02 腹ペコガール、紛れる
はい、どうぞ。
『ガチャッ』
……はい、どうぞ。
『ガチャンッ』
えー、どういう訳か、ガイコツになった夢を見続けている私こと、アヤカさんです。
ただいま、私と同じようなガイコツさんがゾロゾロと列を作り、私や十数人(人?)のガイコツさんから剣や盾の武器を受け取り、再度、広間に整列しているところです。
のっけから何をしているのかだって?
そんなん私が聞きたいわっ!!
さっき私が目覚めた場所に現れたのは、私と同じガイコツさん×2人と、黒ドクロのお化けさん。
声が出ないけど、たぶん出たら出たらで声帯がブチ切れるんじゃないかってくらい叫んだ私は、思わず腰を抜かしてしまいました。
そんな私の様子を見て首を傾げる2人のガイコツさんと、腕組みをしてなんとなーく呆れた様子の黒ドクロお化けさん。
そのままガイコツさん達に連行されて、この広間にやってきたわけですよ。
さらに絶叫。
いや、声は出ないんだけどね!
だって、だって!
広間には、私と同じガイコツさん達がズラァツって並んでいるのよ!? しかもその数! たぶん千とか二千とかじゃないわ! たぶんその十倍はいるわ!
で、その最後尾に並ばされた私。
マジで怖い。人生でここまでガイコツに囲まれた経験なんて無いし。
いや、普通は無いか。
ある意味レア体験?
うひょぉラッキー! ってなるかいっ!!
で、どうやら私が最後だったらしく、しばらく待っていたら正面の高い壇上に何やら着飾ったガイコツさん達が出てきたのよ。
銀色の鎧にでっかい剣を持っているガイコツとか、さっきの黒ドクロさんよりも立派な紫と金の豪華なマントを羽織った王様みたいなドクロお化けさんとか。
すげぇ、ファンタジー!?
妹みたいにゲームとか漫画とかに詳しくはないけれど(そんな時間があれば料理をするか、何か食べる)、たぶんそういう世界の格好だよね。
だいたい、ガイコツが動いている時点でファンタジーだっての。
ま、どうせ夢だけどねー。
早く覚めないかな、この悪夢。
で、一番偉そうな王様ドクロお化けさんが、並ぶガイコツ軍団に何か叫んでいたわけよ。耳は聞こえるんだけど、直接、頭に語り掛けてくるような? 感じで。
『**************!!』
先生! 全く意味がわかりません!
日本語では無いし、英語でも無い。ニャ、とかリャ、とかいう語尾だったからロシア語? 知らんけど。
てか、たぶんロシア語とも違うだろうな。
で、不思議な事に王様ドクロお化けさんが色々と語った後、ガイコツ軍団が一斉に騒ぎ始めたの!
もちろん彼らも声は出せないのだろうから、足を踏み鳴らしたり両腕をガチガチと打ち付けたりと、全身を打楽器みたいに使って爆音をがなり立てていた。
いやー、驚いた。
たぶんあれ、歓声のつもりなんだろうね。王様ドクロお化けさんも満足そうな声を響かせていたし。
で、その後。私のいる最後尾にガシャガシャと大量の剣や盾が並べられたわけですよ。
何が始まるの? って思っていたら、最後尾ガイコツさん達がどうやら彼らに配る役割のようで、呆然とする私に黒ドクロお化けさんが色々話しかけてきたけど、最終的にはジェスチャーで “配れ” って指示してきたっぽいの。
あ、はい。
配るんですね。
逆らっても良いことはないでしょう。
相手は黒ドクロお化けさんだし。怖いし。
で、今に至る、と。
ガイコツ軍団は整然と並んでいて、流れ作業のように剣を渡し、その横から盾を渡され、そのままさっき立っていた所に整列し直しているんだろうね。
私は位置的から、剣を渡す役割。
で、この剣。
何かあまり重さを感じないんだよね。
普通、剣って鉄の塊に取っ手を付けたものでしょ? つまり巨大な包丁よ、包丁。
包丁ならともかく、こんなでっかい剣を持ち上げてガイコツ達に渡せってか?
無理よ、無理。
生粋のか弱き女子高生にこんな物騒な鉄塊持ち上げられるかっつーの。
と、思っていた時期が私にもありました。
いざ持ち上げてみたところ、包丁並みの重さしか感じず、スルスルと渡すことが出来たのです。
えーっと、さすがは夢の世界だなー。
ただ一点、気になることが!
私の隣で同じように剣を渡しているガイコツさんはちょっと苦労しているっぽい。
まるで、重量上げみたいにゆっくり持ち上げ、少しプルプル震えながらガイコツ軍団に渡している。
よくよく見ると、他の受け渡しチームのガイコツさん達全員が、そんな感じだ。
えっと、あれ? これって?
