10 腹ペコガール、燃やす
『こ、こいつはっ!!』
大きな身体を起こしつつ叫ぶ銀ちゃん。
“こいつ”
それは、突然私たちの前に現れた巨大カマキリ!
顔はカマキリなのに肩からむきむきの腕が4本生えている。
だけど、下半身はカマキリのそれ。
キモッ!!
『マ、マンティスブレイブ……。』
マンティスブレイブ?
それがこのキモい巨体カマキリの名前なの?
そのマンティスブレイブとか言うカマキリは、ぐふふふ、と気持ち悪い嗤い声を漏らしながら、四本の剣の内一本の切っ先を、銀ちゃんに向けた。
「まだ、同族のみの念話しか出来ないのか。エンヴィの骨共は余程人材不足と見えるなぁ。」
老人のようなしゃがれた声。
ちょっと聞きづらいけど、耳から聞こえる。
つまり、このカマキリはしゃべっている。
そしてその声は、私だけじゃなく銀ちゃんにも聞こえている。
『娘! 逃げろ!』
大剣を構え、腰を落とす銀ちゃん。
その言葉は私だけに向けられたものでは無かった。
生き残った青銅騎士ガイコツさんが私の周囲にわらわら集まってきた!
わぁ! そうよ。これが守るってことよー!
「ん? その妙な格好の骸には何かあるのか? 儂の見立てが正しければスカルメイジだろ、それは。何故守る?」
何だか気付かれましたよ!
私を舐め回すように見てくるカマキリ。
うへぇ、キショッ。
「ん? その骸、妙に似つかわしくない刀を持っているな。面白い。儂のコレクションに加えてやるか。」
『させるか!!』
銀ちゃんが一気にカマキリへと突撃する。
速っ! 銀ちゃん、胴体デカイのに速い!
「甘いわ!」
『ギギンッ』
銀ちゃんの大剣を、四本の剣で軽々受けとめた……。
体格的にはカマキリの方が大きいけど、武器は圧倒的に銀ちゃんのが大きい。
それでも全く問題にしていない!
「ハハッ!」
『ぐぅっ!!』
嗤うカマキリにあっさりと弾き飛ばされて、再び地面に転がる銀ちゃん!
めちゃ強、カマキリめちゃ強!
「貴様はスカルジェネラルか。貴様らの脆弱な軍勢を率いるにはお似合いの脆弱な魔物よ。冥途の土産に教えてやろう。儂の名を。」
『な、なんだって!?』
何とか立ち上がる銀ちゃんはまた叫ぶ。
それだけじゃない、私を守ろうと集まってきた騎士ガイコツさんも何やらザワザワと騒いでいます。
「儂は、ルコスビル。偉大な “強欲の魔王” ガレオラ皇帝陛下より賜った名だ! 誇りに思うがよい。貴様は魔王に与えられし “名前持ち” の手によって滅びゆくのだからな。ぎゃははは!」
ルコス、何とか。
えっと、ネームド?
『馬鹿な……ネームドは、前回の戦争で全て息絶えたはず。こんなに早く進化し、名を持つなど……。』
うわわ、本気でガクブルしているよ、銀ちゃん!
え、どゆこと?
「ぎゃはははは! 儂がネームドであることに恐れおののいておるな? これこそ我が王の計略なり。儂は前回の戦争で貴様ら骸の王、イリスの卑劣な罠に掛けられて崩御した陛下の密命により、軍門に下らず封印結界で今日まで息を潜めていたのだ。あの時の屈辱、生き恥、それらを全て今代で晴らしてくれよう!」
全く意味が分かんないけど、このルコスなんちゃらって言う巨大カマキリは割と長生きで、何かバレないように息を潜めて過ごしていた、らしい。
良く分からない。
だけど、ガイコツ軍団率いる銀ちゃんが手も足も出ない時点で、こいつが凄くヤバイ奴だって分かる。
『娘、引くぞ!』
『ジェネラル様、どうか御武運を!』
銀ちゃんと同じように震えていた騎士さんたちは、私の周囲をガッチリと固めて徐々に後退し始めた。
えええ、銀ちゃんはどうするの!?
