Side.A04 平凡男子、迷う
『えーん! えーん!』
――どうしたの?
『ママァ! パパァ!』
――ああ、逸れちゃったんだね。
『えーん!』
――ほら、ここを見て。
『ひぐっ、う……』
――……、ジャン!
『わぁ! 可愛い!』
――これ、君に上げるよ。
『ありがとう、おにいちゃん!』
――さぁ、ママとパパを探しに行こう!
『うん!』
『ありがとう。……アキラ君。』
・・・・
・・・
・・
・
「……あれ? ……ここは。」
目が覚めると、そこは見慣れぬ天井。
薄い膜のような天幕に覆われた半透明の布の先に見える天井は、僕の部屋とは違う、木材と漆喰で出来た綺麗なものだった。
――ああ、さっきのは夢か。
懐かしい夢だったな。
僕が小学校5生年の時、郊外のショッピングモールで迷子になった女の子を連れて、お母さんとお父さんを一緒に探して歩いたんだっけな。
どうして、その時のことを夢見たんだろう?
それはそれとして。
ああ、やっぱりこっちは夢じゃ無かった。
見慣れぬ天井。
豪華なベッド。
大きなカーテンの隙間から覗く、不思議な景色。
嫌でも、ここが異世界だって理解出来る。
そう、僕は大半のクラスメイトと両隣のクラスの人達、全28人で同時にこの世界に召喚されたんだ。
復活する7体の魔王を討つ、“異界勇者” として。
◇
「よぉ、アキラ! よく眠れたか?」
着替えが終わり部屋を出たら、同じように起きてきた親友の田辺とバッタリと出くわした。
と思いきや、突然「ブフーッ!」と盛大に吹きだした!
「お、おまっ! 似合わねぇ!」
「うるせっ! 田辺こそ、全然似合ってないわ!」
それは、僕らが今着ている服だ。
こっちの世界に召喚された時は、青渚学園のブレザーであったが、文字通り着の身着のままの召喚であったから、服が無い。
そこでメイドさん達が用意してくれたのが、僕らのそれぞれのサイズに合ったこの世界の服。
意外や、元の世界の服とさほど変わりが無かった。
普段着として渡されたのは、襟の大き目のワイシャツにチノパンみたいなズボン、そして宝石のようなボタンが施された上着。これが数着。
問題は、今着ている服だ。
一言で言えば、白い礼服。
これに加えネクタイの文化は無く、代わりにスカーフのような布を首に巻き付けている。……そう言えば、現代にもこんな感じのメンズスカーフが有った気もするけど。
まぁ、ぶっちゃけ派手だ。
顔の薄い日本人に、こんな服装が似合うか!?
正直、痛々しい。
「はよー……って良かった。オレだけじゃなかったんだな。」
僕と田辺が互いを罵り合っていたところに、眠たそうな表情でもう一人の親友、篠原がやってきた。
当然ながら、彼も白の礼服姿だ。
どうやら、“本当にこの服を着るのか?”、“もしかしてオレだけハメられた?” と疑ったんだろうね。
安心しろ、篠原。
それは僕も田辺もおんなじことを思ったよ。
「珍しく眠そうじゃね、篠原?」
田辺が今だ目をこする篠原に厭らしい笑顔で尋ねる。
うざそうに、手をパパッと払い除ける篠原。
「むしろ、お前らが清々しいのが不思議だよ。……こんなわけわかんねぇ所で、眠れたのか?」
どうやら、篠原は不安や興奮やらで良く眠れなかった様子だ。
「あー? だってせっかくの異世界だぜ! 興奮したけど、うるさい姉貴たちや妹たちも居ないから、いつも以上にグッスリだったわ。」
腕を組んでドヤ顔で告げる田辺。
女系大家族で、男子一人。
相変わらず苦労しているんだな。
「僕もしっかり眠れた。色々考えても仕方ないし。」
「はー! さすが聡明なアキラ様ってもんだな。あの超絶美人の聖女サマに認められただけあるってか。」
篠原が何かを口にする前に茶化す田辺。
「そ、それは関係ないだろ!」
「あー、オレも身体と精神に何かすっげぇ称号が出ないかなー。そうすりゃ、あの聖女サマもオレに……ぐふふふ。」
怪しい笑みを浮かべる田辺に僕も篠原も呆れ顔だ。
こいつはうるさい割に小者感満載。
そして妄想が激しい。
異世界に来ても相変わらず。
まぁ、だからこそ田辺ってもんだ。
「あー、胃が痛い。」
間も無く食堂。
眠たそうなのに加え、お腹を押さえる篠原。
まぁ、その気持ちは分からないわけでもない。
「お、どうした篠原? クソし忘れたか?」
「違うわ! 田辺、とりあえずお前黙れ。」
能天気の田辺と違い、篠原は割と臆病。
勉強は出来る方なんだけど、テスト前とかよく緊張で腹を下すことがある。
そんな彼の、痛む胃。
その原因は……そう、朝食後のアレだ。
「噂の聖王さんと面会だからね。緊張するっしょ?」
「ひやぁ!」
「うふぇぃ!?」
「ふぁぁ!」
僕たち、モブ男子3人がそれぞれ絶叫に似た声を上げてしまった! その様子に、「はぁ?」と眉間に皺を寄せる、絶対的美少女。
「……なにその反応?」
「あははははは! そりゃ突然、ミサキに声かけられりゃ誰だって驚くわ。」
大笑いするギャル、野崎さんに更に睨む、その女性。
僕らが通う青渚学園、全校生徒一の美少女、学園最大派閥の最強アイドル。
森盛 実咲さんだった!
