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12 振り出し

「アリス! ここにいた!」


 雀の涙のような、あってないような治癒を泣きながら続けていると、ふと声が飛んできた。

 顔を上げてみれば、レオとアリアがよたよたと五階に上がってきて、私に歩み寄ってくる姿が見えた。

 二人とも未だにボロボロではあるけれど、さっきよりはいくらか回復できているようだった。


 レオとアリアは横たわる霰ちゃんと、それに縋り付く私を見て、そして不自然に散らばる氷を見て。

 何か問いたげにしつつも、けれど多くを口にせずに、すぐそばに寄り添ってくれた。


「向こうに行く方法は、何も見つからなかったの?」

「……ここには、何にもなかった。私、どうすることもできなくて……」


 背中を摩ってくれるアリアに、私は泣きじゃくりながら答える。

 多くを説明している余裕はなくて、二人は困惑しているだろうけれど。

 でも、余計な追求はなかった。


 微かに意識を取り戻しつつも、魔力の暴走による凍結に襲われている霰ちゃん。

 生きながらに体が凍っていく苦しみに苛まれている彼女へ、二人も治癒に手を貸してくれた。

 けれど二人だって満身創痍に変わりはないし、そもそも霰ちゃんの状態が、通常の治癒でどうにかなるものじゃない。

 三人掛かりでもその状態は全く改善されなかった。


「あんまり動かさねぇ方がいいかもしれねぇが、でもこれ以上ここにいても仕方ねぇよな。一か八か、まだあるかもしれねぇ時空の裂け目を探してみるか? そっちの方が、向こうに行ける可能性は高いかもしれねぇし」

「それも手段の一つかもしれないけど、でもやっぱりリスクがあるよ。私たちの体力がそこまで持つかわからない。ここは大人しく、助けが来るのを待った方がいいかもしれない」


 レオとアリアが意見を交わして、必死にどうしようかと策を考えてくれいる。

 けれど状況は最初と全く変わっていなくって、ただ霰ちゃんが弱っていっているだけだ。

 このままうかうかしていたら、本当に取り返しのつかないことになっちゃう。


 ちゃんと考えて、今すべき最善の策を行動に移さなくちゃいけない。それは、わかっているのに。

 心が震えてしまって、苦痛に胸が竦んでしまって、冷静にものを考えることができなかった。

 今私の中にあるのは、ただただ猛烈な焦燥と、底の見えない恐怖だけ。

 打開策なんて、一つも思い浮かんでこない。


「大丈夫、大丈夫だから、アリス。私たちが絶対に、あなたの友達を助けてあげるから」


 震える私を、アリアは優しく抱きしめてくれた。

 その温かい抱擁は、昔彼女がしてくれたものと全く同じ。

 心細くなったり不安になったりした時、アリアにこうして抱きしめてもらうと、とても安心したのをよく覚えてる。


 霰ちゃんの手を握りながら、アリアの腕に身体を預ける。

 そんな私に、レオも大丈夫だと言って私の頭を撫でてくれた。


 優しい親友たちの気持ちがとても嬉しい。

 擦り切れそうな心に強く沁みて、全て頼りたくなってしまう。

 でもここで甘えすぎて私が腑抜けちゃったら、きっと霰ちゃんは助けられない。

 二人が協力してくれるからこそ、私が一層ちゃんとしないといけないんだ。


 涙は未だ止まらないけれど、ひとまず私は濡れた顔を袖で拭った。

 ぎゅっと唇を結んで気合を入れる。


「二人ともありがとう。あの、一応聞いてみるんだけど。二人は、世界を渡る魔法は使えないの?」

「ごめんね、私たち個人では無理だよ。あれは、十人くらいで儀式を行って、初めてゲートを開けるようなものだから」


 私の質問に、アリアはとてもしょんぼりと答えた。

 そういえば前に、夜子さんがそんな話をしていた気がする。

 魔法使いはゲートを開くのにかなりリソースが必要で、でも一度開けばしばらくは維持できるんだとか。

 今回は、ジャバウォックに巻き込まれてこっちに来たわけだから、行きがないから帰りもないんだ。


「そもそも、本来こっちの世界に来る必要なんてないからな。その手の魔法は、あんまり研究されてねぇんだよ。まぁ、ロード・ケインくらいの空間魔法の使い手なら、もう少し何とかなるのかもしれねぇけどな」

「そうなんだよ。ただ、私たちが万全だったら、二人を向こうに送るくらいの魔法は、急拵えできたかもしれないけど……でもそれも今の状況だと、あってないような仮定だね」


 二人の反応はとても芳しくなく、向こうの世界に渡るのは現実的じゃないように思えてきた。

 単身で世界を渡る魔法が使える夜子さんがあまりにもイレギュラーなだけで、もっといえば、そもそも世界を渡ることそのものがとても特別なことなんだ。

 こっちの世界で霰ちゃんを救う方法を考えた方が、もしかしたら建設的なのかもしれない。

 でも、どうやって……?


