Side.A03 平凡男子、考察する
「こちらがアキラ様のお部屋になります。」
恭しく頭を下げるメイドさんに、あ、はい、と薄ら笑いで返事をして答えてしまった。
我ながら、凄く気持ち悪いと思う。
だけどメイドさんは、うっとりと僕に笑顔を向け、丁寧に頭を下げた。
思わず心臓が高鳴る。
仕方ないでしょう!?
もうすぐ17歳となる僕の今までの人生で、あんなに綺麗な女性から満面の笑みを向けられたことなんて無かったんだから!
……あれが、“羨望の眼差し” ってやつかな?
市川君や、橘君に向けられるようなその表情。
平凡かつ平均的な男である僕に、とてもじゃないけど向けられるような表情では無い。
だからか。
胸は高鳴るけど、同時に罪悪感が湧き出る。
本当に居たたまれない。
鑑定を終えた僕たち。
異世界に召喚された混乱と狼狽から、思いのほか疲労が溜まっていて、まだ日も高いがそれぞれ個室を宛がわれた。
身体を休めた後、夜は聖女ティータさんやバルバロッサさんを交え、簡単な食事会を行うということだ。
たぶん、僕たちに気を利かせてなのだろう。
本来なら今夜、異界勇者たちの歓迎祝賀会なる盛大なパーティーが開催されるはずだったみたいだ。
だけど、僕たちの様子から3日後に持ち越された。
このクロスフォード聖大国には聖王と呼ばれる王様が居て、本来なら鑑定した直後に謁見する予定だったらしいんだけど、ティータさんが僕たちの様子を気遣って明日にしてくれたんだ。
それに併せて、歓迎祝賀会も延期。
バルバロッサさん曰く、聖王は “ティータ様には頭が上がらない” とのこと。
ティータさんは聖王の娘さんらしい。
つまり、王女様ということだ!
だけど、聖女であるティータさんには異界勇者召喚という大任があり、さらに伝承通りに成功させた今回の実績があるため、更に聖王さんはティータさんに頭が上がらないだろう、というのが、聞いた話から推測される状況だ。
そのおかげか、僕たちは身体を休めることが出来る。
ティータさん様々だ。
あと、僕たちの宿舎となる建物内には男女別の大浴場もあるというのだ。
一応、各部屋には簡単な浴室も付いているという話だが、日本人としては大きなお風呂でゆっくりと浸かりたい。
田辺も篠原もしばらく休んだら行ってみる、と言っていたので、後で時間を合わせて一緒に行ってみようかな。
そうでなくとも、この宿舎は僕たちしか寝泊まりしないみたいだから、結局大浴場には召喚されたメンバーしか居ないんだよな。
ん? あ、しまった。
思いふける僕は、慌てて後ろに立つメイドさんに頭を下げた。
そのメイドさんは、未だに頭を下げ続けている。
どうやら僕が部屋に入らないと戻れないみたいだ。
「では、休ませてもらいます!」
メイドさんに告げて、慌てて部屋へ入った。
「げえっ!?」
部屋に入ったや否や、変な声が漏れてしまった。
だって、仕方ないよ!
何この、貴族様がお泊りになるような部屋は!
まず、広い。
僕が住む4LDKのマンションより広い。
部屋は2つに分かれており、一つは入口と繋がっているダイニングルームなんだろう。
ふかふかのカーペットに、洋風なソファとテーブル。
アニメの偉い人が使うような執務机に、豪勢な椅子。
さらに、対面キッチンまで付いている!
部屋の大きな窓からは、クロスフォード聖大国の城に、街並み、さらに奥へと続く森や山、大きな湖まで見える。
クロスフォード……凄く大きい国なんだな。
そして、もう一つの部屋。
ここが僕の、寝室?
王様の寝室の間違いじゃないの!?