「酷いわー。バケモノ扱いかい!」
「あははははははははは!」
ムッスー、と頬を膨らませるミサキさんに、大笑いする野崎さん。
うわー! 何で、何で!?
僕らのような空気的モブ男3人組に、何故、青渚学園が誇る美少女ギャル2人組が声を掛ける!?
あ、これも夢かな?
……いや、現実だ。
現実だから、気を大きく持て、特に篠原。
「ま。朝ごはんの後にはいよいよこのクロスフォード聖大国の王様、聖王さんとのご面談だからねー。ところで、杉本君。」
「は、はいっ!」
ニコッと笑ってミサキさんが告げるその名。
ボ、ボボボボ、僕!?
「貴方、よく分かんないけど凄い称号持ちだからね。市川以上に期待を吹っ掛けられるかもしれないけど、気軽に行こうねー。」
長い爪の手の平をヒラヒラさせ、僕の肩、おおおおっ、ポン、と、ポンッと叩きましたよ!?
あの、この、全校美少女のミサキさんが!!
「あと、クソくらいしてきなよね、篠原君。」
「ひっ! あ、や、はははははい!」
顔を茹蛸みたいに真っ赤に染めて返事をする篠原。
そりゃ無理もない!
だって篠原はミサキ派なんだから!
推しにこの近距離で、しかも笑顔で話しかけられたら誰だってそうなるって!
……たとえそれが、下品な話でも。、
「それと田辺君。」
「ひょ、は、はいっ!」
「……そのスカーフ、裏表逆じゃね?」
えっ……、という呟きと沈黙。
それを破ったのが、
「ぎゃはははははははははは!!」
涙目で指さし、大笑いする野崎さん!
田辺は、カーッ、と顔を真っ赤に染め、強引にスカーフを外そうとするが。
「うげっ。」
馬鹿っ! 田辺、馬鹿!
勢い余って、何で自分の首を絞めているんだよ!
「ぎゃははははは! ひー! ひー! 苦しぃー!」
野崎さんはそんな田辺の様子にお腹を抱えて大笑い。
「が、げほっ! う、う、うるせぇ、マコ!」
「ひー!! もうだめー!!」
何とかスカーフを外した田辺だが、焦りと緊張からか今度はうまく巻けない。
その様子に更に大笑いの野崎さんに、益々焦る田辺。
篠原は……あ、完全にミサキさんに身惚れている!
「はぁ、あー、笑った。ほら、セーイチ。よこしな。」
「はぁっ? って、おい、マコ!」
未だ涙目で半笑いの野崎さん。
田辺からスカーフを奪って、何と、首に巻いてくれている!
