男神は憑依と共に
「カタル様、聞いていますか?」
「え?あ、うん。聞いてますよ。要するに、『忙しいからさっさと野たれ死ね』ってことですよね?」
「ええそうです。どうせ人間なんて弱い生き物なのですから、さっさと野たれ死んでくれれば良いのです」
話を聞いていなかったオレが悪いのだろうけど、適当に言ったとこに肯定してさらに抉ってくるのもどうかと思う。
女神の方をチラッと見ると、口をパクパクとさせながら顔を青くさせて、しかし天使を咎めようとしていた。おそらくだけど、天使の圧が強すぎて女神としての力が発揮できていないのだろう。
アレだ。母親が子供を本気で叱るときと同じような状況だ。どう考えても女神の方が年上だけど。
「じゃあ何だ。オレはお前さんたちのミスでここに呼ばれたのに、謝罪も無しに地上へ行けと、そう言うんだな?」
「そうは言っていません。無駄な抵抗はやめてさっさと行けと言っているのです」
ソレのどこが違うというのだろうか。さっさと行けというのは、この服装のままということだろうか、女神に渡したリュックを持って行け、ということだろうか。
どちらでもオレは死ぬ運命しか見えないのだが……いや、リュックの中身は異世界では通じない代物だし、この服装はビッチョビチョだ。使い物にならない道具を売っても大した金にはならないだろうし、このままだと風邪を引く。
いや、もう引いているかもしれない。
「ウェント……もうその辺で……」
「マーテル様は黙っていてください」
オレを天使から発せられる圧から庇おうとしたのか、天使の名前を呼んで落ち着かせようとする。しかし、ウェントと呼ばれた天使は、鋭い眼光で女神を黙らせた。
「はぁ……さて、カタル様。あなたには選択肢があります」
「聞こうじゃないか」
「っ……すぅ……はぁ……よし」
オレの態度の何が気に食わなかったのか、怒鳴ろうとしたウェントは深呼吸をして乱れた呼吸を整えた。
そして、右手をグーの状態にし、人差し指を立てた。
「一つ、このまま地上に送られる。一つ、さっさと地上に送られる。一つ、今すぐ地上に送られる。さあどれがいいですか?」
ウェントが最初に言った言葉とは違い、選択肢なんてものは存在せず、一つしか提案されてない。
確かに『一つ』だわ。立ってる指の数も一本だわ。
なにこれ、ツッコミ待ち?やめてくれよ。オレのステータスにはツッコミの技能は無いぞ。
さてはこいつ、最初から選ばせる気ねぇな?
仕方ない。黙り込んでいる女神に助けを求めようじゃ無いか。
「そうだな……先ほど女神様が仰っていた、『道化師』の職業について詳しく」
「カタル様!!」
言っておくが……オレに圧なぞ効かないぞ。ウェントの発する圧より、母親が怒っている時に発せられる圧の方が怖かったからな。それに比べたら、ウェントの圧なぞそのリュックを背負ってる時の重圧と何ら変わらない。
「え……えぇ、そうねぇ……『道化師』というのは……」
天使の圧を受けながら、女神は恐る恐るといった感じで話し始めた。
にもかかわらず、なぜかウェントは圧をかけてはいるが、女神の行動を咎めようとしない。
ウェントの金色の瞳に、焦りの感情が加わった。
「『道化師』はあなたが知っている通りのもの。大道芸で人を楽しませたり、皮肉を言って大事なことを気づかせたりするの」
「マーテル様!」
「非戦闘系の職業だと思われがちだけど、実は戦闘系の職業よ。立ち回りによっては使いにくく厄介な職業になるかもしれないけど」
ウェントの言葉に構わず、まるで何かに取り憑かれているかのように『道化師』について説明してくれる。
いや、もしかしたら取り憑かれているのかもしれない。女神の目に感情が見えないから、本当に『もしかしたら』の話だけど。
「もちろん、魔法を使うこともできるし、ステータスを隠すことも偽ることも可能だ。なぁに、犯罪を犯さなければ、俺は何も言わんよ」
「いや誰だよ!話し方からして誰かに取り憑かれてるとしか思えないんだけど!?」
途中から話し方が変わったため、ついツッコミを入れてしまった。『もしかしたら』の話ではなく、マジな話だった。
いや、誰だよ。あまりの衝撃に、ウェントが固まっているじゃないか。
「なぁに、夫の悪戯ってことで、マーテルも許してくれるさ!」
「さては男神様ですね。クッソ本人がいねぇから感情が読み取れねぇ!!」
おっと、つい素が出てしまった。平常心平常心。ヒッヒッフー。
「心配いらんよ。俺に対してフレンドリーに接してくれりゃ、今のことは不問にしておいてやる」
そんな女の子の声で言われても……いや、アリだな。
いやいや、ねぇよ!
あっぶねぇ、危うく洗脳されるところだった。
「いや、俺はまだ何もしてないんだが」
「ナチュラルに心を読まんでください。オレが想像していたファンタジーがぶっ壊れます」
「気にするところは本当にそこで良いのか……?」
おかしいな。オレの想像だと、心を読むのは天使か女神だと相場が決まっていると思っていたんだが……現実は非情だ。
女神の顔をした男神がオレのことを胡乱な目で見てくる。
おかしいな、何か変な思考したかな。
「あぁ、なるほど」
男神は突然、合点がいったかのように、手を合わせた。そして言った。
「さては俺の妻に見惚れていたな?全天使が認める美少女だから、見惚れてしまっても仕方ないだろう。うんうん」
「おい今『美少女』って言ったか?『美女』って言わないと女神様にぶっ飛ばされるんじゃないか?」
「はっはっはっ、まさかそんなことある筈……あ、取り憑いても記憶が残るんだった」
急に顔が青くなった。
やはり、女神様は『美女』として扱わないといけなかったらしい。こう言う背の小さい女神は、自身の身長を気にしているものだと相場が決まっているからな。もちろんロリババアなるものは除くが。
「よし消そう」
「男神、お前さん本当にそれで良いのか?」
「素が出まくってるぞカタル殿」
真顔で突っ込まれて気づいた。ヤベェ、うっかりしてたわ。
でも、フレンドリーに接しろって言われたから、別にいいよネ。
「やれやれ、時間がないからチャッチャと済ませるぞ。チャッチャとな」
チャッチャとなんて言葉、最近聞かないんだけど。よく知ってるな、そんな言葉。
男神in女神は、オレの方に近づいてくると、オレの胸に右手を当てた。うん、ちょうど心臓の上だな。
「あの……怒ってらっしゃる?」
男神の顔には表情がない。完全な無表情だ。
あれか?仮にも妻なる女神をナチュラルにロリババア扱いしたことを見抜かれ、怒っていらっしゃるのだろうか?
オレの言葉に、男神はゆっくりと首を振ると、急に柔らかな微笑みを浮かべて、一言だけ呟いた。
「歯ぁ食いしばれよ」
「は?」
瞬間。
オレの胸に、何か鉄の塊がぶつかったかのような衝撃があった。
「グッッッフゥゥゥゥ!?」
『歯を食いしばれ』の意味がわかった。が、オレの意識はそこで途切れることとなった。
完全に意識が落ちる前、オレは聞いてしまった。女神……いや、男神の言葉を!
「あー、すっきりしたっ!」
やっぱり怒ってたんじゃねぇかよ!!
序章はここで終了でス(±ヮ±)