会話は冗談を混ぜて
頭の中の声は相変わらず曲がる方向しか指示しない。
つまり、その逆の方向に向かっても問題ないということだ。
もちろん、自身の勘に従って、逆に言ったら命に関わると思った時だけは声に従っているが。
そのおかげで、まだコレといった罠にはかかっていない。
それを何度か繰り返していくと。
『止まってください。そして、目の前の扉を開けてください』
そんな声が聞こえ、目の前に金色の装飾が施された扉が現れた。
オレは後ろを振り返り、まだ背景が白いことを確認すると、その扉を何のためらいもなく開けた。
+×+×+×+×+×+
中に入ると、そこはまるで雲の上かのように、ふわふわとした床が広がっていた。
そこは空調設備がしっかりとしているのか、時々吹く風がとても気持ち良い。
天井は青く、そこには雲のような絵が描かれていたり、太陽のように明るい電球が輝いていた。
そして横を見ると、真っ白いがツノのようなものが生えている鳥が何羽も飛んでおり……そこで気づいた。
これ室内じゃねぇじゃん。外じゃん。
目の前には、椅子に座っている女性の姿があった。
オレに背を向けているため、丸まった背中からは疲労が見て取れた。
何か書いているのか、必死に右腕が動いており、時々疲れたのか右手を振る仕草を取っていた。
とりあえず、話しかけてみよう。
「こんにちは〜」
「うわぁっ!?」
よっぽど集中していたのか、持ち直したペンを放り投げながらオレの方を振り返った。
放り投げられたペンはくるくると回転し、白い雲の上に落ち……いや、落ちる前になぜか急速にスピードを緩め、ゆっくりと机の上に戻っていった。
女性はというと、驚いた顔のまま左手を胸に当て、オレを凝視している。
金色のさらりとした長髪は風になびいて揺れており、心を見透かしそうな緑色の目はオレの姿を捉えたまま動かない。そして子供っぽい顔は驚愕に染まっている。だが、背丈は少女くらいだが、アレはオレより年上の女性だ。
慎重に話さにゃいけねぇな。
「いやぁ、仕事の邪魔してすみませんねぇ。ちょーっとばかし、道に迷ってしまいまして」
オレの方を見たまま固まっている女性は、オレの言葉を聞いて我に返ったのか、オロオロとしながらなんとか言葉を紡いだ。
「み、道ですか?そうですか……あれ、おかしいですねぇ。ここは普通、道を知っている天使くらいしか来ないはずなのに……変ですねぇ」
予想外だったのか、焦りに焦りまくっている。
そしてオレ自身も予想外だったのが、『天使』という言葉だ。その言葉が何かの隠語でなければ、あの羽の生えた生き物だということになる。
つまりあれか。
ここは天国か?
まあいいや。とりあえずは警戒を解いてもらわにゃ。話も進まねぇな。
顔は驚きに染まってはいるが、あの目は遠くからみてわかるほど、警戒に染まっている。
「そんな目をしないでくださいな。オレは別に怪しい者じゃありませんからねぇ」
「そ、そうですか……それで、私に何か用ですか?私はこう見えて忙しいのですが……」
どうやら整理がついたのか、徐々に落ち着きを取り戻して、真顔に戻り、口調も安定した。だが、まだ警戒は消えていない。
「用事があるといえばあるのですがねぇ……割と時間がかかりますよ?」
「どのくらいですか?」
聞くだけ聞いてくれるらしい。なら、オレが予想した時間を言おう。
「30秒くらいかなぁ」
「それは『ちょっと』だと思うのだけど?」
間髪入れずにツッコミがきた。
そしてツッコミとともに、目から警戒が少しだけ薄れた。
「まぁまぁ、聞いてくださいよ」
「白い光に飲み込まれた」ということは伏せて、土砂降りの中、偶然見つけた扉をくぐったらここに来た。ということを説明した。
え、嘘は言ってませんよ。土砂降りの中にいたことは事実だし、この扉も偶然歩いていたら見つけたのだからねぇ。
+×+×+×+×+×+
「最初はここが室内だと思ったんですよ」
「あら残念、ここは室外よ」
「そうは言ってもですね、ふわふわな床とか、心地いい風の吹く部屋とか、太陽みたいな明かりとか、室内で再現できそうなものばかり揃っているんですよ?ここが外とか、信じられるわけないじゃないですか」
「まあ、再現できる場所を知っている私としては、あなたに労いの言葉をかけることしかできないわ」
とりあえず、警戒を解くことはできました。
いやぁ、相手の顔色を見ながら言葉を選んで話すって、以外と難しいねぇ。
家ではどちらか一方しかやってこなかったから。
おっと誰か来たようだ。
扉をノックする音と、何やら紙が落ちそうだったのか、慌てて押さえるような音が聞こえる。
『おっとっと……女神さまぁ、召喚したお二方を無事に送り届けましたぁ。新しい書類ですぅ』
どうやら彼女が先ほど口に出した『天使』らしい。これは扉を開けて差し上げないと。
そう思ったオレは、女性に「開けますよ」と言って扉の方に向かった。女性も、「ごめんなさいねぇ」と笑いながら言ってくれたため、何の違和感もなく扉に触れ、開けることができた。
外開きだから、必然的にオレは入ってきた天使からは見えなくなるわけだ。
「あれぇ?いつの間に自動ドアにしたんですかぁ?ちょうど両手がふさがってたのでぇ、助かりましたぁ」
「え、自動ドアにはしてないわよ。あの人が気を利かせて開けてくれたの」
「どの人ですかぁ……?」
天使っぽい人は、扉を閉めているオレの方を振り返った。
「あ、どうも」
今度は天使の顔が驚愕に染まった。
しかし、改めて見ると、本当に天使なんだな。
背中から白い羽が生えているし、頭の上には黄色い輪っかが浮いている。髪の毛はやはり金髪だが、頭の上でおだんご結びをしている。
服装は白い布でできているが、しっかりと紐で結んであるのか風で揺れることはあってもたなびくことはしていない。
「あ、ところで女神様だったんですねぇ」
「今頃気づいたの?」
「いや、オレからしたら、『大人の女性』としか感じなかったんで」
「変ねぇ、割と圧をかけていたのだけど……」
女神である彼女は腕を組み、しきりに首を傾げていたが、オレはとりあえず天使の女性をどう対処するか、頭を悩ませていたのだった。