『頼むぞ、貴様ら!』
大剣を改めて構えた銀ちゃん。
再びルコスに斬りかかる、けど。
「逃げるきか! その刀を寄越せぇ!」
『ガギィンッ!!』
わーーー!
銀ちゃんの巨大ボディが宙を浮き、うわ、地面に激突! だだだ大丈夫なの、銀ちゃん!?
「ぎゃははははは!」
『バキッ、ボキッ!』
ギャーー!
ルコス、私を取り囲んでいる騎士さんたちをバッサバッサ切り倒してくる!
ちょちょちょ、ヤバイヤバイヤバイ!
『娘をぉ、死守せよ!!』
倒れながらも響く銀ちゃんの声。
同時に騎士さんたちが、ルコスに向かっていく。
けど、全く歯が立たない。
振り払うように四本の剣で、騎士さんたちが紙切れのようにバラバラにされていく。
たぶん30人はいたはずの騎士さんたちは、あっという間に10人くらいになってしまった。
残すは、私の周りだけ。
「死ねっ!」
ひぃぃ!
それ、か弱い女子高生に向かって言っていい言葉じゃないよ!? ちょちょちょ、待ってぇ!
『バギャッ』
『ぐぅっ!!』
焦る私と騎士さん、そして斬りかかってきたルコスの間に、見慣れた銀色の巨大な鎧の姿。
その鎧の半分程に、二本の剣が深々と縦に入り、もう二本が背中まで剣先が……貫通している。
銀ちゃんが、身を挺して私たちを守ってくれた!?
『ジェ、ジェネラル様ぁ!』
『は、やく。逃げろ。へ、陛下に、告げるのだぁ!』
ギギギ、と縦に入った剣が徐々に肩の位置から、胸の方へと下がっていく。
『貴様ぁ!!』
騎士さんの一人が叫びながら、ルコスに斬りかかる!
ルコスの持つ四本の剣が全て銀ちゃんに突き刺さっているから、ある意味丸腰。
「甘いっ!」
だけど、ダメだった!
一瞬で銀ちゃんの身体から剣を抜き取り、突撃した騎士さんを粉々に打ち砕いてしまった。
剣が抜き取られた銀ちゃん。
剣を落とし、地面に膝を着いてしまう。
や、やばい。
「これでその刀は、儂のものだぁ!」
わあああああっ!
目の前に、超巨大カマキリ!
四本の剣が私、に向かってくる!
あ、これはダメだ。
私は、手に持つテン助で剣を防ぐように合わせた。
けど、無駄なんだろうな。
ああ、もしかしてこれで夢が覚める?
夢なら、覚める?
またいつものように、温かいベッドの上で目覚めるのかな?
いつもならママの美味しい朝ごはん。
明日は土曜日だから、私が作る。
腹ペコガールの私がガイコツになっちゃった夢の内容を語って、ありえねー、とミサキに言われよう。
そして、私も笑おう。
いつもの、朝。
うん、帰ろう。
―――帰りたい。
《緊急:固有スキル “半月斬り” 自動発動》
『パキャンッ』
その光景は、驚くほどゆっくりだった。
ルコスなんちゃらが揮った四本の剣閃に合わせ、私の骨ボディはグルリと捻り、まるでその動きを知っていたかのように、自然に、テン助を揮う。
残像が、ゆるやかに半弧を描く。
その直後に目にしたものは、更に信じられない光景だった。
あの凶悪なルコスの四本の剣の刃が、割れたガラスのように全て粉々になったのだ。
――それだけじゃなかった。
『ドシャッ』
「ぎ、ぎゃあああああああっ!!」
ルコスの巨大な身体の右胸から右肩にかけて、真っ青な体液が噴き出した。
その有り様に私の意識は一気に現実に引き戻された!
なに、どうしたの、これ!?
見ると、テン助の先っぽに真っ青な体液が少しだけ付着している。
つまり、これは私がやったの!?
