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4 心の所在

「何を、言ってるの……?」


 もはや混乱も極まって、ただただ気持ちがそのまま口から溢れ落ちる。

 透子ちゃんの言っていることを、わかりたくないけど、わかりたくて、理解したくないけど、理解したくて。

 踏み込んではいけないし、踏み込みたくないのに。

 けれどそれでも、震えながら、透子ちゃんから目を離すことができなかった。


「氷室さんは氷室さん。透子ちゃんは、透子ちゃんでしょ……? 中身とか外見(そとみ)とか、何の話を……」

「簡単な話よ、アリスちゃん。この子の中に、氷室 霰ちゃんの中には、ずっと私が入っていた。この子の身体には、私の心が入っていた。氷室 霰(この子)はずっと神宮 透子(わたし)だったの」

「は……………………?」


 頭をぶん殴られたようにぐわんとして、全ての思考が停止する。

 その声は私の耳に届いているのに、この言葉を脳が咀嚼しない。

 目の前がチカチカクラクラして、身体中の力が抜けていく。


 氷室さんが、透子ちゃんだった?

 氷室さんの中に、透子ちゃんの心が入っていた?

 意味が、わからない。


 たちの悪い冗談みたいだ。

 けれど透子ちゃんが、この状況でわざわざそんな嘘を言うとも思えない。

 それに彼女は今、私のことを労るようにとても優しげな顔をしている。

 それが私には何よりも恐ろしく感じてしまうけれど、でも少なくとも、この期に及んで何かを謀ろうとはしていない。


「本当、なの……? 本当にそんなこと、本当に……」

「ええ。私はこの子の身体の中に入って、ずっとあなたを守ってきた。私たちが過ごしたこの数日のことを、全て話しましょうか?」

「…………」


 聞きたくない。聞く必要がないと思った。

 きっとその口からは、これまでの氷室さんとの思い出が語られるのだろうから。

 ずっと眠っていた透子ちゃんでは知り得ないようなことが、飛び出すのだろうから。

 それを、透子ちゃんから聞かされたくはない。


 意味がわからなくて、理解できなくて、飲み込みたくないけれど。

 でも今透子ちゃんが言った突拍子もないことは、事実なのかもしれない。

 氷室さんは、私が氷室さんだと思っていた人は────


「いつ、から……」


 身体中が震え上がり、声が乱れ、唇が戦慄く。

 意識を保っていることもやっと思いで、疑問を投げる。


「いつから……どうして、そんなことを……」


 いつから、氷室さんは透子ちゃんだったのか。

 もしかして、遠い昔から……?


「最近よ。私が、あなたを魔女狩りから助けようとした、あの日から。最後まで守り抜くために、ずっと一緒にいるために、身体を貰ったの」

「あの、日…………?」


 レオとアリアが私を迎えてきた、ある意味全てが始まった日。

 記憶と力を失っていた私が、この運命に戻るきっかけとなった日。


「ほら私、あなたのお友達の魔女狩りにやられちゃって、死にかけたでしょ? おまけに拷問紛いなことまでされて、流石にもうダメだと思った。普段なら、あの程度の魔法使いに遅れをとる私じゃないんだけど、あの時実は既に、私ボロボロだったから。だから、死を回避するために、この子と身体を入れ替えさせて貰ったの」


 今でも鮮烈に覚えている。

 レオの剣に胸を貫かれ、血みどろになった透子ちゃんを。

 アリアに拘束されて、尋問されて、苦しんでいた透子ちゃんを。

 あの時の彼女は、ただ怯えているだけの私を、必死に守ろうとしてくれていた。


「でも、でも……あの時、透子ちゃんは透子ちゃんだった。氷室さんの身体に入る?ようなところなんて……」

「あの死にそうな時そのものはね。でも私、事前に予防線を張っておいたのよ」


 絶望が全身に染み込んでいく私とは対照的に、透子ちゃんはとても穏やかだ。

 まるで自らの誉れを語るように、とても雄弁で。


「ほら、私たちが公園に逃げ延びた時。この子に会ったでしょう。あの時私は、この子はあなたと深い繋がりがあるんだってわかった。だから、挨拶がてら仕掛けを打っておいたのよ。その時の私じゃ、逃げきれない可能性もあったから。もしもの時は、アリスちゃんの一番近くにいるであろうこの子の身体を貰おうって」

「えぇ………………?」


 思えば、あの公園にやってきた氷室さんに、透子ちゃんは声を掛けていた。

 ほんの僅かな、あってないような邂逅。

 あの時に、透子ちゃんは既に、氷室さんを…………?


