13 腹ペコガール、腕を揮う
「無礼者! 跪かぬか!」
王様の怒声が響くけど、それどころじゃない!
何なの!?
その黒焦げの物体は!
豪華な銀のクロッシュが持ちあげられ、これまた豪華な銀のお皿に盛られたのは……真っ黒焦げとなったナニカ。
それを料理と呼ぶ? 呼べるかー!
……もしや、そういう料理かな? と一瞬考えたアヤカさんですが、それは無いと判断。
あれ、100%黒焦げにされた何かのお肉だよ。
さっき、イリスさんの部屋に来る前に発動したスキルの望遠(謎ボイスちゃん曰く、千里眼だっけ?)を使ってまじまじとそのブツを見てみたけど、完全に焦げですよ、焦げ。
はい、アウトー!
食材をダメにしただけじゃなく、この超絶腹減り腹ペコガールの前に料理と呼べぬブツを出したことは万死に値する!
「ほぉ? この料理に興味があるのか、娘よ。」
にやにやと厭らしい笑顔のイリスさん。
うーわ、腹立つー!
ダメにした食材。
黒焦げのブツ。
そして、ボンキュッボン。
スリーアウト!
チェンジだ、チェンジ!
「食事を必要としないスカル如きが。何を血迷っているのか。」
呆れ顔のメイドさんだけど、こっちが呆れているんだよ!
あー! 念話が出来ない自分が腹立たしい!
私は黒焦げのブツを指さし、そして自分の口を指さして、両腕でバツを作る。
そのまま、もう一度ブツを指さして、私のガイコツボディをコンコンと叩いた。
“それは料理じゃない、食うな!”
“食材があるなら私に作らせろ!”
ジェスチャーで通じるかな?
通じなかったらアホ丸出しよね。
……って、冷静に考えたらちょっとヤバイ?
王様は巨大黄金ドクロをボッカリと開けているし。
銀ちゃんは両手で頭を抱えているし。
あ、主任はブルブル震えながら土下座しているわー。
んで、正面のイリスさん達は……。
うわああああ!
メイドさん、底冷えするような目で睨んでいます。
怖ぇ! 超怖ぇ!
そしてイリスさん!
先ほどまでの余裕綽々な厭らしい笑みが凍りつき、頬杖付いて私を睨んでいますよ!?
あわ、あわわわわ。
やっちまったかな、これは?
『アヤカは料理の事になると見境が無くなる』
うーわ。
ママやミサキ、それにハナちゃん達にも何度も何度も何度も何度も言われ続けてきたことなのに!?
その反省、全然活かしきれてねーじゃん、私!
確か最初は、小学校5年の時の家庭科の時間だったなー。
食材の切り方と焼き方で、先生と喧嘩したっけな。
あっはっはー。
あの時は、今では笑い話だけど。
今、この瞬間! 笑い話どころじゃなくない?
やっべー。
何となくだけど、ルコスなんちゃらにやられそうになった時と同じ感じがする。
つまりは、命の危機だ。
や、どうしよう!?
今更だけど、もう一度跪けばいいかな?
えへへ、ごめんね★
「面白い。」
は?
「娘。貴様は料理が出来るというのか?」
頬杖を付いたまま、口元だけ緩めるイリスさん。
料理が、出来るか、だと?
アヤカさんに何を聞いてくれているんですか?
私はコクリと頷く。
「面白い。」
「陛下、こんな珍妙な者の戯言を真に受けるのですか!?」
うーわ。
メイドさんが有り得ねーって顔している。
てか、また珍妙って言ったな!
「良いでは無いか。お前が焼いたこの料理が気に入らないと申すのだ。ならば、この娘に作らせてみれば良いだろう。そのくらいは待ってやるぞ?」
「しかし……。」
「その結果、どうしようも無い物が出てきたらお前の望むように罰を与えよう。それで良いか、娘?」
え。ば、罰!?
どうしてそうなるの!
「畏まりました、陛下。」
うーわ!
メイドさん、私のことすっごく睨んできているー!
あれ、何が何でも罰を与えてやるぜ! って面ですよ。
「では、早速厨房へ向かわせろ。その間、先の戦闘の詳細を聞こうぞ。スカルジェネラルよ。」
『ぎょ、御意に!』
ひゃー! 銀ちゃんまでも土下座っぽいポーズ!