私だけ、力持ちってこと?
ちょっと待てや、私の夢ぇ!
何で夢の中でゴリラ認定を受けなきゃならんの!?
ゴハンが食べられないってだけで夢から覚めても影響引きずりそうなのに、ここに来てゴリラて!
身体はガイコツ!
パワーはゴリラ!
腹ペコガール、アヤカ見参っ!
あるかいっ、そんな話!
そりゃあ、ミサキよりはパワーあるよ?
ミサキは “ダイエットだー!” って言ってあまり食べない所為か、私より体力は各段に低い。
逆に私はモリモリ食べるけど痩せている所為なのか、エネルギーが有り余っている感じもする。
私は動くのも、運動も好きだからねー。
そこで消費しているのかも。
そう、運動は得意なのだ。えっへん。
よく運動部の子に助っ人を頼まれる程度には得意。
まぁでも、パン屋のバイトが無い日で、“今日はアレを作るぞー!” とか “今日はあのお店のアレを食べるぞー!” という決意が無い激レア休日じゃなければ、基本的に助っ人は断っている。
……彼女たちもそれを理解しているのか、『アヤちゃん、終わったらコロッケ奢るね!』とか『もし勝てたらラーメン大盛り、餃子付き!』と、あの手この手で買収してくるようになってしまった。
ち、違うの、私は純粋に動くのが好きで、頼まれたら断れない性格なのっ!
“基本的に助っ人は断っている” って言ってた?
さぁ、知らんな。ナンノコトカナー?
じゃあ運動部に何故入らないかと言われると、そもそも部活動をする時間があるなら美味しい物を食べる事にリソースを割くのが私のポリシーだからだ。
まず週4日、近所の美味しいパン屋さんでのバイトがある。
私が小さい頃からお世話になっていたパン屋さんなんだけど、ここが焼く食パンとクロワッサン、あと餡パンが絶品なんですよー♪
もちろん、他のパンも全部オススメ。
香ばしいパンの匂いに囲まれながら働ける幸せ。
賄いに余ったパンをいっぱい食べさせてくれる幸せ。
しかも、バイト代までくれるのよ!?
アンビリーバボー!
それも自給が結構良いの!
何でも『アヤちゃんのおかげで売り上げが凄い』だからだそうだ。
確かに、私も頂いたバイト代の2~3割がこのパン屋さんで消費しているからね。
でも、それで売り上げが凄いというのは言い過ぎじゃないかなー?
このパン屋さんは昔も人気店だったけど、今やお客さんが絶えない、超人気店。
そのおかげか、クラスメイトの市川や橘とかだけじゃなく、うちの学校の男子も割と通うんだよね。
私という見知った奴が店頭に立っている所為か、結構、話し掛けてくる。うざいわ!
えー、他のお客様の迷惑になるので買い物がお済になられたらチャッチャとお帰りくださいね、お客様♩
まぁ、そんなお店で幸せバイトが出来る私は、本当に果報者よね。
で、私のバイト代はパンの他に普段の買い食いと、休日限定不定期自宅営業 “レストランテ・アヤカ” 開店のための食材やら調味料やらが主な使い道。
この休日限定レストランテ・アヤカの従業員は私一人に時々ママという名のお手伝いさんがボランティアで入る。
主なお客はママ、パパ、ミサキ、そして私。
ついでに余り物で作ったネコチャン用ゴハンもあるから、飼い猫も常連さん。
対価は感想と次のリクエスト。
パパとミサキは皿洗いなどの後片付け。
まめきちは私にゴロゴロ甘えてくるので、それを対価として受け取っている。
ふふふ、金じゃねぇんだよ、金じゃ。
ツケは身体で払いな!
そんなレストランテ・アヤカは、時折ハナちゃん含む友人たちにも振舞われます。もちろん対価は要求。
熟れ始めを見せる青い果実たる女子高生の身体で対価を払わせるだ何て、鬼畜だわ! ぐひひひ。
まぁ、振る舞った後は私に勉強を教えるとか宿題を見てくれるのでお互い様♩
勉強と宿題は、本当に助かります……。
この料理馬鹿の腹ペコガールは、勉強が苦手。
成績は中の下で、赤点はギリ回避している状況!
赤点取ったら、ママにゴハン抜きの刑に処される!
考えただけでも恐ろしいわっ!
なお、親友のハナちゃんは常に学年3位以内。
1位も取ったことのある程の、超優秀ガール。
ハナちゃん、昔っから成績良いんだよねー。
あと、他の友人たちも成績上位者!