「お、お、おい……。」
「ったく。世話の焼ける奴だわー。プッ、ククク。」
丁寧に巻きながらも、笑いを堪える野崎さん。
正直、羨ましい。
前に聞いた話しだと、田辺と野崎さんは小学校6年間同じクラスの幼馴染のような関係で、さらに野崎さんは田辺のお姉さんたちや妹たちとも仲が良いらしい。
ただ、野崎さんは中学受験で難関の青渚学園に進学し、田辺は公立校へと進学したから、中学の3年間は別々。
尤も、そこで僕や篠原は田辺と出会って、互いに親友同士となったわけだけど。
高校進学で久々に再開した二人。
野崎さんが、ビックリするくらい可愛くなっていて、そして派手なギャルになっていたことに田辺は腰が抜けるほど驚いたそうだ。
田辺曰く『小学校では地味系だった』とのこと。
まぁ、思春期を自由な校風で有名な青渚学園で過ごせば、垢抜けるのも無理はないと思うけどねー。
「これでよしっ、と。」
野崎さんは田辺のスカーフを巻き終え、手をパンパンと叩きながら満足そうに笑う。
おお! 何かさっきよりもピシッとしてちょっと格好良い!
良かったな、田辺。
「べ、別に礼なんて言わねぇぞ! 笑ったしな!」
「あー、別にいいよ。てかアンタがお礼なんて、槍でも降られたら困るしー。」
「て、てめっ! マコ!」
空気モブの僕らの中で、唯一スクールカースト頂点の野崎さんと気軽に憎まれ口を叩き合えるのが、田辺だ。
だけど……。
「よかったじゃん。田辺君、さっきよりも恰好良いよ?」
そこにミサキさんがいると、別だ。
息を飲むように声を詰まらせ、田辺は小さく「あ、ありがとうっす」と呟く。
さっきまでの勢いはどうした。
「さーて、笑ったしお腹空いし! 早く行こうか、ミサキ。」
「うん。」
ミサキさんと野崎さん、僕らに手を振って行ってしまった。
向かう先は同じ、食堂なんだけど……。
一緒に行けるわけがないでしょ!?
相手は青渚学園の頂点女子‘sだよ!
それよりも!
バッ!
周囲を見渡す。
良かった、誰も居ない。
「ミサキさん達とあんな風にしゃべっていただなんてバレたら、先輩たちに睨まれるしなぁ。」
思わずぼやいてしまう。
それが現実。
彼女らに気軽に話せるなんて、極一部のイケメングループくらいだ。
こんなモブ男子が仲良くしても良い道理は、無い。
が。
「……いや、いいんじゃね? ここ、異世界だし。」
ボーッ、と顔を赤くしたままの篠原が呟いた。
「そうだ。ここ異世界だし。オレらしか居ないし。」
直されたスカーフをちょいちょい触る田辺も
心無しか嬉しそうだ。
――そうだ、この世界に転移した “異界勇者” は僕たち28人しかいないんだ。
たったこれだけのメンバーが手を取り合い、正体不明の7体もの魔王を、相手にしなければいけないんだ。
◇
「さぁ、皆様。ご準備はよろしいですかな?」
薄く青色に輝く豪勢な鎧を纏った紳士、聖王軍総大将バルバロッサさんが、揃った僕たちに目配せをした。
「ええ。全員揃いました。」
代表して答えるのは、すっかりリーダーとなった市川君。本来なら僕たちのクラスの学級委員長、辻さんの役目なんだろうけど……。
その当の本人は色んな面で『市川君よろしくー』と完全に丸投げしているからなぁ。
「では……。」
姿勢を正すバルバロッサさんが僕たちの前に進むと同時に、開かれる大きな扉。
「異界勇者様たちの御入場でございます!!」
一礼をし、大声で叫ぶバルバロッサさん。
同時に鳴り響く、ファンファーレ。
そして、ファンファーレに負けじと響く、大波のような拍手。
な、な、なんだこれ!?
青い豪華そうなカーペットの両脇には、沢山の着飾った人々。
つまり、クロスフォード聖大国の要人やら貴族さんたちやらか。
鳴り響くファンファーレと拍手の波の間、真っ直ぐ前へと進むバルバロッサさん。
その後に続く僕らは、ガチゴチに緊張しっぱなしだ!
両脇にはまさに紳士淑女の皆様。
「おお!」「これが伝説の!」と拍手の合間に聞こえる感嘆の声。
ダメだ、緊張と恐怖でそちらへ目を向けられない。
チラリと前を歩くミサキさんへ目を向ける。
流石に肝が据わっているというか、野崎さんと一緒に「やほー」「どもー」とか笑顔で応えている。ミサキさんの隣を歩くヤンキー橘君でさえ、ガッチガチに固まっているというのに!