僕が普段寝ているシングルベッドの3倍は広いベッドには、ふかふかの布団が掛けられている。
試しに触ってみたが……予想以上にふかふかだ。
こういう異世界って、寝具やトイレ、お風呂なんかは文明が進んでいないため現代日本人からして見ると程度が低く、知識を駆使して羽毛布団や水洗トイレ、温泉なんかを掘り出して一攫千金を得るといったストーリーも見られるけど、少なくとも布団は現代日本のレベルを超えている気がする。
……まあ、王様仕様の布団だからかな?
で、寝室から入れるのが、トレイと浴室。
さっきからちょっと我慢していたんだよな。
まずは、トイレ、と。
って、ええええ!?
これ、水洗トイレ!?
便座は蓋付きで、この形は良く見る洋風トイレそのものだった。
ま、まぁ蓋を開けたらポットン、とか。
……うっそーん。
完全に水洗トイレでした。
それもレバー式でなく、洗浄は壁の横に付いていたボタンを押せば良いみたい。
あと便器穴は、日本製に比べて少し深い?
ところどころ違いはあるけど、とりあえず用を足した僕は洗浄ボタンで流してみる。
『ジャアァァァァ……』
綺麗に流れるもんだ。
あと気付いたけど、トイレットペーパーはロール式じゃなく、箱に入った紙なんだね。
すでに洗浄トイレが導入されているということは、現代知識チートをかまそうとしても、トイレットペーパーくらいだろうな。
微妙だなー。
念のため、浴室も見てみる。
一旦寝室に戻り、トイレの隣の扉を開けた。
わーぉ。
陶器製の浴槽がゴンッ、と置かれ、そこに見た事も無いほど大きな水道管? が取り付けられていた。
その水道管は蛇口が無く、ボタン式で “湯” と “水” と表示されており、そのボタンの脇には温度調節機みたいな表示付きのレバーがあった。
浴槽にはシャワーもあって、湯船に浸かるもよし、シャワーで汗を流すもよしのありがたい仕様であった。
強いて言えば、置かれているのは石鹸ただ一つということだ。
それも現代で見る四角い固形石鹸ではなく、筒の中から押し出して使う、少し柔らかい石鹸だった。
シャンプーやコンディショナーは無し。
石鹸だけで髪の毛洗ったらゴワゴワにならないかな?
僕は気にしないけど、女子は気にするだろうな。
試しに石鹸を少量手に取ってみる。
水で濡らしてみて擦る。
おおおっ!?
凄い泡立ちだ!
しかも良い匂い!
何か、石鹸特有のヌメヌメとした感触は無く、泡立ちは凄いけどサラサラしている。
なんとなく、髪の毛を洗っても大丈夫な気がする。
……なんか、負けた気がしてならない。
地味にショックだ。
一通り部屋を確認した僕は、ベッドへと腰を下ろす。
さっき布団を触った程度だったけど、ベッド自体が凄くふわふわで柔らかい。正直、こんな布団で寝た事なんて無い。
いいのかなー?