「案の定、私は魔女狩りの手から逃れられなくなってしまった。だから、拷問の合間に、念のために用意していた魔法を使ったの。この子と私の心を入れ替えて、平穏無事なこの子の体に、私の心を逃した。そして、あなたをもう一度助けに行ったのよ」

「ッ………………!?」


 もう一度、助けに行った。

 それはつまり、氷室さんの身体でということだ。

 あの時、レオとアリアにあちらの世界に連れ去られた時。

 ドルミーレの城に私を助けにきてくれたのは、氷室さんの身体に入った、透子ちゃんだったと。


 あれからずっと、氷室さんは透子ちゃんだった……。


「でも、でも、でも……! そんなのおかしいよ。そんなこと、普通あり得ないでしょ!? 人の体を、乗っ取るだなんて。それに氷室さんは、氷室さんとしての記憶をちゃんと持ってたし、私との思い出だって……!」

「確かに誰にでもできることじゃないわね。でも、心に干渉する魔法というものは、存在するのよ。そうやって他人の身体に入り込めば、その肉体に刻まれた記憶は、自分のことのように思い起こすことができる。だから私はそれを頼りに、あなたが戸惑ってはいけないと思って、ずっと氷室 霰(この子)を演じてきた」

「────!」


 縋るように唱えた疑問は、にべもなく払われる。

 でも、理論的にはそれが可能だということを、私は知っているのだと思い出した。


 以前、夜子さんが教えてくれた。心に干渉する魔法の存在を。

 相当な高等魔法だ。それをもって、ドルミーレは死しても尚、心だけで存在し続けているという話。

 私の心を繋げる力も、理屈としては同じだ。

 その魔法さえ使えば、人の心を入れ替えるということも、可能だということだ。


 それに、カルマちゃんの存在が、透子ちゃんが記憶を知っている事実の正当性を裏付ける。

 一度消滅して、新しく生まれた今のカルマちゃん。

 彼女自身には以前の記憶はなかったらしいけれど、本体であるまくらちゃんの身体に残っている、前回のカルマちゃんの記憶を、今のカルマちゃんは思い起こせると言っていた。

 透子ちゃんが言っているのは、それと同じような理屈だ。


 透子ちゃん自身が氷室さんのことを全く知らなくても、その身体に心が入り込んで、記憶を体感することで、氷室 霰を知ったんだ。

 それでもきっと、おかしな点はいっぱいあったのかもしれないけれど。

 長い間氷室さんから離れていた私には、その違和感に気付くことが、できなかった…………。


 わかりたくないのに、納得なんてしたくないのに。

 それでも、言われれば言われるほど、そういうものなんだと頭が理解していく。

 認めたくないのに、嘘だと思いたいのに、理屈が埋められていく。

 こんなこと、信じたくない……………。


「────あ、あれ? 透子ちゃんは、氷室さんと心を入れ替えたって言ったよね。氷室さんの身体の中には、透子ちゃんが、入ってたって。じゃあ、氷室さんの心は、どこ……?」


 レオとアリアにやられた透子ちゃんは、ずっと眠っていた。

 夜子さんに体を治してもらっても、意識は取り戻さなくて。

 いわく、心がどこかへ行ってしまっていると、そういう話で。


 震える私の問いかけに、透子ちゃんは首を捻った。


「さぁ。最初はちゃんと、代わりに私の身体に入ったはずだけど。いないわね。あの魔女狩りの子の拷問で、壊れちゃったのかしら」

「そ、んな…………」


 アリアの拷問に耐えられなくなった透子ちゃんが、氷室さんと心を入れ替えた。

 ということは、途中から透子ちゃんの身体に入った氷室さんが、その痛みを受けたということで。

 それ以降目を覚さないのは、もちろん氷室さんの心で。


 何も知らない、関係ない彼女が、突然あんな苦しみ与えられたら。

 透子ちゃんの言う通り、心が壊れてしまっても、おかしくなんてない。


 じゃあ、氷室さんは………………。

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