20 夢に過ぎないもの
「────ドルミーレ!」
視線がぶつかり合う中、夜子さんとお母さんが声をあげた。
ドルミーレの向こう側にいる夜子さんも、そして私の傍にいるお母さんも。
大きく目を見開いて、震えながら、信じられないものを見るようにドルミーレを見つめる。
私はここ数日の間に何度か彼女と邂逅しているけれど。
でも二人にとっては二千年の間望み続けた再会だ。
私を庇ってくれたお母さんでさえ、その黒い姿に目を奪われて、声を震わせている。
「久しぶりね、ホーリー、イヴ」
ドルミーレは私からあっさりと視線を外すと、くるりと首を動かして二人を見た。
その気軽さ、気さくさは、紛れもなく三人が旧知であることを物語っている。
ただ、ドルミーレからは親しみのカケラも感じられず、ただの表面的な挨拶だった。
それでもお母さんも夜子さんも顔をくしゃっと歪め、今にも泣き出しそうに唇を結んだ。
ドルミーレがどんな態度を取ろうとも、彼女は二人にとって紛れもない大切な人なんだ。
それがドルミーレ本人にあまり伝わっていなさそうなのが、とてももどかしく思える。
「まさか、こんなに時が経ってもあなたたちの顔を見ることになるだなんて思わなかったわ。本当に、しつこい人たち」
「昔から、ずっと言ってるだろう。君が大切だからだ。私たちが親友だからだよ、ドルミーレ」
「親友、ね……」
そっと歩み寄ろうとする夜子さんに、ドルミーレは首を捻っただけで顔を向け、つまらなさそうに言葉を繰り返す。
その口ぶりはとても冷たく、まるで吐き捨てるようで。
「あなたたちの執念は認めるわ。でもやっぱり私には、未だにわからない。受け入れられない。繋がりなんていう脆弱なものを、保ち続けようとする意味が。だって、くだらないじゃない」
「私たちがここまで生きてきて、あなたを求め続けたことが答えよ。決して忘れられない、放したくない絆だから、私たちはここまでしがみ付いてきたんだもの」
「どうだか。現にあなたは違う方を選んだんでしょ、ホーリー」
私の横に立つお母さんに、ドルミーレは冷たい声を浴びせかける。
ドルミーレを目覚めさせるんじゃなくて私を保つことを選んだお母さんを、蔑むような眼で見て。
「別に、今更それになにを思うわけでもないけれど。答えというなら、それの方がよっぽど真実を表しているわ。人と人との関わりに、絶対なんてものはないと」
「ドルミーレ。ホーリーは別に、君を裏切ったわけじゃ……」
「あなたもよ、イヴ」
ドルミーレの横に並び立ち、その結論を否定しようとする夜子さん。
けれどドルミーレは、そんな彼女にまでも刃のような言葉を向ける。
「私のことを大切だと言いながら、あなたはあの子に心惹かれていたじゃない。結果として私を選んだと言うのだろうけれど、イヴの中には確かにあの子があったのでしょう? そうやって人の心は移ろって、必ず裏切る。だから私には、繋がりなんて、絆なんて、愛なんて、信じられない」
誰一人として寄せ付けないその言葉は、全てに対する拒絶だった。
ここまで全面的に想いを寄せている二人までも、くだらないと一蹴して、あらゆる繋がりを否定する。
自分以外のもの全てに牙を向くその在り方は、あまりにも寂しくて冷たい。
ドルミーレがそういう人だと、親友を名乗る二人はわかっていたんだろうけれど。
でも、二千年ぶりの再会の果てに叩きつけられた言葉としては、やっぱり残酷すぎたのか。
お母さんも夜子さんも、固まってしまって何も言い返せなかった。
その悲壮に塗れた顔を、私はとても見ていることができなかった。
「なに、それ……」
我慢ならなくて、口を開く。
三人の関係は、私が口を挟むようなことではないだろうけれど。
それでも、言わずにはいられなくって。
「どうして、そんなことが言えるの? 二人は、ずっとあなたに会いたがっていたんだよ!? あなたにまた会うためだけに、ずっとずっと、今日まで生きてきたんだよ!? なのにどうして、あなたはその気持ちを切り捨てることができるの!?」