王様も、土下座中の主任もそのまま……。
って、事は?
「娘。貴様はこっちだ!」
ぎゃー!
私、このメイドさんと二人きりという事ですか!
黒焦げ肉を再びクロッシュで閉じ、台車を押すメイドさんの後をガチャガチャと付いて行く。
ああああ……超怖い……。
◇
「ここだ。」
銀色の扉の先に案内された私。
その部屋は、まるで昔ながらの海外の厨房そのままだった。
並ぶ石窯に、井戸のような汲み上げ式の水場。
あと不思議なのが、宙で固定されたように浮かぶ水。
うえ、水が浮いている!?
遠目からは水槽に見えるんだけど、ガラスも何も無く、水が浮いている。
その中に、何か色んな食材が……。
食材を、水に漬けている!?
ダメじゃん!
まさか冷蔵のつもり?
こんな事したら、野菜もお肉もみんなダメになるよ!
「ん? どうした?」
顔を顰めるメイドさんに、私はジェスチャーで謎水槽を指さし、中の食材をわたわたしながら “これはダメでしょ!” を伝える。
が、
「ああ。その中の食材は適当に使って良い。」
違――う!
そうじゃない!
って事を何とかジェスチャーで。
「ん? ああ、これが不思議なのか?」
微妙に伝わったようだが……。
メイドさんから語られたのは、耳を疑う話だった。
「これは水に見えるが、貯蔵、保管を掛ける液体状の魔道具だ。表層の物しか見えていないが、実際は大量の食材が時間停止と共に収められている。」
……は?
貯蔵と保管の、マドウグ?
マドウグって、魔道具……。
マジックアイテムってこと?
しかも、見えている物だけじゃなく、大量の食材が保管されていて、しかも時間停止ということは……腐らないってこと!?
うーわ。
何よその超絶ファンタジーな冷蔵庫は!
欲しい! 凄く欲しい!
大きさは両腕で抱えるくらいのサイズだけど、腐らない大型冷蔵庫ってことでしょ? そんなのがあればレストラン革命じゃない!
こんな料理人垂涎の素敵アイテムがあるなんて、さすがファンタジーワールドだな!
「低俗な貴様では理解不能か? まぁ、所詮は自我の乏しいスカルウィザードだな。」
馬鹿にしたように見下してくるメイドさん。
誰が低俗じゃいっ!
「さぁ、早速料理を作ってもらおうじゃないか。」
謎水槽を指さす。
言われなくてもやりますよ!
「ただし。」
メイドさんが右腕を高く上げる。
すると、うぇ!? それ、どこから取り出したの?
でっかい、鎌が握られていました。
アレだよ、死神が持っているようなやつ!
「陛下のお口に合わぬ低俗な品を出した瞬間、貴様の首を跳ねてやる。」
ぎゃあああああ!
マジ!?
ちょっと冗談よね? いくらなんでも……。
あ、これ、本気の目だ。
むしろ、今すぐ私をぶった斬りたい目をしているー!
「さぁ、早く作れ。」
急かさないでー!
え、私、命賭けで料理するの?
うーわ。
あ、でも常に料理に命賭けているっちゃ、賭けているね。
特に、飼い猫用のゴハンを作る時はすっごく神経を研ぎ澄ましているわ。
人間と違って塩分はNGだし、他にも使えない食材が多くある。
そして人間と違って、気に入らなければ絶対に食べない!
そう、うちのまめきち君はグルメなのだ!
……って言っても、基本、あいつは何でも食べるからな。
グルメだけどゴハンは残さず食べるのは私似だな。
健康的なオデブちゃんが、まめきち君なのだ!
「何をしている? 早くしろ。」
わー! このメイドさん、せっかちー。
はいはい、作りますよ!
まず私は、メイドさん作の黒焦げを指さす。
「ん? この肉が使いたいのか?」
頷く私。
すると、はん、と小馬鹿にした笑みを浮かべてメイドさんは謎水槽へ手を突っ込んだ。
「低俗な輩ではこの最高級食材も知らんわけか。これだ。“ヴィンボーグブル” のフィレ肉だ。」
は? ビン……なんだって?