と、思う反面、この高待遇にはやはり何か裏があるのでは、と疑ってしまう自分も居る。
ベッドに横になり、今日一日の出来事を振り返る。
異世界召喚。
魔王との闘い。
称号と、スキル。
《平均なる者》
僕の精神に宿った称号。
その称号は、まさに僕そのものを体現していると言っても過言ではなかった。
この世界に来てまで、平凡で平均な男というレッテルを貼られたかと、半ば自嘲気味に思えたのだけど……どうやら、違った。
ティータさん曰く、“世界を揺るがす称号”
どういう称号なのか、どういうスキルがあるかは分からないが、凄まじい称号であるのは間違いないとのことだ。
今現在、スキルは発現していなかったが、それでもあの鑑定石では見る事の出来ない『固有スキル』なるものが発現している可能性が高い、というのがティータさんの見立て。
その話の折に幾つか質問をして分かったことがある。
まず、称号のこと。
この世界の人間。
そして魔物に、魔王。
生きとし生ける者に、必ず備わる “称号”
それは、魂、身体、精神の三つに宿るもの。
つまり最大で三つの称号を得られる可能性がある、ということだ。
称号は同じものもあれば、世界で唯一つしか発現しないもの、中には “誰かが発現させたら二度とこの世に発現しない称号” まであるそうだ。
同じものと言えば、僕らの『異界勇者』だ。
この称号がこの世界で重宝されるのは、“魔王を打ち滅ぼす力” である固有スキルが備わっているから、だそうだ。
だが、個々で発現するスキルには差異がある。
これが、よく意味が分からない。
スキルと、固有スキル。
スキルは、称号に付随されて発現される。
聞けば、個々の技量や才能、環境や育ち方などによって発現スキルに違いが生じるとのことだ。
まず、僕ら全員が発現した “言語理解”
この世界の言葉や文字を理解する力だ。
これが発現していなかったら……と思うとゾッとするが、ティータさん曰く “素養と教養のある異界勇者様なら、最初に発現するスキルです” とのことだ。
逆に言えば、素養と教養が無ければ発現しない。
“言語理解” ですら通常のスキルという枠組みであるという意味だ。
続いて、多くのメンバーが発現させていたのが “察知” というスキルだった。
危険や魔力など、何かしらの外因的な悪意や力を感じとるスキルみたいだ。
僕の見立てでは、異世界召喚という非現実的な事に巻き込まれ、先行きの不透明さと不安感から大きなストレスを感じていたメンバーに発現した、と思う。
……このように、個々の才能やら環境やらも影響するが、加えて本人の性格や精神状態によっても発現するスキルに差異が生じるのだろう。
そういう枠組みで考えれば “身体の称号” と “精神の称号” も本人の育った環境や才能などで左右されるものなのかもしれない。
未だ発現されないのは、未熟だからか、まだそこまで辿り着いていないからなのか。
そればかりは、ティータさんもバルバロッサさんも分からないそうだ。
……むしろ、積極的に知るべきではない、という態度であった。
何故なら、この世界における称号は、“神の思し召し” という考えがあるからだ。
“神”
僕も含め、日本人が、いや世界の人が “神” と聞けば、何かしら想像は出来るだろう。
それこそ自分が信仰している神様や、そうでなくとも見聞きした自国や海外の神様や仏様をイメージすることもあるだろう。
そして名を問われれば多くの人が答えられるだろう。
よく無信教と言われる日本人だって、“今、頭に思い描いた神様・仏様の名前を教えてください(神様や仏様は自国・海外問いません)という事を聞かれたら、大半の人は答えられるだろう。
……何故、そんな事を思うのかと言うと。
この世界には、無い。
神の名が、無い。
これには思わず、聞き返してしまった。
だが、それこそカルチャーショックとでも言うべきなのか、ティータさんもバルバロッサさんも、二人して “何を言っているんだ、この人は?” という怪訝な表情をされてしまった。
この世界は、神の名が無いのは当たり前なのだ。
称号も、スキルも、人の生命や営みも、全て神が齎すものだと感謝し、祈りは捧げている。
だがしかし、その存在に対し名を呼ばない。
名前が、無いからだ。
……まぁ、この事をこれ以上考えても仕方ないことなのかもしれない。
変だ、と思うのはカルチャーの違いと考えよう。
