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エピローグ 2

 ────────────




『まほうつかいの国』、『魔女の森』。

 ドルミーレの神殿だったものの残骸の上に、黒尽くめの姿が一つ、腰掛けていた。

 焼け果てた巨大な森の中で、崩れ落ちた瓦礫の上で、レイは一人悠然と過ごしている。


 その身を蝕んでいた『魔女ウィルス』は消え、レイは純粋な妖精に戻っていた。

 魔女はもうこの世界に存在せず、故にもう排斥されることもない。

 この森に集う魔女たちの姿は、今はもうない。


「まさか、こんな未来があるなんてね……」


 レイはボーッと森を眺めながら、静かに独り言ちた。

 自分が突き進んできたものを全て乗り越えて、誰もが無理だと嗤った未来を切り開いた少女を想う。

 ほんの少し前まで、こんなことが現実になるなんて、考えたこともなかったのだ。


 それでも、それは起きた。

『魔女ウィルス』の苦しみは全て消え去り、その残酷な死に怯えることなく。

 理不尽な差別や、残虐な狩りに震える必要もない。

 魔女が虐げられるという歴史は、幕を閉じたのだから。


「もっと早く気付けばよかった。無理だと決めつけて、凝り固まった気持ちに支配されて、明るい未来を見ようとしなかった僕は、馬鹿だ」


 レイが夢見た未来、それが全て叶ったわけではない。

 ドルミーレにしがみついてきたレイの願いは、叶うべくもなかった。

 けれど、こうして魔女が解放される未来が、こんな平和的に訪れるものだと知っていれば。

 もう少し別の生き方ができたかもしれないと、思ってしまうのだった。


「アゲハ、クロア……ホワイト。僕らがもっとアリスちゃんを信じていれば、彼女の心に寄り添ってあげられたらきっと、別の道が切り開けたのかもね。善子ちゃんは、きっと怒ってるだろうな」


 後悔をしても仕方がない。なかったもしもを語っても仕方がない。

 それでも、ここまでくる過程でこぼしてしまったものを、思わずにはいられなかった。

 望んで手放したわけじゃない。その時は、そうするしかないと思っていた。

 それを今思っても仕方がなくても、やはり考えずにはいられなかった。


 共に歩んできた仲間。目的を共に掲げた友。そして、相入れなかった少女。

 そんな彼女たちのこと、静かに偲ぶ。

 みんなにも、この未来を見せたかったと。


「僕がもう少し早く、もっとちゃんとアリスちゃんを大切にできてたら……でもあんまりくよくよしてたら、アリスちゃんはきっと、怒るよね」


 果てしない時の中で、過ちを繰り返してきたレイ。

 後悔はどうしても拭いきれず、あり得ないものばかりに目を向けてしまう。

 けれど与えられた未来を前に、今を生きる自分が後ろを向いてはいけないと、レイは自分に言い聞かせた。


 今のその身体は、少女の切なる想いによって成り立っているのだから。


「僕も、前を向くよ。新しい生き方を、見つける。君が僕にくれた未来だから」


 そう呟いて、レイは花園 アリスを想う。




 ────────────




 世界は変わり、廃ビルの四階。


「で、アンタらは帰らなくてよかったの?」


 千鳥はボロボロのソファに腰を降ろしながら、二人の少女に問いかけた。

 一人は彼女の隣にどかりと腰を落ち着けていて、もう一人は彼女の膝を枕にしている。

 カノンが、「ああ」と頷いた。


「つーか、帰れなかったってもあるけどよ。都合よく時空の歪みってやつを見つけられなかったし。でもまぁ、アタシらは別にいいんだ」


 特に気にした素振りも見せず、カノンはそうカラカラと答える。

 そんな彼女に、千鳥は「あっそう」とそっけなく頷いた。

 その手は、転がっているまくらの頭をぽんぽんと撫でたまま。


 三人はジャバウォックとの戦いの後、自分たちが生き残ることで精一杯だった。

 何とか生存を果たすもレオとアリアのようにギリギリであちらに越えることはせず、こちらの世界に止まることを選んだ。

 千鳥は相変わらずこの廃ビルを拠点とし、カノンとまくらは時折こうしてここを訪れている。


「アタシはそもそも、向こうに家族とか身内はいねーし。まくらは、アタシと一緒にいたいって言ってくれたしな。だったらもう、世界とか何でもいいんだ。アタシらがのんびりやってければな」

「千鳥ちゃんにも会えるしねー! これからもいっぱい遊んでね!」

「アンタら、結構のんきよね」


 千鳥はそう溜息をつきながら、しかし満更でもなさそうに口の端を緩めた。

 そもそもこの二人と特別仲がよかったわでもなかったが、幾度の共闘で少しは心を寄せられるようになってきているようだった。


「そういうお前こそ、あっちに帰らなくてよかったのかよ。ほら、あの……姉ちゃんたちの、弔いとか」

「いいのよ、そういうのは。私はあっちのもの、全部捨ててきちゃったし」


 カノンのあまり遠慮のない言い方に顔をしかめつつ、千鳥は軽く答えた。

 二人の姉のことを思いつつも、彼女の顔に曇りはない。


「お姉ちゃんたちが私のことを想ってくれてたってことは、もうよくわかった。こんなバカな妹でも、大切に思ってくれてるんだって。だから私にできることは、お姉ちゃんたちの願い通り幸せに生きること。あの子が大好きって言ってくれた『千鳥』として、私はこれからを目一杯生きるわ。それに私の居場所は、ここだから」

「あっは〜! なんかいいことっぽいこと言ってるー! おっもしろーい!」

「うわ、びっくりした! いきなり出てこないでよ!」


 膝の上に寝転がるまくらの豹変に、しんみりとしていた千鳥は飛び上がる。

 その異様なまでのハイテンションは、まくらではなくカルマのものだった。


「もう、人が真面目な話してるんだから掻き回さないでよ!」

「さっさと引っ込めバカルマ! お前は飽くまで裏なんだからな!」

「はいはーい。つまんないから戻りますよーだ。ちぇ、もうちょっと構ってくれてもいいのにねんっ」


 千鳥とカノンの二人がかりのクレームに、カルマはブーブーと口を尖らせて。

 いやらしい笑みを浮かべていた顔は、すぐにまくらのあどけない表情に戻った。


 魔法が消え去ったことで、カルマを形成していた魔法も再び消えた。

 しかし彼女の心自体はまくらの体に残り続け、今は一つの人格として存在している。

 以前のように格好ごと変化はしないが、時折その存在を表に出しては好き勝手に騒ぐのだ。


「────たく、なんの話してたか忘れたわ」

「アリスお姉ちゃんが大好きって話だよ!」


 一気に押し寄せた疲労に溜息をつく千鳥に、まくらがニカッと笑って言った。

 その言葉に千鳥とカノンは一瞬固まって、しかしすぐに振り払う。


「そうだな。アタシたちはアイツが大好きだ。だからアタシたちは、アイツが残してくれたものを絶対忘れちゃいけねぇ」

「ええ、そうね。あのバカは、頼んでもいないのに沢山私たちを救ってくれた。友達だって言って、心に居座ってきた。絶対、忘れてなんかやらないわよ」


 二人はまくらの頭を撫でながら、そう呟いて。

 そして彼女たちは、花園 アリスを想う。




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