しかも私と血を分けた双子の超絶美人妹こと、ミサキも成績は学年10位以内という秀才なのだ!
可愛くて、おしゃれで、頭が良い。まさに完璧なの、私の妹ちゃんは!
姉の私と違い、ミサキは完璧ガール!
……こんなだから、シスコンって言われるのかな?
普通だよね?
可愛くてオシャレで頭の良くて可愛くて明るく元気な可愛い妹がいたら、誰だってそうなるよね?
私は昔からこうなんだけど。
まぁ、そんな出来た妹を持ち、成績上位者であるハナちゃん達が友達で居てくれる私は凄く幸せ者よね。
食い意地しか無い腹ペコガールの友達で居てくれるなんて……さては、私の料理が目当てだな!?(一度、ハナちゃんに同じ事を言ったら『ソンナコトナイヨー』と棒読みされたのは、とりあえず無かったことにしておこう。)
……なーんて考えていたら、今通り過ぎたガイコツさんが最後の一人だったみたい。
たぶん2~3万はいただろうガイコツ軍団に、剣を全て配り終えたのは少し充実感があるな。
これが肉体なら “良い汗をかいたぜー!” とか言えるんだけど……骨だしなぁ。
ああ、それにしてもお腹空いた。
ガイコツの身でお腹空いたっていうのは、やっぱり夢だからかな?
さすがは私
ブレねぇな。
明日は土曜日だし、朝ごはんは……玉子が残っていたら、エッグベネディクトにしてみようかな。
あ、昨日買ったバイト先のマフィンが残っているから、広めにカットして生ハム添えて、その上にエッグベネディクトを乗せて濃厚なチーズソースをかけたオープンサンドなんか良さそうじゃないかな?
食べにくさが難点だけど、そこはオシャレにフォーク&ナイフで上手に、ね。
あとはパプリカがあったから……。
なーんて献立を考えていたら、
『◎▼*◇**〇!』
黒ドクロお化けさん、怒っているー!?
見たら、私以外の受け渡しチームのガイコツさん達も、配っていた剣や盾を持って列に並ぼうとしているじゃありませんか!?
え、つまり、私もそれを持て、と?
えええー。うら若き乙女にそんな物騒な物を持たせるんですか?
え、あ、はい。ただのガイコツですよね、私。
はいはい、持ちます、持ちますとも! だからそんなドス黒いオーラ出すの止めてもらえませんか!?
慌てて転がる剣と盾を掴む、私。
見ると、それが最後の一個だったのだ。
つまり、この場に居るガイコツ軍団全員分が、キチッと数を揃えて用意されていたという事だ。
やー、何て都合の良い世界でしょうか!
無駄なロスを省く、その精神! 私のバイト先パン屋も、マスターや奥さん達がロス数を減らそうと頑張っているけど、どうしてもロスが生じてしまう。
尤も、ロス商品は主に私の胃袋へ収まるのですが。
それにしても、無駄が無い!
さすが私の夢の世界!
将来、自分のレストランを持つのを夢見る私は、こういう無駄を省くこともしっかり身に着けるべきだよね。うんうん。
『◎▼*◇**〇!』
わぁ、ごめんなさい!
……また怒られた。
どうやら、私は問題児認定を受けてしまったようだ。
すごすごと列に向かって歩く私の後ろを、ふよふよと浮いて着いてくるんだもん!
で、今気づいたんだけど……。
この黒ドクロお化けさん、周囲に結構いるのよねー。
割と等間隔に漂っているというか。
ガイコツ軍団の上司さんなのかな?
何となく、チーム毎を取り仕切る現場主任みたい。
現場主任がどういう役割かは知らんけど。
何となく。ほら、イメージで。
それなら “黒ドクロお化けさん” なんて長く呼ばず、彼(彼女?)は敬意を表して、“主任” と呼ぼう。
いよっ、主任!
……あ、何となくまたドス黒いオーラが。
少々怒りんぼですね、うちの主任。
あ、そうか、問題児が居るからか。
誰かなー、場の空気を乱す問題児はー。
集団行動を取らないとダメですよー?
はい、私ですね。
ゴメンナサイ。
で、またまた最後に並ぶ私。
これが学校なら『またお前かよ……』って居たたまれない空気があるんだけど、さすがガイコツ軍団というか、私が遅れてもガン無視。視界に入ってないですよー、って感じ。
それはそれで寂しいから、ちょっと悪戯でこの握る剣のグリップ部分で小突いてやろうかな……なーんて、考えているわけないじゃないですか、主任!!
なんで、ずっと私の後ろに居るのよ!