メイドさんが取り出したのは、霜降りがしっかりと入った牛肉。
うわー! これ、超良い肉じゃない?
A4ランク……いや、A5ランクかな。
お肉屋さんじゃなきゃ買えない奴だよ!
メイドさん、このお肉をダメにしたの!?
「何だ? 早く受け取れ。」
うーわー! めっちゃ文句言いたい!
けど、しゃべれません、ガイコツボディ!
お肉を受け取り、木で出来たまな板の上に置く。
えっと、包丁は……。
「何を探している? 調理道具はここだ。」
棚を示してくれるメイドさん。
何だかんだ言いながら、教えてくれるなー。
棚の中には、包丁やお玉、あとピーラーもあった。
他は……どう扱うか分からない道具も。
そこからミニサイズのテン助、もとい、筋引き包丁を取り出した。
あと、ついでに付け合わせ食材も欲しいな……。
……メイドさんにお願いする?
伝わる気が全然しねーや!
え、これ。
私が取り出さなくちゃだよね?
……。ええぃ! ままよ!
豪快に謎水槽の中へ手を突っ込む!
うーわ、何この感じ。
うにょうにょする冷たい空気に触れているみたい。
謎水槽の表面には見えていなかったけど、あるかなー?
きっとあるよなー。
むっ!?
“でてこーい” と念じて探っていたら手に触れる固形物。
引っ張り出したらビンゴ!
人参ゲットだぜ!
あともう一つ……。
玉ねぎ! ゲットだぜ!
何とかなるもんだなー。
えーっと、あとは。
ブロッコリー、ゲットだ……ぜ?
私が “ブロッコリー!” と念じて取り出したのは、何かブロッコリーとは似て非なる、謎の緑色したちっちゃなカブ。
えーっと、ナニコレ?
「ほぉ? キャロッシュにオニリオ、あとブロッシュか。」
ふぁ? それがこっちの世界の名称?
人参がキャロッシュで、玉ねぎがオニリオ。
あと謎根菜がブロッシュ?
うーん。
微妙に呼び名が似ているのもファンタジークオリティなのかな?
知らんけど。
えーっと、後は……。
私はメイドさんから受け取った高級肉を一旦、謎水槽へ突っ込んだ。
「お、おい! 焼かないのか?」
あー! うるさいっ!
素人は黙っていなさい。
良いお肉なんだからこれで良いんだよ。
あとは調味料だな。
塩と胡椒は、これか?
……あ。
「どうした?」
ここに来て、致命的な問題が。
私、味覚も嗅覚も無いじゃない!
これでどうやって味付けしろと?
しまったー!
迂闊だった!
どうしよう!!
《ポン》
おっ!
《オーダー:『渇望なる者』スキル、“嗅覚認識” “味覚認識” 発現》
わ、わ、わあああ!
突然、私に感じるのは溢れる匂い!
多分、さっきメイドさんがこの厨房で焼いたであろう、肉の匂いを感じられるようになった!
……もしかして?
私は恐る恐る、塩っぽい白い粉を指に着け、口に運んだ。
しょ、しょ、しょ、しょっぱい!!
塩だこれ!
そうじゃなくて!
味、味が分かる!?
何だろう? 味覚があるわけじゃないんだけど、口に入れた物の味が “分かる” ようになった。何言っているか自分んでも分かんないけど、味が分かる!
うわわわわわわっ!
ありがとう、謎ボイスちゃん!
あなた、めっちゃ良い仕事したよーー!!
えっと、じゃあこの胡椒っぽいのは!?
うん?……胡椒、っぽいけど味が薄い。
「……何だ貴様? 味が分かるのか?」
唖然とするメイドさん。
そりゃそうだよね! こんなガイコツボディが調味料に触れて口に入れていちいち反応を示す姿を見たら、怖いよね?
でも、分かるの!
味と匂いが分かるようになりましたー!
え、じゃあ……これでゴハンも食べられるのかな?
あー、試したい。
けど、メイドさんが怖い!
うん、後にしよう。
味見の時のお楽しみにね!
さて、味が分かるようになったところで、早速調理を開始しましょう!
