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10 ずっとここにいた

 私にあるという、心を繋げる力。

 それは私だからこそ持っているもので、でも私の力のそもそもは、ドルミーレの力に由来する。

 だから、それは特に魔女との繋がりを濃くし、そこに大きな影響を与えるものみたいだ。


 その力の一番わかりやすいのものが、『奉仕と還元』の力。

 友達と力の貸し借りをする力。それをみんなは、私のお姫様の属性になぞらえて、『庇護』を与えるとか、言っていた。


 私はそうやって、友達の魔女の力の底上げをすることができた。

 そしてその代わりに、彼女たちが得意とする魔法の一部を借り受けて、扱うことができたんだ。

 それは、力を封じられている時は特に助かって、私はそうやってここまで生き延びてきた。


「────────!」


 この胸に咲いた氷の華は、まさしくその力によるものだ。

 私がピンチの時、いつだって私を守ってくれたもの。

 どんなに離れていても、いつだってこの心を温めてくれた、氷の防御。


 その華が、今咲いた。

 それは迫っていた透子ちゃんの手をパチリと弾いて。

 完全に虚を突かれた彼女は、声にならない悲鳴を小さく上げてのけ反った。


「あ……あ、あぁ…………!」


 胸に咲く煌びやかな氷。美しく輝くそれが、私の心をじんわりと温める。

 これは、この華は、この氷は────。

 今までこうやって私を助けれくれていたのは、氷室さんだと思っていた。

 つまりそれは、氷室さんのフリをしていた透子ちゃんによるもの、だと。


 けれど今、こうして咲いた氷を見て、私はやっと気がついた。

 これは、この魔法は、この繋がりは、偽りの氷室さんなんかじゃない。

 本物の氷室 霰の魔法なんだ────!


 そう気付いた瞬間、胸元の氷が青白い輝きを放った。

 それは涼やかだけれど、でも決して冷たくはなくて。とても優しい柔らかさを感じる。

 この輝きも、私は知っていた。


 そして、輝きが私の胸から飛び出す。

 輝きに呻く透子ちゃんが、僅かに後退さった隙間に入り込んで、立ちはだかるように。

 その輝きは次第にまとまり、人の形を象った。それは────


「霰、ちゃん……?」


 姿は薄ぼんやりとしているけれど、でもそれは紛れもなく、氷室 霰その人だった。

 僅かに青白い光をまとった透き通った姿は、実体じゃない証だ。

 だってその身体は、今私が抱きしめているんだから。

 つまりこうやって姿を現したのは、彼女の心なんだ。


『────アリス……ちゃん……』


 控えめに振り返って私の名前を呼ぶ。

 その黒髪で恥ずかしそうに顔を隠しながら、でもどこか嬉しそうに、ささやかに口元を緩めながら。

 おっかなびっくりに私を見て、でも心からの信頼を寄せるように柔らかで。


『今まで、私を守っていてくれて……ありがとう。今度は……私が、守る、から』

「ひむ────霰ちゃん……!」


 たどたどしく、けれど明確な意思を持って、霰ちゃんは細い声を上げる。

 その柔らかな輝きと、慈愛に満ちた言葉を受けて、ようやく私は理解した。


 今まで何度も私を助けてくれた、青く輝く心があった。

 私が迷った時、挫けそうになった時、闇に飲まれそうになった時。

 いつも手を差し伸べてくれて、声を掛けてくれて、導いてくれた声が。

 あれは、彼女だったんだ。


 ついさっきだって、ジャバウォックの混沌に押し潰されそうだった私を、彼女が引っ張り上げてくれた。

 それは全部、全部全部、霰ちゃんだったんだ。

 今までそれに気付くことができなかったのは、透子ちゃんの魔法のせいか。

 でもそうやって、私のことをずっと守ってきてくれていたんだ。


 ということはつまり、彼女の心はずっと、私の心の中にいたということだ。

 透子ちゃんの体の苦痛から逃れて、ずっと私の中に避難していたんだ。

 だから透子ちゃんの体は目覚めず、そしていつだって霰ちゃんは、私を助けることができた。


『庇護』を受ける魔女の中でも、一際強い繋がりを持つ魔女には、『寵愛』という上の恩恵があるという。

 それを受けていたのは、偽物の氷室さんなんかじゃなくて、本物の霰ちゃんだったのだとすれば。

 他の友達では起きなかった、私の意思とは無関係に魔法が発動していたことにも、説明がつく。

 常に一番そばで、彼女が私を守ってくれていたんだ。


 そうだったんだ。私たちは、ずっと…………!