「そんなこと、私は頼んでいないもの。そんなこと、私は望んでいないもの。当然でしょ」
「そういう問題じゃない! 例え自分が望んでいなことでも、相手の気持ちを汲み取れないことが、私はおかしいって言ってるんだよ!」
不機嫌そうに眉を寄せるドルミーレに、私は思わず声を荒げる。
私だって、望まない気持ちをぶつけられて、困ったことは沢山あった。
でもその中で、相手がどう思っているかを考えてきたから、わかり合えてきた。
それをしようともしない人が、繋がりを信じられないなんて、言う資格はない。
「あなたは、眠りの中で私を夢見たんでしょ? それは、繋がりに憧れて、沢山の人たちと触れ合いたかったからなんじゃないの!? だから夢である私を乗っ取って、目覚めようとしているんじゃないの!? そんな人が、どうしてそれくらいのこと、わからないんだ!」
「わからないわ。わからないわよ。だからこそ私は、あの世界で生きることを諦めて、ずっと眠っていることにしたんだから」
ドルミーレは大きく溜息をついて、苦々しげに目を細めた。
その黒い瞳に写っているのは、ただただ絶望だけ。
「私はもう誰とも関わりたくなかった。残酷な世界で生きていくのには疲れたし、なにより希望を抱きたくなんてなかった。誰も私を望まないのだから、受け入れないのだから、何もないところで静かに眠っていようと思った。そうしたらたまたま、夢を見てしまっただけよ」
ドルミーレはそう言って、自らを鼻で笑う。
自分自身すらも、自らの在り方も、くだらないと言うように。
「確かに、私は繋がりが美しく続く様に憧れた。そんな幻想が、夢のように輝き続けるといことに、憧れた。でもそれは決してあり得ないものだとわかっていたし、それに私はもう、そんなものを決して信じられなかった。それは飽くまで、絶対にあり得ない夢想に過ぎなかった。だから、夢を見ただけなのよ」
「……でも夢を見たということは、それをあなたが望んでいたんじゃないの?」
「違うわ。私はもう決して、それを信じることも、受け入れることもできない。しない。ただそうね……それを信じてしまうような愚かさを持っていたらとは、思っていたのかもしれないわね」
そう言って、ドルミーレはカラカラと笑う。
彼女にとってそれは、飽くまで絵空事に過ぎないのだと。
夢は夢で、決して現実とは交わらない。だからこそ割り切って幻想を描いたのだと。
「でもそれはおかしいよ。だってそうじゃなきゃ、あなたはこういう目覚め方を選ばなかったはずだよ」
心の底から繋がりを否定するドルミーレ。その言葉に嘘はない。
でも私は、どうしても納得がいかなくて。
「本当に繋がりをどうでもいいと思うなら、お母さんや夜子さんを裏切り者だというなら、私なんか無視して蘇って、二人のことだって殺してしまえばいい。それなのに、あなたはしない。私の存在を取り込むように姿を現して、否定しながらも二人を傷付けようとはしない。それはあなたの奥に、繋がりを求める心があるからなんじゃないの!?」
私の体や意識、心までも取り込んで、この世界で目を覚ます。
そうやって私になることで、繋がりを信じられる自分になりたかったんだ。
自分のままではどうしても信じられないから、私を乗っ取ることで新しい自分を得ようとして。
だからこんな、周りくどい方法で復活しようとした。
そもそも、世界に絶望して、人に絶望にして、繋がりを信じたくないというのなら。
夢も見られないほどに深く眠って、そのままずっと目を覚まさなければいいんだ。
それなのに、気まぐれだったとしても私という夢を見て、そして目を覚ますことを選んだ。
それは、望んでなければ決してしない選択のはずだ。
「くだらないことを言うのね、あなたは」
私はそう、強く訴えかけたけれど。
しかしドルミーレは、冷たく一蹴するだけだった。