「よくぞ、我らの呼びかけに応えてくださった。異界勇者の皆様よ。」
ブルーカーペットの先。
にこやかにほほ笑む聖女ティータさんの隣に座る、長い銀髪に王冠を被った赤マントに身を包む “ザ・王様” って人の前で、僕たちは立ち止まった。
バルバロッサさんが跪いたので、それに倣い先頭の市川君も膝を着こうとしたが、
「良い。こちらが貴方たちをお呼びしたのだ。そのままで結構。」
彼は優しく微笑み、膝を着こうとする僕らを止めた。
「儂はこのクロスフォード聖大国を治める、デルガス・フォン・クロスフォード・ランザード39世と申します。聖女ティータの秘術により貴方たちをお呼びしたのは、この儂でございます。」
彼がこの国の王様、“聖王”
そして、ティータさんのお父さん。
聖王ランザード39世。
……39世!?
王政がそんなに続いているなんて、さすが異世界だ。
「さて、ティータや総大将バルバロッサからすでにお伝えしたように、この世界こと “ミルティシア” は未曽有の危機に晒されておる。その元凶こそ、魔王。」
笑みを諫め、真剣な表情で告げる聖王さん。
僕らは、本物の王様を前に、これまたガチーンと固まってしまっている。
だって、湧き出る威厳やオーラが半端ないよ!?
王様っていうからお爺さんを想像していたけど、見るからに強そうな筋肉隆々の激渋オジサマだったとは!
いや、髭を蓄えているからオジサマに見えるけど、実際はかなり若いんじゃないかな? 40代……下手したら、30代?
正直、すっごく恰好良い。
そんな聖王さんだが、顔を顰めた。
え……?
「伝承では、魔王を討てる人間は貴方たち異界勇者のみ。異世界の住人の、しかもこのようにまだ若い皆様にそんな危険かつ大役を与えてしまうこと……。」
聖王さんは立ち上がり、深々と頭を下げた。
「この世界の住人を代表し、陳謝します。」
ザワワッ、と広がる同様。
それは僕たちだけじゃない。周囲の人たちもだ。
まさか、王様が僕たちに頭を下げるなんて!?
その恰好のまま、聖王さんは続ける。
「ですが、魔王を追い詰めること、配下を討つことは我らでも可能。全てを貴方たちに背負わせることはせん。このクロスフォード聖大国もそう。同じレルヴィス大陸にある大国、レルヴィス帝国も、ダンダロス王国も、軍を投入し貴方たちと共に戦うことをお約束する。」
――聖王さん、本当に良い人なんだろうな。
何となくだけど、分かる。
彼や、彼らから見た “異界勇者” は、まだ子供だ。
それも、彼らから見て別世界の住人である僕たち。
いくら人間の手で魔王を討てるのが異界勇者だけとは言えども、別世界の子供たちにその命運を背負わせることなど、大人として、一国の主として、思う事が沢山あるんだろうな。
そんな彼の苦渋の思いが、ひしひしと伝わってくる。
「頭をお上げください、聖王様。」
僕たちを代表して、市川君が話しかける。
「確かに……突然の事でまだ理解が追い付いていませんし、この身に宿った称号やらスキルやらも、理解が出来ていません。それに、見てのとおり私たちはまだ高校生です。」
頭を上げる聖王さん。
“高校生” って言葉、分かったのかな?
だけど真剣に市川君に向き合っている。
「しかし、貴方や聖女様がおっしゃるとおり、魔王とやらを討てるのが私たちだけというなら、この世界のために出来る限り力になろうと思います。」
「おおっ!」と周囲の貴族さんたちから声が上がる。
少し、聖王さんもティータさんもホッとした表情だ。
「ですが。」
そう、僕たちは昨夜の晩餐会の後、そして朝食の後に話し合った。
“これだけは譲れない” という、条件を。
「私たちには、貴方たちから見た異世界に、家族や友が居ます。」
息を飲む音が聞こえ、沈黙が支配する。
「そこの聖女様……ティータ様が約束してくださいましたとおり、私たちを、必ず元の世界へとお戻しください。」
その言葉に、聖王さんは目を見開き、隣に立つティータさんを見た。
え、何だ、その反応?