異世界転生や異世界転移の話の多くには大体、神様が絡んでいて、神様の手によってチートなスキルや加護、または職業が与えられたりするから、神様の名前が無いというのはちょっと、違和感がある。
しかし、それが常識な世界じゃ仕方がない。
だが、僕にとってどうしても “仕方ない” じゃ済まされない事実がある。
《平均なる者》
この、“者” と冠する称号全般に言えることらしいが、この世界の人々が平伏す程に凄まじいモノなのだ。
それを聞いた時は、耳を疑った。
いや、今でさえ、信じられない。
曰く、“神の代行者” という意味だからだそうだ。
それ以上、詳しい事は聞けなかったが……。
少なくとも市川君に発現したスキル “天命” と同等、もしくはそれ以上の価値がある、とティータさんは興奮気味に語っていた。
これは、危険だ。
何故なら、僕たちにとって本物の勇者ポジは、市川君だからだ。
彼が “天命” を授かった時、僕たちは全員がそれを認識した、はずだ。
だが、それを覆すような、僕の称号。
あの鑑定の場では、ティータさん達が跪いたのみで、詳しい解説は僕にだけしか伝えられていない(と言っても、僕自身も詳しく教えられたわけではないのだけど……。)
少なくとも、“あの平凡野郎が何やら奇妙な称号を得た”、“それも平均なる者、平凡男にはお似合いの称号” くらいな印象が拭えていない、はず、だと僕は信じたい。
ダメなんだ。
僕みたいなモブ男が目立っちゃダメなんだ。
市川君のように、格好良くて頭が良くて、皆から好かれながらも謙虚で性格の良い “カリスマ” が皆を率いなければ、僕たちはきっと瓦解する。
僕たち『異界勇者』はたった28人しか居ないんだ。
魔王という、未知な存在を相手取るには、僕たちは互いの得手不得手を理解し、互いに支え合うチームとして機能しなければならない。
断定は出来ないが、仕組み的に “オールマイティ” は存在しないのではないだろうか?
そうでなければ、28人もの異界勇者を召喚した理由が立たない。
……そうだと、信じたい。
『コンコン』
寝そべっていた身体が思わず跳ねた。
どういう仕組みか分からないが、入口のドアがノックされれば、寝室に置いてあったオブジェのような板からノック音が響いたのだ。
家の呼び鈴のようだ。
便利だな。
それよりも、僕の部屋に訪問客が訪れたようだ。
誰かな?
考えられるとすれば、田辺か篠原だ。
だけど、あの二人は “寝る!” と言っていた。
こんな早くに起き上がって僕の部屋に遊びに来るとは思えないが。
「はい、どうぞ……っ!?」
ドアを開けて顔を出した僕は、思わず開けたドアを閉めそうになってしまった。
あり得ない。
な、な、なんで!?
「ごめんね、杉本君。休んでいただろうに……。」
そこに居たのは、まさかの池田さん!
僕は知らぬ間に、あのフカフカベッドで眠り込んでしまい、甘美な夢でも見ているのだろうか?
思い切り、頬を抓る。
痛いっ!!
「何しているの!?」
僕の不可思議な行動で、池田さんが大いに焦る。
そりゃそうだよねー!
「ははーん。いきなり女子二人が部屋に来たから、焦っているんだ。」
笑いながら、少し馬鹿にした物言い。
あっ。
池田さんに完全に目と心が奪われていたから気付かなかったけど、来たのは池田さんだけじゃなかった。
池田さん、アヤカさんと仲の良いもう一人の女子。
明るい茶髪にポニーテールが彼女のトレードマーク。
辻 陽菜乃さんも一緒だった。
「ど、どうしたの? 池田さんに、辻さん。」
ドアから顔だけ出す僕は焦りながらも用件を尋ねる。
すると、辻さんがチラッと一瞬池田さんを見て、そのまま僕へと目を向けた。
「聡明な杉本君に色々と教えてもらおうかなって!」
笑顔で言う辻さんの両手には、大量のお菓子。
ああ、部屋を案内してくれたメイドさんから貰ったんだな?
こういうところがちゃっかりしている。
流石は学級委員長だ。
色んなストーリーや漫画、小説なんかでも学級委員長は真面目で勤勉、中には良家のお嬢様という設定もあったりする。特に異世界召喚系のストーリーでは、その傾向が強い気がする。
しかし、現実に異世界召喚を受けた僕のクラスの学級委員長である辻さんは、その傾向に当てはまらない。
まず、辻さんはとにかく明るい。
“明るく元気にHAPPY!” を座右の銘とする2-Cのムードメイカーとも言うべき、表裏か無く、とことん明るい陽キャラだ。
そして、不真面目。
学級委員長だよね!?