ええええ、ナニコレぇ!?
……そう言えば、さっき謎ボイスちゃんが何か、
《推奨:“灼熱剣” 発動を実行しますか?》
うぉっ!?
謎ボイスちゃん、あなたはいつも唐突なのね!
何だか分からないけど、YESで!
《発動:灼熱剣》
『ボワッ』
おわああああああああっ!
もえ、燃えた、燃えているよ、テン助ぇ!
何これ、魔法!?
つ、ついに私も、魔法を!?
何かイメージと違うんだけどっ!
あ、でもプリティでキュアなガールたちが番組ラストで発動させる決め技の魔法攻g『何をしている、早くやれぇ!!』 わぁ! 銀ちゃんゴメンナサイ!
くらえー! カマキリ野郎―!
『ドバンッ』
燃え盛るテン助を、態勢崩すルコスに思い切り振りかぶる!!
握る私にはその熱が感じられないんだけど、斬られたルコスはそうじゃなかったみたい。
「ぐぎゃあああああああっ!!!」
絶叫! 可哀想なくらいの絶叫!
気分がむちゃくちゃ悪くなります!
いやもう罪悪感が半端ないって!
テン助は、ルコスの左肩から胸、右の脇腹へと入り、遂には腰のあたりでスパッと貫通した。
同時にズルズルと横滑りするように身体が分かれる、ルコス。
うわぁ、やばい超気持ち悪いし罪悪感が、
『ボンッ!』
ひやああああっ!
もえ、燃えた、燃えたよカマキリボディ!!
真っ二つに分かれたルコス、轟々と燃えています!
何かを叫び暴れるルコスだけど、あっと言う間に動かなくなって……灰になりました。
あああ、やっちゃった……。
ごめん、ルコス。
『ば、ばかな……。』
『凄い……。』
あ、生き残った騎士さんたちも唖然としています。
そりゃそうよね!?
妙ちくりんな恰好をした女子高生(骨)が、銀ちゃんですら歯が立たなかった巨大カマキリを両断して燃やしちゃったんだから!
信じられませんよね!?
大丈夫、私もだっ!
ありえねーって!
その時。
「馬鹿なああああ!」
「ル、ルコスビル様が、骨共にやられた!?」
「ああ、悪夢だ、悪夢だぁ!!」
何か、しゃべれる虫さんが他にもいたみたい!
凄い絶叫が響いています。
あと心なしか、G軍団も動揺している。
そうそう、ルコスビルだったね。
ごめん、何か、灰になっちゃった★
わわわわ私の所為!?
私の所為よね!
ごめんなさーい!
「撤退! 撤退だ、グリード軍!!」
「速やかに撤退せよ!!」
響く絶叫に合わせて、G軍団がワラワラカサカサと、逃げていきます!
うーわ。逃げ足、速っ!
どうして君たちは攻撃の時にその動きが出来なかったのかね? 手抜きにしては酷いよ、Gたちよ!
『か、勝鬨をあげろぉぉぉぉ!!』
『うおおおおおおおおおおっ!』
辛うじて立ち上がった銀ちゃんが叫び、強引に大剣を空に向けて掲げた。
それに呼応するように、騎士さんたちやガイコツ軍団たちが大きな声やら骨音やらで騒ぐ。
え、か、勝った!?
勝ったの、ガイコツ軍団!
おおおおっ! やったね!
所属しているチームが勝つのは嬉しい!
『ぐ、う。』
『ジェネラル様っ!?』
って、おおおい、銀ちゃん大丈夫!?
大丈夫じゃないよね? 私を守るために、ルコスの剣が思いっきり刺さったんだから!
うわあああ、銀ちゃんーーー!
『ぬ。娘、無事で何よりだ。だが、貴様のおかげでグリードの虫共を退くことが出来た。感謝する。』
そんな事どうでもいいけど、この怪我って治るの!?
いや骨だから血が出ているとかそういうんじゃないけど、鎧がズッパリと斬られていて、その隙間から見える骨がボロボロに砕かれている。
骨折とかそういうレベルじゃねぇし。
この大怪我で何で普通にしゃべれるのよ、銀ちゃん!