 ただ治癒を施すだけでは、もうどうしようもならないくらいに消耗して、『魔女ウィルス』に対する抵抗力が落ちている霰ちゃん。

 通常の『魔女ウィルス』の侵食とは違うように思えるけれど、でもそれが荒れ狂っているだろうことは、彼女の身体を駆け巡る魔力の気配でわかる。

 そんなどうしようもない状態の彼女を、この本来魔法が存在しない世界で、どう助ければいいんだろう。


 そんな方法なんて、はなから存在しないのかな。

 ここまで魔力に蝕まれてしまった時点で、助かる方法なんてないのかな。

 考えれば考えるほど否定的な意見ばかりが思い浮かんで、心がずしんと重くなっていく。


「…………」


 霰ちゃんはもう意識がなくて、それでも私の手を握ってくれている。

 もう自分の意思ではないのかもしれないけれど、でもそれは私に頼ってくれているようで。

 そんな彼女を前に、私がめげていいはずがないんだ。


 でも、三人でどんなに頭を捻っても、ひらめきは全くなくて。

 本当に一か八か、時空の歪みを探した方がいいんじゃないかと、そう思い始めた時。

 白い部屋の奥に、黒い影がたぷんと現れた。


 それはまるで水滴のように、何もない空間から突然落ちてきて。

 その黒が白い床に染み混むように広がったかと思うと、そこから二つの人影が生えてきた。

 人影はすぐに明確にその姿を表し、夜子さんとお母さんが部屋の奥に現れた。


「お母さん、夜子さん……!」


 突然の登場に驚きながらも、心にパッと希望がさす。

 魔法の使い手の中で、誰よりもその実力に秀でているのは、この二人だ。

 お母さんと夜子さんが来てくれさえすれば、霰ちゃんを救う手立てはきっと見出せるはず。


 思わず声を上げると、夜子さんがゆるい笑顔でやぁと手をあげた。


「無事で何よりだ、アリスちゃん。君がジャバウォックを倒してくれたおかげで、向こうの世界もとりあえず平穏を取り戻しつつあるよ。まさか本当に、混沌を打倒してしまうとは思わなかった。君は本当に、素晴らしい女の子だよ」


 完全に余裕を取り戻している夜子さんは、いつも通りの緩やかな調子でそう言う。

 ジャバウォックという絶対的な危機さえなければ、彼女はどんな時だってそうやってマイペースだ。


「デュークスの坊やは、勝手に死んでしまったよ。何から何まで、自分勝手なやつだった。ただ、二つの世界が脅かされる問題は、君のおかげで解決した。私たちは結局、ジャバウォックという脅威を未然に防ぐことができなくて、不甲斐なくてたまらないけれど。でもこうして君は生きているし、結果オーライかな」

「あ、あの……夜子さん! 霰ちゃんが……霰ちゃんが大変なんです! 何とかなりませんか!?」


 向こうの世界が何とかなっていることは素直に嬉しいし、ロード・デュークスの顛末も気にならないわけじゃない。

 けれど今はそんなことよりも、今すぐにでも絶えてしまいそうな霰ちゃんのことで頭がいっぱいで。

 私はその穏やかそうな雰囲気を遮るように声を上げた。


 すると夜子さんは、その緩い笑みの中で眉を寄せて、ムムムと霰ちゃんを見下ろした。

 そうやって黙ってしまった彼女に代わって、お母さんがこちらへとやってきて、腰を下ろして霰ちゃんを覗き込む。


「…………」


 口を閉ざしたまま、まじまじと霰ちゃんを覗き込む。

 少しして、お母さんは霰ちゃんの頭をそっと撫でると、ゆっくりと私の方に顔を向けた。


「アリスちゃん。あなたはよく頑張ったわ。沢山の苦難を、よく絶え切って、乗り越えた。私にこんなことを言う資格はないかもしれないけれど。お母さんは、あなたを誇らしく思うわ」

「そ、そんなこといいよ! 今は、霰ちゃんを────」

「だからこれも、あなたは乗り越えなくっちゃいけないわ」


 喚く私に、お母さんは静かな声でそう言った。

 その目はとても優しげで、ロード・ホーリーとしての冷ややかさはない。

 私のよく知る、お母さんの目だ。


 私のために心を鬼にしている時の、悲しげで凛とした目だ。


「このままじゃこの子は助からない。もう、死んでしまうわ」

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