だがそれは僅か一瞬。
すぐに聖王さんは、市川君を始め、僕たちを見た。
市川君は、続ける。
「そしてもう一つ。異界勇者というこの世界の命運を掛けた存在ではあるかもしれませんが、本来、私たちから見てこの世界は故郷でも何でもない、全く持って無関係な場所です。出来る限りとお約束はしますが、私たちは、この世界のために命を賭ける気も無く、また命を賭してまで戦うつもりはありません。」
再び広がる、ザワザワとした声。
今度は動揺が広がっている。
「完全な保障は無理かもしれませんが……最大限、私たちの心身をお守りいただくようご配慮ください。」
「そ、それはもちろんだ!」
すぐさま応える聖王さん。
僕たちのわが身可愛さもあるけど、聖王さんたちこのミルティシアの人々からしても、こちらの身の安全を守ることは恐らく最重要課題になってくると思う。
良くも悪くも、魔王を討てる人間はここにいる28人の異界勇者だけだからだ。
追加で異界勇者を召喚できるかどうかは分からない。
ただ、何となくだけどティータさんの “魂の称号” からなる異世界転移の召喚術。
そんな莫大な魔術をバンバン使えるわけがない。
そうした点を、オタク的知識に乏しい市川君に僕を始めオタク組が説明したところ、彼自身も納得した。
――もし補充が可能なら、僕たちの身の安全なんてさほど必要ない。
きっと、使い潰しの利く駒として、即座に魔王討伐という危険な任務に送り込まれるだろうからだ。
だけど、他に異界勇者らしき人物が居るようにも見えないし、ティータさんや今の聖王さんの反応から、間違いなく補充は不可能、もしくはかなり厳しいと見て取れる。
――それを、市川君の隣にいるオタク組、中島君がこっそりと告げた。
卑怯なのかもしれない。
僕らに与えてくれる高待遇に彼らの善意を、踏み躙る行為かもしれない。
けど、これだけは譲れない。
いくら憧れた異世界転移であっても。
――死んだら終わりなんだから。
“こんな世界で死ぬわけにはいかない”
それが、僕たちの共通する最低限の条件だ。
「皆の者、今、勇者様が告げられたとおりだ。儂らの世界の危機のくせに、儂らにその力が無いばかりに異世界の若者の手を借りなければならないという、なんとも情けない事実を恥じよ! 勇者様たちの身の安全はこの聖大国だけでなく、レルヴィス大陸のみならず、ミルティシア全土で貫かねばならぬ事だ! さもなければ、伝承にある魔王の猛威が、我ら人の身に降りかかるぞ!」
聖王さんの叫びに、「ひぃ!」「お、お守りいたします、異界勇者様!」と怯えたような声が、異口同音、貴族さんたちから次々と漏れる。
“守って貰える”
そういう意味で捉えたメンバーは、安堵の表情やらまるで下卑するような表情を浮かべるなど、いずれにせよ身の安全がある程度確保されたことによる喜びを現した。
僕は、全くの逆だ。
伝承の魔王って、そんなにヤバイのか?
見ず知らずの、青臭い子供である異界勇者の僕たち。それを、まるで我が身のように次々と「お守りします」と漏れる貴族さんや、周囲の騎士さんたちなど。
怯え、震え、恐怖が止めどなく溢れる。
それはつまり、“1,000年も前に存在した魔王を異界勇者が倒した” という伝承に加え、“魔王という存在が、いかに恐ろしいものか” も伝わっている証拠だ。
伝承というものは、正確性を欠くもの。
そう、思っていた。
しかし、伝承通り1,000年後に魔王は復活した。
そして魔王を討つべく伝承通り異界勇者を召喚した。
つまり、伝承が一定の正確性を持っていることに他ならない。
これは、まずい。
僕たちがまず知るべきは、その “伝承” についてだ。
“7匹の魔王”
昨夜聞かされた、復活した2匹の魔王の存在。
“強欲の魔王” ガレオラ
幾千、幾万の “蟲” を生み出す、強欲を統べる者。
レルヴィス大陸の隣、“陽の昇らぬ黄昏と暗闇の暗黒大陸” ことダクラシア大陸に棲むという。
そして、“嫉妬の魔王” イリス
幾千、幾万の “骸” を生み出す、嫉妬を統べる者。
ガレオラと同じくダクラシア大陸に棲むという。
これを聞かされた時、僕やオタク組は吹き出したり、呆れたりした。だって、向こうの世界の “七大罪”、そのままだったからだ。