まずは人参のグラッセ!
……って、砂糖とバターはどこだ?
とりあえず謎水槽に手を突っ込む。
砂糖は……お、手に感触。
取り出したのは、布袋。
「お、おい! それは……。」
メイドさんが驚いているけど、何で?
袋を開け、中身を開く。
お、これもビンゴかな?
ちょっと茶色掛かっているから三温糖なのかもしれない。
舐めてみる。
何かメイドさんが「あー!」とか言っているけど気にしない。
うん、砂糖だね!
あと必要なのは、バター。
あるかなー?
お! 手に感触が!
引っ張り出すと、これまた布袋。
中は、綺麗な乳白色の少し滑らかなバター。
「き、貴様! まさかそんな貴重な物を使うというのか!?」
貴重?
砂糖とバターが?
またまたー。
てか、謎水槽の中身は適当に使っても良いって言ったの、貴女じゃないですか。
さて、気を取り直して。
アヤカさんの、クッキングターイム★
人参の皮をパパッとピーラーで剥いて、親指サイズくらいに切り分けます。
ミルクパンのような小さなお鍋に人参を投入。ちょこっと頭が出るくらい軽く水を注ぎ、バターと砂糖を入れて、人参が照り上がるくらいまで煮ます。
はい、終わり!
さーて次はブロッコリー(?)の塩ゆで。
「出でよ! ブロッコリー!」と念じながら手に取った緑掛かった根菜は、うん、ブロッコリーの茎だと考えよう。
謎水槽にあったくらいだから食べられる物だろうしね。
これもピーラーで皮を剥き、適当な大きさにカット。
あ、今気づいたんだけど、メイドさんすっごくポカーンとしているわ。
何々? どうしたん?
「き、貴様……何だ、その手際の良さは?」
え、そこ?
まぁいいや。気にしない。
少し大きめの鍋に水をなみなみと注いだら、塩を入れてブロッコリー茎を投入。
後は煮立つまで放置!
さて、続いてメインディッシュの準備。
まずは玉ねぎをみじん切りにカット!
あ、謎ボイスちゃん謹製のテン助式みじん切りじゃないからね? 正真正銘のみじん切り!
これをフライパンでバターと共に炒めます!
う~ん、良い匂い。
玉ねぎが透明になったところで一旦火を止めて……。
あれはあるかなー?
お、あったあった!
「ワ、ワインをどうするつもりだ!?」
いちいちうるさいなぁ、メイドさん。
いいじゃん、気にすんなし。
後はハーブがあればだけど。
そう思いつつ謎水槽に手を突っ込んでみたら……。
あるじゃない! ローリエにタイム!
「それは薬草だな。何をする気だ?」
あー、こういうハーブって薬草にもなるんだっけ?
知らんけど。
まずはワインを「おい!!」うるさいってば、メイドさん。
ワインをフライパンへ投入~。
からの~、ローリエとタイムを投入~。
あとは……お、これでいいかな?
「……干し肉?」
はい、説明乙!
今、アヤカさんが作っているのは『赤ワインのステーキソース』
本当はフォンドボー(洋風出汁)があればもっと美味しくなるんだけど、さすがにこのファンタジーワールドにそこまで求められなかった。
その代わりに、出汁を取るために干し肉を突っ込む。
あとはじっくりコトコト煮詰めていきますー。
はい! 煮詰まりました。
同時にブロッコリー茎も良い感じに煮えた。
これをザルっぽい器に取り出して、自然に冷まします。
あ、湯がいたブロッコリーを水で冷ますのも有りだけど、水切りが大変。
温かいうちにお湯を切って自然に冷ましながら水気を飛ばした方が、触感が良くなります。
人参も良い感じにテカってきました。
これも取り出す。
あ、別に水気が全部飛ぶまで煮詰める必要は無いと思います。味の濃さを残りの水分と相談しながら調整しましょう!
さて、赤ワインソースも煮立ってきた。
全体の2割くらいの量になったら、こし器でしっかりと濾します。
でもここにはこし器がない!
やむを得ず、綺麗な布巾で代用。
これを再びフライパンに投入。
少しずつバターを入れてモンテ(乳化)します。
そしていよいよお待ちかね!
