表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
955/985

1 凍り付いた身体

挿絵(By みてみん)

キャラクター/氷室 霰

イラスト:時々様

 氷室(ひむろ) (あられ)

 私のとても大切な友達。


 口下手で、恥ずかしがり屋で、気持ちを表情に出すのが苦手で。

 雪のように白い肌が柔らかそうで、折れそうなほど華奢な身体が可憐で、スカイブルーの瞳が綺麗で。

 そんな、私の大好きな、友達。


 ずっと私は彼女のことを、ただ憧れて見ているだけだった。

 声を掛ける勇気がなくて、簡単なことのはずなのに、その儚げな姿に接するのが恐れ多くて。

 でも本当は私たちは、もっとずっと前から友達で。

 大切な絆を深めた、掛け替えの無い仲だったんだ。


 思えば、何もかもを忘れた私が、氷室さんに気を惹かれたのは当たり前のことだったんだ。

 自分は気づかなかった、気づけなかっただけで、私たちはずっと繋がっていたんだから。

 彼女がどんなに素敵な女の子かを、私の心はよく知っていたんだから。


 雪の降る日に出会った、不思議な女の子。

 沢山の本を一緒に読んで、ゆっくりいっぱいお喋りをして。

 そして、山のような夢を語り合った。


 氷室さんは、私に見つけてもらえたんだって、いつかそう言ってくれたけれど。私は、それは逆だと思うんだ。

 彼女が、氷室さんが私を見つけてくれた。

 夢の中に埋もれる私を、他人の夢である私を。私の心を、彼女が見つけて会いにきてくれたんだ。

 だからこそ私たちは、深く、強く、固く、繋がった。


 沢山いる大切な友達の中でも、様々な大切なものの中でも、一際強い私の輝き。

 今ならわかる。はっきりと言葉にできる。

 氷室さんこそが、私の一番大切なものなんだと。


 けれど、もうどんなに話しかけても、不器用な返事は返ってこない。

 私にしかわからないような、ささやかな笑顔を見せてはくれない。

 ちょっぴり嫉妬して冷ややかに睨んできたり、ちょこんと控えめにくっついてくることも、ない。


 私の背中にもたれ掛かるその体は、人の冷たさをとうに超えている。

 羽のように軽いその華奢な体が、今はこの世の何よりも重い。

 この背中に感じていた命の温もりが、もうわからないんだ。


 氷室さん。私の大切な氷室さん。大好きな氷室さん。

 私が守らなきゃいけなかったのに、約束したのに。

 何に変えても、どんなことしても、失いたくなかったはずなのに。


 世界に平穏が訪れ、私に降りかかってきた多くのトラブルも、ほとんど振り払って。

 それなのに私は、最も手放したくなかったものを、守り切ることができなかった。


「氷室さん……氷室、さん…………氷室さんッ……!」


 奮い立たせていた身体に力が入らなくて、彼女を背負ったまま蹲る。

 自分の無力さが恨めしくて。憎らしくて。不甲斐なくて。

 何よりも強い力を持っているはずなのに、どうして一人の女の子すら守ることができないんだ。

 世界を守る力があっても、大切な人を守れないきゃ、何の意味もないのに。


 涙で前が見えない。嗚咽は堪えることができなくて。

 自らを全て吐き出すような勢いで、私は泣き喚いた。

 心にぽっかりと空いた穴から、止めどない悲しみが溢れ出る。

 胸を串刺しにされたような痛みが心を焦がして、苦しくて仕方ない。


 私の体にのしかかる冷たい重みを感じるほどに、悲しみは膨れ上がって。

 この無情な現実を、とてもじゃないけれど受け入れられなかった。


「────────なら、受け入れなきゃ、いいんだ」


 涙は止まらず、悲しみは限りを知らない。

 心が割れて、頭がおかしくなりそうな悲壮の中で、私は自分に言い聞かせるように言った。


 こんな辛い現実、受け入れなければいい。

 全てを否定して、私が望む希望を現実にするんだ。

 幸い私は、奇跡が実在していることを知っている。

 魔法という未知の神秘が、不可能を可能にしてくれるはずだ。


 全てが終わったわけじゃない。きっとそうだ。

 諦めなかった先で、きっと奇跡は起こる。


 私はまだ、氷室さんが取り返しがつかなくなったことを、認識したわけじゃない。

 ただその空虚な体に、心が乱れただけなんだ。そうなんだ。


「泣くな。絶望するな。諦めるな。絶対に守りたいんでしょ。私ッ……!」


 歯を食いしばって、立ち上がる。

 冷たくなって動かない氷室さんを背負い直して。

 全身全霊を込めて彼女を感じてみれば、まだ微かに命の灯火を感じる。気がする。そう思え。

 まだ手遅れなんかじゃない。氷室さんは、まだ死んでない。


 それは現実逃避かもしれない。でも、私はそう自分に強く言い聞かせた。

 もうダメだと、誰の目から見ても、何をやり尽くしてもダメだとわかるまで、私は諦めない。

 救う手立てが見つかるまで、私はいつまでだって諦めない。


 夜子さんの廃ビルは、あの激戦の付近にありながら、奇跡的に損壊を免れていた。

 元々ボロボロだから、ある程度の破損が気にならないだけかもしれないけれど。

 それでもちゃんと、そこに建物は保たれている。


 中に入ってみても、もちろん誰もいない。

 閑散としたビルの静かさが、今はとても恐怖を煽る。

 その伽藍堂のような空虚さが、とても無情で。


 でもそれを必死に無視して、私は階段を登った。

 体が重く、なかなか思うように足が上がらなくて、一歩一歩はとてもゆっくりになってしまう。

 それでも確実に踏み締めて、私は何かを求めて進み続けた。


 けれど、階を一つひとつ上がってみても、何もない。

 千鳥ちゃんが暮らしていた三階にも、夜子さんが過ごしていた四階にも、何もない。

 世界を渡ることができそうな魔法の残り香、きっかけのようなものが、あるんじゃないかと思ったけれど。

 はたまた、氷室さんを救う何らかの方法があるんじゃないかと、そう思ったけれど。


 住人のいない廃ビルには何一つ有益なものはなく、ただただ虚無感だけが押し迫ってくる。

 この行為に意味はなく、希望はなく、ひたすらに無駄であると、そう言うように。


「いやだ……諦めない。諦めてたまるもんか……」


 ゼロに近くても、ゼロじゃなければ可能性はあるかもしれない。

 私は自分に鞭を打って、更に階段を登った。

 このビルにはまだ上がある。その全てを見ないことには、何もないとは言えないから。


 最上階の五階は、真っ白で無機質な部屋。

 そこには変わらずベッドが一つだけ置いてあって。

 その上にはやっぱり透子ちゃんが眠っていた。


 結局、クリアちゃんと透子ちゃんの関係性はわからなかった。

 けれど、あの話をした時のクリアちゃんの様子を見れば、今の自分自身を否定する様子を見れば、わかる。

 透子ちゃんは、クリアちゃんだったんだろうって。


 身体が未だここに眠っているということは、こちらからあちらの世界に、心だけを飛ばしていたということで。

 それを思えば、彼女が常に思念体であったことの説明もつく。

 クリアちゃんは姿を見せたくなかったのと同時に、見せられなかったということなんだ。


「………………」


 この部屋には、透子ちゃんの身体しかない。

 他の何も、ありはしない。

 この状況を打開するようなものは、何も。


 私は再び、その場にへたり込んでしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