と言いたくなる程、怠惰で不真面目な人物だ。
だが、決して成績が悪くない。
むしろ、僕よりも全然良い。
うちの学校は進学校だが、授業態度について叱る教師は居ない。
寝ていようとも、早弁しようとも、周囲に迷惑を掛けていなければ余程の事が無い限りお咎め無しだ。
ただしその分、成績が物を言う。
小テストから期別の中間考査、期末考査の結果によって内申点が左右されるのだ。
そうした学校の仕組みからか、辻さんは授業中に良く寝ている。
それでも成績が良いから信じられない。
あと、彼女は交友関係が凄く広い。
青渚学園の同学だけでなく、先輩後輩、さらには中等部まで顔が利く。
他校の人間とも親交がある時点で、彼女の顔の広さが伺える。
そんな辻さんが特に仲が良いのが、池田さんとアヤカさん。加えて、アヤカさんの妹で隣のクラスのミサキさんと、ミサキさんといつも一緒につるんでいる野崎さんとも仲が良く、結果的にお昼なんかはこの5人で一緒に居たりすることが多い。
その中心人物が、辻さんだ。
もちろん、彼女もモテる。
所説はあるが、ミサキ・アヤカの両アイドルを除けば、一番人気が辻さんだろうと言われている。
そんなムードメイカーな辻さんと、池田さんが二人して僕の部屋に?
何で??
混乱する僕に、池田さんは慌てて頭を下げてきた!
「わ、私は杉本君は休んでいるだろうから、止めようって言ったんだけど……。ヒナノが全然言う事を聞かなくて!」
そんな池田さんに、にんまりと笑う辻さん。
「ええー? 私が言ったとおり起きていたじゃない。ほら、ハナちゃん! せっかくだから部屋に入れてもらおうよ。」
そう言い、「お邪魔しまーす!」と部屋主の僕を跳ねのけるように、強引に部屋へと足を踏み込む辻さんであった。
こ、これがクラス一の陽キャラの行動力か!
恐ろしい。
「ちょっと待って! 何勝手に入っているのよ!」
怒る池田さんも可愛い。
「あ、いや。僕は気にしないから大丈夫だよ……。それに池田さんも僕に用事があったんでしょ? こんな僕で良ければ、話も聞くし、相談にも乗るよ。」
挙動不審になりそうな自分に喝を入れ、なるべく平静を装いって伝えた。
もちろん、心臓が物凄くバクバク鳴っているけどね!
「……いいの?」
わわわわわっ!
その、上目遣いは反則です!
池田さんは背が低い。
170cmある僕から見ても、相当低い。
そんな彼女が僕の顔を見上げています!
当然っちゃ当然なのかもしれないけど、目を合わすことが出来ない!
「も、も、もちろんっ!」
平静の仮面、脆くも崩れ落ちましたー!
挙動不審すぎるよね……。
「何しているのー? 二人とも。早くおいでよー!」
そんな僕などお構いなしに、部屋の中で寛ぐ辻さんは、持ってきたお菓子を広げて食べ始めていた。
あのー、ここ、僕の部屋なんですけど……。
「もぉ! ヒナノ、ダメじゃない!!」
「あ、や。いいよいいよ。」
「ありがとう。ア、……杉本君。」
ドアを大きく開け、池田さんを迎え入れた。
部屋へと入る池田さんが僕の横を通り過ぎる。
ああ。凄い。良い匂いがする。
これ、本当に夢じゃないの?
もう一度、頬を抓る。
痛いっ!