本日の主役、お肉ちゃんの登場です!
謎水槽から取り出したのは、先ほどの霜降り高級牛肉。
キンキンに冷えてやがるぜ!
よく “ステーキを焼く時は常温に戻してから” と言われるけど、こういう霜降りが入った高級肉の場合は冷えた状態のほうが良い。
だって、せっかくの霜降りの脂が溶けちゃうから。
旨味も逃しちゃうし、良いお肉の場合はオススメ出来ない。
さて、まずは……。
「お、おいっ!?」
驚くメイドさんを尻目に、包丁を手に取ってお肉の表面に切れ込みを軽く付ける。
ステーキのような大きなお肉を焼くと、熱でお肉が反っちゃって焼きムラが起きる。これは良くない。
それを防ぐため、表面に切れ込みを入れておくのさ。
あと横の脂身を切り取ります。
切り取った脂身……牛脂は、お肉を焼く油代わりだ。
続いて、切れ目を入れた面に、塩を振り、胡椒も掛ける。
胡椒は、贅沢を言えば粗びきしながら掛けるのが香りも強くて良いんだけどねー。
この薄い胡椒しかないのは残念だ。
「肉に……そんなものを掛けるなんて。」
呆れ顔のメイドさん。
え、それ本気で言っているの?
まさか、お肉をそのまま焼いただけなの?
それ、美味しいのかなぁ。
まぁいいや。
気にせずパパッと味付け。
こういう脂身の多い良いお肉は、『多くね?』と思うくらい塩と胡椒を付けるのがポイント! 脂分が多いと、焼いている時に流れちゃうからねー。
さぁて、新たなフライパンを取り出します。
いよいよ、焼くよー!
まずは熱したフライパンに牛脂を滑らせて油を引きます。
あー、良い香り!
「なるほど……そうやって使うのか。」
あ、感心している!
間違いなく、お肉をそのまま強火で焼いていただろうからねー。
そうでなければ、あんなコゲコゲになるはずがない。
牛脂を取り出し、もう少し熱します。
良い感じに熱を帯びたら、一気にお肉を投入!
『ジュウウウウウウウ』
わー! これよ、これ!
良い音に、良い香り!
お腹空いたー!
あ、そういえば……。
さっきソースを濾した時の布の中に干し肉あったな。
別に良いよね? 食べても。
焼いている僅かな時間で……。
えいっ! パクッ!
「何をしている? 貴様。」
メイドさんが不思議そうな顔で眺めてきますが、それどころじゃねぇ!
旨い、旨いよ、この干し肉!
ああああ~、脳が蕩けるぅ~~。
「ゴクッ」
ガイコツボディだけど、普通に飲み込む。
だけど。
「貴様……下品だぞ?」
え?
ええっ、あああああああー!?
飲み込んだ干し肉の残骸が、私のスカスカボディをすり抜けて、床にベタッと落ちた……。
噛み砕いただけの、無残なお肉……。
うん。知っていたさ。
分かっていたさ。
ああああああっ!
おのれ、ガイコツボディめーー!
これ、マジでゴハン食べられないじゃない!?
いやね、ちょっとは期待したよ?
もしかすると謎水槽みたいに、私の身体の中の謎胃袋へ送り込まれて満腹感が得られるとちょっとは期待していたよ!?
やっぱりダメかいなー!
『バチッ』
来た!
この際、ゴハン食べられなかった問題は後で考えよう。
いや私にとって大問題なんだけど、それよりもまずは目の前の料理を完成させることだ!
素早くお肉をひっくり返し、火を消す。
そして素早く、さっき見つけた鉄製の薄いお皿(ブロッコリーもどきを茹でた鍋の熱で温めた状態)をかぶせます。
本当はアルミホイルで包んで、余熱調理が良かったんだけど……。
まぁ、贅沢は言わない。
「何の儀式だ、それは?」
怪訝そうなメイドさん。
ふっふっふー。
今に見ていろよ!
さぁ、完成だ!
◇
「遅いっ!」
ひゃぁっ!
