8 希望の姫君
「じゃあ、ワルプルギスのことは何か教えてくれますか? 夜子さんはワルプルギスが何なのな知ってますよね?」
「まぁね」
何か知っているのを隠す気もないらしく、夜子さんは平然と頷いた。
やっぱり夜子さんは知っていて、敢えて私に言わなかったんだ。
魔女のレジスタンスグループがいるっていうふわっとした情報しか私は聞いていなかった。
「彼女たちの目的も、どうせ知ってるんですよね?」
「と、言うと?」
意地悪く微笑んで私を見つめる。
まるで試されているようで、何だかあまり気分は良くなかった。
「私のために存在しているというところです。姫君を崇め奉るための組織だって。そして、私のために魔法使いを無き者にしようとしている」
「それはもちろん知ってるよ」
やっぱり夜子さんは事も無げにそう答える。
夜子さんの中での話す話さないの判断基準がいまいちわからなかった。
「さっきも言ったけれど、ワルプルギスの連中からしてみれば君は希望の印だからね。ワルプルギスは姫君を信奉するために集い始めた組織と言っても過言ではないのさ」
「でもレジスタンスなんですよね? 魔法使いに叛旗を翻すのが本来の意義なんじゃないんですか?」
「それは結果だよ。彼女たちの目的を果たすためには、魔法使いと戦わなければならなかった。そしてそれはまた虐げられる魔女たちの反乱の意味合いも含むことになっただけさ」
ワルプルギスの本来の目的において、あくまで魔法使いを無き者にすることは手段でしかないということなのかな。
「そもそもその希望の印って何なんですか? どうして私がワルプルギスたちに信奉されるのか、それがわからないんです」
「それはアリスちゃんのお姫様の力のルーツにつながる話だね。その力を持つ者を彼女たちはずっと待っていたんだ」
「でも、お姫様の力の全容は明かされていないんじゃ……」
そこまで言って思い出した。
確かレイくんは言っていた。お姫様の力がどんなものなのかは幹部しか知らないと。
つまりそれは幹部の人なら知っているということ。だからワルプルギスはその力が何なのかを知っている。
だからこそ追い求めているんだ。
「夜子さんは、お姫様の力がどんなのものなのか知っているんですか?」
私が恐る恐る尋ねると、夜子さんはニッコリと笑った。
そしてゆっくりと口を開いて、けれどやっぱり当たり前のように答える。
「もちろん。知っているさ。けれど君はそれを知ることはできない」
多分そう言われるんだろうと思った。さっき言われたばかりのことだから。
自分の真実は自分の手で手繰りさせなきゃいけないんだ。
「これに関しては別に意地悪をしているわけじゃないよ。私が教えたくないから、じゃあない。君が知ることができないんだ」
「……どう、違うんですか?」
「全く違うよ。何もかもね。つまり私がいくら懇切丁寧に君の力について教えてあげようと、今の君はその言葉を何一つ理解できないってことさ」
それは流石にどうなんだろうかと、私は少し気分が悪くなった。
確かに難しい話についていけなくなりそうになる時はあるけれど、ちゃんと説明してくれれば私だってそこまで理解力は悪くない。
でも、とそこでまた一つ思い当たった。
私がかつてお姫様であって、その力を持っていたのに、今ではそれがさっぱりなかったことになってしまっている理由。
かつてお姫様だった私を拐かし、私からお姫様である部分を引き剥がした人がいた。
そして引き剥がしたお姫様の部分を隔離して、私の意識とは別のものにしてしまった。
あの時奇跡的にその『お姫様』と接触できた時も、制限がかかっていて語れることは多くないと彼女は言っていた。
それは彼女自身が語れないのと共に、私自身が理解することを阻害されているからだとしたら────
「今の私はお姫様じゃないから、その深い部分に立ち入れないようになっている……?」
「正解。冴えてるじゃないかアリスちゃん」
何故だが夜子さんは嬉しそうに微笑む。
「君が今の君になってしまうにあたって掛けられた魔法は、とても強力なものなんだ。君からお姫様の部分を引き剥がすだけではなく、君自身がお姫様を認識することを阻害する。様々な要因でその力は微かに薄れて、君は今認識はできているが、それでも根幹には触れられない。その根幹、大事な部分に関することは、あらゆる手段を持ってしても認識できないだろうね」
そんなもの、一体誰が。そこまでして、その人は一体何をしたかったんだろう。
『まほうつかいの国』から、あの世界から私を引き剥がして、その全てを封じ込めたその人の目的は一体何?
「……夜子さんは、誰が何のためにそれをしたのかを、知っているんですか?」
聞いても意味がないことくらいは私にもわかっていた。
けれど、聞かずにはいられなかった。
「さぁ、どうだろうね」
夜子さんは不敵に笑う。この人が何を考えて何をしようとしているのか。それすらもさっぱりわからない。
敵ではないのはわかるけれど、だからといって味方だと言い切るのはどうなんだろうと思ってしまう。




