだね!”

……では無いな、絶対。


“もしや隠れオタク? キモッ!”

……では無いことを、祈る。



ただ、男子共。

そう、そこの野獣共だ。

そんな嫉妬交じりの目線を僕に向けないでくれ!

聖女さんに褒められた事が羨ましいのか!


あと頼むから橘君もヤンキー眼力を向けないでくれ!


隣を見ろ、隣を。君の大好きなスイートハニーさんがいらっしゃるじゃないか!



「伝承が正しければ……皆様にはすでに、魔王を打ち滅ぼす《異界勇者》という魂の称号が備わっているはずです。加えて、それぞれの適正に応じて、身体と精神にも、称号が備わるはずです。……もちろん、身体と精神には現時点では称号が備わっていない場合もあります。」


げ。

それはちょっと怖いな。


大体お約束(テンプレート)ではこの場で使い得ない、役立たずスキルが……この世界では称号か。役立たず称号を持ってしまったために、国や仲間に追われて死ぬ思いをするってパターンもある。


それが転じて無双するストーリーもあるにはある。

もし自分が……って考えると、役立たず称号が実は凄い可能性を秘めていて、後々無双できるかと言えば、出来ない。


無理だよ!

そんなクライマックスな人生はまっぴらだ。


“平凡が一番”


それが僕という存在だ。

勉強も、スポーツも、遊びも。

何なら恋愛だってそれで良い。


波乱万丈なんて、まっぴら御免だ。

平凡に過ごさせてもらえれば、それで良い。


そういう意味でも、僕にとって池田さんは遥か高嶺の花なんだけどね……。


少しはこの世界で頑張ってみたいけど、物凄い称号を持っているとか、逆に役立たず称号を持っているとか、勘弁してほしいな。



「称号がこの時点で備わっていなくても、落胆する必要はありません。日常を過ごす中、いずれ才能が開花されると同時に称号は得られるものなのです。それに……どんな称号だろうと、私達はそこに得られる固有スキルがどんなものになるかなど、把握しているわけではありません。」


えーっと。

つまり、どんなショボそうな称号でも、もしかするととんでもない固有スキルを得られる可能性があるという事か!


それに、今の時点で称号が無くても問題無し!

追放するとか、無碍に扱う事は無いということか。


それなら、安心……か?


まぁ、普通そうだよな。

僕たちからして見れば、突然元の世界の “日常” を奪われて、奇妙な異世界に飛んで、しかもその異世界の命運を掛けて魔王たちと戦ってくれだなんて、冗談も甚だしい。


だけど、聖女さんやこの世界の人々からしてみれば、まさに “勇者様” だ。


魔王を倒せる、唯一の称号。



“異界勇者”



伝承とおりの存在。

世界の危機を救う最重要人物たちなんだから、丁重に扱うつもりなんだろう。……たぶん。



何となく、この世界に召喚された様子とか得られる力の仕組みなど理解出来た。


後は、気になる事が一つ。


誰か聞いてくれないかな?


もう、薄々分かっているでしょ!

特にオタク組! あとたぶんだけどボクと同じく隠れオタクのギャル、野崎さん!


あ、今、野崎さんと目が合った。

うん、ギャルの怖い目線が語っている。


“お前、聞けよ”


わー、あれ、絶対分かっている。

でもこれ聞いて、もし “ダメだった” 場合のダメージって相当大きいよ……?


後々に “誰が聞いた!?” “杉本、お前余計な事を!” とか責められても、困りますよ??


えー、あー、うー!

野崎さん、視線が超怖いです!!

わかった、わかりましたよ!


こうなりゃ、ヤケだ!


僕は颯爽と、手を、



「すみません、もう一つ質問良いですか?」



タッチの差で手を挙げて声を出したのは、市川君。

うぐ、さすがイケメン。


まぁ、その質問が終わってから、聞けば良いか。


「どうぞ、ユイト様。」


聖女さんも嬉しそうだな。

あれは、完全に市川君に惚れたねー。

でもライバル多いよ、聖女さん。


あ、この場合はうちの女子たちがピンチだね。

聖女さん、物凄い美女だから。

スタイルも海外モデル並み。普通の女子高生が太刀打ち出来るレベルでは無いでしょ。


……何て失礼な事を考えていたら。



「ボク達は、元の世界へ戻れるのでしょうか?」



あー! うわあああー!

聞いた、聞いたよ、市川君っ!


そう、それだよ。

一番肝心な、こと!


さっきからボクと野崎さんが目線で聞けよ嫌だよの攻防を繰り広げていた、問題の質問!


まぁ一方的に僕が野崎さんに “聞けやゴラ” って言われていたんだけどね、目で。

怖いよ、ギャルの眼力。



ざわつく生徒たち。


そりゃそうだよ。

元の世界に帰れるかは、大事な問題だ。



でも、聖女さんは言い淀んでいる。

え、まさか……帰れない?



「ティータ様……。」


「良いのです、バルバロッサ殿。」



ん、なんだそのやり取り。


聖女さんは、顔をキッと上げて、僕たち全員を見つめるように力強く言葉を放った。



今は無理です(・・・・・・)。ですが、皆さんは必ず元の世界にお戻しします。約束します。」



わぁっ、と歓声が上がる。

いつか必ず帰れるという安堵で涙する女子もいる。


かく言うボクも、小さくガッツポーズを作った。


確かに異世界は魅力的だけど、間違いなく、絶対、元の世界に帰りたくなるはずだ。


見るからに、文明が遅れた世界。

恐らく、剣と魔法のファンタジーの世界なんだろう。

そこにあるのは、魔王率いる魔物たちとの戦争。

血みどろの、血生臭い、闘い。


それを戦争のせの字も知らない、呑気な高校生が関わろうというんだ。


それも、この世界の命運を背負って。


憧れたはずの、異世界転移。

だけど、実際に自分が体験するとなると、想像以上に恐怖と不安が付きまとう。


異界勇者だろうと、僕らは高校2年生。

戦えば、下手すれば死ぬかもしれない。


そんな世界に、来てしまったのだ。


だけど、“元の世界に帰れる” という言葉は、間違いなく僕たちの希望となり、生きる糧となる。


ならば、精一杯期待に応えてみようと思う。



だって。

僕たちは、勇者になったんだから。




「では、これより皆様には “称号” の鑑定を受けていただきます。」


聖女さんがにこやかに告げ、手を指す。

どうやらこの講堂とは別の場所で行うようだ。


「皆様。儂に着いてきてくだされ。」


先導はバルバロッサさん。

皆でゾロゾロと着いて行く。




――その時、どうしてボクは後ろを振り向いたのか。



ふと、気になった。


講堂への先導は、聖女さんだった。

だけど鑑定の場所までは、バルバロッサさん。


わずかな、疑問。


ボクはちらりと、後ろを振り向いた。



そこには、涙を堪えて震える聖女さんがいた。


何かを覚悟した。

そういう表情だった。


だけど、ボクの目線を感じると、すぐに笑みを浮かべて後ろから着いてきた。

その笑みに思わず僕は、池田さんという想い人が居るにも関わらず胸が高鳴り慌てて目を逸らして歩くのであった。



――気付けなかった。


どうして、聖女さんは……ティータさんが、あんなにも思い詰めた表情だったのかを。



その意味を、僕たちはずっと後に知ることになる。



知ってしまう。



彼女の背負った運命と、覚悟と。




―――絶望を。

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