「何しているのー? 杉本くーん。」
「どうしたの!?」
呆れる辻さんに、心配してくれる池田さん。
……夢じゃない。
憧れの池田さんとこうもお近づきになれただけでも、異世界に召喚された甲斐があったと思える。
ありがとう、名無しの神様。
◇
「早速、本題なんだけど……杉本君は “平均なる者” って称号得たじゃん? そのおかげかティータさんに色々と聞いていたけど、どんな話をしていたのー?」
お菓子をモリモリと食べながら辻さんが尋ねる。
……ううう、緊張する。
借りている部屋とは言え、自室に女子を招き入れるのは生まれて初めてのことだからだ。
しかも、想い人の池田さんが居る。
これで緊張しない方が、どうかしている。
ちなみに、お菓子が山盛りに載せられているテーブルを中心に、僕の正面に辻さん、僕の右隣りのソファに池田さんが座っている。
「えっと。大した話じゃないけど……。」
「それが気になるよねー。ハナちゃん?」
ニヤッと笑った辻さんが不意に池田さんへ同意を求めた。当の池田さんは「はいっ!?」と慌てた様子。
「あ、ほら! 今日一日で色々あったじゃない。この世界に召喚されたとか、称号とかスキルとか……魔王と戦えだとか。そんなゲームみたいな世界に飛ばされて、どうして良いか分かんなくて。杉本君はティータさん達からの評価も高いから、ほら、色々教えてもらったのかなって思って。」
慌てたのは一瞬。
すぐにスラスラと、僕に会いに来た理由を告げた。
うん。
分かっていますって。
ちょっと期待した僕が馬鹿でした。
「別に隠すことじゃないし、夕食のときに皆に伝えようとは思っていたけど……。」
僕は、ティータさんやバルバロッサさんから聞いた情報と、その情報を基に考察した内容を余すところなく二人に伝えた。
称号のこと。
スキルのこと。
そして、“神の思し召し” と言うくせに、神に名が無いことを。
全部、伝えた。
「神様に名前が無いねー。確かに変だけど、そういう世界なんじゃないの?」
先ほど、部屋に訪れたメイドさんが淹れてくれたお茶をゴクゴク飲みながら、辻さんが思ったことを隠す事なく告げた。
確かに、そう考えるのが普通だ。
しかし、僕みたいにオタクを拗らせている人間からすると、違和感バリバリなのである。
「どうして杉本君は、変だと思うの?」
両手で包むように茶器を持つ可愛らしい池田さんの質問に、胸が高鳴る。
「ほ、ほら! 人って人知を超える現象とかあれば、神とか何かと抗えないモノに畏怖をし、その対象に呼び名を付けるものだって思ったから! ……この世界には、称号とか、スキルとか、魔術とかが普通に存在している。それにも関わらず、それらを齎す存在に呼び名が無いのは変だなって。」
僕の考察に「確かに」と深く頷く池田さん。
対照的に、辻さんは興味が無さそうに身体を伸ばす。
「あー、やっぱりミサちゃんやマコっちを連れてくれば良かったー! こういう話ってあの二人の専売特許じゃん?」
その言葉に僕だけでなく、池田さんもギョッとした。
「ちょっとヒナノ! それ、男子の前で言うことじゃないじゃない!?」
「あ。そうだった。」
テヘー、と舌を出して誤魔化そうとする辻さん。
だけど……。
「あ、あの。森盛さ……えっと、ミサキさんと野崎さんって、もしかして。」
「杉本君、そんなわけないじゃない?」
ひっ!
何やらドス黒いオーラを出す池田さん!
そんな池田さんも可愛いけど、正直騙し切れていませんよ?
“やはり、ミサキさんも野崎さんも、隠れオタク?”
いや、聞かないけどね!
だけどこれって、たぶんあの二人はその事を隠していて、それを知る池田さんや辻さんも黙っているっていうパターンだ!
うん、口は災いの元。
しかも学園内で一番目立つモテモテのギャルコンビ、ミサキ&マコト。
下手な事を言って立場を悪くさせる程、僕は無謀じゃありません!