『全軍に告ぐ。前線を維持しつつこの地に陣を張る。副将の指示に従い、各自行動せよ。』
こんな大怪我だけど、ガイコツ軍団に指示を飛ばす。
あんた、凄いな……。
『娘。そしてスカルナイトは我と共に城へ下がる。スカルプリスト共は損傷したスケルトンたちの治療を行え。以上だ。』
ガチャガチャと動き始めるガイコツ軍団。
その中から、あまり見かけなかった白装束? を纏ったガイコツさん達が銀ちゃんのところに近づいてきた。
何、君たちは?
『ブウウンッ』
ちょちょちょちょ!
ちょっと待ったぁ!
『どうした? 娘よ。』
どうした? じゃねーよ、銀ちゃん!
この白骨たち、あんたに魔法ブッパしようとしてまっせ!
斬る? 斬っちゃう!?
今度は私が銀ちゃんを守る!
『どけ、娘。ジェネラル様の治療の邪魔だ。』
白骨の中で、一番偉そうな足の無いお化け白ドクロさんが呆れています。
え、治療!?
『シュウウウウウウウウウ』
わぁ、銀ちゃんの身体が白く輝いている!
え、これ、治療魔法なの?
『うむ。感謝するプリストレイスよ。』
『勿体なきお言葉。』
わー! 銀ちゃんの骨が戻った!
すっげー! マジでファンタジー!
これ、ミサキ見たら喜ぶだろうな……。
あ、でもホラーがダメだったね、あの子。
うーん、せっかくのファンタジーなのに残念だな。
……こんな世界にミサキが来ていたら、嫌だな。
私みたいに骨だったら?
いや、万が一、虫だったら?
そんなの、悲しくて頭がおかしくなる。
って、あの子がこんな世界に来るわけない。
そんな都合のいい悪夢があってたまるか!
そうか!
腹ペコだから変な事を考えちゃうのか。
そうだよ。お腹空いたんだよ!
ゴハン食べたいー!!
◆
「ルコスビルが殺されただと!?」
「は、はい。 副将ジェネラルビートルの報のため、間違いないかと。」
「馬鹿な! エンヴィの骨共に、奴を殺せるようなネームドが現れるはずがない! まさか……俺と同じようにネームドを封印していたのか? ……いや、あり得ん。あの性悪女にそんな知恵があるとは思えん。奴を殺した魔物は目撃したのか?」
「は、はい。ですが……。」
「はっきり言え! 奴を殺した魔物は何だ!?」
「ス、スカルメイジです。」
「あっ!?」
「ひ、ひぃ! 陛下、落ち着いてくださいませ! わ、私も耳を疑ったのですが、副将だけでなく、傍に居た魔術師たちも目撃したとのことです。妙な帽子を被った、妖刀らしき剣を持つスカルメイジだそうです!」
「……脆弱なスカルメイジが? 妖刀を持つ? 冗談も休み休み言え!」
「ひぃぃぃぃっ!?」
「如何なさいますか。陛下。」
「あり得ん。ルコスビルを殺害したのが、ただのスカルメイジなはずがない。調べる必要があるな。」
「ハッ!」
「それに……。人間共が、異界勇者の召喚に成功したらしい。」
「なんですと!?」
「場所は予想通り、クロスフォードだ。偵察兵を送り込み情報を集めよ。……異界勇者が成長する前に、攻め滅ぼすことも視野に入れ軍備を整えよ。」
「御意。……エンヴィ軍は如何なさいます?」
「件のスカルメイジ次第だ。今回、忌々しいことに前線を押し込まれてしまった。前線配備は維持しつつ、奪われた陣地を取り戻せ。偵察は……下手に奥まで入り込めばイリスに気付かれる。前線を維持しつつ調べよ。」
「御意。」
「ルクフェルの野郎。余計な事をしやがって。目覚めたらタダじゃおかねぇぞ。」




