wish your heart
私────花園 アリスは、消滅した。
心はほどけて消えて、跡形も無くなくなってしまった。
幻想から生まれた私は、他人が見た夢だった私は、仮初の存在を失った。
大好きな友達が沢山いた。
一緒に笑い合ったり、バカをしたり、泣いたり、喧嘩したり。
辛いことを一緒に乗り越えて、助け合って、支え合った友達が、沢山いた。
そのみんなと、誰一人としてお別れなんてしたくなかった。
そんなみんなが生きる世界が大好きで、愛していた。
でもそこは、本来私がいるべき世界じゃなかったから。私は、消えるしかなった。
生まれ育った世界も、神秘に溢れる世界も、紛れもない現実で。
どちらも私を受け入れてくれたけれど、でも私だけは幻で。
誰が許してくれていても、私という存在は、現実になることができなかった。
でも、私の心は確かに存在していて。
二つの世界で出会った沢山の人たちと、繋がることができて。
みんなと、沢山の思い出を作ることができた。
私という存在は幻だったけれど、その思い出が嘘だったとは思わない。
私は確かに生きていて、みんなとの消えない時間を過ごすことができたんだから。
私はこの手で、みんなの未来を切り開くことができたんだから。
私が生きたことそのものは、紛れもない現実だ。
でも、私の心はほどけてしまって、なくなってしまった。
体を失い、存在を失い、心は行き場を失って。
こうして気持ちだけが浮かんでいる今の私は、きっとかつての残響のようなもので。
私は、二つの世界から、完全に消え去ってしまったんだ。
消えてしまったらどうなるんだろう。
そんなことをあの時は考える余裕はなくて、でもこうした今でもわからない。
消えてなくなってしまった私は、今なんなんだろう。
わからない。わからないけれど。
でも不思議と怖くはなかった。
自分というものがなくなって、体も心もなくなっても。
私はちっとも怖くなかったんだ。
けど、寂しさはある。
消えてしまった私はひとりぼっちで、そもそも自分すらもなくて。
誰とも一緒にいられないことが、やっぱり寂しいんだ。
それでも、私はこの現実を受け入れている。
私は全力を尽くしたし、できることは全てやり切ったから。
何がなんでも守りたいと思ったものを、守り切ったんだから。
全てが万事解決とはいかなかっただろうけれど、でもみんなが前に進める未来を、私は手に入れた。
これからも色んな問題が出てきて、結局なんらかの形で争いは起こって、辛いことが全くなくなるなんてことは、ないのかもしれないけれど。
でも、私は信じてる。きっと、今までよりもみんなは幸せに生きていけるって。
だから私は、こうして消えてなくなってしまっても、願ってる。
みんなの幸せを。みんなの笑顔を。
そうやってみんなが楽しく生きていってくれれば、私は満足だ。
だって大好きな友達が幸せなら、私は幸せだから。
ただ。ただ、欲を言うのなら。
希望を、願いを言うのなら。
私も、そこにいたかった。
みんなの笑顔の中に、私もいたかった。
私も、みんなと一緒に、笑いたかった。
消えてしまった私は、なんの感覚もなくて。
どこにもいなくて、全ては無に包まれている。
時間の感覚もなくて、消えたあの瞬間から止まっているのか、それともうんと果てしない時が経ってしまっているのかもわからない。
世界から消えてしまった私には、世界から切り離されてしまった私には、何もわからない。
どんなにみんなが幸せになってくれても、私はそれを知ることができなくて。
そして、それを分かち合うことができないんだ。
それが、悲しくて。私にはただ、願うことしかできない。
消えてしまった私の願いに、意味があるのかはわからないけれど。
でも、想う。想い続ける。
ほどけてしまった心には、想うこともできないのかもしれないけど。
これは、錯覚のような、まやかしのようなものかもしれないけど。
でも、私は想う。
大切な人たちを。友達を。霰ちゃんを。
どこへ行こうとも、消えてしまっても、繋がりは残るって、信じているから。
交わした気持ちはなくなったりしないって、そう思うから。
だから私は、みんなを想い続ける。
私たちは繋がっているから。
心がなくなっても、繋がっているから。
────そう思い続けて、どれくらい経ったのか。
ちっとも進んでないかもしれない。だって、私は消えたんだから。
でも私の気持ちだけはどこかに浮かんでいるから、なんとなくそう思って。
ずっと止まっているかもしれないし、永劫のような時が経っているかもしれない。
そんな中でも、全てが消え去った、心までも消え去った私の、気持ちだけはどこかを彷徨っている。
何もないところで、一人感情だけが流れている。
その気持ちだけで、私は友達を想い続ける。
霰ちゃんを、想い続ける。
また会いたいと、想い続ける。
『アリス、見て』
ふと、晴香の声が聞こえたような気がした。
存在がなくなった私に、意識が消失した私に、届く声なんてないはずなのに。
交われるものがあるはずないのに。
でも、声が聞こえたんだ。あの柔らかな声が。
────あるはずのない胸に、温かさが灯った。
そして、同時にいくつもの、沢山の想いが私に流れ込んできた。
この感覚もおかしい。私は、もうないんだから。
かつての感情がただ、残響しているだけなんだから。
なのに、私は流れ込んでくる沢山の想いを、何故だか感じることができて。
そしてその温かさを感じることができて。
その瞬間、何もないところにポツンと、自分の心を見出した。
沢山の感情が私を抱いて、私を創り出している。
なくなってしまった私の心を、私に向けられた沢山の想いが、形創っている。
この想いは、みんなの心だ。私の大切な友達の心が、みんなの繋がりが、私に気持ちを流してくれている。
消えてなくなってしまった私の心を、みんなの想いが編んでくれている。
私は、消えた。消えてなくなって。
体も心も、存在全てがなくなって、無になって。
でも、みんなの胸の中にある『私』が、この繋がりを辿って、私に流れてきている。
みんなの声が、聞こえる。
沢山の手が伸びてきているのがわかった。
繋がりを辿って、みんなが私に手を差し伸べてくれている。
こっちだよって、導いてくれている。
それを感じ取れる自分の存在を、みんなが教えてくれている。
『────アリスちゃん』
そして、一際細い手が伸びて、私に向けられた。
それが誰の手なのかは、考えるまでもなくて。
私はみんなに支えられながら、その手を取った。
「────────」
全てが私に飛び込んでくる。
光が瞳を燃やし、冷たい空気が肌を刺して、温かな体温が指先に絡まった。
世界が、私に戻ってきた。
その中で、沢山のものが飛び込んできた中で、真っ先に目に入ったもの。
黒髪のショートヘア。それに隠された白い肌。
そして、スカイブルーの瞳。
その手が、私の手を取っている。
目と目が合って、そして────
「お帰りなさい、アリスちゃん」
霰ちゃんが、笑った。
おしまい