『残る5匹は “傲慢”、“色欲”、“憤怒”、“暴食”、“怠惰” だろうね』
『さすが異世界、安易だなー』
……なんて思った昨夜の自分を、殴りたい。
復活した2匹の魔王が、同じ大陸に居る。
そして、すでに “覇権争い” を始めているそうだ。
これは、まずい。
魔王視点で言えば、他の魔王が復活する前に、自らを進化させる “餌” が目の前にぶら下がっているようなものだ。
もし、他の魔王が復活する前に “敵対する魔王” を討ち取りさえすれば、そこで得られる軍勢、魔王本人の力は、これから復活する魔王なんかよりも遥かに強大になる。
それがどれほどアドバンテージを持つことになるか。
どれほど人類にとって脅威になるか。
……まずい。
これは、本当にまずい。
僕が魔王なら……。
敵対魔王を倒した瞬間、人類に牙を剥く。
これから復活する後発の魔王をさらに追い詰めるため、人類という “餌” を食い荒らし、さらなる力を得ようとするだろう。
それも、狙うならここクロスフォード聖大国だ。
召喚された異界勇者は、召喚されたばかりで力の使い方を知らない。
しかも現代日本で育ったから、人や動物を殺すことに強い禁忌感を持つのが大半だ。
その情報があろうと無かろうと、異界勇者が力を付け手に負えなくなる前に駆逐する。
それは逆に、僕たちにも言えることだ。
魔王が敵対魔王を討つ前に、僕らが総出で1匹でも魔王を討てれば、当面の問題は無くなる。
――人間の、僕たちの、犠牲を厭わなければ。
だがその可能性は、たった今、潰えた。
その作戦の要であり、今なら奇襲による総力戦も仕掛けられただろうに、それを僕たち自ら潰した。
我が身の、可愛さから。
だからこそ、僕たちは知るべきなのだ。
伝承のこと。
魔王のこと。
この身に宿る称号に、スキル。
そして、未だ判明していない “固有スキル” のこと。
情報が欲しい。
それも、すぐにだ。
◇
「どうでした、お父様?」
異界勇者との謁見を終え、私室に入った聖王。
豪華な椅子に腰かけ、紅茶を啜りながら一息する彼は、尋ねてきた一人娘こと、聖女ティータの投げかけに静かに答えた。
「不安でしかない。」
魔王を討てる人間、異界勇者。
だがそれは、年端もいかぬ若者だった。
そして告げられた条件が、身の安全。
確かに、突然異世界に召喚された彼らからして見ればたまったものではない。
代表の、“天命” の異界勇者 “ユイト” から告げられたとおり、部外者であり自らの命を賭してまでこの世界のために戦うなどしないだろう。
しかし。
即ち、この世界の人間に死ねというものだ。
死に物狂いで魔王の配下を討ち、死に物狂いで魔王を彼らの前に引っ張り出す。
そして、その首を彼らの手で刎ねてもらう。
――無理だ。
聖王軍、帝国軍、王国軍。
レルヴィス大陸の人間の結集に、別大陸の国の軍隊を総動員しても、魔王軍勢を相手に出来るかどうか怪しい。
伝承通りなら、その力は桁違い。
この世界の人間も、異界勇者も、共に戦い、共に成長し、命を賭して立ち向かわねば悍ましい伝承の魔王と魔王の軍勢に敵うはずがない。
だが、告げられたのは “心身の安全”
これでは、魔王を討つどころの話ではなくなる。
むしろ、“異界勇者召喚成功” という事実によって強く結束しようとする、聖王軍、帝国軍、王国軍といった各国軍勢の士気にも強く影響が出る。
人類が結束せんと躍起になるなか、まさに冷水を浴びせる行為だ。
それも、召喚を成功させたクロスフォード聖大国となると、結束どころか各国からの非難の嵐に晒されるだろう。
「……それは、何とても避けねば。」
ポツリと呟いた聖王は、ティータを見る。
「引き続き、彼らの説得を頼む。」
聞けば、娘である聖女ティータには比較的心を開いている異界勇者が数人いるらしい。
そうした者たちの心を掴み、彼らから仲間である同郷の異界勇者の説得を試みる、という腹なのだ。
そのための “餌” はいくつかある。
まず。この世界の者にとって当たり前の、称号とスキル。異界勇者たちは、まだその全容を把握しきれていないはずだ。
その力に気付かせつつ、上手くおだて、乗せることが出来れば、狂戦士のように戦ってくれる者も出てくるかもしれない。