そりゃあ、問題児ですけどねっ!?
はぁ。
お腹空いた。
早く夢、覚めないかな。
少し待つと、今度は銀ピカ鎧のガイコツさんが壇上に立った。この人、さっき王様ドクロお化けさんの横に居た人だよな。
銀ピカ鎧ガイコツさん……長いな。
“銀ちゃん” でいいや。
で、銀ちゃんが私達に向けて、何かを話し掛ける。
『*********!!』
そして、また骨と骨を打ち鳴らす歓声。
うーん、どうやら私含めこのガイコツ軍団は自ら声を発したり、相手の脳内に話しかけたりすることは出来ないっぽいな。
もし話しかけることが出来るのなら、さっきの作業中に誰かしら話しかけてきたと思う。
ぶっちゃけ、出来るならすでに私が試している。
ていうか、試したけどダメでしたー!
おかげで皆黙って黙々と作業。
これってアレだね、おじいちゃんの田舎に伝わる謎の学校ルール “無言清掃” みたいだ。
まぁヤイヤイしゃべっていたら主任たちにドヤされていたかもしれないよねー。
まぁ考えても分からないけど、私たちに語り掛けることが出来たのは、主任と銀ちゃん、そして王様ドクロお化けさんのみ。
もしかすると、前に並ぶ派手なガイコツさん達も可能なのかも。
『***!!』
そんなことを考えていたら、銀ちゃんが自分の剣を抜き取り、大きく後ろへ振りかぶった。
……何ということでしょう!
壇上の後ろにある壁が『グゴゴゴゴゴ』と音を立てて、開くではありませんか。これもこの広間を作った匠ならではの技と遊び心がなせるものですね。
って、ナレーションが頭に過るような光景。
それくらい、現実味の無い光景だった。
開いた先は、夕暮れ。
オレンジに輝く空の下、薄く生えた枯れ木に岩や倒木が転がり、奥には大きな山が見える。
すると『ブオオ~~』とどこかで聞いたような音。
戦国時代の法螺貝よりも、少し甲高い音。
な、な、何ていうことでしょう!
夕日に向けて、ガイコツ軍団が行軍を始めるではありませんか!
えっと、私もこれに着いて行けってことだよね?
あ、はい主任。着いて行きます。
着いて行きますとも!
◇
しばし夕暮れの外を歩く。
後ろには主任がいるから怖くて振り向けないけど、何となく日本じゃないっぽい景色が続いている。
そうなるとさっきまで私が居た建物が気になるな。
どんな建物だったんだろ。
まぁ後で戻ってくるだろうし、それで見れば良いか。
その前に夢から覚めたら見られないけど。
で、さらに歩く。
あたりが暗くなってきたところで、草原のような広場に着いた。
と、思いきや行軍が止まった。
何やら、皆さん広がっていますね。
あ、はい。私もそれに倣えば良いんですね。
はい、分かりまs『ギシイイイイッ!!』
え!? 今の何っ!?
今まで聞いたことの無い、けたたましい音。
強いて言えば、おじいちゃんの田舎で鳴いていた虫の羽音みたい……な……。
はわっ、はわわわわ。
私の、見間違え……じゃないよね!?
並ぶガイコツ軍団の、わずか先。
同じように、草原に並ぶ兵士のような人影。
薄暗い中でもはっきり見えるギラギラした銀色の剣。
そして、丸い盾。
問題は、それを持っている連中の姿だ。
背を丸めたみたいに、やや傾いでいる体。
肩があるようには見えないけど、身体の前方から伸びる腕が、剣や盾を握る。
足は、人間のように踏みしめる太い脚ではなく、細い、棒切れのようなものが身体を無理矢理立たせているようにしか見えない。
全体的に、楕円にしか見えない。
薄暗いなかでも、その黒さが際立つボディ。
その姿。私の記憶が確かなら……。
全ての料理人や、料理人を志す者の、敵。
――いや、むしろ日本人の大半が奴等を敵とみなしているだろう、生物。
様々な駆除グッズが世に溢れ、1匹見かけたら30匹は居ると思えの、奴ら。
そう、人は奴らを “G” と呼ぶ。
うわああああああっ!?
キッショ!
『ガチガチガチガチガチ!』
『ギシシィィィィィィ!!』
骨軍団と、G軍団、双方から響く轟音。
同時に、脳裏に響く、あの声。
『***!!!!』
ガイコツ軍団は、G達に向かって……。
一斉に駆け出した!!
ホワイッ!?
どどどどど、どうしたの!?
戸惑う私。
理由は簡単。
ガイコツ軍団とG軍団が、争いを始めたから!
うーわ。
なにこれーー!?