それなのに……。
「杉本くんの話、早速ミサちゃん達に伝えるね。」
そう言い立ち上がる辻さん。
隠す気が無いみたいだ、この学級委員長は。
「ちょっと、ヒナノ! 待ちなさい!」
置いて行かれそうになった池田さんも慌てて立ち上がり、辻さんの後を追おうとする。
「えー? ハナちゃんは杉本君からもっと色々引き出してよ?」
「何を言っているの!?」
顔を真っ赤にさせて怒る池田さん、可愛い。
いや、そうじゃない。
……もしかして、バレている!?
僕が、池田さんの事が好きだっていうことを!
辻さんは、それを知ってわざわざ、僕と池田さんを二人きりにしようと画策にしたのか!?
はわわ、はわわわわわ!
どうしてバレた!?
だ、だけど、もしバレていたとしても僕に協力する理由が、辻さんには無いはずだ。
むしろ仲の良く可愛らしい池田さんを、こんな平凡男子とくっ付けようなんて思うか、普通?
……悲しいけど、それが現実。
たぶん、合理的に考えた結果だろうね。
僕が告げた考察を(隠れオタクの)ミサキさん達に伝える役割と、僕から更に有用な話を聞く役割に分けようとしただけだろう。
そんな事をわざわざしなくても、僕の考えは皆に伝えるつもりだ。
当然、僕とは違った視点でこの世界の在り方を捉えた人もいるはず。
そうした情報をすり合わせ、繋ぎ合わせることで見えてくるものもあるはずだからだ。
……そういう意味でも(隠れオタクの)ミサキさん達の話も聞いてはみたい。
まぁ、こんなモブ男がしゃしゃり出る相手では無いんだけどね。
「ごめん杉本君! 突然来て、突然帰るなんて。」
さっさと行ってしまった辻さんを怒りつつも、ドアの手前で僕に謝る池田さんだった。
「あ、い、いや! 僕も池田さんたちと話せてすっきりしたよ。僕で良ければいつでも大丈夫だからね!」
何が大丈夫なのだろうか!?
だけど、少し嬉しそうに笑う池田さん。
「ありがとう。じゃあ、また今夜ね、杉本君。」
ペコリと頭を下げて、部屋を出た。
……あの笑顔に、少し頬を赤らめた池田さん。
反則だよ! 益々、好きになるじゃないか!
あああああ、僕はどうしたらいいんだろうか!
告白!? そんな勇気があるか!
ていうか、彼女は市川君が好きなんだろ!?
現実を見ろ、自分!!
あああああ………。
悶々とする僕は、ベッドへダイブするのであった。
◇
「ダメじゃない! せっかくのチャンスを。」
「だ、だ、だって! 無理だよ!」
「私が自然な感じで二人きりにしようとしたのに。」
「ふ、ふ、二人きりなんて……話せなくなるよぉ。」
「……鑑定のところで結構良い感じだったのに?」
「あ、あれは! ヒナノが無理矢理!!」
「うーん。私の見立てじゃ杉本君もハナちゃんに気がありそうなんだけどなー?」
「そんな都合の良い話がある訳ないでしょ!?」
「そうかなー? ま、こんな世界に来ちゃったんだし、せっかくだからもっと関わったら? そもそも私が学級委員長に立候補したのも……。」
「あーあーあー! 分かった、分かったから!」
「アヤちゃんも食い意地ばかりだけど、計画にはノリノリだったし……。」
「分かったって言っているでしょー!」
「だけど、本当に気を付けないとヤバイよ? ミサちゃんも言っていたじゃない。」
「……うん。」
「市川と橘は確実に組む。そして大半の男子と女子がそっちに流れる。ミサちゃんのところも馬鹿な男子が中心になって集まる。……残りは、杉本君だよ。」
「……分かっている。」
「この世界に来てまで派閥かぁ。うんざりするけど……生き残るためには、付いて行くリーダーを見極める必要がある。ミサちゃんたちのためにも、何としても私とハナちゃんは杉本組へ入る。そして。」
「分かっている。」
「本当に分かっているのー? てか、下手したら別の女に杉本君が取られかねないからね! ちゃんと唾付けておくんだよー。」
「もう! ヒナノ!!」