「なによ……なんなのよ……!」


 透子ちゃんはすぐに立ち直って、霰ちゃんを睨んで吠えた。

 その怒りは激しい嫉妬を燃料にして、どす黒い。


「私の邪魔をするつもり? 出来損ないの、弱いあなたが。私のアリスちゃんを、奪うつもり!?」

『あなたのような人に、アリスちゃんを、傷付けさせたりは……しない。アリスちゃんは、私が、守る……』


 荒れ狂う透子ちゃんに怯えながらも、霰ちゃんは決然とそう言った。

 言葉は控えめでも、そこに込められて想いは強く、揺るがない。


『私の身体を……名前も、存在も奪ったあなた。そんな、卑劣な人に……アリスちゃんまで、奪われるわけには、いかないから…………!』


 そう静かに言い放って、霰ちゃんはそっと手を前へとかざす。

 姿を形成している青白い光が一際強く輝いて、力を漲らせているのがわかった。

 でも、相手は強力な魔法の使い手である透子ちゃんだ。分が悪すぎる。


「だ、だめだよ、霰ちゃん! 危険だよ! せっかく心は無事だったのに……」

『ありが、とう。でも、大丈夫。あなたの心を踏み荒らそうとする人に、私は絶対、負けたりなんてしない、から』


 儚げでも、霰ちゃんの心の芯は力強い。

 私の制止にそっと首を振って、真っ直ぐに透子ちゃんを見据えた。


「邪魔なんてさせない。死に損ないのくせに、もう死ぬっていうのに、私のアリスちゃんを、奪おうとしないでよ!!!」


 そしてそんな彼女に、透子ちゃんは飛びかかった。

 黒髪を振り乱し、獣のように荒れ狂いながら、血走った目を見開いて。

 狂気の化身のような錯乱っぷりは、下手に人であるがゆえに、生々しい邪気が感じられた。


 けれど霰ちゃんはそれに物怖じもせず、真っ直ぐに相対した。


『これ以上、あなたにアリスちゃんを、苦しめさせない。私が────終わらせる』


 そして、霰ちゃんの手に氷の剣が握られた。

 それは一直線に飛び込んでくる透子ちゃんに向けて、カウンターのように突き出されて。

 まるで吸い寄せられるかのように、その胸に深々と突き刺された。


「ッ────!」


 透子ちゃんが短く呻く。

 そしてすぐに反撃をしようとしてもがいて、でもできなくて。

 透子ちゃんからは、全くと言っていいほど魔力を感じなかった。


 そんな彼女に、霰ちゃんは剣を渾身の力で押し込んで。

 そしてそこから凍結の魔法を広げて、透子ちゃんの身体をパチパチと凍らせた。


 透子ちゃんはそれに口をパクパクとさせて、けれどやっぱりなにもできなくて。

 霰ちゃん越しに私のことを食い入るように見ながら、どんどんと氷に侵食されていく。


「アリスちゃ────わた、しは…………私は、あなたのことが────」


 そう、震える唇で言葉をこぼして。けれど、それは最後まで紡がれることはなかった。

 全くもって抵抗することのなかった透子ちゃんの体は、霰ちゃんの凍結に埋め尽くされて。

 そして、その全身を凍りつかせて、氷の彫像のように、完全に動かなくなってしまった。


 凍結を持って、狂気の波はパタリと止む。

 けれど私の耳には、彼女の擦り寄るような叫びの残響があって。

 でももう、透子ちゃんは完全に停止し、氷の果てに埋もれてしまった。


『…………』


 そして、霰ちゃんが氷の剣から手を放し、その場から一歩引いた瞬間。

 バランスが崩れた透子ちゃんの体が、グラッと揺らめいて。

 勢いよく転倒した氷が、床に打ち付けられてしまった。


 ガラガラと、大きな音を立てて崩れる氷。

 体の芯まで凍りきってしまっていたのか、透子ちゃんの体もまた、粉々に砕けてしまって。

 神宮 透子────クリアランス・デフェリアは、そうして消えてしまった。

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