メイドさんと共に女王部屋に入るや否や、イリスさんオコでした。
まー、たしかに「料理作りねー」って感じで出て行って、もう30分は経っているからな。
でも30分だよ? それくらい待って欲しいわ。
あれだねー、イライラしやすいのかな? カルシウム足りていないんじゃないのかな、イリスさん。
「申し訳ございません、陛下。」
恭しく頭を下げるメイドさん。
仕方ないから、私も一緒に頭を下げる。
「で、それが娘の作った料理なのか?」
「……はい。」
ガラガラと台車を押してイリスさんの隣へ立つメイドさん。
私は『こっちに来て跪け!』と王様に言われたから、イリスさんの正面で膝を着く。
「さぁ、どんなゲテモノが飛び出すやら?」
私を見ながらクスクス嗤うイリスさん。
むっきー! このアヤカさんの作った料理をゲテモノ呼ばわり?
今に見てろ、度肝を抜くぞ!
と、思いきや。
「陛下……。お言葉ですが、かの娘、陛下に啖呵を切っただけあると愚考します。これは……私の知る料理ではございません。」
少し興奮するようなメイドさん。
ふっふー。実はすでに、メイドさんは懐柔済みなのだ!
本人は最後まで葛藤していたようだけど?
最終的に『妙な物を差し出して陛下のお身体に障ったら事だ』と言って、私が用意した切れ端を召し上がったのですよ。
その時の反応!
いやー、スマホムービーで撮りたかった!
「ん? 貴様は食べたのか?」
「……申し訳ありません、陛下! 得体の知れぬ物を陛下に差し出し、お身体に障ったら一大事かと思い……その、毒味を。」
「ほぅ? それなら良い。して、どのような料理だ?」
ニヤけていたイリスさんが、急に真剣な表情になりました。
そりゃそうよね。さっきまで散々私をコケ降ろしていたメイドさんが、手の平を返したように私の擁護に入っているんだから。
「こちらです。」
銀のクロッシュが開かれる。
「……ほぉ!」
そこにあるのは、表面が鮮やかな焼き色が付いた王道ステーキ。
切り分けられた肉からは美しい赤みと、滴る脂。さらに付け合わせの人参グラッセ、ブロッコリー擬きが彩を飾る。
隣の器には、アヤカさんお手製のワインソース。
香ばしい玉ねぎの香りが食欲を掻き立てるはず!
顔を綻ばせるイリスさん、と思いきや。
「生焼けでは無いか?」
もしやウェルダンが好みでした?
あー、そっか。
今まであの黒焦げ食っていたくらいだからな。
やっちまったか?
「いえ、陛下。生焼けに見えますが、火は中まで通っております。」
お、ナイスフォローだよメイドさん!
さてはあの一切れで大分心変わりしたと見える。
そう!
美味しい料理は世界を救うんだ!
「まぁ、貴様がそういうなら問題は無いか。ところでこの汁はなんだ?」
「そちらは肉に漬けて召し上がるそうです。」
「ふむ。まぁ、まずは肉だけ食ってみるか。」
そう言い、恐る恐るな感じでイリスさんはフォークで一切れ、ステーキを刺して口へ運ぶ。
ああ、いいなぁ……。
でも私、食べたら骨の隙間から落ちちゃうし。
「!!!」
咀嚼の途中で、イリスさんは目を見開いた。
それも、ばっくりと!
『陛下っ!?』
『如何なさいましたか!』
王様、銀ちゃんが叫ぶ。
だが、次の瞬間。
目を見開いたイリスさんが次の一切れを刺し、さらに口へ頬張る。
またも次に、次にと、立て続けに頬張る。
そして。
「おいっしいいぃぃぃぃ!!!!」
今まで見た事の無い、艶やかな歓声。
威厳溢れるボンキュッボンが、初めて激うまスイーツを食べた女子高生のような表情と声を張り上げる感激ボンキュッボンにジョブチェンジしました。
ドヤァッ!!
これぞ、“レストランテ・アヤカ” のスペシャルステーキ ~ファンタジーワールド素材を添えて~ だ!
まさか、とはこの事だったのだろう。
この出来事が、さらに私の運命を大きく変えることになるとは。
『美味しい料理は世界を救う』
比喩でも何でもなく、私の食い気と料理への情熱が大騒動に発展していくなんて誰が予想できるかっ!?