そうした者を中心に、魔王と戦う。
だが。
“異界勇者、全員の命を守る”
(それは……無理だ。)
何故なら、伝承の1,000年前。
当時、召喚した異界勇者は30人。
人類が総決起し、異界勇者たちと手を組み、魔王や魔王の軍勢と数年に及ぶ戦争の末、“覇王” となった魔王と向かえた、最後の決戦。
その “覇王” を討ち取ったのが “天命の勇者”
そして、共に戦った異界勇者、“大賢者” と “光の魔女”
最後の戦いの時点で、生き残りは3人。
しかし、その戦いで大賢者は命を失ったと伝わる。
つまり最終的な生き残りは、たった2人。
そして、その2人が元の世界に戻ったという伝承は無い。
異界勇者を支え、自らも人間の軍勢を引き連れて魔王軍と戦ったという建国主、初代聖王からの口伝でもその事実は伝わっていない。
だが、元の世界に戻す方法はある。
しかし、それには――。
「ティータ。」
改めて聖王はティータを見る。
「お父様。」
しかし、聖王が告げる前に、まるで諫めるようにティータは首を横に振った。
自身の父である王が、何を考え、何を告げようとしているか、ティータははっきりと理解しているからだ。
「例え貴方と袂を分けようとも、私は彼らを元の世界へ返します。」
真っ直ぐと告げる彼女に、聖王は飛び跳ねるように立ち上がった。
「し、しかし!」
「私は貴方の娘であり、この国の王女です。……ですが、それ以前に。私の魂に授かった称号は “聖女” です。私は聖女として、この身を、この世界のために犠牲となってしまった彼らに捧げる所存。」
「ティ、ティータ……。」
「私はすでに “異界勇者召喚” の儀式で、この身に宿す大半の命を削りました。……例え、“送還” の儀式でこの命を失おうとも、彼らを犠牲者にはいたしません。」
それだけ告げ、一礼しティータは聖王の私室を出た。
一人残った聖王。
わなわな、と全身が震える。
「ティータ……。世界の礎として、すでに命を削らせてしまった哀れな我が娘よ。……させぬ。そんな、惨たらしい未来など、可愛い娘に背負わせてなるものか。」
彼もまた、聖王である前に “父” である。
誰も居ない部屋の中。
――後に、愚王と罵られようとも。
彼は、決意を固めた。
◇
「思いのほか、すぐ手に入ったな。」
夕方。
間もなく夕食となる時間の前、僕は聖王城の王立図書館から1冊の本を借り出して部屋に戻るところだった。
この世界で、最もポピュラーな伝記。
1,000年前、召喚された異界勇者とこの世界の人々が手を取り合い、魔王という理不尽な存在を駆逐した伝承が掲載されている本だ。
聖王さんとの謁見で、あれだけ多くの人々が恐怖している魔王という存在。
異界勇者に頼らざるを得ない、事情。
討伐出来なくても、魔王に力がなければ脅威ではない。
世界にとって脅威だからこそ、この世界の人々は魔王に怯え、僕らは召喚されたのだ。
だからこそ、僕は、僕らは、魔王について知る必要がある。
そのために借りてきたのがこの伝記だ。
こっちの世界でも、本を読むに不自由は無い。
なんたって、異界勇者のスキル “言語理解” でこの世界の文字や言葉はばっちりだ!
むしろ、元の世界の文献よりもスムーズに理解出来るのがポイントだ
どうやら表現や難しい言い回しがあったとしても、“言語理解” が僕らの理解力に合わせて翻訳してくれるみたいなんだ。
うーん、ますます都合の良いスキルだな。
むしろ、この言語理解だけは元の世界に戻れても、使えたままでいて欲しいなぁ。
このスキルだけで世界中の言語に対応したバイリンガル状態だし、スキルの特性上、未だ解明されていない古代の言語や謎の手記なども解読できると思う。
この言語理解だけで、一攫千金も夢じゃない。
何とか持ち帰れないかな!?
って、ん?
あれは……。
「なあ、ユイト。お前は怖くないのかよ?」
「……怖いさ。」
僕たちが生活する宿舎には、いくつか憩いのスペースがある。
そのうちの一つ、広大な森に面している “森林浴コーナー” (命名は学級委員長の辻さん)で、市川君と橘君が2人きりで何やら神妙に話している。
思わず、壁際で隠れる。
……って何でこんな盗み聞きするような真似を!?
僕らは仲間なんだ。堂々とすれば良いのだろう、けど……。
「オレも……すっげぇ怖い。」
あの、気の強いヤンキー橘君とは思えない、弱気発現。
嘘だろ? あれ、橘君??
「聖王サンに会った時さ、お前がオレ達の命は守ってくれって言ったけどさ。見たかよ周りの連中。明らかにホッとしていたけど……オレは逆だ。この世界の連中のあの怯えっぷり。絶対にやばいぜ、魔王ってやつは。」
弱音を漏らす橘君も、どうやら僕と同じ結論に至ったようだ。
彼、見た目や態度はまさにヤンキーだけど、一応は難関名門校の青渚学園に入っただけはあって、頭は相当良い。
ぶっちゃけ、僕なんかよりも成績優秀だ。
だからこそ、あの恰好に態度を取っても、教員はアレコレ言わないし、言えないんだ。
まぁ彼は硬派な男だから、虐めとかパシリとかそういう陰湿な事は絶対にしない。彼が心底惚れこんでいる、ミサキさんがそういう行為を全面的に嫌悪しているということもあるだろうけど……。
硬派な橘君が、あんな弱音を吐くなんて見た事が無い。
だけど、そんな橘君の肩に手を乗せ、市川君は笑顔を見せた。
「それでも、ボクたちが成長してその魔王とやらを倒せるようになるまで身の安全は約束してくれたんだ。それを信じて、為すべきことを、為そう。」
「ユイト……。」
「さ、もうすぐ夕食だ。昨日も凄く豪華な料理が出たんだ。今夜も楽しみだな!」
わざとらしくお腹を押さえて屈む真似をする市川君。
あれって、あのポーズって。
「ったく! オメーもいつの間にかメシメシ言うようになったな。それ、アヤカの真似かよ!?」
「あははは! アヤカさんはいつも美味しそうにゴハンを食べているからね。あれを見ちゃうと、こっちまでお腹が空いてくるよ。」
「そうじゃねえだろ? お前の場合……。」
「おーっと。それは言わない約束だろ、シュンタ。」
この世界に転移していないミサキさんの姉、アヤカさんの真似をして茶化し、じゃれ合う二人。
どうやら橘君も気が紛れたようだ。
って、まずい! こっちに来る!
ひとまず……うん、逃げよう!
◇
って、あれ?
ここはどこだ?
僕たちのいる宿舎は、かなり広い。
今いる1階のフロアはお城にも繋がっていて、きちんと教わった通路を通らなければ迷子になってしまう。
今の僕のようにね。
わー! 本当にここはどこだ?
とりあえず、メイドさんか騎士さんを捉まえて尋ねよう。
って、あれ?
「いやー、昨日に引き続き良いモノを見たでござるなー。ミサキ氏ぃ。」
「でへへへへ。やはりユイト×シュンタの絡みは最高ですねぇ、マコト氏ぃ。」
「おおっと、そこはシュンタ×ユイトでしょ!」
「いやいや、ユイト×シュンタだって。」
は??
何しているんだ、あの二人?
通路の先、ホテルのフロントロビーのようにソファやテーブルが並ぶ一角、そこの大きな窓から外の森? を眺めながら何かをボソボソと話し合っているのは。
ミサキさんと、野崎さんだった。
窓の外側を覗いてみると、対面側に “森林浴コーナー” がちょっと見える構造だった。
つまり、さっきまで市川君と橘君が居たところだ。
そうか、じゃあここから真っ直ぐ、ぐるっと回り込むように進めば元の場所に戻れるわけだな。
とりあえず、あの二人と下手に絡むと男子たちからの嫉妬やらやっかみやらで面倒臭いから、このまま静かに退散……。
「だーから! シュンタがオラオラ攻めで、ユイトがM受けで!」
「ちがーう! 逆だよ、逆! 意外やユイトがS攻めで、シュンタがM堕ちするの! 想像してごらん? あのオラついている橘が、市川に責められて涎垂らしながら……。」
は、へ……えっ?
ええええええっ!?
何言っているの、このギャル二人は!!
『ドサッ』
ふぁっ!?
しまった、余りの驚きに借りた本を落としてしまっ……。
「!?」
「!!」
「ひぃっ!?」
「「すーぎーもーーーとーーーー!!」」
ひぎゃあああああああああっ!!